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第1話 もしも、



◆◇◇◇


 

 

 ――ね〜、まだ寝てるの?




 ――起きてよ海夏みか! お!ひ!る!だぞ!


 

 親の声より聞いたその明るい声。跳ねるような可愛い声音。……光姫みつきちゃん……。


 


 えっ…………。光姫ちゃん?


 

 ああ、そうか…。また夢を見てるんだ、私は。



 あれから何度も、光姫ちゃんと一緒にいた小学生の頃の思い出を夢にみる。一緒にいる時は、ちゃんと感じていなかった、あの幸せ。


 今なら思う。他に何も要らなかったって。あの子を返してくれるなら、なんだってした。光姫ちゃんの代わりに私が死んだってよかったのに。



 やっぱり、もう遅いんだね…………。


 


 ――ねー!!



 「ねぇ〜〜!!いつまで感傷に浸った顔してんの!ほんとに学校遅刻しちゃうよ!」


 「え………っ?…光姫ちゃん…………?」


 「そうだよ、光姫ちゃんだよ!ほんで海夏は海夏!さ!起き上がって支度しよ?」



 自室。そこにはずっと忘れることのなかった、忘れることが出来なかったあの子がいた。

 ―――元気が取り柄な、強気で、誰よりも明るい少女。亜麻色の髪をポニーテールにした笑顔のまぶしい少女が傍に立っている。




 光姫ちゃん………っ!!堰を切ったように溢れ出す感情は、一度口に出すと止まらなかった。



 「みっ、……っ!光姫ちゃん、ほ、ホントに光姫ちゃんなんだよねっ…………ぐすっ…会いたかったの。……ずっと、ずっと寂しかったのっ!……ううぅぅ………光姫ちゃんっ」



 「ええっ!ちょっ、海夏!?」


 突然泣き出しちゃった私に、鳩が豆鉄砲くらったかのようにビックリしている光姫ちゃん。

 でもいいよね…。もしこれが夢なら、少しくらいまた甘えても……。




 「なっ、泣かないでよ〜海夏!ご、ごめんね。強く言い過ぎたよね……ああっ…ホントにごめんね海夏〜!」


 記憶の中の光姫ちゃんのままだ。泣き虫な私が泣くと、光姫ちゃんは焦って『ごめんね』しか言えなくなる。いつもそうだった。


 「ううん!、良いの………っ!また光姫ちゃんに会えただけで、幸せで、」



 「も〜大げさだなあ海夏は…。光姫はずっとここにいるし!何時までも一緒!約束ね?海夏が嫌って言ってもずっと一緒なんだから!」


 「………!!う、うんっ!!…ずっと一緒にいようねっ!もう絶対……どっかにいっちゃやだよ……………」


 「うんっ、約束。ほら、おいでっ?」



 いつまでも泣きじゃくる私に、光姫ちゃんは困り顔で頭を撫でてくれる。何年も、想いい焦がれた彼女がそばにいる。気づけば私は光姫ちゃんの胸の中で泣きつかれて眠ってしまっていた。



 ◇◇◇



 泣きつかれて眠った私の横で、光姫ちゃんも寝息をす〜す〜立てていた。可愛いな…。


 体を起こし、辺りを見渡す。今、家にはお母さんもお父さんもいない。

 見上げた時計の短針は九時を指していた。学校があるならもう遅刻だなあ…。

 時計の横のカレンダーには、八年前の日付、二〇〇三年と書いてある。



 これは……長い夢なんだろうか。光姫ちゃんがそばにいてくれる。夢ならもう覚めなくたっていい。光姫ちゃんがいる所が私の場所だから……。


 窓の隙間から蝉の鳴き声が聞こえる。家も、街も、風景だって…。何一つ変わらない、あの頃のままだ。机の上においてあるガラケー。懐かしいな。

 どこか宙に浮いたような感覚のまんま、光姫ちゃんの寝顔をツンツンしていた。


 (ふふっ、可愛いな……光姫ちゃん…)

 


 ◇◆◇◇


 

 あの夏。光姫ちゃんが私の前から居なくなった夏。その年はまだ例年より涼しく、過ごしやすかった。


 あの頃のことを私は上手く思い出せない。ううん、違う。記憶をずっと閉ざしている。 

 触れた瞬間に、私は私でいられなくなる。指先から崩れ落ちるような。足元から溶けるような感覚に陥る。


 光姫ちゃんはいなくなる前――私を避けていたような気がする――。

 ひたすら元気な彼女は、物憂げな表情で、私の何倍も大人っぽい時があった。


 泣きそうな笑顔を見せる彼女に、私は。……声を掛けられなかった。終わってみれば、後悔しか出来なかった。それしか、させてくれなかった。




 ◇◇◆◇




 「にゃむにゃっ……、にゃ。え!海夏いま何時?」


 「もう九時だよ光姫ちゃん。ごめんね、私が寝ちゃってたから……」



 「……ううん!そうだ、海夏が元気出るように、今日はサボっちゃおー!えへへ、なにする?ゲームする?」


 そう言って悪戯に笑う。


 また光姫ちゃんと遊べる日が戻ってきたんだね……。また流れそうになる涙をぐっと堪えて、ぎこちない、けれど心からの笑顔で微笑みかける。


 「……うんっ!ゲームでもしよっか…!」



 ◇◇◇◆


 

 今日はなんだか海夏が変だ。


 いつも通り朝、幼馴染でありご近所さんの海夏を起こしに行った。



 ―――



 海夏は起きるとじっと光姫の顔を見つめている。

 なんだろ?光姫の顔に何か付いてるのかなあ?


 そう思っていたら急に――


 『みっ、……っ!光姫ちゃん、ほ、ホントに光姫ちゃんなんだよねっ…………ぐすっ…会いたかったの……ずっと、ずっと寂しかったのっ!……ううぅぅ………光姫ちゃんっ』


 なんて言って泣き出しちゃうからびっくりしちゃった。土日に会えなかったのがそんなに寂しかったのかなあ。


 海夏は、泣き虫で、控えめで。光姫より背も小さいし、淋しがり屋だ。いつもほっておけなくて、ついつい構ってあげたくなるんだ〜。

 肩口まであるその艶のある綺麗な青い髪。いい匂いがする。海夏は小動物みたいに可愛い。



 「ううん!、良いの………っ!また光姫ちゃんに会えただけで、幸せで、」


 今日の海夏はほんと大げさだ。でも、海夏がそんなふうに光姫のこと好きでいてくれたことが、すっごく嬉しいな……。そう思いながら返事をした。

 


 『………!!う、うんっ!!…ずっと一緒にいようねっ!もう絶対…どっかにいっちゃやだよ……………』


 指で涙を拭いながら話す海夏に、ちょっとドキッとする。な、なんでだろ……。微笑みかけてくれる海夏は、天使みたいで…。理由も分からず胸が高鳴る。


 ずっと泣いている海夏を抱きしめてあげる。ドキドキしてるの、海夏にバレてないかなあ……。海夏の体温を感じて目を瞑っていると、なんだか眠くなってきた。ふぁ〜……。もう寝ちゃってもいいや…。


 海夏の優しい香りに包まれながら、光姫は眠りに落ちてしまった。

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