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21:戦う領主様

 モスタ王国で『狼男』といえば、昼は完全に人の形をして生活し、夜に狼となって人を食らう化け物を指す。

 十年も前に流行した、田舎の村が舞台の『狼人』という小説は、生きたまま村人をゴリゴリと齧って食べる残虐シーンで有名だった。


 そのため、『狼男』という言葉に皆、食われるという恐怖を覚えたようだ。護岸を守る騎士達も、及び腰になっている。


「怯むな! 絶対に逃がすなよ! 街へ逃げ込まれたら、女子どもが犠牲になるぞ!」

 アオギが後方支援に駆けつけて、檄を飛ばす。

「我らが盾となり、街を守れ!」

 その声に、騎士達が勇気を奮い立たせる。

 護岸に迫ろうとする『狼男』は、突きつけられた剣を睨んで憎々しげに牙を剥いた。


「この猿族どもが!」

 鋭い爪が一人の騎士を引き裂いた。

 だが『狼男』が護岸へ踏み出す間もなく、別の騎士が前へ出てて、『狼男』に剣を振りかざす。『狼男』は桟橋に後退し、悔しそうに騎士達を睨みつける。


 猿族、という言葉に、エロイーズは覚えがあった。

 共和国の小説に出て来る、人族への侮蔑の言葉だ。

「あれは狼男ではなく、獣人だと思います」

 エロイーズがセオドアに囁く。


「カプリシオハンターズ共和国の?」

 セオドアは、ドミリオの話を思い出す。


『その国には、エルフだけではなく、竜人族や、獣人族が居る』


「そうです。狼型獣人です」

 エロイーズは頷いた。

「獣人、つまり化け物ではなくて、『人』だという事か」

「はい。小説では、彼らはありふれた種族で、聴力や身体能力は人族より発達していますが、中身は普通の人間で、当然人間は食べません」

 エロイーズは、買ったばかりの本に、ほんの一瞬だけ思いを寄せた。


 猩猩だけではなく、獣人までも目の前に現れたのだから、共和国の小説内に描かれていた竜人もエルフも、そして魔法も、存在するに違いない。

 ファンタジー小説だと思っていた時には、魔法が使えたら何をしようとか、エルフに会ってみたい、などと夢を描いていたエロイーズだが、全てが現実だとわかると、現実的な考えに立ち戻る。

(猩猩の大量死に、我が国が関わっていると共和国に疑われたら、私達、魔法でチョイチョイッと滅ぼされるのでは?)


「考えてみれば、共和国内に協力者がいたからこそ、あれほど大勢の猩猩を拉致できたのだろうな」

 セオドアは再び、鞘入りの剣を手に取る。

「証言を得るためにも、できるかぎり生かして捕らえなくてはならない。殺してしまったら、たとえ犯罪者でも、共和国に『自国民を殺された』と捉えられてしまうかも知れない」


(この方は、自分の領地だけではなく、この国を守ろうとしてくださっているのだわ)

 エロイーズは、松明に照らされたセオドアの凜々しい横顔を見つめる。

 彼女はポケットに入れておいたものを、彼に差し出した。

「どうかこれを、お役立てください」

 セオドアは見ただけで、エロイーズの意図がわかったようだ。


「ああ」

 彼は、差し出されたものを受け取り、屈託のない笑みを浮かべると、一瞬エロイーズを引き寄せた。

 餓えたような、貪るような口づけに、ほんの数秒、エロイーズはされるがままになった。

(今、何が起きたのかしら──?)

 彼女はぼうっとしながら、獣人の方へ向かうセオドアを見送る。


 セオドアの向こうでは、騎士達を薙ぎ倒して、獣人が護岸へ侵入したところだった。

「どけっ! 猿共!」

 なおも行く手を阻もうとする騎士達に、獣人が苛ついた声を上げる。


 アオギに近寄って二、三言葉を交わした後、セオドアは剣を手に、獣人へ向かって行く。

 騎士達が隊列を維持したまま、アオギの指示でセオドアよりも後退した。

 救護役の部隊が、怪我をした者を後ろへ下がせて、手当に当たっている。


「お前が、この猿どものボスか!」

 獣人がそう吠えるなり、驚異的なジャンプ力を見せて、セオドアに上空から躍りかかる。

 繰り出された足蹴りを、セオドアが鞘で弾きながら避けた。


 その動きに、括られた長い金の髪がヒラリと揺らめき、まるで残像のように見えた。

「このっガキがっ」

 避けられて、獣人は罵倒する。

 セオドアが『ボス』にしては年若く見える事ぐらいしか、貶す要素がなかったらしい。




 右、左と襲ってくる鋭い爪を、セオドアは軽々と鞘で弾く。

 爪を無視し、相手がただの『人』だと思ってよく見れば、獣人は己の身体能力に頼り切った、大雑把なパンチを繰り出しているだけの男だった。何の訓練もしていない、おそらく剣の心得も何も無い、ただの犯罪者だ。


「なんなんだお前!」

 攻撃が当たらない事に焦れて、獣人は一層滅茶苦茶なパンチを繰り出す。

 セオドアはその全てを見切って、いなしながら口元に笑みを浮かべた。

 これなら、先ほどやたら重いポーチを振り回していたベリシュテ神聖帝国人の方が、よほど強敵だ。


「なんなんだよお前は!」

 繰り出される鋭い爪が一撃でも当たれば、セオドアの顔に大きな傷痕を残すだろう。

 だが、当たる気は全くしなかった。

 ふいに、松明の近くに立ったアオギの辺りから、小さな火を宿した塊が投げられる。


 セオドアがさっと身を引く。

 足下に落ちたそれが何なのか獣人が認識する前に、パンパンという凄まじい爆発音が連続して彼を襲った。


 両手で耳を押さえ、悲鳴を上げながら、獣人が逃げ出す。

「捕縛!」

 アオギの声を合図に、騎士達が一斉に襲いかかる。

 あっという間に、口と手足を厳重に縛り上げられ、獣人は身動きの取れない状態になった。


「四人目か」

 と、セオドアが言う。

 来なかった者達に見切りを付けて出航したという事は、これで全員だと信じたいが、まだ検証の余地は在る。


 セオドアの横に来て、アオギが言った。

「うまく行きましたね。昔飼っていた犬が、雷の音や、年初の花火の音にブルブルと震えていた事を思い出しましたよ」

 横向きに転がされた獣人の、ズボンの後ろから飛び出した尾が、股の下に巻き込まれている。


「犬ではなく、狼型獣人らしい」

 セオドアはエロイーズの言葉を思い出して、訂正する。

「聴覚が敏感だという点では、同じでしょう」

「被害状況は?」

「軽傷者多数、重傷が数人です。なんとも不甲斐ない。最近平和ボケしておりましたので、鍛え直さなくてはなりませんな」


 軍隊とは常日頃の訓練が肝要、が信条のアオギだから、明日からの訓練内容はかなりハードになりそうだ。

「ほどほどにな、アオギ」

 せっかく育てた兵士が辞めてしまう事を心配して、セオドアは言う。

「何、今が好機です。皆、領主様のように強くなりたいと意気込んでおりますから」

 アオギは両手で周囲を示す。


 獣人を寄せ付けなかった先ほどの立ち回りを見たせいか、騎士達が崇拝するような視線でこちらを見ている事にセオドアは気づいた。彼に言わせれば、皆が敵を『狼男』だと思い込み、必要以上に恐れたからで、自分が強かったのではなく相手が実は弱かったというだけなのだが。

 騙しているようで、セオドアは居心地悪く感じる。


「さて、捕らえた連中の聴取については、お任せいただくとして」

 アオギは、倉庫の壁近くに立ってこちらを見守っているエロイーズに、一礼する。

「領主様は奥方様を、お館へお送りください。お二人ともお疲れでしょう。馬車を用意させます」

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