始まり
第一話 始まり
20XX年。4月05日。
曇天模様で寒さがまだ残り、冷たい空気が肌に刺すような感覚が走るこの季節。私はバイクを走らせていた。
荒廃した東京都内を首都高速道路から見下ろしながら運転している。
あぁ、美しい街、東京都はいつからこうなってしまったのだろうか。何が原因でこのように荒廃し、見るも無残な光景になってしまったのだろうか。
「椛、あとどのくらいで着く予定?」
側車に乗った女性が私のほうを見ながら質問する。金髪ロングの女性の名前は勅使河原 楓。私の唯一無二の親友だ。
「あと、三十分くらい」
「三十分ね。早く帰らないとベースキャンプの人たちが心配するからさぁ。あと、運転中はよそ見しない。ここで事故ったら誰も助けられないんだよ!」
「あぁ、すまない。・・・よし、少しとばすぞ。楓」
私は楓のほうをチラッと振り返る。彼女は静かに親指を立ててグッドサインを出していたので、それを瞬時に確認すると、顔を前方に向けてアクセルを捻り、走る速度を加速させた。
首都高速道路を降りて、交差点を左折するとバリケードに囲まれた一つの5階建てのビルが徐々に見えてくる。遠くで見てもわかるほどに、そのビルは薄汚れていて、電気も通っていないため薄暗くどんよりとした雰囲気が伝わってくる。あれが私たちのベースキャンプだ。
「よし、楓。信号弾を」
私が合図すると楓は信号拳銃を取り出し、信号弾を装填して頭上へ発砲した。
明るい光をまとった光球が天高く解き放たれ、頭上で炸裂しながらゆっくりと地上へ落ちてきている。
私たちの合図を確認したのか、ベースキャンプの門が開かれるとギアと速度を落としながらゆっくりとベースキャンプ内に進入し、地下駐車場へと向かった。
地下駐車場には軍用車やハイエースなどが駐車されていて、いつ見ても物々しい光景だった。
「はーい!バイクはここに止めてね!」
とある女性がこちらに手を振って誘導しているのが見えた。私はその誘導にしたがってバイクを女性のもとへ接近させる。
「お疲れ様。今日は結構遅かったじゃない。心配したわよ」
迷彩柄の帽子に黒いタンクトップの上から軍のベストポーチを着込んだ女性が私たちに向かって言い放った。この女性の名前は武尾ヶ崎 妙高。ベースキャンプのみんなからは妙ちゃんとか、妙高の姐さんと呼ばれている人だ。私は妙高さんと呼んでいる。
「少し、食料を探すのに手間取ってしまって・・・心配かけてすみません」
「よろしい!ちゃんと、今度から時間以内に戻ってくるように」
あぁ、この人にはお姉さん気質がある。姐さんと呼ばれる理由が私にはわかる。
「ふん!まったく最近の若者は時間の大切さがなっとらんな」
話を割って入ってきたのは小太りの眼鏡をかけた中年の男性だった。この男性の名前は岡田 勝吉。鼻につくような言い方をする人で私はこの人が苦手だ。
「仕方ないっしょ!?少し離れたところまで調査しに行ってたし、その調査から食料調達もするのに時間がかかるのも当然っしょ!」
楓が少々声を荒げながら勝吉さんに言い返した。命を懸けて調査をしたり食料調達をしたりしていたので今の言いかたに腹が立ったのだろう。
「当然?否!当然であり必然だっただろう?だからこそ、このような事態にならないためにどうするかを考えて行動するべきじゃあないのか!これだから最近の若いもんは・・・」
説教をしながらまたもや悪態をついて勝吉さんは立ち去った。私は勝吉さんの言い分も納得していた。食料調達班が全滅したらベースキャンプの全員が餓死することになる。だから時間以内に帰ってこいというルールを厳しく取り締まったのだろう。
「何あの禿げ頭!うちらの気も知らないで!ガルルルルル!」
楓は勝吉さんの意図を理解しているのか?私は少し不安になるぞ。
「まぁ、そうカッカすんな。後で勝吉さんにも口調の改善を進言しとくからさ。それと、今日の地下トンネルの歩哨、よろしくね!」
妙高さんは明るくそういうとほかの車両の整備へと足を運んだ。
「しまった!今日歩哨だった!うち、歩哨勤務怖いからあんまりしたくないんだよね。しかも今日は地下トンネル!あそこはマジで無理!」
楓は泣きっ面に蜂の様子で憔悴している。
「まぁ、二人で頑張ろう。すぐに保証も終わるよ」
私は少々かわいそうだなと思いながらも楓を励ました。
楓は「うん」と呟きながら首を小さく縦に振って答えた。
私がバイクから降りると楓も側車から降りた。私たちは歩哨勤務の準備をしに自室へと向かい準備を終わらせると少しだけ仮眠をとった。
ピピピピピ!と甲高い音が部屋中に響いた。なんで目覚ましのアラームはこんなに不快なのかと思いながらアラームの音を止める。
「うぅ、めんどうくさい。楓、起きて」
楓が呻り声で用件は何かと返事をする。
「歩哨の時間だ。起きて」
「あと五分だけぇ」
私は寝起きだったこともあってか少々カチンときた。よし、ここは少しイタズラをしてやろう。
「これ以上寝ると歩哨の時一言も口きかないよ?」
私がこの発言を口に出した瞬間、ガバッと起き上がり私の顔を覗き込む楓。
楓は心底焦ったような表情で見つめていた。私はかわいい反応をするなぁと思った。
「おはよう。歩哨の時間だよ」
私の発言に楓は絶望した表情で私に嫌だと訴えていた。しかし、決まりは決まりなので仕方なく首を横に振って返事をした。
自室から出て3階の武器庫へ向かい、八九式小銃を手に取ってビルから出ると、裏路地から非常の脱出口である地下トンネルへ向かい当番の交代を仲間に伝えるとトンネルのバリケードを出て歩哨勤務に就いた。
トンネルの先は深淵に包まれ、ポチャリと雫が落ちる音が不気味に反響して聞こえてくる。先は真っ暗で何も見えない。バリケードの近くだけ松明で照らされているためそこだけが安心できる場所だ。
暗闇の中、静寂に包まれていて話すこともできないのが苦痛で仕方なかった。
私だって怖いのだ。この歩哨勤務が本当に怖いのだ。いつどこから“奴ら”がやってくるかわからない。
奴らは猛獣の如き聴覚と食欲で私たちを襲う。気を少しでも緩めてしまえばすぐに喰い殺される。
いつどこから来るかわからないこの状況が一番怖いのだ。調査や食料調達の時もそう。怖くてたまらない。
私はふと楓のほうを見る。楓は震えていた。寒さに震えているわけじゃなく、恐怖に震えていた。やはり私たちはいつまでたっても親友だ。
思えばあの日から運命のようなものに導かれていたのかもしれない。
「ねぇ、椛」
楓が口を開いた。この静寂と恐怖に耐えかねたのだろう。
「馬鹿、声を出すな。奴らに聞こえるかもしれないぞ。」
私は酷だと知りながらも楓を制止しようと口を開く。
「ちょっとだけいいっしょ?うち、怖いの」
「少しだけだぞ。気は緩めるな」
私は気を緩めないことを条件にそう告げた。少しくらい話しても問題はないだろう。それに、楓がかわいそうだし。
「椛はさ、怖くないの?」
楓が震えた声で聴いてくる。
「ううん。こわいよ」
私は本心と励ましの意味も込めて答えた。これで楓は安心してくれるのだろうか。
「そうなんだ。結構、意外だね。調査の時とか、食料調達の時なんてなんかこう、淡々とやってたっしょ?いつも冷静だから怖くないのかなって思っちゃった」
「そうか。楓にはそう見えているんだな。実は、恐怖を押し殺してるだけだ。冷静を装ってるだけでちゃんと怖いと思ってるよ。じゃないとこの世界では生きていけない」
私はいくつもの現実をこの目で見て、肌身で体験した。あの日からずっと見てきた。それは彼女も同じ。だけど二人とも恐怖で押しつぶされてたら私も楓もみんな死んじゃう。だから私だけでも冷静に判断して楓を導いていかないといけない。あの日、楓に助けてもらった時と同じように。
「そっか。うちも椛みたいになりたいんだけどどうすればいい?」
「・・・私みたいにならなくていい。ありのままの楓がいい」
「でも、うちは結構な足手まといだよ?それでもいいの?」
「うん。それでもありのままの楓がいい。それに、楓はいざとなったらちゃんと支援してくれるから足手まといじゃないよ」
私はそう言って楓のほうを見て笑って見せた。すると楓の目に熱い灯火が入ったかのように輝く。
やる気になってくれてよかった。私は、そんな彼女から視線を外すのを惜しみながら前方を振り向いた。すると、前方の深淵から一つの光が段々と近づいてくる。
一歩、また一歩と近づいてくるその光に恐怖した私は、すぐさまスティックライトを取り出して声を上げる。
「誰だ!」
相手からの返事はない。
「楓!コードイエロー!直ちに援軍を要請して!」
「合点承知の助!」
私はもしもの時を考えて楓に応援を要請させた。
遭難者だった場合は我々で救助し、仲間として出迎えさせるのだ。しかし、奴だった場合は側射殺。即時撤収せよ。このチームの中のルールだ。
「楓!探照灯点灯!私が前に出るからもしもの時は援護を!」
私は前にじりじりと進み光のほうへと近寄る。
「誰かいるのか?いるなら返事を!」
再度声を荒げて誰何する。
「・・・けて・・・助けて・・・助けてぇぇ!」
カンカンカンと早いリズムで足音が聞こえてくる。人語を話しているということは生きている可能性が高い。
「待ってろ!今行く!」
「待って!応援は待たなくていいの?」
応援がここに来るまで時間がある。本来は応援が到着するまで単独行動をしてはいけないのだが、今はそんな場合じゃない。
「私たちは私たちでできることをしよう!とりあえず、探照灯をこっちに照らしたままでいて!」
私は地面を蹴り、走った。声のするほうへ、声の主を救うべく走った。ここで助けないと一生後悔が残る。だから助ける!絶対に助ける!
走ること数分、薄暗いが人の輪郭が見えてきた。迷彩柄の防弾ベストに4眼ナイトビジョンを付けたヘルメット。それに新型の二五式小銃。これは間違いなく正規兵だ。私たちみたいな装備品とは比べ物にならないほど高価で質が高い。
私は発狂しながら助けを乞う正規兵にダッシュで近寄り深淵に包まれた前方に向かって牽制射撃を行いながら話しかける。
「大丈夫か?!君一人だけか?!とりあえず私のことはいい、振り返らずにあの探照灯の本まで走れ!」
そういいながら小銃を前方に構える私に正規兵は困惑したかのような雰囲気で見つめてきた。多分、民間人が銃器を握って平然と射撃しているのが珍しいのだろう。しかし、そんなに見つめる時間と余裕はない。
「ボケっとするな!早くいけ!」
私が声を荒げて怒鳴ると正規兵はハッとしたようで直ぐに新型小銃とトランクケースを持ち、後方へと走り去っていった。
それを確認した私もじりじりと探照灯の本まで近づいていく。しかし、それに合わせて同じく近づこうとする者がいた。
「アァァァ・・・ウゥゥ・・・」
奴だ。未知のウイルスによって暴徒と化し、生きた人間を喰い殺して増殖する動く屍。その名もアンデッドだ。眼球が飛び出し、片腕を欠損させ、外れた顎をあんぐりと開けながら一体のアンデッドが迫ってくる。
私は心の底から湧き出た恐怖が一気に放出され、体が硬直してしまった。早く逃げないと喰い殺される。目の前の動く屍に!目の前のアンデッドに!
「撃て・・・小鳥遊 椛。目の前のアンデッドを撃ち殺すのだ」
頭の中に謎の声が響いてくる。誰の声なんだ?いったい誰の声なのだ。聞いたこともない声だ。それなのにどこか懐かしく感じるのはなぜだろうか。しかし、その懐かしさのおかげで硬直していた私の体はほぐされ、自由に動けることができた。
目の前まで迫ったグロテスクなその面を今から壊してやる!
「破ァッ!」
私は銃床を目の前のアンデッドの頬にめがけて水平に振りかぶった。
アンデッドが殴られた反動で地面に伏せたのを確認すると私はその頭にめがけて鉛弾を1発撃ちこんだ。瞬間、目の前のアンデッドはたんと動かなくなり活動を停止した。
私はすぐに前方を振り返る。目の前に広がった視界は私にとびかかるアンデッドの両目にウジが湧くほどの腐った醜い顔面だった。私はとっさに、被筒をアンデッドがあんぐりと明けた口本まで持っていき、嚙まれるところをギリギリのところで回避する。
「うっ・・・」
私はアンデッドに押し倒された。アンデッドはバカみたいな力で私のことを喰い殺さんとする勢いで迫る。この化け物め。なんという馬鹿力だ。このままじゃ死ぬ!
「楓!私にかまわず撃て!お前の射撃の練度なら正確に撃てるだろ!撃て!」
私は楓に向かって叫んだ。私に少しだけ当たってもいい。何なら人間なまま死んでいい!とにかくこいつをどかしてくれ!私はその一心で叫んだ。
その叫びは楓のほうに届いたのかパァンという1発の銃声で返答し、その銃声が鳴り響いたと同時に目の前のアンデッドが活動を停止した。
よく見ると頭頂部に風穴があいていたためちゃんと正確に撃ってくれていた。私は少し、うれしく思った。
私は起き上がり態勢を整えるが目の前の光景に絶句した。無数のアンデッドがトンネル中に埋め尽くされ、私の方を見ていた。
私は絶望しまたもや体が硬直する。こんな数のアンデッドを対処できるはずがない。私は死を覚悟した。
しかし、絶望したこの状況でも私は銃を構えるのをやめなかった。心が、本能が、魂がアンデッドになることを拒否しているのだ。最後の一身を尽くしてアンデッドを殺す!
アンデッドを攻撃して一思いに暴れてやろうかと思ったその時だった。突如目の前に巨大な土壁が地面から生えてきた。
私は唖然としたまままたもや思考が停止してしまい硬直してしまう。
振り返ると小太り体系のシルエットが見えた。
「まったく最近の若者は頭悪くないか?一人で無茶をして死んだらどうするんだ」
説教じみた口調と独特のしゃべり方。間違いない。勝吉さんだ。
「勝吉・・・さん?」
私は思わず勝吉さんの名前を呼んだ。勝吉さんはそれに返事をすることなくこちらに背を向けて去っていった。
「楓!」
勝吉さんとすれ違って走ってきた。楓は涙目になりながら私の本まで走ってくると、急に座りだして抱き着いてきた。
「よかった・・・よかった・・・」
「ありがとう楓。すまない。心配かけさせて」
私は楓を強く抱きしめる。あたたかくて優しい彼女を見て緊張がほぐれたのか、私も涙を流した。私はただ「ごめん」と呟くばかりであった。
歩哨勤務が終わり、日の出前になると私たちは武器庫に武器を搬入し終え、ビルの屋上に行き日の出の時間まで待機する。
「楓、あれは持ってきた?」
「あれ?あー、あれね!ちゃんと持ってきたよ」
そう言ってラッパを見せつける。私をそれを見てかわいいなと思いじっと見つめてしまう。
「私の顔に何かついてる?」
楓が疑問の表情で私に問いかける。
「いや、可愛かったからついじっと見てしまった。ごめんね」
私がそういうと、楓はまんざらでもなさそうな表情で照れる。その照れた表情もかわいくてついじっと見てしまいそうだ。
旭日が上り、光線が私たちの顔を覗くかのように差し込んでくると私は急いでチーム「ヴァイス ツァォヴ」の旗を掲揚台のフックに引っ掛け、ひもで結ぶと楓にグッドサインを出して準備完了を知らせた。瞬間、起床ラッパがビルの屋上からバリケードの入り口まで鳴り響き直ぐ下の階からドタドタと騒々しい音が聞こえてくる。
私は起床ラッパと同時に旗を掲揚し、演奏終了に合わせて完全に掲揚し終えるとビルの下を見下ろした。
バリケードの外には無数のアンデッドが包囲していた。私をそれをただ眺めていることしかできなかった。私の隣に楓がやってくると一緒にその光景を視界に写してくれた。彼女の表情をふと見るとどこか悲しそうな表情をしていた。私も、楓も考えることは同じだ。なぜこうなってしまったのだろうかと
―すべて「あの日」から始まった
1話目どうだったでしょうか!世界観はしっかりとかけていると思います!
荒廃した世界に動く屍アンデッド!Oh、、、正にバイオハザード、正にパンデミックと言える組み合わせです!
次回からはキャラクターの詳細をあとがきに書いてみようかなと思っておりますのでよろしくお願いします〜!