第3話 海月よりも…
光姫と海夏は幼馴染だ。
何をするのも一緒で、一緒に居ないときのほうが珍しいかな?海夏は妹みたいで、可愛がってあげるような存在だった。
でも今日の海夏はどこか大人っぽかった。
表情かな?ううん、上手く伝えられないけど、儚い雰囲気があった。
それに光姫のことを見る目が少し変わった気がする。いつもより積極的な気がするし。
さっきも、海夏に手を引かれて歩いた。こんなの初めてかも……?前まで自分から急に飛び込んでくるなんてなかった。光姫が『海夏、ほらおいでっ』って言うまでモジモジしてたのに。
なんでドキドキしてるんだろ……海夏はそんなことないのかな…………。光姫だけなのかと思うと少し不安になっちゃう。
光姫はなぜか海夏が色っぽく見えるときがある。おかしいのかなあ。女の子同士なのに……。
「…………海夏……」
あの時のことを思い返してた。光姫と海夏が初めて会ったときのこと。小学一年生だった頃かな。
それは今より日射しが強くって、汗が目に染みるような夏だった。
◇◆◆◇
光姫はあの日、ママとパパとプールに来ていた。
……でも、一人で遊んでた。
親は暑いからってパラソルの下で日射しを避けていた。『暑いからちょっと涼ませて』って言って光姫についてきてくれなかったの。
『も〜、ママもパパもすぐバテちゃうんだから!もう知らない!』
ママもパパも思うように遊んでくれなくて、さみしかったんだ。
だからかな…光姫は遠くに行っちゃだめって言われてたのに、
――約束を破っちゃったんだ。
視界が揺らめくほど暑い日で、普通のプールはもうすっごくぬるくなっていて。たまには冒険したくなったんだ。
例えばそう……行ったことない所に行ってみたくなった。
『どこに行こっかな〜あ。あの海みたいに水が押して引くやつ行ったことないかも!』
いわゆる波のプールってやつだね。あの頃はほんと危ないことしたな〜。今でもちゃんと思い出せるくらい怖かった思い出。
『このプール結構広いなあー。そうだ!一番奥まで行ってみよ!』
――そう、そんな年の女の子が、好奇心のまま足のつかない奥に奥に進もうとして。
どうなるかは分かるよね……。
――――光姫は、直ぐに溺れちゃったんだ。
(…えっ………)
急に勢いを増した波に、小さな体はバランスを崩したの。
『〜〜〜〜〜ぷはぁ!!ママ!!〜〜ねえ、ママ!!〜〜〜〜』
動こうにもすぐに波が来て手足の自由が効かなくて…。波は引いても体の体勢を立て直す前に戻ってきた。
すぐに口に水が大量に流れ込んできて、幼いながらに死というものを初めて身近に感じたの……。
とにかく怖くてたまらなくて、必死に声を上げたけど、運が悪かった。その時、たまたま傍に大人はいなかったんだ。
身動きが取れないまま、ああ、光姫はこのまま死んじゃうのかな……なんて考えてた。
でも。
――――ただ、一人。プールサイドから同い年の女の子がそれに気づいてくれた。
海夏…………。海夏は光姫の命を救ってくれた。
海夏は声を聞くとすぐに大人を呼びに行った。いま考えるとあの年の女の子が、咄嗟に出来ることじゃないかもしれない。光姫なら、怖くて立ち竦んでしまうかもしれない。
…………あんなちっちゃな頃から、海夏は光姫よりもしっかりしてたんだね。
いざという時は光姫よりも勇気があって、強い女の子だった。
◇◇◇
それから、光姫は海夏とよく遊ぶようになった。自分のことを助けてくれた恩人。何より夏が似合うあの子の姿に、憧れていた。可愛くて、普段おどおどしてるんだけど、本当はしっかりした子。
光姫は、そんな海夏のことがすぐ好きになったんだ……。
◆◇◇◆
「――光姫ちゃん、ほら見て!海月だよ。可愛いね……」
エメラルドと青、白の美しい綺麗な照明に照らされた海夏は、海月よりも目を引きつけて離さなかった。
神秘的なその横顔、青い澄んだ水のように綺麗な青髪…。息を呑むようにきれい……。
「ね〜、光姫ちゃん海月見てないじゃん。ねえ、もしかして私のこと見てくれてたの……?」
視線に気づいて、悪戯に笑う海夏。うう、やっぱり可愛い。あざといよ〜。
心を見透かされたからなのか、普段見ないその表情にドギマギしたのか胸が高鳴った。
「い、いや……ほ、ほら!海月だよ!可愛いよ海夏っ」
「それさっき言ったよ〜。ふふ、もう光姫ちゃんったら」
「うっ………海夏の癖に…。やっぱりなんか大人っぽくなったね…」
いま、二人で水族館に来ている。光姫は特に行きたい所ところはなかったけど、海夏が『私、美月ちゃんと水族館行ってみたいな〜』――って言うから。
せっかくの休日。海夏と過ごしたくなった。何気に海夏と二人きりで水族館に来たことはなかったかも…?
海夏と一緒に大きな水槽を見上げながら歩いた。
「ふふ。ほらほら、ジンベエザメだよ!すっごく大っきいな……」
「にひひ。海夏はちっちゃいもんね〜。早く光姫に追いついてみせてよ〜!このままじゃ光姫がすぐに大人になっちゃうかもっ?」
そう言うと海夏は楽しそうに笑う。
「…………そうだね。大っきくなったら、光姫ちゃんを抱きしめやすいかな…?」
「っ!……そ、そうかも……ね////たしかに?
――ってダメダメ!光姫が、こう、上からギュッとしてあげるのっ!――あれっ?」
「ほらっ。ぎゅ〜〜〜っ」
少し暗い館内の椅子で、海夏は少し被さるように抱きしめてくる。なぜか今までで一番ドキドキしたんだあ////。それに……あったかい。海夏も、鼓動とっても早いな……。
やっぱりこの前から変だ……。海夏も、光姫も。他の子とハグするのとは違う。心の中が暖まって、和むような。でも、胸のドキドキは収まらなくて…………。
幸せ、なのかも。
「ねえ、海夏……?」
「な〜に、光姫ちゃん?」
「…………な、なんでもない……よ」
胸のうちに湧き上がる気持ちは、うまく言葉にできなかった。
◇◇◇
イルカショーを見て、服がちょっと濡れちゃった。海夏も髪から少し水が滴ってる……
なんでか今日は海夏のこと、変な目で見ちゃってるなあ……。気持ち悪かったらどうしよう。
「海夏、今日はなんで二人で来たの?いつもなら四人で来るよね!珍しいじゃん!」
「う〜ん。光姫ちゃんとデートしたかったの」
「ええっ!そ、そうなの……?」
「――ふふ、それはどうかなぁ?でも話したい事があったの。光姫ちゃんは信じてくれるか分かんないけど、実はね…私――――」
「え?」
突然海夏は口を抑えて、喋るのを止めちゃった。その顔には、焦りと驚きが混ざったような表情。予期せぬ事が起きたような……そんな顔。
「あ……いや、………ん〜と、光姫ちゃんは今年は祭りとかどうする?」
「いつも通り!四人で仲良く回ろうよ!楽しみだね、えへへ。屋台とか……それにね〜《《花火っ》》!!大好きなんだあ〜」
「そ、そうだね。光姫ちゃん」
海夏は、何をいいかけたのかな?もしかしたら、私に言いづらいことなのかな……。恋愛相談とか……?海夏は可愛いし、あり得るかも。
でも。
それは――――ちょっと嫌かも。
それが自分でも何でなのか分からないけれど、目の前の海夏が一層愛おしく思えた。それと同時に手放したくない……、なんて。
――――――――――――――――――――
『光姫ちゃんは信じてくれるか分かんないけど、実はね…私―――――』
…………『私、未来からきたんだ――』
そう言おうとすると、声が全く出なくなった。喋っているのに、声帯に振動がこないような感覚。口をパクパクしている私を光姫ちゃんは不審に思っただろう。
思わずはぐらかしたけど、これはどういう事なんだろう。
――まさか――。
――――もしかして、やっぱりただで過去に戻れるなんてあり得ないってこと……?
何か、嫌な予感がする……。
戻りたいなんて何度考えたか分からない。
誰に祈ったって数年間叶うことは全くなかった。それなのに、いったいなぜ?
なぜあのタイミングで急に叶ったの?
『私が未来から過去に戻ってきた』ことだけは全く話せなかった。これは…………。
――やっぱり、良くない事が起きている気がする。
「ねっ、海夏!……あれ?」
――でも、それに目を背けたかった。何より楽しい光姫ちゃんとのデートに、嫌な感情を持ち込みたくなかった。
「うん!……次はなに見よっか?」
…………私は、その日をただ二人で楽しむことにした。