婚約者に初めて会った日に、運命の恋に落ちました
「ラナルーシュ様、こちらの確認もよろしいでしょうか?」
申し訳なさげに分厚い書類を持参した文官を、ラナルーシュは静かに見つめ返した。
帰り時間の迫ったこの時間に慌てた様に持ち込まれた書類は、きっと本来処理すべき責任のある彼が放棄したものだろう。
小さくため息をつくと、扉の向こうに控える近衛騎士であるカイン様に、もの問いたげに目線をやると、彼は静かに頭を下げた。
「第三王子殿下は、視察に城下へお出かけされております。」
「そう…。」
わかっていたことなので、いつも通りに文官から書類を受取るよう手を出すと、ホッとしたように緊張を緩ませた。
「ありがとうございます。どうしても今日までの決済で…。」
「今日まで…。今日も遅くなるわね…。」
小さく呟いたその時、ラナルーシュの左耳のエメラルドに輝くピアスの魔石がパキンと音を立てて割れ、書類にパラパラと欠片が落ちる。
瞬間、キインと魔力が爆ぜるような感覚がラナルーシュを襲い、思わず頭を押さえた。
その場にいた者達が息を呑んで落ちた宝石を見つめる。
あぁ、とうとう…。フェルナンド殿下は一線を越えたのね。
それは、王家に伝わる誓約の証。
魔法で誓約をした婚約者の証で、お互いが相手に潔癖であることを誓う分身ともいえる魔力を込めた石であり、相手を裏切れば石が割れ、婚約が解消となる誓約でもある。
つまり、今、この時を以て、侯爵令嬢のラナルーシュとこの国の第三王子であるフェルナンド殿下との婚約の解消が決まったという事だ。
誰も言葉を発せないまま沈黙が漂う中、騎士であるカイン様だけが冷静に
「陛下にお伝えしてまいります。」と下がっていった。
「今この時を以て、私はフェルナンド殿下の婚約者ではなくなったようですので、殿下の仕事に手を出すことは出来なくなりました。申し訳ございませんが、このまま失礼致します。」
落ちた石の欠片はそのままに、ラナルーシュは静かに席を立った。
文官は何も言えず、道を開けると静かに頭を下げた。
「ラナルーシュ!!お前は先日、自分のすべき職務を放って帰ったそうだな!あれから全く仕事もせずに書類は溜まっていくばかりだ!どういうことだ!!」
呼び出され出廷した王城の一室でラナルーシュは憤慨する美麗な顔をした五年間、婚約者だったフェルナンド殿下の顔を見つめた。
殿下の側近たちの中には先日の件を陛下に報告に行った近衛騎士のカイル様がいつも通りの無表情で控えている。
彼は本来はこの国の第三王子であるフェルナンド殿下専属の護衛騎士だ。
五年前、私が十一歳の時に、一つ年上のフェルナンド殿下との婚約を王家から打診された。
私は辺境近くのユーリンデン侯爵家の一人娘で、いずれすぐ隣のバルク辺境伯子息の次男であり、幼馴染であるガイオンを婿に貰う予定だった。隣接するバルク辺境伯とは家族ぐるみのつきあいで、四つ年上だったガイオンは面倒見の良い兄の様な存在で、いずれ彼と共にこの地を守っていくのだろうと思っていた。
「ラナ…、陛下より第三王子殿下との婚約の打診が来た。」
「第三王子…。」
呟いたラナルーシュに申し訳なさげに父であるユーリンデン侯爵は続けた。
「打診と言っても王命だ。こちらには拒否する権利はない。すまない、ガイオン殿と正式に婚約を結んでいればよかった…。」
いわゆる口約束のみで正式な婚約はまだだったため、王命を拒否する事はできない。
第三王子、フェルナンド殿下は側妃が生んだ王子だ。
王には溺愛する正妃がいる。
しかし結婚して4年、子供が出来ず、しぶしぶ王と正妃は国の事を考え側妃を迎えた。
側妃は直ぐに懐妊したが、生まれた子供は姫だった。
そして側妃が第一王女を産んだ翌年、正妃が待望の王子を産んだのだ。
その翌年にも立て続けに第二王子を出産した正妃はそのまま体調を崩した。
正妃の不在中は側妃が王を支え、それから第三王子であるフェルナンドが生まれた。
その後回復した正妃は王の寵愛が側妃に向かうことを良しとせず、生まれた第三王子は今後、王位継承で脅威になることを恐れ教育に口を出し、甘言を口にする者達だけをフェルナンドの周囲に置くよう采配した。
そのうち、どうしようもない我儘王子としてフェルナンド殿下は有名になったのだ。
「陛下は正妃エルドラ様の気持ちを汲んで、第三王子殿下を王都より遠い領地へ送りたかったのだろう。本来なら王家なのだから友好国へ送ることも考えていただろうに、殿下本人がどうしようもないと噂されていては国家間の問題になると懸念したのだろう。国内の王家が婿にやるのに丁度良い高位貴族で王都から離れた我が侯爵家は適任だと思ったのだろう…。」
顔色悪くため息をつく父は、3年前に亡くなった母を今も愛している。
侯爵であり、今も精悍で整った顔をしたラナルーシュの父は、周りがいくら勧めても頑なに後妻を娶ろうとはしなかった。そのため、一人娘であるラナルーシュは婿を取ることになる。
愛し合う両親を見て育ったラナルーシュは、結婚するなら両親のように仲睦まじく愛に溢れた家庭を築きたいと密かに夢見ていた。
「ガイオン兄様は…本人は隠してたけど思いを寄せる方がいるようなの。だから、他の人を探さないといけないと思っていたんです。だからむしろよかった。お父様、謹んでお受けいたします。」
あの時、複雑な立場できっとそうなるしかなかったフェルナンド殿下を支えて、幸せな家庭を築けたらいいなと思った気持ちは嘘じゃない。
でも出会って婚約から現在に至るまで、ただの一度も彼が私を尊重することはなかった。
初めての顔合わせが王城の一室であり、不機嫌極まりない表情のフェルナンド殿下と、申し訳なさげな側妃であるユレイア様。そして威厳たっぷりな陛下と対面した時は緊張と不安で吐きそうになった。
父が陛下と話をし、側妃がラナルーシュに城内を案内してあげなさいと、私と殿下を外へ促した。
「貴様、田舎貴族だろう。なぜ私の様な高貴な者が、辺境などという地味で何もない田舎へ行かねばならぬのだ。」
婚約する令嬢にむけて初対面で貴様…とは…。
辺境は確かに王都に比べたら田舎だけれども、隣国の脅威や国境間にある魔の森から時々出没する魔物を討伐する屈強な騎士団がいて、彼らがそれをくい止めるおかげで王都が安全なのだ。辺境無くして王都の平和などありえないのに、何を言っているのかしら、この王子は…。
バルク辺境伯もその息子たちも皆、優秀な騎士だ。あんなにのんびりとしたラナルーシュの父でさえ、剣を持てば優秀な騎士となる。
ラナルーシュはヒョロヒョロの背中を見つめた。本当にこの王子は我がユーリンデン侯爵家に婿入りする事の意味をわかっていらっしゃるのかしら…。平和に領地の経営だけしていたらよいというわけではないのだ。だから、幼い時からラナルーシュは学び、女でありながらも最低限の剣の心得がある。
ちょうど騎士棟だと案内された場所では年若い騎士を目指す若者達が訓練している真っ最中だった。
興味深く見ているラナルーシュに向けて、隣から嫌悪感のある視線を感じた。
「父上が決めたとはいえ、私は納得していない。貴様は田舎者丸出しの日に焼けた地味な顔をして、なんだか太っているし。美しい私に相応しいとは思えない。恥ずかしくないのか?あ、もしかして田舎には鏡がないのか?」
あまりの言いように訓練していた者たちが、ギョッとしたようにこちらを見た。
太っている…!日焼けした地味な顔…?
そりゃ、目の前で馬鹿にしたように笑うフェルナンド殿下の様な青白い顔からしたら、日焼けして見えるのかしら。実際外での訓練に参加することもあるのだ。
地味…って…。どうも思っていない相手に言われても、結構傷つく…。
美しいと評判だった、母譲りの淡い金髪の緩やかな癖のある髪と、水色の透明感のある大きな瞳。お父様はいつも、ラナルーシュを可愛い、妖精のようだと誉めそやすけど、親ばかだから、もしかしたら自分で思っているより地味だったのかもしれませんね…。
太ってるって…、そりゃ重いものひとつ自分で運んだこともない令嬢と比べたら剣を持ち、訓練をするラナルーシュはがっしりしているかもしれない。
未来の旦那様に言われる言葉の刃にげんなりとしていた時、急に辺りが騒がしくなった。
「ん、何だ?」
怪訝な顔をしているフェルナンド殿下の背後に、大きな何かが近付く気配を感じ、慌てて、殿下を引き寄せる。
「わ!なんだ!何をする…へ……?」
後ろの木々の間から出てきたのは普通の馬よりも倍近く大きい魔馬だ…。
興奮しているのか、目を赤く染めて息が荒い。
と、いきなり大きく嘶くと前足を振り上げたのだ。
「殿下!!」
恐怖で動けなくなっているフェルナンド殿下を守ろうと、殿下と魔馬の間に盾となるべく体を広げるが、しょせん11歳の少女の体だ。武器も持っていないラナルーシュになすすべはない。
大きな前足が自分の元に振り下ろされる瞬間、目の前にに大きな影が飛び込んできた。
地面が揺れる振動と共に、ハッと気が付くと、魔馬の振り下ろした前足は少し離れた地面にめりこんでいる。すぐ近くで訓練をしていたらしい騎士が間に体を滑り込ませて剣で魔馬の脚を攻撃して軌道を変えてくれたのだ。
「早く!!逃げて下さい!!」
叫びながら、自分よりも何倍も大きな魔馬に立ち向かうその背中はたくましく、ラナルーシュは目を見張った。尻もちをついて動けない殿下を護衛の騎士たちが抱えて急いで避難させると、ラナルーシュも避難した。
私がいたら邪魔だわ。でも、あの人は大丈夫かしら…。
しばらくして、魔馬は城の魔術師が眠らせて事なきを得たようだった。
あの魔馬は騎士団で飼われていたが、誰が入れたのか食事に興奮剤が混ざっていたとかで、調査が行われたそうだ。
あの時、助けてくれた騎士は顔に大きな傷を負った。
右のこめかみから目の下にかけて魔馬の脚が掠ったのだ。
その時の褒美で、フェルナンド殿下がその騎士を自分の護衛騎士に任命した。それがカイル様だ。
王族の護衛に選ばれるのは名誉なことだが、その相手がフェルナンド殿下なら果たして良かったのかは不明だ。
フェルナンド殿下の周りに群がる令嬢達には背が高く顔に傷のある、いつも無表情で黒い短い髪と、奥二重の細い切れ長の金色の目の護衛は恐ろしいようで、フェルナンド殿下はそれを面白がっている節があった。
いつもそばに置いているくせに、城下に降りるときは彼を城に残していく。
後から聞いたが、フェルナンド殿下の専属護衛に顔に傷のある騎士がいることは有名だ。
殿下が好む良からぬ店や令嬢との逢引の場に目立つ騎士がいればフェルナンド殿下の愚行もすぐにばれるのだ。そのため、本当の視察ではない城下へのお出かけ時はあえて城にいるラナルーシュの元へ残していくのだ。
生まれや育ちの複雑さ故と思っていたフェルナンド殿下の我儘でナルシストな享楽的性格は、生まれつきのものであったようだ。
この五年の間、ラナルーシュは領地から離れた王都の屋敷に居を移し、城に通い王族の花嫁教育という名の教育を受けながら、殿下と交流をはかったが、あの一件で自分を守ろうと動いたラナルーシュに興味はもったものの、女性としては魅力を感じなかったようで、あちこちで浮名を流していた。
婿入り予定の我がユーリンデン侯爵領の特色から、殿下には剣術を学ぶよう父からお願いをしたのだが、一度怪我をしてからは訓練に参加することもなくなった。
せめて領地経営で役立てるようにと、陛下が第三王子殿下に割り当てた仕事は、婚約者である私に押し付ける始末で、正直このままこの方と結婚して幸せな未来を築ける想像が全く出来なかった。
父も初めて会った時の彼の様子で不安になったのだろう。
陛下に婚約にあたっての条件を出したのだ。
一つは剣術を身に付けること。基本的に王族の男児は生まれたら教育の過程で剣術を学ぶ。だが、正妃の采配でフェルナンド殿下は剣術をまともに学んでいなかった。
もう一つは相手に誠実であること。亡くした最愛の妻の忘れ形見である一人娘の結婚である。そもそも王命さえなければ、娘の望む相手を婿に取ろうと思っていた為、口約束のみで婚約者を決めていなかったのだ。
そのため、今は簡素化していた王家の誓約を条件に入れた。
それがお互いの魔力を魔石に込める誓約だ。
魔術師と教会の司祭を立ち会わせて行われる王家の誓約は、どちらか一方でも破ると同じ相手と二度と婚約は結べない。
そのため、今はきちんとした手順を踏んだ誓約は行われず、ただ、お互いの色を選んで宝石を贈り合い、生涯身に付けるだけに留められていた。それを父であるユーリンデン侯爵は魔力を込めた昔ながらの誓約に拘ったのだ。
こうなってよかった。
目の前の彼の耳には裏切ってはいない私の魔力がこもったピアスが今もそこにある。
壊れるのは相手を裏切った人の魔力のこもった石だけなのだ。だが、どちらか一方でも失うと婚姻は成立しないという決まりがある。
目の前でいきり立つ様子に、まだ陛下はラナルーシュが身に付けていた魔石が割れて婚約が解消される旨を彼に伝えていないのだとわかった。
今は事実確認のために保留中ということかしら…。
「聞いているのか!ラナルーシュ!!前より見た目だけは私に相応しくなってきたが、中身は残念なままだな。可愛げのないその何もかも悟ったような表情が気に食わない。お前の様な女は私が婚約解消したら、誰も相手にしなくなるぞ。女のくせに剣術の訓練を相変わらずしているそうだな。だから嫌なんだ!貴様も守ってあげたくなるような可愛らしさを身に付けろ。」
「それは、殿下が今城下で頻繁に逢瀬を交わしている男爵家のご令嬢のようにですか?それとも、魔術棟の受付のご令嬢でしょうか?どちらにしても私はもう、殿下の為に何かを努力する事はございません。」
「は…?な、何を…。あぁ、もしかして妬いているのか?お前を最近構っていなかったからな。城下に降りるのは視察のためだ。魔術棟には魔法の訓練で通っているだけだ。お前は余計なことを考えていないで、いずれ結婚した時のために黙って婚約者としての務めを果たせ。」
フン、と鼻を鳴らしたフェルナンド殿下に、陛下が伝えていない内容を伝えて良いのかわからず、後ろで控えるカイル様に視線を移した。
一瞬、金色の瞳が揺れた様に見える。
カイルの瞳はとてもきれいな琥珀のような金色なのだ。
「なんだ、この傷物護衛の顔が怖いか?いや、野蛮な辺境の貴様には傷など今更だな。」
息を吐くように人を貶める言葉を吐くわね、この方…。
婚約を決めた時、複雑な環境で、もしかしたら自暴自棄になっているのか、それとも周りに流されて自分の立場をわざと貶めて王位継承権に関わる気がないことをアピールしているのか、などと色々と気を揉んだ。
でも、この方、本当にそのままなのだ。
側妃であるユレイア様は、太陽の様な美しさを持つ正妃エルドラ様と違って、月の様な静謐な美しさを持つ慎ましい方だ。姉である第一王女で、今は隣国へ嫁いだアマルフィ王女は慈善事業に心を捧げたとても民に人気のある方で、嫁いだ隣国との関係を深く繋ぐ役割を担って下さっている。
正妃も側妃に嫉妬したとはいえ、生まれも元は筆頭公爵家の令嬢で、淑女然とした美しく公正な方だ。正しく二人の王子を育て、フェルナンド殿下の教育と周りの人選には手を加えたとはいえ、虐待をしたわけでも命を狙ったわけでもないし、正直そこまで酷いことをしたとは思えない。きっと王族や貴族の継承に関しては穏やかなだけではないだろうし、それぞれの役割を正確に理解して自分たちの生まれ持った責任を担うものだ。
それなのに…それなのにだ!
努力は嫌いだし、剣術は少し打ち身を作っただけでやめてしまった。
魔法は少しだけは出来るようだが、隠密魔法という珍しい魔法を、驚くほど自分がやましいことをするための外出や、仕事から逃げるためにしか使わないのだ。
自分を支える側近にも感情のままに罵声を浴びせるし、婚約者である私への態度は言わずもがなだ。
そして命がけで守ってくれた自分の護衛騎士に任命したはずのカイル様の名前さえ憶えていない始末。
「傷物護衛ではありません。殿下、カイル様です。私たちの命の恩人で、パーシバル伯爵家のご子息です。そしてその傷は私達の代わりに負って下さったのです。」
「ハッ…。王族を守るのは臣下の義務だ。命の恩人だなんて大層なことを。まさか貴様、この男が好きなのか?趣味の悪い…、しかし不貞には罰を与えないとな!」
何を言っているのかしら、この方。
不貞を犯したのは自分でしょう。
私の耳の魔石がなくなっていることにも気づいてないのかしら。
いえ、そもそもあの誓約の事、覚えているかしら?
五年も前のことなど、この方の頭の中に残っているとは思えないわ…。
「殿下。私は不貞を犯してはおりませんし、この先一生、心を捧げた方を一途に思い続けると誓っております。」
キッパリとしたラナルーシュの言葉に、何を勘違いしたのか、世間一般的には美しいと言われるその顔にいやらしい笑顔を浮かべた。
「まぁ、そうだろうな。貴様には過ぎた婚約者である私がいるのだ。他に目を向けることなどあるはずがない。もういい、さっさと仕事を片付けろ。」
そう言うと、気が済んだのか、出かける、と一言のあと、カイルを残し他の護衛を連れて出て行った。
「…カイル様。陛下には伝えて頂いたんですよね…?」
室内に残されたラナルーシュは、そのまま傍に控えているカイルに困ったように確認する。
もう既に、領地の父には手紙を送っている。
すぐに迎えに行くと返事があったのが今朝の話だ。
領地は遠いため、準備を含めても2週間ほどかかるだろう。
「はい。報告しました。割れた魔石も回収し、それぞれ誓約が破られた事の確認のため、魔術棟と教会へも提出済です。」
感情のこもらない静かな低い声は五年前に助けてくれた時よりずっと低くなった。
あの時、彼はまだ14歳の少年だったのだ。
伯爵家の三男で、家を継ぐわけではないため、文官になるか、騎士を目指すかの選択で、カイル様は勉強が苦手だったため騎士を選んだそうだ。
助けてくれた時のケガが心配で、ラナルーシュは何度も彼を訪ねた。
もちろん、殿下の婚約者となっていたから、節度をもった環境で。
口下手で真面目なカイル様は、酷い傷を顔に負ってしまったが、もともと惜しむような容貌ではないから気にしないで欲しいと小さく笑ってくれた。
艶やかな黒い短髪に金色の瞳。物語の王子様のような甘い顔立ちではないけど、冷たげな顔は整っている。
右側のこめかみから目の下に斜めに入った傷跡も精悍さが増して素敵だとラナルーシュは思う。
フェルナンド殿下の周りにいる令嬢達が恐れるような顔では決してない。
「カイル様、きっと時期が来たら陛下は私達の婚約解消を発表するでしょう。世間での評判しかり、殿下を知る方々なら尚更、私に何か問題があったとは思わないでしょう。私はいずれユーリンデン侯爵家を継ぎます。これから婚約者を探さないといけません。」
「…きっと、ラナルーシュ様でしたら、すぐに良い方が見つかりますよ。」
「誰でもいいわけではないのです。一緒に領地を守り、共に戦ってくれる人でないと。」
「はい。」
「今、父が私を迎えに王都に向かっています。そうしたら私は領地に帰り、王都に来ることはしばらくないでしょう。ですからそれまでに考えてくれませんか?」
「…何を…でしょうか…?」
「私との結婚です。」
「……は……?」
淡々と答えていた温度のない声に初めて温度が灯った。
「…え…。あ…、え……??」
戸惑ったようにこちらを見つめた金色の瞳が揺れる。
やっと彼を動揺させられた。
嬉しくて思わずフフッと笑うと、カァッと鉄面皮だったその顔が赤く染まった。
「私は心を捧げた方には一生一途に思い続けると誓っているのです。」
先ほど殿下に伝えた言葉と同じ言葉を伝える。
これで私の気持ちは伝わったでしょう?
私は五年前からずっとカイル様が好きなのだ。
もしもあの誓約の魔石が心の不貞で割れるものなら、とっくに五年前に割れていたはずだ。
私はあの逞しい背中を見上げた時から、恋に落ちていたのだから。
「それが心だけでなく、人生そのものであれば幸せだなと思うので、私は今カイル様に厚かましい願いを伝えています。」
それは精一杯の告白だ。
゛心を捧げた方を一生一途に思い続ける”
たとえこの先別の人と結婚しても、恋したのは貴方だけだと…。
でもそれはラナルーシュの勝手な思いだ。
もちろん、別の人と婚姻を結び、いずれ愛を感じる日が来るかもしれない。
愛のある家庭を築くことが夢だから。でも、この落ち着かない、根底を揺るがすようなとても愛とは呼べない自分勝手などうしようない恋心を抱くのはカイル様だけだ。
無表情で淡々としているくせに、その心は優しく温かい。
いつも、感情のままに周りに当たり散らす殿下から、他の人に被害が無い様心を砕いてる。
苦言を呈す私に向かってフェルナンド殿下は時々手を上げた。
彼の心は小さい時のまま成長を止めているのか、すぐに癇癪を起こすのだ。
母であるユレイア妃譲りのサラサラとした輝く銀髪にエメラルドの瞳という美しい外見と、愛想の良さで、ろくでもない噂があるにも拘らず、それでも令嬢達に人気の殿下は、一度自分のものだと思った存在には何をしても良いのだと思っている傾向がある。
彼を常に支えている側近然り、専属護衛のカイル様然り、そして将来結婚予定の私、ラナルーシュに対しては好き放題していいと思っているのか甘えているのか水が沸き立つように急に怒りを噴き上げるのだ。
初めてフェルナンド殿下に手を挙げられたときは驚いて尻もちをついてしまった。
あれは確か仕事を私に押し付けて遊びに行く彼に、ご自身の仕事は自身でやるべきだと詰めたら、振り向きざまに手のひらで頬を張られたのだ。あの時の慌てて駆け寄るカイル様の蒼白で焦った顔は忘れられない。この人もこんな顔するのねと間抜けにもそんな関係ないことを思ったのだ。
その日を境に、カイル様は私がフェルナンド殿下と相対するときは常に彼の動きに目を光らせてくれている。何度か手を上げそうになった彼の手を取り諫めてくれた。
きっとフェルナンド殿下にとってはカイル様は融通が利かずやりにくい相手ではあるのだけど、大々的にご褒美と称して自身の護衛に任命したため、今更外すのはさすがに良くないと思ったようだ。
殿下に酷い言葉で傷付けられるたびに、カイル様の瞳が殿下への怒りと私を心配する気持ちが見え隠れして揺れるのを何度も見てきた。
恐ろしいほど冷静な見た目を装っているくせに、その瞳では沢山の思いが溢れている。
傍にいても遠い、彼の存在だけがこの長い時間、私の力の原動力だった。
「…困らせてごめんなさい…。でも、伝えておかないときっと後悔すると思って。これまで守って下さってありがとうございます。それと…、カイル様。貴方は誰が何と言おうと素敵で、素晴らしい騎士様です。その傷も、貴方の素晴らしさを伝える勲章であっても、貶められるようなものではありません。」
「ラナルーシュ様…。」
「実はこの後、ユレイア様に呼ばれているのです。私はもう、殿下の婚約者ではありませんから私の護衛は結構です。失礼しますね。」
「いえ、そういうわけには…。お送りします。」
いつも通りの真面目な表情に戻ったカイル様にどこか安心して、「では、お願いします。」と共に歩き出した。
その後、呼ばれたユレイア様の隣には、思いがけず陛下がいらっしゃって、共に謝罪をしてくれた。
まだ非公式であるが、婚約解消の手続きを進めているとのことだ。
ラナルーシュには非がない事をきちんと発表すること、フェルナンド殿下の数々の非礼への謝罪と賠償を約束し、父である侯爵には書簡を届けていることを聞いた。父が到着次第、正式に解消となる手はずを整えているそうだ。
あれからフェルナンド殿下は頻繁に男爵家の令嬢の元へ通っているそうだ。
ただ、相手は男爵家とは言え、あまり豊かではない家の末娘らしく、その相手を望むなら普通なら平民となる未来しかないそうだ。王族の者が市井へ下る場合、爵位の授与が一般的ではあるが、今回のように不貞を犯して婚約を解消したうえ、日ごろからの問題行動。
さすがの陛下も厳しい対応を考えざるをえないようだ。
せっかく殿下の将来を考えて陛下が調えた縁談だというのに、親心は伝わらなかったようだ。
新たな婿入り先を探すことは諦めたようだ。
そもそも王命である婚約を蔑ろにするフェルナンド殿下に、新たな縁談など無意味だろうという事だ。
それに、その男爵令嬢と殿下が深い仲になってしまっていることも事実。
妊娠の可能性もあるため、慎重にならざるえないようだ。
話が終わり、ラナルーシュは疲れた顔をした陛下とユレイア様を見つめ、これまでの謝辞を伝える。
二人は何度もフェルナンド殿下の私への態度に注意をしてくれたし、気遣って下さっていた。
次は父と共に正式に婚約解消の手続きに登城してご挨拶したらもうこうしてお話しする機会もなくなるだろう。
久しぶりにユーリンデン侯爵領に帰るのだ。
そうしたら私は新たな婚約者を見つけ、両親が守ってきたユーリンデン侯爵領を共に守っていくのだ。
退室すると、そこにはカイル様が立っていた。
「待っていて下さったのですか?」
「はい。馬車までお送りします。」
すこし固い表情で応えるカイル様にありがとうございますと伝え、一緒に歩く。
もうすぐ会えなくなるかもしれない。
だから少しでも一緒にいられるのは嬉しい。
先ほどの告白の後、少し困ったような様子だったのに律儀な方だわ。
そんなところも好きなのだけど…。
車止めに、迎えの馬車が見えたところで、ラナルーシュは立ち止まった。
「ありがとうございました。ここで大丈夫です。」
「わかりました。お気をつけて。」
小さく頭を下げたカイル様にニコリと笑うと、ラナルーシュは馬車に足を向けた。
「…あの、ラナルーシュ様…。」
小さく聞こえた声に足を止め、振り返ると、カイル様が私を真っすぐに見つめていた。
「先ほどのお話ですが…。」
「はい。」
「私の気持ちは…その…。」
「はい…。」
「……っ、い、一度、ユーリンデン侯爵様が王都に到着されたころ、ご挨拶にお伺いしてよろしいでしょうか?」
焦ったような真剣な表情。
ずっとこんなふうに色んな顔を見たいなと思っていたけど、…フラれるのが心配性のお父様の前だなんて嫌なのだけど…。でも、真面目なカイル様らしいのかしら…。
「もちろんです。わざわざありがとうございます。」
「…いえ、では、また…。」
「はい。失礼します。」
迎えの馬車に乗り、城門を抜けた瞬間、ズルズルとラナルーシュは座面に倒れこんだ。
王族の花嫁教育の賜物か、感情を表に出さないようにするのは上手になったけど、心臓はバクバクだった。生まれて初めて、恋に落ちて、自分でもその感情をどう扱ったらよいかわからず、でも諦めないといけなくて必死で抑え込んでいた。
でも、フェルナンド殿下との婚約がなくなるとわかってからはどこかフワフワと落ち着きがなく、二人きりになってしまって思わず感情が溢れて告白してしまった!
「…言ってしまったわ…。とうとう…。」
カイル様は伯爵家の三男。
いまはフェルナンド殿下の護衛騎士で、既に騎士爵を賜っているからわざわざ爵位を継ぐ令嬢と婚姻を結ぶ必要はない。でも、悪い話ではないはずよ。私と結婚したら侯爵になるのだから。
うう、でも、あんなに素敵な方だもの。もしかしたら将来を約束している人がいるかもしれない。
フェルナンド殿下の周りにいる令嬢達がいくら怖がっても、時々可愛らしい侍女や同じ騎士の女性と親し気に話しているのを見たこともある。
彼を知ればみんな好きになってしまうわ…。
「だってカイル様は素敵だもの…。」
地味で、恥ずかしいとまで言われた田舎の令嬢の私。
「あぁ…。お父様が王都に到着したら彼の正式な返事を聞くことになるんだわ…。」
待っている時間が辛いのか、その時間そのものが幸せなのかラナルーシュは震えるため息をついた。
「ラナ!!」
「お父様…!」
その10日後、馬車を大急ぎで走らせたらしいお父様が王都のユーリンデン侯爵家の屋敷に到着した。
心配そうな顔で駆け寄ってきた父に抱きしめられ、ラナルーシュはホッとした。
「すまない、ラナ。辛い思いをさせたね。」
「…いいえ、お父様が機転を効かせて誓約の儀を行ってくれたから、うまく婚約解消出来ました。正直ホッとしてます。」
嬉しそうに笑うラナルーシュの笑顔に、父は安心したように笑った。
「そうか。それならよかった…。それでだ。ラナからの手紙以降、どこからかぎつけたのか、お前にいくつか縁談がきているのだよ。」
「…まぁ…。まだ陛下が発表もしていないのにですか…?」
困ったように、でも少し嬉しそうにに父が笑う。
「そりゃ、辺境にまでお前の優秀さは聞こえてきたからね。それにお母様譲りの美しい自慢の娘だ。誰もがお前を欲しがるに決まっている。」
「フフ…、相変わらずお父様は親ばかですのね。」
弾けるように笑うラナルーシュを優し気に見つめると、労わるように肩を撫でた。
「私が望むのはお前の幸せだけだ。だからこれからは無理して意に染まぬ相手を選ぶ必要もない。ゆっくり考えていいんだ。」
「ありがとうございます…。」
父が王都について三日後、陛下に呼ばれ、正式にフェルナンド殿下との婚約が解消された。
その場には信じられない様子のフェルナンド殿下が、私に向かって言い訳を繰り返した。
「待ってくれ、ラナルーシュ。あれは違うのだ!魔石が割れたのは何かの間違いだ!」
騒ぐ殿下を、近くにいた近衛騎士達が押さえる。
そこにカイル様はいなかった。
「黙れ、フェルナンド。お前はこれほど聡明で優しいラナルーシュ嬢を傷付け裏切ったのだ。二度とお前にチャンスはやらん。お前がご執心中の男爵令嬢と結婚するならそうしろ。わしはもう知らん。」
「そんな…!父上!待ってください、あの女は違うのです。」
「黙れと言っている。そうそう、お前がその女との間に子供が出来たとしても王族とは名乗らせない。もちろん、継承権など以ての外だ!肝に命じよ。」
どうもフェルナンド殿下は行ったこともない辺境には何もないと思っていたようで、結婚するまでに出来る限り王都で遊びつくそうと思っていたようだ。そして、例の男爵令嬢は妾として連れて行くつもりだったと。
どういう思考回路でそんなこと考えるのかしら。
辺境の領地であるユーリンデン侯爵家にとって今更王家との繋がりを強めることなど何の利もない。王命であることと、臣下としての忠義で受けたに過ぎない縁談なのに、どうしようもない不良物件を押し付けられて更に妾…?
これにはその場にいた王も王妃も呆れて言葉を失っていた。
本当に解消できてよかった。
賠償金もしばらく領地で何か問題が起きても心配がないくらい出るようだ。
そして王都の屋敷に戻ってすぐ、驚くほどの縁談の話がユーリンデン侯爵家に届いた。
「お嬢様はこの可愛らしい容姿で、聡明ですし、優しい人柄ですから城の文官達にもとても人気だったそうですよ。」
昔から傍にいてくれる母と同じ年の侍女のマーサがニコニコ嬉しそうにしている。
届いた釣り書きの中には、フェルナンド殿下の仕事を代わりにしていた時によくしてくれた方たちもいた。
領地に戻るまでのあと一週間。ラナルーシュは父と共に王都を巡ったり、釣り書きの返事をしたためたりと忙しく過ごしていた。
「…来ない…わね…。」
眠る前にため息を吐く。
そして出発まであと二日という日に、彼はやってきた。
「…来て下さったのですね。もう…来ないのかと思っておりました…。」
しばらく会えなかったから、顔を見れて嬉しくてラナルーシュは呟いた。
「申し訳ございません。」
カイル様はいつもの騎士服はない、きちんとした正装で、大きな花束を抱えていた。
そしてそのまま膝をつくと、花束をラナルーシュに差し出した。
「私、カイル・ジョゼ・パーシバルはラナルーシュ嬢を誰よりも深くお慕いしております。どうか、私と結婚してください。」
溢れるほどの色とりどりの花束を目の前にして、惚けてしまった。
「え…?」
隣に立っていた父が驚いてラナルーシュと彼を見つめている。
震える手でその花束を受け取ると、カイルは真っすぐにラナルーシュを見つめた。
花束に隠れていたその顔は耳まで真っ赤だ。
「五年前、初めて貴方に出会った時、雷に打たれたように恋に落ちました。殿下の婚約者と知っていながら溢れ出そうな思いを抱えて卑しくも傍にあり続けていました。貴方を傷付ける何者からも守りたいと思っていたのに、ただ側に立っているだけで何一つ守れなくて…自分が情けなかった…。清廉で美しく真っすぐなラナルーシュ様に自分は相応しくないと悩みました。でも、どうしてもあなたを思うことをやめることが出来ないのです。」
そのいつもの淡々とした話し方ではない、震える唇から伝えられる言葉に、夢を見ているように喜びが溢れてちゃんと見たいのに…涙でぼやけてしまう。
「…いいえ…、ずっと守って下さっていたでしょう…?初めて会った時は命を助けて下さった。そしていつも私を殿下の理不尽な暴力からも…。当たり前のように気を配り、心を配り、あなたがいてくれたから、私は真っすぐ前を向いていられたんです…。私は…あなたが好きなんです…。」
「……っ…ラナルーシュ様……。」
お互いに感極まったまま見つめ合う事数秒…
ゴホンッと聞こえてハッと我に返った。
「あ~…、ラナ…。この方がお前がよく手紙に書いていた命の恩人であるカイル殿…なんだね?二人の気持ちはわかった、から、とにかくここは玄関だ。部屋に移動しようか…?」
そう、ここは玄関ホールだ。周りには感動したように涙を流すマーサや、嬉しそうに見つめている家令のバーロンや侍女たちもいる。
「も、申し訳ございません!!ユーリンデン侯爵様。」
慌てて立ち上がったカイル様に優しい眼差しを向けて「あちらで話を聞こう。」と、父が笑った。
話を聞くとカイル様は近衛騎士をやめて来たという。
もし、この先良い返事を貰えなくても共に辺境へ行き、辺境騎士団に入り、ラナルーシュの傍にいたいと思ったそうだ。本当に不器用で真っすぐな人だわ…。
「私から結婚して欲しいと言ったのに、断るはずがないでしょう…?」
「いや、でも私は女神のように美しい貴方に相応しくないこの見た目だし…。」
「え…?こんなにかっこいいのに…?」
「………。」(真っ赤)
「はいはい、二人が思いあっているのはわかった!そしてカイル殿、君が真面目で真っすぐな男だという事もね。とにかく君のご両親ときちんと話をして、もし了解を得たら、このまま一緒にユーリンデン侯爵領に行こう。色々学んでもらうこともあるし、それに辺境騎士団の訓練にも参加出来る。」
「両親には了解を得ていつでも出られる様、荷物もまとめています。実は近くで待機してもらっているので、今から呼んでまいります。」
「まぁ…!」
「ハハ…本当に真っすぐで真面目で面白い…。よし、どこにいらっしゃるんだ?呼びに行かせよう。」
その後、半ば信じていなかったらしい恐縮するカイル様の両親と父が正式に二人の婚約を調え、二日後には共に辺境へ出発した。
真面目で不器用なくらい真っ直ぐなカイル様を、父もいたく気に入ったようで、旅路はとても穏やかで夢のようだった。
「カイル様!お疲れ様です。」
「ラナ、ただいま戻りました。」
魔物が出たと連絡があり、カイル様は騎士団と共に討伐に出ていたのだ。
彼がラナルーシュと共に侯爵領に来て一年。
もともと騎士としての能力が高かったカイル様は、その不器用なくらいの真面目さで、辺境騎士団の先輩騎士達にいたく可愛がられたおかげで、めきめき力をつけ、たった一年でバルク辺境伯に認められる実力者となった。
そして、何かあった時のためにと、一緒に剣の鍛錬に参加するラナルーシュが怪我しないようにと過保護なくらいに口も手も出すようになった。
「そんなに過保護にされたら、訓練になりません。」
と何度言っても、傍から離れないため、仕方なくラナルーシュの練習相手はカイル限定となったのだ。
外出するときは常に護衛として傍に張り付き、幼馴染であり、子供のころ、婚約予定だったガイオンが近くに来ると途端に不機嫌になる。
「ガイオン兄様は初恋の方と結婚してもう二人の子供もいらっしゃるんですよ?」
と言っても、拗ねたような顔で、金色の瞳を揺らすカイル様はとても可愛い。
「カイル様、私の事大好きですね。」
そう言ってラナルーシュが笑うと、湯気が出そうなくらいに真っ赤になった。
「…そうですよ…。仕方ないでしょう!あの時、訓練場をキラキラした目で見学していた見たこともないくらい可愛い少女に目を奪われて…その直後小さな体で魔馬に立ち向かった勇敢な貴方を失う恐怖を味わったんです。あれから私は貴女のことしか見えないんです。この先一生傷一つ負わせたくないんです…。」
真っ赤になりながら語られる言葉に今度はラナルーシュが真っ赤になった。
「…カイル様って凶悪…。」
呟いたラナルーシュにキョトンと目を見開く。
「え…?」
「…なんでもありません。大好きです、カイル様。」
そう言って背の高いカイルの顔を両手で引き寄せ、チュッと口付ける。
至近距離で見つめたら真っ赤に染まった顔を硬直させたカイル様がいて、ラナルーシュはフフッと笑う。
「凶悪なのはどっちですか…。」
そう言って困ったような顔で幸せそうに微笑んだ。
その後、ラナルーシュとカイルは皆に祝福されて結婚し、王都で無表情で鉄面皮と言われていた人とは思えないくらい、感情豊かで愛情深い最高の旦那様になったのだ。
そして最高に心配性な父親にもなるのだか、それはまた別の話…。




