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言葉

 言葉とは、種のようなものだと思っている。撒いた側は、さしたるものだとは思っていないけど、撒かれた側はいつの間にかそれが芽吹いて、育って、枝分かれして、色んな感情を引っつけて収穫される。

 収穫のされ方は様々で、悪意のあるように捉えてしまったり、都合のいいように捉えてしまったり。大体は相手の言った言葉の本質の三割も捉えられてないんじゃないかな。結局、相手の真意なんて上手に言語化される訳でもないし、唯一真意が分かりやすい自分の吐いた言葉だって、歪曲に、曲解に、誤解を重ねて捉えられてしまったらどうしようも出来ない。言葉をいくら重ねたところで一度相手の中で定められた言葉は簡単には覆らないし、そもそも自分の真意すらもその時には歪んでしまっている。しかも、自分の軸がしっかりしていないと、誰かの言葉にすぐに惑わされてしまう。だからそう。


「喋らなくても良いかなって結論になったんです」

「の、割にはかなり饒舌だったけどな」

「仕方がないんです。私は元来おしゃべりな気質でして、どうにも喋っている時が一番落ち着く。その割には自分の言葉の真意を歪曲せず、曲解せず、誤解せず受け取って欲しいから質が悪い。えぇ、自覚はありますとも。もう少し割り切れば楽に話せますし、楽に生きれそうですし、こうまでいきぐるしくはないだろうということは。でもこれも仕方ないんです。だって私には相手から分からないと言われることが何よりも怖いんですから。認識の齟齬が、価値観の齟齬が、ゴール地点としている場所の差が、どうにも怖いんです。先生も経験があるでしょう? 例えば、唐揚げにレモンかける人ーって聞いた時に自分以外のみんなが手を挙げて、そのうちのひとりが『お、みんな手ぇ上げてるしレモンかけるねー』ってなったことくらいは。自分としてはレモンかけない派に属してるからかけて欲しくなくて聞いた事だったのに、結果としては全く逆のものになる。そんなのが嫌で嫌で仕方がなくって私は喋らないんです。これは私の問題で、課題です。人生をかけたものと言っても過言では無い。なのでこうして指導室までは来ますが、こればっかりは仕方がありません。私がこうしようと決めてこうすると実行しているだけなので、これに関しては一歩たりとも譲る気がないんです」

「あー、うん。先生が悪かったから一旦ストップしような。そもそもとして、今回琴野を呼び出したのは琴野の母親たっての希望だ。だからまぁこうして、担任である俺が話を聞いている訳だが」

「あぁ、なるほど。あの人の仕業でしたか。私としてはもしかしたらこの前あった修学旅行の行先や、修学旅行のしおりについてボディーランゲージで伝えきった事にでも苦言を呈されるのかと思いましたよ。ですが、それならもうお話は大丈夫ですかね? 私としてはこの価値観を曲げる気にはならないのですが」

「俺としては前半の修学旅行のあれこれをボディーランゲージだけで乗り切ったことの詳細を聞きたいことも少しあるが、まぁ親御さんの話と、今琴野から聞いた話で、少し話したくなったからもう少しだけ話し合うとしよう。琴野からしたら、言葉は相手と自分の認識に違いが生まれるから、あるいは言葉にすることでそれが誤解を産んでしまうから、話さないという結論を言っているように聞こえたんだが、それなら無言もある種の誤解に繋がらないか? さっきも言っていたボディーランゲージもそうだ。結局のところ真意なんて言葉にしようとしまいと伝わらないし、なら潔く言葉にした方が伝わるんじゃないか?」

「そもそもの前提として言いたいのが、私は真意が伝わるなんてことは微塵も思っていないということです。まず、言葉に対して付随する感情、言葉に対する価値観なんてものが違いますから、最初からそこは期待もしてません。ですが、言葉を吐くことによって相手の中に何かが芽吹くかもしれない。それを私から知覚することは出来ませんし、相手にも、もしかしたら出来ないかもしれない。それが数年後、あるいは数十年のいつかに開花してしまうのが怖いと言っているんです。それだったら無言で歪曲されようが、曲解されようが、誤解されようが構いませんとも。だってそれを選んだのは私ですから」

「なるほど。つまり君は自分自身の選択以外で誰かに自分の言葉を、人物像をみせたくないと?」

「それもまた違います。自分の全体像を見るには鏡を使う必要があるように、私という人物を知るには誰かの目というものを通すことは必須です。そこには確かに自分じゃないものもあるでしょう。何せ人の価値観が付随してますから。でも、確かに誰かから見た私と言うのも紛れなく私の一部です。その人物像を通してしか見ることが出来ない自分がいます。なので私はそれを否定することはありませんし、そう見られているのかと受け入れるだけになります」

「……結局のところ、琴野は何が言いたいんだ?」

「さっきから何回も言っている通り、私は誰かに言葉という種撒きをすることが嫌なのです。それが意図せぬところで、知覚出来ずに実をつけて、そのまま誰かに食べられる。そうしてその人が何かを得るのか、失うのか、はたまた何も変わらないのか。それは全く分かりませんが、その種を撒くことで誰かの中に私の言葉が残ってしまうのが怖い。そういうことです。と、言うか先生もあの人に何か聞いてるのでは? あの人の事ですしあることないこと言ってそうですね」

「……はぁ。琴野が言わんとすることは分かったが、それだとこうして俺に琴野の言う種撒きをしているのは何故だ?」

「あぁ、それは先生に軸があるように見えるからです。まぁ言うなれば私の基準を満たしたから、関わる内にどんな人柄か分かったから。適当な言葉はありますが、直感というやつです。この人ならどんな言葉を吐いても大丈夫だろうという信頼があったので。あくまで私は自分に軸がない人が私の言葉を食べるのを嫌っているだけです」

「食べるとはまたおかしな表現をしたなぁ。ただ、琴野が同級生に対して黙ったまんまなのは理解した。だが、いくら転校したばかりだと言っても母親のあの様子はなんだ?」

「…………別に、母は飛びきり自分の軸が無くて、胡散臭い神の言葉も、適当並べた娘の言葉も一緒だったってだけです。種なんて誰が撒いても同じなのに、私がそれに固執してしまう理由は、母親のような人を見たくないからでしょうね」

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