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18:領主館炎上

 立ち上がろうとしている男は、先ほど倒れていた男と特徴が似ていた。

 金髪に碧眼で、長身、妙に整った顔。

「ベリシュテ神聖帝国の者か」

 そうセオドアが問うと、男は驚いたような顔をした。


 身をかがめて、痛そうに顔をしかめながら、

「とんでもない! 私はこの村の者だ。ここは昨日から借りている。よくわからないが、たった今、銃撃を受けて、慌てて逃げ出したら、何者かに殴打された。この分だと、肋骨が折れているかも知れない」


「それは、災難だったな。名前は何という?」

 セオドアは、ゆっくりと間合いを詰めながら問う。


 男は臆面も無く答えた。

「ラゴだ」

「ラゴか。さっき君のお父さんに会ったぞ。昨日から家出をしているらしいな。だが、ラゴは黒髪に口ひげと聞いている。夜だから金髪に見えるのか?」


「染めたんだ。神聖帝国に憧れてね。髭は剃った」

 偽のラゴは、堂々と口にすれば、嘘も本当になると信じているような顔をしている。


「銃撃、と君は言ったが、我が国では銃は強力過ぎる非人道的武器として輸入も所持も禁止されている。本当に村の者なら、銃撃なんて言葉は出てこないはずだ」


「そんなはずはない。さっきのは銃撃だった!」

 男は、さっと身を屈めて、足下に落ちていた物を拾った。

 セオドアの後ろで、エロイーズが小さな悲鳴を上げる。

 重量のあるそれを、男が力任せに振りかざしてくる。

 セオドアは、咄嗟に鞘付きの剣でかろうじてはじき返した。


 エロイーズを庇いながら、セオドアは後ろに下がる。


 男が武器としているのは、さっきエロイーズが振り回していた、布製の巾着型バッグだ。

 何か硬くて重い物が詰められているらしく、当たれば、死にはしなくても、鼻や歯ぐらいは折れそうだ。


 二度、三度と振り下ろされ、セオドアは鞘でその軌道を逸らし続ける。

 一度でも避け損なって頭を殴打されたら、意識を失うかも知れない。

 そうなったらエロイーズが危ない。


 近づいて剣を振りかぶろうと試みるが、振り回される重量物が、男への接近を許さなかった。

 セオドアは男の攻撃を、鞘に収めた剣でひたすら回避する。


(まずい……)

 押され気味に後ずさりながら、アオギはまだ来ないのか、と焦りが生まれ始める。

(何をやっている?)

 後ろを振り返りたい誘惑に駆られたが、一瞬でも気を緩めたら、あの凶器が命中するだろう。

 さっき倒れていた男の様子が目に浮かんだ。

 エロイーズの前で、あんな醜態を晒す訳にはいかない。


「えい」

 ふいに、エロイーズの声がした。


 光が飛んだ。


 正確には、カンテラだ。

 頭めがけて飛んできた光を、男は咄嗟に巾着を引き寄せて弾く。

 その時には、セオドアは相手の足下に滑り込んでいた。

 鞘付きの剣が男の臑を打ち据える。


 悲鳴を上げて、男は巾着を取り落とした。

 すねを抱えて悶えている男を見ながら、セオドアはついさっき自分も、同じ痛みに苦しんだ事を思い出す。


「後はお任せを!」

 アオギがようやく、エロイーズの侍女から事情を聞いたらしく、坂を上がってきて男のところに行き、縛り上げ始めた。


「エロイーズ!」

 倒れた男の方へ行こうとしていた彼女を、セオドアは抱き留めた。

「近づいてはいけない」

「辺境伯様」

 エロイーズは、なぜか悲しげに言った。

 カンテラがどこかへ飛んで行ってしまったので、彼女の表情がよく見えない。

「セオドアだ」

「……セオドア様」

 エロイーズは、遠慮がちにそう呼ぶ。


「猩猩と、本物のラゴさんらしい人が、この家の居間に縛られています」

 と、彼女は言った。

「悲鳴が聞こえたので、開いている窓から覗いて見たところ、偽のラゴさんが蝋燭の火でラゴさんの髭を炙っていたのです。それで思わず、爆竹を仕掛けてしまいました」


「猩猩ですか?」

 と、アオギが立ち上がって言う。


「はい、猩猩はアドレイド側妃が持っている共和国の小説に、知能が高くて器用な使役魔獣として出てきます。正式には猿型使役魔獣というらしいですが、一般には猩猩と呼ばれています。使役魔獣は、共和国では大切に保護されている存在のようです」

 エロイーズの言葉に、やはりそうだったかと、セオドアは頷く。

「では、丁重に扱う事にしよう。敵はこの男だけだったか?」


「そのように思いました」

「爆竹では、敵を倒す事はできませんよ。危ない事をなさる」

 アオギは再び男にかがみ込み、服をはだけて入れ墨を確認している。縛られた男は、抗って暴れた。不愉快な罵倒が飛び交う。

「よく見えないが……それっぽい入れ墨がある。これも神聖帝国の人間ですね」


「この人が爆竹で驚いて逃げ出したら、扉が開きっぱなしになるので、ラゴさんを助けられるかと思ったのですが」

 エロイーズは、倒れている男の方を見ながら説明する。

「街でよく見ずに適当に買った本がたくさんありまして、たまたまポーチに詰め込んでおりましたので、もしもこちらの扉から出て来たら、これを投げつけて倒せるかなと、つい試してしまいました」


「一人目はそれでうまくいった訳か」

 セオドアが微笑みかける。

「いったいどんな猛者があの異国人を倒したのかと、アオギが不思議がっていた」


 エロイーズはションボリと言った。

「アリアの家に来た悪い人の事ですね? あれは、あの悪い人が起き上がろうとして、頭が低い位置にあったので、たまたま成功したのですわ。ここで試すべきではなかったのです。ロス辺境伯様がいらっしゃらなければ、私まで捕まってしまうところでした」


 セオドアは、痛みを覚えたかのように、胸を押さえた。

「……どうか、セオドアと呼んで欲しい」

「……セオドア様」

「さっきの、カンテラ攻撃は助かった。投げる時の可愛いかけ声は、一生忘れる事はないだろう」


 エロイーズが顔を上げて、セオドアを見た。月明かりの下でも、驚いている様子がわかった。可愛いと言うたびに彼女は、そんなはずはないと思っているようだ。これからは、何度でも、何回でも言ってあげよう、と、セオドアは思う。


 アオギが、明るい声で言う。

「奥方様は策士であり、闘士でいらっしゃる。なかなか得がたいお方ですぞ、領主様」

 さあ今ですよ誤解を解いてください、という合図だった。


「ああ」

 セオドアは、エロイーズに会ったら言おうと思っていた事を、必死で思い出そうとしていた。確か、難破船の事を説明して。それから。

「エロイーズ。私は」


 カンテラを持った騎士が、大勢の騎士達を伴ってやってくる。

 ここから南に展開していた者達を、アオギの指示で彼が呼びに行ったのだとわかった。

 数人は、捕らえられた男を街へ移送する算段をし始め、残りは武器を構え、二手に分かれて屋内へと入って行った。


 その動きを目で追っていたエロイーズが、ほっとした顔をするのが見えた。捕らわれた者達の事が気になっていたのだろう。

 カンテラが多く持ち込まれたため、空き家の周囲は月明かりを打ち消すほどに明るくなっている。


「エロイーズ。私は君に、文通を申し込みたい」

 言おうと思って、準備していた言葉が、半分も出て来ない。

 セオドアの視界の端で、アオギが、呆気にとられたような表情をしたのが見えた。

 他の騎士達も、一瞬会話を止めたような気がした。いや、気のせいだな。


「素敵ですわ!」

 エロイーズがセオドアを見上げ、カンテラの灯を瞳に宿しながら言う。

「私、この街の郵便基地局に私書箱というものを作りましたの。まだ、どなたからのお手紙も届いていないので、辺境伯様……セオドア様から初めてのお手紙を頂けるのなら、とても嬉しいです」


「やはり私の事を理解してくれるのは、君だけだ」

 セオドアは彼女のその様子に感動し、跪いて手を取った。

「ドミリオは、きっと私達二人は気が合うだろうと言ってくれた」


 ズレた感じが同じだから、きっと気が合うだろうと、ドミリオは言った。

 どういうところをもってズレた感じと彼が言ったのか、セオドアには理解できなかったが、エロイーズの感性が自分と同じだという事に、今確信を持った。


「文を交わして、お互いの理解を深めた後、私は君と一緒に、街を歩きたい」

 セオドアは、エロイーズの指先に口づける。身体が、腕の辺りからじんわりと、熱くなっていった。


「私……私は」

 エロイーズも膝を突いて、セオドアと目線を合わせた。

 そして気遣わしげに、尋ねてくる。

「私で良いのでしょうか……? 兄ではなく……?」


 なぜにドミリオ?

 セオドアは、貴族学園時代にドミリオが一度、女装して登校してきた事を思い出しかけたが、記憶の底に封じ込めた。あれは酷かった。


『しっかりと、ご自身で直接、エロイーズ様にお伝え頂かないと伝わらないでしょう』

 ふいに、女店主の言葉が蘇る。

 セオドアは二度と絶望したくなくて、必死に言葉を繋いだ。

「エロイーズ。君は、私が初めて好きになった人だ」

 エロイーズが、小さく息をのんだ。


「君に、たくさんの本を贈りたい」

 セオドアは、彼女の細くて小さな手を撫でながら言った。

「使用人達に、君の部屋を用意しろと言ったのは、本がたくさん入る部屋という意味だったんだ。どうか、君の好きな本について、教えて欲しい」


 エロイーズの頬が、赤く染まるのがわかった。

 誠意が伝わったのだと、セオドアは思う。

「一緒に街へ出るたび、君の好きな本を一冊贈ろう。そして、君の本棚が、君の好きな本でいっぱいになった頃に、私は改めて問うだろう……」


「領主様!」

 南の方角から、馬が走ってきた。

 馬に乗った騎士が、声を限りに叫ぶ。

「北に、炎が見えます!」


 その場にいた全員が、北を見る。

 低い山の上空が煙っている。

 セオドアとエロイーズは、手を握り合ったまま、立ち上がった。


 早馬の騎士が運んで来たのは、領主館炎上の報せだった。











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