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番外編:兆し(3)

この作品には、暴力的な描写や残虐な表現が含まれています

免疫のある方のみ、お進みください

▼▼▼







⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

「五つ数える前に嘘って言ったんだから、嘘って事にならない?」

 意味不明な主張をするマクシミリアン王子を、セオドアがまじまじと見る。


「ザイオンは、父上が大嫌いなんだ。兄上って呼ぶだけで怒るぐらいなのに」

 マクシミリアン王子の表情は、悲しげになっていく。

「黙ってここに来て、こんな話をしたって知られたら僕、もう二度と、ご飯を作ってもらえないかも知れない。……聞かなかった事にしてくれない?」


 セオドアの問いかけるような視線が、エロイーズに向けられる。

 マクシミリアンの子どもっぽい言動が演技なのか素なのか、知りたかったのだろう。彼は騎士団に在籍していたから、自国の第一王子として顔は見知ってはいても、直接言葉を交わすのはこれが初めてのようだった。


 エロイーズは微笑んでみせる。

「大丈夫ですよ、殿下。ザイオンには内緒にしておきますから、安心してください。私と、セオドア様と、マクシミリアン王子殿下の三人だけの秘密です。ね、セオドア様?」


「ああ、もちろん……」

 と言いかけてセオドアは、抜け目なく付け加えた。

「その代わり、今朝あった事を教えていただけますか?」


「今朝?」

 不思議そうな顔をするマクシミリアン王子に、セオドアは質問を重ねる。

「犯罪者ニコラスを殺したのは誰です? 直前に話をしていた銀髪の不審人物というのは、貴方の事でしょう? その不審人物が、愛する妻のそばに居たので、先ほどは少々過激になってしまいましたが」


「ああ」

 マクシミリアン王子は、素直に話し始める。

「あのニコラス・ヴラディスっていう男は、とても悪い奴だったんだ」


「ニコラス・ヴラディス」

 セオドアは復唱した。

 そして、頷く。

「そう、あの男は、とても悪辣な犯罪者でした」


「あくらつ……君ってさっきから、とても難しい言葉を使うよね。書き取りの宿題を思い出すな」

 マクシミリアン王子は少し不機嫌になって、言った。

「とにかくあの男は、とても悪い事をしたんだ。それで僕があの男を見つけて、お前がニコラスかって訊いたら、あの男は違う名前を言った。でも結局、自分がニコラスだって認めたところに、兵士が三人来たので、僕らは隠れたんだ。兵士二人が僕らを探しているうちに、一人残った兵士がニコラスの足を馬にくくりつけて、その馬の尻を思い切り叩いた」


 それは今朝セオドアが書き残していた、逃亡中の犯罪者の事に違いなかった。

 エロイーズは、誰かと一緒だったような王子の話し方に気づく。それがおそらく、誰とも会ってはいけない、と言った人物だろう。ザイオンかも知れないが、ザイオンに黙ってここに来た、という言い方から考えると、おそらくザイオンではない。ここ、という言葉の響きは、領主館別館ではなくて、ロス領そのものを意味するように思えた。


「その兵士は人手不足を解消するために雇われた臨時の者で、……つまり、ほんの少しだけという約束で兵士になった者で、身元はうまく作られた偽物でした。いったいどこの誰なのか、ご存じだったら、教えていただけますか? 私は真実を知りたいだけなので、もう一人の不審人物については、訊かない事にします」

 セオドアにそう促されたが、マクシミリアン王子もはっきりとは知らないようで、次のように答えた。

「お父上からの伝言がありますって言ったのが聞こえた。身内じゃないかな」


「ニコラスの父親が、身内の恥を始末したという事ですか」

 セオドアは納得したように頷いた。


「僕が知っているのは、それで全部。もしザイオンと会っても、僕がここに来た事は絶対内緒にしてね。とにかく、結婚おめでとう」

 マクシミリアン王子は手をヒラヒラと振ると、急いで扉の向こう側に消えた。


 そんなに突然行ってしまうとは思っておらず、エロイーズは呆気にとられる。

(もっとたくさん、話したい事があったのに……)


 領主館を護衛中の騎士達が、不審な人影を見つけて騒ぎ始める。

 そっちへ行ったぞ、とか、追え、という怒鳴り声が幾つも聞こえる


「えーと。殿下は結婚を祝いに、わざわざ騎士達の包囲網を超えてここへ来られたという事かな?」

 セオドアの言葉には、そんなはずはないという響きがあった。

「わかりません。街で私の名前を聞いたので、確かめにきたというような事を仰っていましたが」

 それは口実で、別の目的があったのかも知れない、とエロイーズは思った。でも切り出す前に、セオドアと戦闘になってしまったので、その目的は果たせずに終わってしまったようだ。


「領主様!」

 騎士二人が灯りを持って、開いた扉から駆け込んでくる。

「ご無事ですか!?」

「ああ、大丈夫」

 セオドアが、玄関ポーチの方を指さす。

「今そこに、何か落ちていなかったか?」


「いえ、何もございません」

 二人のうち、年かさの騎士が答える。

 何の話だろう、と思いながらエロイーズは騎士達の向こう側に目をやる。玄関ポーチには、セオドアが持って来たらしいカンテラが置かれていたが、周囲には何もない。


「今、森の中に逃げ込んだ不審者を追跡中です」

 若い方の騎士が視線を走らせ、玄関の中を確かめる。

「襲撃でしょうか?」

「いや。今朝の件で不審者が自ら話をしにきただけだよ。無理して追跡しなくても良いと、伝えてくれないか? 夜の森で、怪我人が出ても困るからね」

 セオドアが、伝え方に苦労している。失踪中の王子が来たなどと正直に話せば、大事になるだろう。


「了解しました! 伝えて参ります」

 若い騎士が駆けていく。

「申し訳ございません! 不審な者の侵入を許してしまいました!」

 残った騎士が、不動の姿勢を取る。領主館周りを担当している部隊の部隊長だった。


「アレは仕方がない」

 セオドアの目は、部隊長ではなくて、扉の向こうにある暗闇を見ていた。

「誰かが見つけてやり合っていたらと思うと、ぞっとするな。建物内は大丈夫だから、引き続き周囲の警戒をよろしく頼む」

「はい!」

 部隊長は右手を心臓辺りに当てて礼を示すと、キビキビとした足取りで出ていった。


 エロイーズは、マクシミリアン王子とセオドアの立ち回りを思い出した。セオドアは鞘付の剣だったし、王子も軽口を叩いていたから、切羽詰まった状況ではないと思っていたのだけれど、何かぞっとするような事があったかしら、と考える。


「王子殿下は、変わったお方だな。とてもユニークで、恐ろしく強い」

 セオドアは外に置きっぱなしだったカンテラを回収して灯を消し、玄関に放置した。それから、扉を閉めてしっかり閂をかけると、エロイーズに向き直って微笑んだ。

「話し声が聞こえて明かり取りから覗いたら、銀髪の人物が見えたので、君が不審者に襲われているのかと思って、焦ってしまった」


「心配をおかけして、申し訳ありません」

 エロイーズは、セオドアが酷く疲れた顔をしている事に気づいて、思わず片手を彼の頬に当てる。

「改めてお帰りなさい、セオドア様。相当お疲れのようですね……?」

「ただいま。うん、少し、疲れてるかな」

 そう言って、エロイーズを引き寄せてキスとしたセオドアは、彼女を抱き竦めたまま、しばらく放さなかった。


 エロイーズはカンテラを持っていたので、片手でしか抱き返す事ができない。

「お食事はなさいましたの?」

 エロイーズの質問に、セオドアは答える。

「一応ね。でもしばらくは、肉食は無理だな……。さっきの話の、ニコラス・ヴラディスの遺体が、酷い有様だったので」


「馬に引き摺られると、そんなに酷い有様になるのですか?」

 エロイーズが尋ねる。

「うん。身体が地面に摺り下ろされて、あっちに歯が、こっちに指が、そこに耳の切れ端が……、という感じで、オレンジ村は今日一日大騒ぎだった。まだ全部は見つけられていないから、しばらくあの村には近づかない方がいい。最終的に遺体がどういう状態になったかというと……うぅ、としか言いようがない」

 セオドアの身体が微かに震えたのを、エロイーズは感じた。彼は領主として実際に、その遺体を検分したのだろう。


「……そんな殺し方をするなんて」

 想像してしまったエロイーズも、震えそうになる。

「手を下した偽の兵士は、そのニコラスという男に強い恨みでもあったのでしょうか」




 エロイーズの肩に顔を埋めていたセオドアは、顔を上げた。

「確かに」

 彼はまじまじと、エロイーズを見つめる。

「私の妻は可愛いだけじゃなくて、名探偵でもあるらしい。父親が身内の恥を消したいと思ったとしても、わざわざそんな殺し方を依頼するはずがない。犯人は個人的な恨みを持った人間だ」


 あのように残虐な私刑を行う者を野放しにする訳にはいかない、とセオドアは考えていた。そもそもニコラス・ヴラディスは、犯した罪の一つ一つについて、法によって裁かれるべきだった。

「ダメ元で、ヴラディス侯爵に身元照会の手紙を書き送ってみるよ。返事はないかも知れないが、赤の他人でもぞっとするあの遺体の状況を知ったら、何らかの処遇は考えるだろう」

 ニコラスを殺した犯人が侯爵の配下の者なら、後の事は彼に任せよう。


「それでは、部屋で休むとしようか、可愛い私の奥様」

 恥ずかしそうに俯いているエロイーズの右手を取り、セオドアは階段を上る。

「かわ……可愛いなんて、言うのは、セオドア様だけです」

「私の他に、妻を口説く者が居たら困る。だから、私だけでいいんだ」


 寝室に近づくにつれ、かすかに動揺を見せ始める妻が、セオドアは愛おしくて仕方がない。慣れない行為に、今日はどんな反応を見せるだろうかと彼は期待し、表情を緩める。


 妻の前でセオドアは、不吉な兆しに対する不安を、完璧に隠し通していた。


 三年半ほど前、ザイオンは弟王子と共に、おそらく母親の母国に渡った。彼をきっかけにエルフ達は、姫君の死に気づいてしまったのだ。そして今頃は、エルフの姫君を死なせてしまったこの国に、報復する準備をしているに違いない。


 愛しい人との平穏な日々を、今は大切にしたい、とセオドアは思う。

 彼は有事には領民を守り、先頭に立って戦わなくてはならない。それが、辺境伯としての務めだ。

(せめて愛する人に、私達の子どもを遺す事ができれば……)


『魔法のように、ぱっと一瞬で消え失せたんです』

 ニコラスと話す不審者を目撃した騎士が、言った。

『銀髪の大きな男と、耳の尖った女の子でした……まるで、絵本に出てくるエルフのような』


 エルフは魔法を使う。

 しかも何らかの方法で、すでにこの国に入り込んでいる。

 剣しか持たず、長年続いた平和で実戦経験もないこの王国が、太刀打ちできるはずがなかった。











⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

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