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番外編:兆し(1)

このお話には、シリーズ内の他作品の要素が多く含まれます。

作中に場面や台詞などを引用したり、説明を入れていますので、必ずしも読んでおく必要はありませんが、読んでおくとより理解が深まります。




作品には、一部性的な表現や暴力的な描写が含まれています

免疫のある方のみ、お進みください

▼▼▼







⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

 モスタ王国南端にあるロス領には秋になると、南から嵐が来襲するが、この年は天候の良い日が続き、港からやや離れた浅い湾内には座礁した船の残骸がまだ残っていた。


 王都からの調査隊がいつ来てもいいようにと、ロス領の領主館で、滞在する部屋の準備、備品の確認、食材の注文などを進めているのは、若手の使用人だ。


 先代から居座っていた古い使用人は、半分ほどが引退した……引退と言えば聞こえがいいが、親の代から勤めているという甘えから、怠慢や小さな不正を日常的に繰り返していた使用人が何人もいて、領主からやんわりと引退勧告をされた結果だった。


 別館住まいのエロイーズも日中は領主館本館に行って、侍女のハルと共に役職別部屋の割り振りや、献立の決定、不足品のリストアップと手配などを手伝っていた。そして、夜は再び別館に帰る。

 そこでロス辺境伯との新婚生活を楽しむ……という余裕は、今はまだない。


 王都への往復と急な結婚式、更には難破船処理によって滞っていた幾つもの決済、行政処分、予算修正、苦情処理、犯罪人についての裁定などの仕事を、セオドアは何日も休みなくこなしていた。更には、逃亡した性犯罪者の捜索指揮も執らなくてはならない。


 エロイーズが寝てから帰ってきて、エロイーズが寝ているうちに起き出して仕事に出かけたセオドアは、睡眠不足のあまりか、便せんに次のような走り書きを残していた。


『愛しいエロイーズ……悲しい事に、私は今日も仕事に行かなくてはならない。行方のわからなかった犯罪者が、今朝馬に引き摺られた状態で発見されたそうだ。新たな不審者の目撃情報もある。今は王都から戻ったばかりで忙しいけれど、いつか休みが取れれば、君と一日中部屋に籠もって、あんな事やこんな事がしたい。たとえば君の豊かで魅力的な胸の間に私の』


 そこまで書いて、時間切れになったのだろう。あるいは正気に戻ったのかも。

(なんておいたわしい、セオドア様)

 エロイーズは便せんを折って口づけると、そっと書き物机の引き出しに収めた。


 その日もセオドアの帰りは遅かった。

 別館でハルと一緒に夕食を済ませたエロイーズは、今夜こそ夫セオドアの元気な顔を見れますようにと願いながら、自室で書き物をしていた。




⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

 厳しい北国の冬。人里離れた土地では雪が降り積もり、隣の家を訪ねるのも容易ではありません。

 薪をくべ、雪を沸かして漉し、二人はお茶を飲みます。

 食事作りは、凍り付いた食材を溶かすところから始まるのです。

 仲良く小麦を捏ねてパンを焼き、出来上がった熱いスープに舌鼓をうち、視線を合わせて、彼らは微笑みます。


 王城で暮らしていた窮屈な日々に比べて、なんと充実しているのでしょう。

 暖炉に翳す手が触れあい、銀の髪をした逞しい男は、壊れ物を扱うように、美しい従者を引き寄せました。


「まだ外は明るいです」

 従者は、するりと身を躱して、窓の外を指さします。黒髪に金色の瞳を持つその美しい男は、食卓の上の食器を重ねて持ちました。

「湧かした湯が凍り付く前に、洗ってしまわないと」


「もう一度沸かせばいい」

 銀色の髪の男が拗ねたように言うのを、従者は宥めます

「そんな事ばかりしていては、薪が春までもちません」

「わかった。早く済むように、僕も一緒に洗うよ」

 銀髪の男が立ち上がろうとします。


「座っていてください、殿下……」

「僕はもう殿下じゃないし、お前は従者じゃないだろう、ザイオン。一緒に洗おう」

 銀髪の男は、ザイオンから食器を奪って洗い場へと向かいます。

 ザイオンがその姿を眺めて、小さな声で呟きました。

「そういえばそうでしたね、マクシミリアン元第一王子殿下」


 王の座を継ぐはずだった男が、自分のために王太子の身分を捨てて、雪に埋もれた辺境の地までやってきた、その一途さが嬉しく、同時に切なくもあったのです……。




⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

 その後に展開される破廉恥な行為を、エロイーズは時々扉の方を伺いながら書き綴る。

 ああ、と、あん、そして擬音の繰り返される世界が、紙の上に構築される。


 決して見られてはならない、夫セオドアにだけは。

 でも、書かずにはいられない。

 誰に読まれるでもなく、ただひたすら自分のためだけにあるこの文字で綴られた世界。

 抑え切れない萌えを、書き連ねて昇華しなくては……。


(ごめんなさい、セオドア様。私……手持ちの本は全て読んでしまって、自分で生み出すしかなくて)

 貴重なインクで貴重な紙に綴られる、美形カップルの絡みに、エロイーズは陶酔する。

(セオドア様。これは浮気ではありません。作品として、ただ鑑賞しているだけなのです……)


 コン、コン、と明らかに意思を伴ったノックの音が聞こえたのは、気を配っているドアの方向ではなくて、前方の窓だった。

 不思議に思って顔を上げたエロイーズは、埴輪のような表情のまま固まった。


 室内のカンテラの灯りを受け、窓の外から銀色の髪の男がニコニコしながら手を振っている。

「エロイーズ! 久しぶり!」

 それは、三年半前、(エロイーズの想像では)北の大地へザイオンと共に逃亡したはずの、そして今まさにエロイーズの手元に綴られる物語の中で卑猥な言葉を吐こうとしている人物だった。

「……マクシミリアン第一王子殿下?!」


 王都からはるか南にあるこのロス領で、遭遇するとは……ましてや、三階の部屋にある窓の外に、蛾のように張り付いているマクシミリアン第一王子の姿を見る事になるなんて、エロイーズは想像もしていなかった。


 急いで駆け寄り、掛け金を外して窓を開けると、マクシミリアン第一王子はそれほど大きく開かない窓枠の隙間に、無理矢理身体を捻じ込んできた。

「あれ? やばい。んん? 通れない……」

 などと四苦八苦している姿を見るうちに、エロイーズは気づいた。


「そういえばこの建物、一階に玄関があるのです」

 と、思わず笑みを零す。

「そちらからお入りになりませんか? 私も玄関に下りますので」


「なるほど!」

 そう言うなり、マクシミリアン第一王子は身体を窓枠の間から引っこ抜いて、するすると下りていく。まるで先日会った、カプリシオハンターズ共和国の猩猩のような動きだ。


 そういえば初めて会った時も、王子は上半身裸で茂みを突っ切るという無茶な登場の仕方をして、側近を務めていたザイオンが、猿と同じだと言った事を、エロイーズは懐かしく思い出す。


 エロイーズは机の上を片付けると、カンテラを手に急いで階下に下りた。










To Be Continued.....

⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ I'll be back....

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