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02:行き遅れたエロイーズ

(やっぱりあの方は、ドミリオお兄様がお好きなのね。もしかしたら、『女性には勃たない』方なのかもしれない。私はそれでも良いという事を、お伝えしなくては)


 昔エロイーズの読んでいた小説に、そのような台詞がよく出てきた。

 男が、アプローチしてきた女性に親切に接している様子を見て、彼に心を寄せている少年が拗ねると、男が言うのだ。『俺は女には勃たないんだよ』と。


(本を読みながら静かに暮らして行けるのなら、私はそれで十分幸せだわ。跡継ぎは、養子をもらえばいいのだし)


 少女時代のエロイーズは、夢見がちで、本ばかり読んでいた。

 仲の良かった叔母が、たくさん本を貸してくれた。

 週に一回は叔母とお茶会をし、感想を語り合う。そんな幸せが少しずつ陰り始めたのは、叔母がモスタ国国王の側妃となり、第三王子を身籠もった頃だろうか。


 三年半ほど前に第一王子が失踪し、第二王子を次代の王にと推す勢力が本格的に幼い第三王子の命を狙い始めて、叔母とエロイーズは、読書どころではなくなった。


 いろいろと問題を起こした第二王子が廃嫡され、第三王子が立太子した事でようやく普通の貴族としての生活に戻れたのだが、再び物語の世界に没頭するには、エロイーズは現実的な経験をし過ぎた。


 読書が好きなのは相変わらずだが、読んでいる間中、これは現実ではないという感覚が付き纏ってきて、昔ほど夢中になれない。少女の頃には確かにあった瑞々しい感受性を、大人になったエロイーズは失っていた。


 かつては本が大好きだった夢見る少女は、ただ読書が好きというだけの、冷めた大人になってしまった。

 第三王子を公爵家で守る必要もなくなり、今後の身の振り方について考えている時に、エロイーズはセオドア・ロス辺境伯と出会ったのだった。


 先頃王城で行われた第三王子立太子を祝うパーティの場で、彼の姿を初めて見た時、失われた感受性が一瞬だけ蘇った事を覚えている。







「あ」

 驚いたような声に、エロイーズが顔を上げる。

 動きを止めてマジマジと見つめてきたのは、金髪碧眼の男だ。


(まあ)

 がっしりとした肩幅、引き締まった体躯という男らしさに加えて、美しく碧い瞳に、長いストレートの金髪を無造作に括って、右肩から胸に垂らしているその男の容姿は、かつてエロイーズが心の中に描いていた理想の王子様像にピッタリと当てはまった。


(そうそう、こんな感じ! 小説『僕と王子と秘密の王国』に出てくる主人公の相手役に、ピッタリだわ!)

 久しぶりの感覚だった。何度も読んだ愛読書の事を、タイトルさえすっかり忘れていたから、こうして唐突に思い出した自分にも驚いた。


 初め、自分が見つめられているのかと思ったエロイーズだが、後ろを振り返ると、兄ドミリオの姿があった。自分の自意識過剰さに、恥ずかしさを覚える。

 兄は、次期カラドカス公爵として、このパーティに集まった貴族達に挨拶回りをしているところだ。


(私な訳ないわね。お兄様を見ていらしたのよね? お兄様と同じぐらいの年齢だから、貴族学園でのお知り合いかしら)


「セオドア!」

 振り返った兄がそう呼んだ。

 途端に、金髪碧眼の貴公子は破顔する。

「ドミリオ!」

 笑った顔も魅力的だわ、とエロイーズはうっとり眺める。


「久しぶりじゃないか!」

 兄のドミリオは、大急ぎで歩み寄る。

「元気だったか?」

「ああ。君達は、ついにやり遂げたんだな」

 彼と兄とで、がっしりと握手が交わされる。


「妹のエロイーズだ。エロイーズ、彼はロス辺境伯のセオドア」

 ついでのように紹介され、セオドアとエロイーズは会釈を交わす。

「お前も、いろいろと大変だったと聞いたよ。お父上は残念だったな」

 やはり貴族学園での同級生だったようで、彼ら二人の周囲に、同年代の貴族達が集まり始めた。

 兄たちが卒業して八年は経つだろう。その間の苦労や変化を、口々に報告し合っている。金髪の貴公子は、はにかんだ笑みを浮かべながら、話に加わっていた。その視線は、時々他の友人達に向けられはするものの、主に兄のドミリオへ向けられているようだ。


(まさかね……?)

 兄ドミリオは、髪と瞳の色以外、顔立ちはエロイーズに似ていた。自己主張の弱い小さめの目鼻が、チョコンと顔に置かれていて、決してハンサムではない。ただ、人なつこい性格で、友達は多い。

(兄を見つめる視線に、切なさは感じられないわ。でも、とても熱心に見ていらっしゃるわね)


 彼らの側を離れるとエロイーズは、壁沿いにそっと移動して、準備されている食事や飲み物に不足がないか確かめる。

 パーティは王の側妃である叔母主催で、叔母の息子である第三王子の立太子祝いだった。側妃の兄であり、エロイーズの父であるカラドカス公爵が実質的に仕切っているため、少しの瑕疵もあってはならないと、彼女は細部まで目を光らせていた。


 ようやくこの日を迎えて、エロイーズは感無量だ。

 何年もの間、カラドカス公爵家は第三王子をつけ狙う勢力と戦い続けた。

 叔母と第三王子に寄り添い続けるうちに、エロイーズは、大人しくて本好きだった十一歳の少女から、サバイバルもこなす経験豊富な護衛兼侍女へと変貌を遂げた。


 婚約どころか貴族としての生活もままならない状態で、常に周囲を警戒し、敵が来たらいつでも逃げられるように準備を怠らなかった。

 その日々が終わりを告げたのは、この春先だ。


 第二王子が貴族学園の卒業記念パーティで、男爵令嬢との『真実の愛』に目覚め、婚約者に婚約破棄と国外追放を言い渡したのだ。

 そのあまりにも稚拙な方法に、後ろ盾となっていた貴族達から資質を問う声が上がった。


 国外追放を言い渡された婚約者はその直後に行方がわからなくなり、現在でも生死不明だ。彼女は第二王子派の後ろ盾となっていた公爵家の令嬢だったから、第二王子は味方に石を投げて追った、という事になる。


 第二王子はあまりにも勝手な『王命』を振りかざしたとして、上位貴族会議で立太子を取り消され、さらには公爵令嬢失踪の責任を問われて廃嫡が決まった。それは、公にはされていないが、第二王子派貴族と王妃によるなりふり構わない暗殺行為の証拠が提出された結果でもあった。


 平和な日々を迎えて、パーティ会場で笑い合う人々の姿を、エロイーズは壁の花となって眺めていた。

 にこやかに微笑む叔母と、緊張した面持ちの第三王子。

 第三王子と同じ、アッシュブロンドの髪に紫紺の瞳を持つ、国王陛下。

 大広間のひな壇にはその三人が座り、貴族達が列をなして、順番に祝いの言葉を捧げている。


 国王陛下は頬が痩け、寂しげで、紫紺の瞳には常に悲しみをたたえているように見えた。

 そのしょぼくれた様子はなんとなく、主人に置いて行かれた痩せ犬を思い出させる。


 エロイーズの妹であるアメリアは、『あのお方がしっかりと政治の手綱を握っていれば、継承権争いなんて起きなかったのに!』と言うが、王家に生まれついたからと言って、王族に必要な資質を持っているとは限らない。期待が大きい分、目に見えない重圧に晒されてきたに違いないと、エロイーズは同情する。


 叔母が労るように声をかける時だけ、国王は生気を取り戻し、頷く。

 第一王子の失踪と、第二王子の廃嫡が精神的に堪えたのだろうか。今後は、優しい叔母に支えられながら、第三王子の成長を見守って欲しいとエロイーズは願う。


 宰相と結託して思うままに政権を動かし、第三王子を付け狙っていた主犯格は第二王子の母親である王妃だ。今彼女は、北の離宮に幽閉されている。宰相は罷免され、城内の人事は一新された。


 これにより、カラドカス公爵家が政権を掌握するものと世間的には思われていたが、エロイーズの父である公爵は、引退を仄めかしている。今後は各派閥が代表者を立てて、貴族会議で意見を戦わせ、政治を動かす予定だった。国王と王族の権限は将来的には、縮小されていくだろう。


 第三王子を守り切ったカラドカス公爵家は、役目を終えて、表舞台から去る。

 一連の政変以前の、質素で堅実な生活が戻ってくるのだ。

 エロイーズは本来なら、婚約を経て結婚する年齢だった。

 だが、お相手になり得る若い貴族達はとっくに既婚か、婚約者がいるかだ。とうが立ってしまったエロイーズに、今更結婚相手は見つかるとは思えなかった。











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