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04:エロイーズ、別館へ追い出される

 王国の南の果てにあるロス辺境伯家の領地は雨が多く、秋にはたびたび嵐が来て、対策に追われるのだという。

 辺境伯が結婚式を大急ぎで挙げて領地に戻ったのは、この時期いつ水害が起こるかわからないという理由だった。

 けれど昨日は、雨は降ってはいなかった。エロイーズは、朝目覚めて、寝た様子のないベッドの片側を見ながら、考えていた。


 本当に何か危急の要件で一晩中かかりきりになってしまったのか、あるいはこれ幸いと、別のベッドに寝たのか。

 無理に夫婦としての形を取る必要は無いと、辺境伯には話したかったのだけれど、話す前から避けられているのだとしたら、それはそれで寂しい。

 まだ彼の真意がわからないうちは、悩まないでおこうと、エロイーズは身体を起こした。


 寝間着を脱いで、昨日到着した時に着替えたまま置いていた、旅行用の質素な服をもう一度着る。

 子どもの頃は公爵令嬢として傅かれていたため、一人で身支度して昨日と同じ服を着るなどという事はありえなかった。だが、叔母と第三王子と共に刺客から身を隠す生活を送るようになってからは、エロイーズが彼らの世話を焼き、自分の事は自分でするのが当たり前になった。


 だから、朝の支度を誰も手伝いに来ない事への違和感に、エロイーズは気づかなかった。

 寝室と続き部屋になっている、彼女に割り当てられた部屋に行くと、馬車から運び込まれたはずの荷物がない。


「あの」

 廊下側にあるドアを開けて、通りがかったメイドに尋ねる。

「私の荷物はどこかしら?」


「ああ、はい」

 ややぶしつけな口調で、若いメイドは答えた。

「昨夜は大変遅かったので、やむを得ず、女主人用のお部屋にお通ししてしまったようです。旦那様から、別の部屋をご用意するようにとの指示がありましたので、別館に運んでおきました」


 やはり、夫婦用の部屋を割り当てられたのは間違いだったのね、とエロイーズは納得する。それにしても、別館とは……?


「別館へは、どう行けば良いの?」

「玄関の馬車止めから、東へ少し行ったところですわ」

 そう答えて、用は済んだとばかりメイドは去ろうとする。


「お待ちになって。セオドア様は今朝はどちらにいらっしゃるの?」

 エロイーズの言葉に、メイドは微かに眉を寄せた。

「『ロス辺境伯様』は、昨夜海岸沿いに難破船が流れ着いたため、対応に当たっておられます」

 言い終わらないうちに、彼女は歩き出していた。


(部外者は、ロス辺境伯様と呼べ、という事ね)

 エロイーズは、小さく溜め息を吐いた。

 夜遅くに領主が王都から帰ってきて、婚約期間もなくいきなり結婚したと言うのだから、使用人も唖然としたのだろう。反感を持たれるのは仕方がない。辺境伯が帰って来られて正式に紹介してもらうまでは、部外者の立場に甘んじよう、と彼女は思った。


(思い合って結婚した訳ではないのだもの)

 それでも、思わぬ冷遇に心が沈んだ。

 夫婦として暮らすつもりがないのは、エロイーズとしても同じだったからそれはいいとして、何の話し合いもなくいきなり別館へ追い出すのは、いかがなものだろうか。


「エロイーズ様!」

 半泣きの声に、彼女は振り返る。

 カラドカス公爵家のお仕着せを着た、ずぶ濡れの侍女が、息を弾ませながら廊下をやってくる。

「ハル? いったいどうしたの?」

 彼女は、公爵家から着いて来てくれた唯一の侍女だった。王都から離れている辺境へ使用人を連れて来ると、彼らが家族に会いづらくなる。だから、子どもの頃から仕えてくれていて、気心の知れた彼女一人に絞ったのだ。


 ソバカスの散ったあどけなさの残る顔を、悔しそうに歪めながらハルは告げる。

「私も、よくわからないんです。エロイーズ様のお食事の用意を厨房に頼みに行ったら、水を掛けられて、追い出されました」

「まあ」

 エロイーズは、呆れた声を立てた後、じわじわと、怒りを覚え始める。

「食事も出さないつもりなのね? いいわ、待ってて」


 急いで寝室に行って、上等のシーツをベッドから引き剥がしたエロイーズは、廊下に取って返して侍女をごしごしと拭き始める。

「エロイーズ様、自分でやります」

 ハルは抵抗したが、エロイーズは満足のいくまで彼女を拭き上げた後、シーツを無造作に廊下へ投げ捨てた。

 ぐしゃぐしゃになったハルの金髪を、手で梳いて整えてやる。


「別館へ行くわよ、ハル」

 と、エロイーズは告げた。

「別館? どういう事ですか?」

 ハルは、青い目をキョトンと瞠る。


「辺境伯は、私に別館を用意したらしいの」

 別館行きが辺境伯の指示だとはっきり聞いた訳ではないが、侍女が理不尽な被害を受けた事で、エロイーズの思い込みに拍車がかかった。

「そんなに私との結婚が嫌だったのなら、初めからお断りになってくだされば良かったのにね」

 難破船の対応に当たっているという話も、自分を避けるための口実かも知れない、と彼女は考え始める。


「そんな……」

 ハルが、泣きそうな顔になる。

「帰りましょう、エロイーズ様。ここに来るまでに、街が見えました。そこで馬車を出してもらいましょう」

「荷物が別館にあるらしいのよ。玄関ホールはこっちだったかしら」

 エロイーズが階段のある方向に向かおうと数歩進んだところで、新たな敵が現れた。


「こちらです」

 と、階段を上がってきたさっきの若いメイドが、見知らぬ女を案内してくる。

「ほら、あれです」

 メイドは、エロイーズを指さして言う。


「エロイーズ様をあれ呼ばわりとは」

 ハルは怒りを滲ませて言う。

 メイドを後に残して、エロイーズに突き進んで来たのは、美しい金髪、透き通るように白い肌、整った美しい顔立ちという秀でた容姿に、およそ似つかわしくない怒りの形相を貼り付けた女性だった。


「あなたが、権力を振りかざしてセオドアと無理矢理結婚したっていう不細工な女ね!」

 エロイーズのすぐ側に立った彼女は背が高くて、見上げなくてはならなかった。怒った猫のように、女は背中を丸めてエロイーズに顔を近づける。


「辺境伯様はそのように説明しているのですね」

 エロイーズは、彼女と睨み合いながら確認した。

「そうよ!」

「貴方様は、どちら様?」

 半ば答えを予想しながら、エロイーズは尋ねた。

「セオドアの婚約者です!」

 女が叫ぶように言った。

「その部屋は、私が住むはずだったのよ! 先にあなたのような泥棒が入るなんて、許せないわ」


「辺境伯様も、婚約者がいらっしゃったのなら、お兄様にそうおっしゃってお断りになればよろしかったのに」

 エロイーズの怒りは、次第に膨れ上がっていく。

 辺境伯に抱いていた全ての好印象は白紙に戻り、軽蔑の対象と化していた。


 全てはこの女達の嘘で、『誤解』である可能性もあったが、ここに味方の居ない状態で放置されて、見ず知らずの女に責められるという事態そのものに、エロイーズは納得がいかない。

「そんなに住みたいのなら、今日からでもさっさとお住みなさい。私は二度と、ここには足を踏み入れません」


 これから長い戦いが始まる、などと思っていたらしい婚約者の女は、虚を突かれたような顔になる。

 それを尻目に、エロイーズは歩き出した。

 ハルがその後をついてくる。


 階段を下りる途中で、年配の侍従や侍女達とすれ違ったが、挨拶もなく、皆黙って見送る。その表情を見れば、主に無理矢理押しつけられた女を、一致団結して追い出した、という達成感が見て取れた。


(辺境伯も意地が悪い。そんなに私が気に入らないのなら、婚約者や使用人を使わないで、直接私に言えばよろしいのに。こんな方法で、人の心を傷つけるなんて)

 怒りはすぐに、悲しみに変わった。


 仲良くしようなどと期待する気持ちがあるから、怒りが生まれるのだ。怒り続けるのは、とても疲れる。期待しなければ、怒る必要もない。

 この短時間でエロイーズは、辺境伯とその使用人を丸ごと見切ってしまったのだった。


 玄関を出て、太陽を振り仰ぎ、方向を見定める。

 昨夜到着した時にはとっくに日が暮れていたため、日差しの中で領主館を見るのはこれが初めてだ。

 様々な用途に使われているらしい建物群が、港町を南側に臨む小高い丘の上に建っていた。

 頑健な石造りの本館の他に、倉庫や厩舎、私兵の訓練所らしい広い施設もある。


(おそらく、水害時には住民の避難所になるのね)


 本館から東には、整備された綺麗な小道が続いている。

 その向こうに、古い建物が見えた。

 あれが別館に違いない。


 エロイーズはハルを従えて、そちらに歩き始めた。











⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

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