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第6話 光姫

 


 私は………………。


 

 ―――恐れていたことが起きたと思った。




 (光姫ちゃん……そんな………)




 夏頃に光姫ちゃんに『《《避けられる》》』。



 いま考えれば、これじゃ八年前と同じ…。

もしかして、いや、まさか………。



 水族館で光姫ちゃんと遊んだ日のこと。ハッキリ覚えている。私が未来から過去に戻ってきたことを告げようとすると、喋ることができなくなった。


 この時は、何も考えなかった。いや、考えないようにしていた。光姫ちゃんの死を連想することすら辛くて、動悸が止まらなくなるから。


 病院でもそうだ。それが頭にチラついた瞬間、耐えきれないほどの胸の痛みが襲ってきた。



 でも。まさか。



 八年前と同じ。それなら、このままだと光姫ちゃんはまた死んじゃうの…………?





 ―――――甘かった。何で勝手にその事実が塗り替わるなんて思い込んでいたのだろう。



 私は、本当にバカだ。




 ◇◆◇◆



 

 強い頭痛がする。


 (光姫ちゃんに避けられた……)





 「な、なあ海夏。海夏はさ、この夏は海に行ったりするのか?名前に海って入ってるくらいだしな!」


 「いや……どうかな……」


 「……そっか。俺はさ!海夏とどっか行きたいなって思ってるんだ!」


 「う、うん」


 「例えば、映画とかさ?今流行ってるやつまだ俺見てなくて。海夏は、あの映画みたか?」


 「……どうだったかな……見てない、かも」



 「………………」



 ――蓮太は急に真面目な顔をする。


 煮えきらない私の反応に腹を立てたのだろうか……。でもそれすら気が回らないくらい、私はひたすら焦っていた。



 蓮太は、その場で立ち止まった。




 「…………海夏。ほんとはさ、光姫と帰りたかったんじゃないか?」


 (えっ……)


 帰り道。アスファルトの上で見つめ合った私と蓮太。蓮太の目は真剣で、その口調は優しかった。


 「俺、前からずっと海夏と一緒に帰りたくて……光姫がそれに手伝ってくれてようやく叶うって思ってはしゃいでた。


  ――――でもさ、本当は……海夏は俺より光姫と帰りたかったんじゃないのか?」


 「えっ、いや…、……………うん。そうなんだ。楽しみにしててくれたならごめんね」


 「いや、いいんだっ!浮かれてお前の気持ちを無視しちゃってた俺が悪いんだ」



 そう言って蓮太は笑いかけてくれる。その気遣いがなんだか私の身勝手さをたしなめるようで。


 蓮太は……私なんかよりすっごく大人だ。私は好きな子しか見えてなくて、周りに気遣いなんてきっと出来てなかった。年齢だけ重ねて、心は光姫ちゃんを引きずったまま。



 私は、あの夏の日から何も成長できてないのかもしれない。


 「ありがとね、蓮太。蓮太にとって、凄く辛いことさせてるよね……。ほんとにごめん」


 「つ、辛いことなんかねえよ!好きな子に謝らせたことのほうがよっぽど心にくるぜ……」


 少し俯いた蓮太の表情は、年相応の幼さもあった。


 (蓮太は……私が蓮太に振り向くことはないって気づいても…私をなるべく傷つかないようにしてくれてるんだね……)


 「そ!そうだ……。ついでに一つ海夏に聴いてもいいか……?」


 「うん…いいよ」


 そう言うと蓮太は深呼吸をした。震えた手と言葉。そして、次の言葉をなんとか紡ぎ出した。


 「み、海夏!……俺、海夏のことが、好きだ!付き合って…ほしいんだ……」



 蓮太……。


 人の好意を受け止めることはとても難しい。蓮太を傷つけたくない気持ちが喉元を抑えつける。



 でも――――ここでちゃんと答えなきゃ。




 「ごめん、蓮太……」


 「ま、そう…だよな……。俺も薄々気づいてたんだ、最近どんどん光姫と距離が縮まってく海夏を見て……焦ってたんだ…はは」


 「うん……私は、やっぱり光姫ちゃんの事が《《好き》》だから」


 「……なんかカッコ悪いな!俺。…光姫とはちゃんと仲良くやれよっ!じゃあな!」


 ―――走り去っていく蓮太。



 私は、その後ろ姿をただ眺めるしか出来なかった。



 ◇◇◇




 ハッキリしない私の行動が蓮太を傷つけてしまった。蓮太は、私を傷つけないように最大限気を遣ってくれていた。あまつさえ、蓮太は自分から私と距離を置いたんだ。



 『光姫とちゃんと仲良くやれよっ!』


 ―――その彼の言葉に、凄く背中を押された。


   

 ありがと……蓮太。




 ◇◆◇◆



 蓮太と別れた後、帰り道を一人歩いていた。そんな時だった。




 「――――海夏!!」





 あ…………、



 「……光姫ちゃん………っ!!ねえ、体調は大丈夫?また前みたいにふらついてない?今度は絶対に隠しちゃ駄目だよ…!何かあったらすぐ言うんだから!」


 その顔を見た瞬間、口から自然と言葉が溢れ出す。頭は全く回っていなかった。光姫ちゃんを見た瞬間に、安心より不安が打ち勝つ。そしてそれは止めどなく膨らんでいく。


 「え、う、うん。急だね海夏。――――ってそうじゃなくて!光姫ね、伝えたい事があってきたの……。海夏に本当に聞いてもらいたい事なんだ」


 「………急なんかじゃないよ……駄目なの……もう絶対に光姫ちゃんを死なせたりさせないから……お願い。私の傍を離れないで…」


 縋るように服を掴み、光姫ちゃんを見つめる。


 「……ほ、本当にどうしちゃったの海夏。顔色すっごく悪いし、なんか様子おかしいよ?それに私はちゃんと生きてるし!」



 そう不安そうに顔を覗き込まれてようやく正気に戻った。




 蓮太の言葉を思い出した。


 ――そうだよね……光姫ちゃんまで不安にさせちゃ駄目だよね……。


 「あっ……ごめん、あのね、さっきから色んなことがあり過ぎて………冷静じゃなかったのかも…」



 「そっか、そうだったんだね。……あ、蓮太はどうしたの?」


 「えっと……。急な用事があって帰っちゃった」


 「そうだったんだ。――海夏、良かったら何があったか聞かせてよ?」



 「でも…………それは…」


 「うんうん」


 「………………っ」



 今、何かを口に出す事が凄く怖い。また喋れなくなったら、声が出なくなったら……そう思うとつい口を固く閉じてしまう。




 「…………も〜〜っ」



 ――――ほら!ぎゅ〜〜!!


 

 「み、光姫ちゃんっ、??」



 「そうだよ。光姫ちゃんだよ……」


 甘く囁かれ、力いっぱい抱きしめられる。でも痛くなくて、何より光姫ちゃんが傍にいることを強く感じて…………。とん、とん――と背中に優しく触れられるたび、押しつぶされそうな不安がほどけていく。



 …………視界が霞んで……目尻が焼けるように熱くて。気づけば私は泣いていた。年甲斐もなく声を上げて。




 ◇◇◇




 暫くして、光姫ちゃんは少しずつ話し始めた。



 「海夏はさ……。最近変わったよね。色々積極的になったし、『光姫の事大好き〜!』って感じで離れなくなったし」


 光姫ちゃんの胸の中で頷く。嗚咽が漏れて上手く返事できない。


 「……ひぐっ……ゔん…………」


 「生意気にも光姫の事からかっちゃったりしてさ〜。ホントはすっごくドキドキしてたんだよ?なんだか海夏が色っぽく見えて……えっちなんだもん////」


 「……そ、そうなの……?」


 「うん……今だって、可愛い海夏を抱きしめてるとちょっとドキドキするし……泣いてる海夏が食べちゃいたいくらい可愛いんだあ……////」


 「…えへへ……光姫ちゃん♡………////」


 嬉しかった。それ以上に……その言葉一つ一つにドキドキして、胸が高鳴る。二人分の心音が混ざりあっていく。


 「ね……一緒に住みたいな……花火も観に行きたいし、色んなところにも行こうね…」


 「うん……!!」



 「あ、あと浮気しちゃ駄目なんだからね……光姫、海夏があやのんとれんれんに楽しそうに話してる時、ヤキモチ焼いてるんだもんっ」


「光姫をさみしくさせたら絶対だめ…♡♡」


 普段より更に甘く、撫でるような声で耳元をくすぐる。ねだるような猫撫で声に、力が抜け、顔がどんどん紅潮してくる。




 『あっ、そうだ!』と言って光姫ちゃんは手をモジモジする。そのあどけない仕草が愛しかった。初めて見せる恥じらいに、紅く染まった頬に……光姫ちゃんの気持ちが強く伝わってくる。



 「伝えたかったこと……海夏にいま話してもいいかなあ?」



 「…うん!…話して欲しいな……////」



 「よし………待ってね…」




 光姫ちゃんは、すっと息を吸って。





 私の目を優しく、真っ直ぐに見つめた。





―――ねっ!海夏っ………大好きだよっ!…光姫と付き合ってくれませんかっ………?



―――うんっ!……大好きっ!光姫ちゃん…


  ずっと一緒にいようねっ!――――――





 そっと踵をあげて、光姫ちゃんの柔らかい唇に触れた。




――――――――――――――――――――

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