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あの日

第二話 あの日

 それは突然やってきた。

20ⅩⅩ年 3月01日 日曜日。

私は中学の卒業式を終えて、中学最後のホームルームに出席していた。高校進学が確定し、それぞれが別々の学校、別々の道へと進もうとしている。卒業がうれしくて歓喜する者や、別れを惜しみすすり泣く者がいた。

私も卒業後の高校生活に少し不安を抱きつつも中学校から卒業するという喜びに胸を高鳴らせていた。

ガラガラガラと教室のドアが開いた。それと同時に担任の山本先生が入ってくる。先生は涙目になりながらも平然を装い教壇へと上がり、教卓の前へ立った。

「はい、それじゃあ始めよう。委員長号令」

「起立!気を付け、礼!着席」

 私も委員長に続いて号令通りに動作を行うとすぐに着席した。教室の中は静まり返り、皆々が「最後のホームルームだ」という思考で惜別の表情をしていた。

「えぇ・・・君たちに私からですね言いたいことが結構あります。まずは卒業おめでとう。先生は・・・君たちと一緒に入れて・・・とても・・・」

 山本先生が頬を伝って一筋の涙を流した。それを見た生徒たちは感極まって号泣しだす生徒もいればそれを茶化す生徒もいた。

私はジーンと感動しながらこの光景を眺めていた。それと同時に物思いにふけっていた。

「よかって、江濱!先生を茶化すな!」

 そういいながら笑って注意する山本先生。先生もまんざらではない表情で答えているため嫌ではないのだろう。寧ろ、そのせいで涙があふれだしているのが見えた。

 先生が涙をこらえながらホームルームを進行して、なんとかそれを終えると教室の生徒たちは談笑をしたり、教室から出て写真を撮ったりと最後の中学校生活を満喫していた。

 私もとある人物に用があり、自分の荷物を持って隣のクラスへと向かう。

「楓!」

 私は教室の中で涙を流しながらクラスメイトと語っていた楓を呼んだ。楓はこちらに気づいてクラスの子に別れを告げながらこちらのほうにまで走ってくる。

「ごめん!待ったっしょ?」

 涙をぬぐいながら楓が聞いてきた。私は「待ってないよ」と答えて手を差し出した。

「一緒に帰ろ?」

「これまた早いね。もうちょっとさ、卒業生らしいことをしようよ!」

 楓に笑われながら言われた。しかし、卒業生らしいことをしようといわれても私は皆目、見当もつかなかった。

 私が頭の上にハテナが浮かんでいたのが見えたのだろう。それを察して楓は困惑しながら、しかし明るく言い放つ。

「ほら、いっぱいあるっしょ?最後だから学校の中を歩いて思い出を語ったりだとか、正門前で記念写真を撮ったりだとか、クラスで集合写真を記念で撮ったりとかさ!」

「あー。言われてみれば確かに。じゃあ、最後に学校の中を周ろ?」

 すると、楓は私の差し出した手を握り返した。ということは了承してくれたのだろう。私は、楓の手を引くとすぐに学校の中を歩き始めた。

 学校の中を周り始めて数十分。私は中学校生活での思い出を楓と一緒に施設の備品やら、学校の建物などを見ながら語っていた。

「体育館だ。そういえば、椛が体育館の入り口の階段で何回も躓いて転びそうになってたの覚えてる?今日の卒業式もそうだったっしょ?」

「なっ?!べ、別に私の不注意だとか、緊張して転びそうになってたとかそんなドジはない!決してない!」

「へぇ~」

「な、なにさ・・・」

「べぇつぅにぃ?でもぶっちゃけて言うと今日は緊張してたっしょ?冷静を装っててもバレバレ!声も裏返ってたし」

 しまった。私と楓とは幼馴染かつ大親友。お互い、考えていることは大体わかっている。やっぱり、平然を装っていても、冷静を装っていてもダメなのか。私は楓とはいえ、侮れないなと改めて実感した。

 あの後、いろいろな場所を周って正門前で記念写真を撮った後、私たちは帰路に就いた。帰路に就いた後も思い出話に花を咲かせ談笑していた。

「うちら。学校が変わってもずっと親友だよね?」

 楓が不安そうに聞いてきた。なぜそんなことを急に言い始めるのだろうか?私は疑問に思った。

「当たり前じゃないか。どうしたんだ?急にそんなこと言って」

 すると、楓がかしこまり、ちょっと申し訳なさそうな雰囲気を出てきた。

「うちら学校が変わるっしょ?それを機にお父さんが新居を立てちゃって・・・引っ越すことになったんだよねぇ」

 察してはいた。実はというと、「学校が変わっても」からちょっとずつ察してはいた。そしてその察していた答えが確実なものとなって、私はひどくショックを受けた。

「大丈夫!新居のほうに遊びに来ればいいし!ね?」

 ひどく沈んだテンションを感じ取ったのか、楓は私を励ました。私は学校でもボッチで唯一の親友が楓だけだったのだ。そんな楓が遠い場所に行ってしまうと、つなぎとめていたものが切れてしまいそうで少し怖かった。

「とりあえず、3月の下旬まではここにいるから安心して!」

 また楓から励まされた。楓よ、私の大事な親友よ、ありがとう。ただ、ちょっと私も悲しくなるからやめてくれ。大事な親友が遠くに行ってしまうという悲しさが5割、友達が彼女以外でいないという悲しさと後ろめたい気持ちが5割あって私は今、押しつぶされそうなのだ。

 私は、楓の家まで送った後、すぐに家へと帰宅した。

「ただいま」

 家に入った瞬間、声をかけたが返事はない。家に誰もいないのだろう。

私はそのままリビングへと向かいテレビをつけた。昼に下校したので、もちろん面白いバラエティー番組などはない。3分でできるクッキング番組や面白みもないニュース番組しか放送されていない。

 私は3分クッキングよりもまだ面白みのあるニュース番組を見ることにした。

リモコンを手に取って放送局を変えるとニュース番組が映し出された。

 特に面白みもない。強いて言うなら今の流行や芸能人が結婚したとかいう報道くらいだろうか。

私は面白みもないニュースをソファに座りながらただただボーっと眺めていた。

「では次のニュー・・・え?速報?・・・えぇ、速報です。ただいま、新宿区周辺で暴動が発生したとの情報が入ってきました。警察の機動隊が暴動を鎮圧させるべく奮闘中とのことです。ここで現場に代わってもらいましょう。中継の山田さん」

 テレビの中継が写した映像は実に残酷な内容であった。血まみれの民間人を機動隊が警棒で殴りつけたり、持っていた盾で民間人を押し倒して鎮圧したりとひどいありさまだった。中には救急車で搬送された民間人が白い歯をむき出して獣のように暴れている様子までが映し出された。

 これはただ事ではないとすぐに察した私は母に連絡しようと玄関の近くにある固定電話まで走っていった。固定電話の前まで到着すると母の携帯電話の番号に繋げて待機する。

―プルルルル、プルルルル

 出ない。早く出てくれ

―プルルルル、ピッ!

 出た。電話に出てくれた!

 私は舞い上がるほどの嬉しい気持ちを抑えて安否を確認しようと口を開く。

「もしもし?お母さん?」

「もしもし?椛?ごめんね、卒業式行けなくて」

 よかった。母の職場は何ともないようだ。

「お母さん?ニュース見てる?」

「ニュース?仕事中だから見てないわね。何かあったの?」

 ニュースを見ていないということは今、新宿のスクランブル交差点で起こっている暴動を知らないんだ。

「お母さん、今お母さんのいる地区で暴動が起こってるの。もし、周りが危険になったらすぐに逃げてね!」

 私はお母さんのいる地区が危険だということを伝えた。すぐに安全な場所に避難してくれることを信じて。すぐにどこか遠くの地域に逃げることを想定して。

「そうなのね。椛、わざわざ安否の連絡ありがとうね。でも暴動はすぐに治まると思うから心配しないで」

 私は耳を疑った。だって、危険はすぐそこまで迫っているのに焦った様子もなく“子供のいたずら”とすぐに鎮圧されるという危機感の欠如の状態で脳が処理しようとしている。

「椛、お母さんすぐに会議があるからまたね」

 母からの電話がプツっと切れてしまった。これはまずい。非常にまずい。

 私はすぐに二階にある自室に駆け上がると制服から私服へと着替え簡単に家から出る準備を済ませ、リビングに戻りニュースの続報を見続ける。

中継を映したテレビの映像は非常に悲惨な光景だった。殴られながらも何事もなかったかの様にふるまい、獣の如く人に噛みついたり、引っかいたりしていた。それによって負傷した機動隊も暴徒と同じように、否、ほぼほぼ加勢する形で民間人や仲間だった機動隊を襲っていく。

「やばい!逃げろ!全員逃げろ!」

 現場で中継をしていた山田が言い出した瞬間、カメラの映像が止まり、中継が途絶えてしまった。すると、テレビは新たな速報を映し出し、番組は非常にカオスな状況になってしまう。

 これはまずい。非常にまずい。とりあえず家の中で待機するしかない。下手に外へ出ても命を落とす可能性が高まるだけだ。家の中が安全だ。大丈夫、陸軍や警察がどうにかしてくれる。

 ガチャというドアを開ける音が玄関から聞こえてきた。誰かが帰ってきた。お父さんかな?

 私はテレビから離れ、廊下へと続く扉の前へ立った。しかし何だろう、この胸騒ぎは。扉の向こうから嫌な気配と予感が具現化したように立ち尽くしている。

 私は、恐る恐るドアを小さく開けた。

「アァァァ・・・」

 私は絶句し、絶望した。目の前にいるのはお父さんではなかった。お父さんではあるが別人のようなありさまで、そこに立っていた。肌は腐敗して変色し頬の皮が剥がれ落ちていて、顔は酷く晴れ、スーツは血まみれの見るに堪えない無残な姿で立ち尽くしていた。そしてお父さんだったものはギョロっと眼を動かして私のほうを見た。

 目が合った。目の前の化け物と目が合ってしまった。

 私は恐怖し、その場で固まるしかなかった。動きたくても動けない。叫びたくても声帯が硬直して叫ぶことすらできない。声を出すことができたとしても、それはかすれた声しか出せない。

 目の前の化け物が一歩一歩私のいるほうへと近づいて来る。私は目の前の化け物がドアノブに手をかけた瞬間にやっと動けるようになった。しかし、もう入ってくる瞬間なので隠れる時間があるはずもない。戦うしかない。正当防衛だ。

 私は台所へと向かい、引き出しから出刃包丁を取り出して両手で強く握った。私の足と腕は恐怖によってガタガタと震えはじめる。

―ガチャ

 扉が開いた。さっきの化け物が入ってくる。

 私はさらに震え、恐怖した。たとえ目の前の化け物がお父さんの見た目をしていてもそれはお父さんではない。単なる異形にすぎない。

「アァァァ・・・」

 化け物がリビングに入ってきた。瞬間、先ほどまで自由に動いていた手足はまた硬直する。緊張と恐怖、それによって筋肉は収縮し固まってしまう。

 ダメだ。まただ。また固まってしまった。

 私は目の前の化け物をただ見つめることしかできなかった。

「グガァ!」

 瞬間、目の前の化け物は跳躍して私に覆いかぶさり噛みつこうとしてきた。

 私はとっさの判断で大きな口を開けた化け物にめがけて口の中に包丁を突っこませ、噛みつけないように猿轡代わりにする。

目の前の化け物は怪力で人間じゃ出せないような力で私を圧倒する。

覆いかぶされた状態で身動きが取れるはずもなく猿轡代わりの包丁をその位置から動かさないようにするので精いっぱいだった。

じりじりと押されていく中で私は死を確信してしまう。

私の目じりから一筋の液体が流れ落ちる。涙だ。怖くて泣いてしまった。死という恐怖、誰も助けに来てくれないという絶望にいつしか私は慟哭していた。

この地獄絵図のような状況を打開するという考えは頭の中にはなかった。ただそこにあったのは死にたくない。それだけだ。

私の腕が目の前の化け物を抑える力がなくなってくる。そろそろ腕の限界だ。私はこの腕の力を緩めたら一気に首根っこを食いちぎられて死ぬのだろう。

そして、私の腕が限界を迎え手が緩んでしまう。

「あっ・・・」

 私が漏らしたその声はあっけなかった。叫ぶでもなくただ冷静に物を地面に落としたかのような声色をしていた。

 化け物の口が眼前まで迫る。私、死んだ。と思ったその刹那、化け物の背後から謎の人影が化け物の頭に向かって何かを振り下ろした。それと同時に化け物はうなり声をあげながら私の隣へと倒れこむ。

 私は恐る恐る見上げた。すると、血まみれの制服でたたずむ黒髪ロングの少女が視界いっぱいに広がった。

「楓・・・?」

 私はかすんだ声で言った。すると楓はシャベルを地面に投げ捨てながら私に抱き着いてきた。

「よかった・・・間に合ってよかった」

 楓のその声と言葉を聞いた瞬間、私はもう一度号泣した。そしてそれをあやす母親の様に楓は私の背中をさすってくれた。

 私が満足するまで泣きじゃくった後、家の庭でお父さんを埋葬した。私はお父さんを埋葬した後、すっきりとしすぎた気分で車庫に向かって祖母からのもらい物であるバイクの本まで行きそれにまたがるとエンジンをかけた。アクセルを軽く捻り、吹かしながら玄関で待っている楓の前まで向かった。

「乗って」

 楓を側車に乗せてアクセルを捻り家から離れた。私の心の中は何かぽっかりと穴が開いたようで今見ているもの、感じていること、体験したことすべてが夢のようで生きた実感も生きている実感も湧かなかった。

 私はこの先どうなるのだろうと思いつつアクセルを捻り、加速させながら行く当てもなくフラフラとこの都内を彷徨こととなった。

 これは私がヴァイス タウベ戦闘団という組織に加入する一か月前の話である。

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