小鳥の先生
青山すみれは四月から高校生になった。
自宅から電車で二駅のところにある高校で、近くには小さな公園がある。
近道なので、よくこの公園を通るのだが、毎日ベンチにお爺さんが座っている。
すみれは、朝も夕もそこに居るお爺さんが何となく気になった。
八十歳くらいで身なりは小綺麗だから、ホームレスではない。
もしかしてボケちゃったのかな?
それとも家族と喧嘩して家に居づらいのかな?
ちょっと心配だ。いったい毎日何をしているのであろうか?
すみれの祖父は二年前に亡くなっている。優しいお祖父ちゃんだった。
いつも穏やかに笑っていて、怒ったことのない人だった。
会社の専務で七十五歳まで働いていた。
仕事がら外食が多かったので高コレステロールになり、心臓の手術をした。
病床でも、一切愚痴をこぼさない強い人でもあった。
一緒に遊んでもらった時間と祖父の笑顔は、すてきな思い出になっている。
しばらくして、すみれは公園のお爺さんと挨拶を交わすようになった。
と言っても短く「おはよう」や「お帰り」などだ。
でも、毎日公園で何をしているのかという、疑問は深まった。
ある朝、急に雨が降って来たので、すみれは小走りで高校へ急いだ。
公園のベンチにはいつものお爺さんが居た。
雨なのに傘を差して、何をしているのだろう?
「おはようございます。雨、降ってきちゃいましたね」
「おはよう。もし良かったら、この傘を持って行きなさい」
そんな風にして、お爺さんが傘をくれた。
「でも、学校まで2、3分ですから」
遠慮して、やんわり断ったら、
「なに、ワシの家はすぐそこだから」
と笑顔であった。雨は強くなってきた。
「じゃあ、お借りします。ありがとうございます」
「ああ、行ってらっしゃい」
手を振ってお爺さんは家に帰って行った。
すみれは、少し温かい気持ちで高校に急いだ。
お爺さんはボケていなかった。そして穏やかな人であった。
下校時にすみれは、お爺さんに借りた傘を返した。
「傘ありがとうございました。晴れましたね。私これからバイトです」
「ワシもアルバイトしているよ」
「えっ、何をですか?」
すみれは少し驚いた。だって毎日公園で座っているのに。
お爺さんは静かに事情を説明してくれた。
お爺さんは黒田菊男さん八十歳。元大学教授で鳥類学者だった。六十五歳で引退し、公園で鳥の声を聴いて過ごしている。
今は母校の先生たちと「街の小鳥」という共同研究をしていて、これが僅かだがアルバイト代になっているという。
「小鳥の声もそうだが、若者の声を聴いていると元気が出るんだ」
そう言ってお爺さんは、先生の顔をした。