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14:セオドアは絶望する

 オレンジ村と呼ばれる地域は、実際には村ではなく、街の一部だった。街の外周のうち、柑橘類を栽培する東北地域についた渾名だ。住人の一人が姿を消した事で、ロス辺境伯私兵騎士団はその一帯に奴隷商人が潜伏していると想定し、周囲を封鎖した上で、一軒ずつ立ち入り調査をする事になった。


 すでに村を出て、街に潜伏している可能性もあるので、街の巡回も怠る訳にはいかない。

 騎士達は皆、領民を守るために、最小限の休憩と睡眠を取りつつ、割り振られた仕事をこなしていた。


 セオドアは、昨日街の警戒に当たった騎士達に、エロイーズを見かけた者がいないか、聞き取りをするように指示を出していたが、報告をしに戻って来るタイミングでしか話を聞けないので、なかなか捗らない。


 騎士団拠点の出入り口には天井の高いホールがあり、厳戒態勢を敷いてからは、休憩所兼報告所になっていた。

 街のあちこちからかき集めてきた古いテーブルと椅子が並び、酒場のような雰囲気がある。


 ホールを抜けたところにあるのは、仮眠用のベッドが設えられた待機所だ。

 普段であれば、有事にはそこから当直の騎士が出動する。ホールの真上に設置された見張り台で、朝、昼、夕方、夜に鳴らす交代の鐘は、街の時計の役割も果たした。


 今は、待機所に騎士を待機させておく余裕がない。

 その更に奥には、修練所や宿舎、文官や上官の執務室などが並んでいる。罪人を繋いでおくための牢は、最奥の扉から地下に降りたところにあった。


 騎士二人がエロイーズらしい女性を見たと名乗り出てきた時、セオドアは待機所で仮眠中だった。

 仮眠と言えば聞こえはいいが、とうとう力尽きたのだ。気絶するように仮眠用ベッドの上で意識を失っていたのは、三十分ほどだったろうか。


「……こちらに報告に来させましょうか?」

 起こされたばかりで、アオギに言われた事の半分しか理解できなかったが、セオドアは返事の代わりに待機所を飛び出した。




 騎士達は、拠点出入り口の報告場所にいた。

「アリアの煮込み料理店で、小柄な女性と少女を見かけました」

 二人の騎士のうち年長の男が、セオドアの前で畏まりながら言う。


 時間は昼時をやや過ぎていた、平民風の服を着た少女と女性が、シチューを食べている途中だった、労働者風の服に似合わない、とてもほっそりした手をしており、違和感があった。

 パンを丸ごと囓ろうとして、囓れていないところが可愛らしく、つい『小さき者』と呼んでしまった。

 などという報告の途中で、その女性がエロイーズだと、セオドアは確信する。


「ありがとう。有益な情報だ。とても助かった」

 そのままセオドアは、早足で拠点から出る。

 二人は食事をしに街へ降りたのだから、シチューを食べていたという状況からも、エロイーズと侍女で間違いないだろう。


 セオドアにとってこの界隈は、生まれた時からよく見知っている場所だ。昔からあるアリアの店にもセオドアは、何度か足を運んだ事があった。昼頃に店を開けて、夜の時間帯まで、酒と食事を提供する店だから、今の時間なら店主に話が聞けるはずだ。


 外は随分暗くなっていたが、噴水広場を囲むように建っている宿や酒場が、軒先に灯りを点している。方角を見定め、セオドアは早足で広場を突っ切った。

「アリアの店に行く。何かあったらそちらへ」

 背後でアオギの指示が聞こえて、一緒についてくるつもりなのがわかった。


 焦燥感に駆られているのは、先ほどの騎士がエロイーズを、可愛らしく、と言ったせいかも知れない。エロイーズはやはり可愛い。

 綺麗な女よりも、可愛い女を好きな男はたくさん居る。

 そんな男が、この一晩で、彼女を得ていたとしたら。


(駄目だ。そんなのは、駄目だ)

 無事を祈る心と、嫉妬がごちゃ混ぜになって、セオドアは店までの距離を一気に走り抜ける。

 ドアを引き開けると、そこは酔っ払いの巣窟だった。

 港を閉鎖しているので、仕事の無い連中がたむろしているようだ。


 貴族らしい、金の縁取りをした黒地の上着と黒のズボンという出で立ちが、半袖シャツ姿の彼らの間では異質に見えるせいか、カウンターの向こうにいる年配の女が振り返って目を瞠った。


 セオドアは、男達をかき分けるようにして、空いているカウンター席に辿り着く。

「エロイーズが……小柄な女性が、昨日ここに来たと思うのだが」

 来ましたよ、という返事が来るのかと思ったら、どうにも様子が変だった。女店主は、目を眇める。

「領主様? ロス辺境伯様でしょうか?」


「そうだ。訳あって、彼女を探している。ここで食事した後、どこへ行ったか知らないだろうか?」

 女店主の、値踏みするような視線の意味がわからずに、セオドアは息をのむような気持ちで彼女の返事を待つ。


「知ってはおりますがねぇ」

 その答えに、セオドアは深く安堵した。

 女店主アリアは、怪我で職を失った男に無料で食事をさせたり、風邪で寝込んだ独身の騎士にパンがゆを提供したり、行き場のない女性を雇って面倒をみたりする、所謂世話好きな女性として有名だ。

 彼女が知っていると明言するのなら、単に『行き先を知っている』という事だけではないだろう。

「無事なのだな? 今はどこに居る?」


 女店主は、セオドアの後ろをチラリと見た。

 振り返らなくても、追って来たアオギが、そこで威圧を放っているのだとわかった。

 その圧に屈する事無く、女店主は言ってのけた。

「無事ですよ。ただ、あの小柄な女性は、嫁に食事も出さない男から逃げて来たと聞いていましてねぇ、そう簡単に居場所を教える訳には参りません」


 反抗的でもなく、誰かを非難するような口調でもない。

 彼女を守るために仕方なく、という顔をして、女店主は見返してくる。


「誤解だ」

 セオドアは、カウンターに縋り付いた。

「私の意思じゃない。家人が私の留守に、勝手なことをした」

 駄目だ。こんな子どものような言い訳は、エロイーズには聞かせられない。


 ああ、でも。

 まだ取り返しはつく。

 エロイーズは無事だ。

 生きていてくれた。

 また彼女に会える。

 次に会ったら、どんな言葉をかけよう?


 セオドアの目の前にすっと未来への道が開け、希望がその道を明るく照らし始める。


「やっぱり、お相手は領主様だったんですか。あのお嬢様に釣り合うのは領主様ぐらいの立派な方だろうなとは思っていたんです。でも、政略結婚の相手に嫌われたと、悲しそうに仰っていましてねぇ。お兄様がお迎えに来るまでというお約束で、私の実家をお貸ししたんですよ」

 アリアの言葉に、セオドアの目の前に開けた道が、一瞬で消え失せる。


「あああ」

 エロイーズは、ここを去るつもりなのか。

 セオドアは絶望のあまり、カウンターに話しかけた。

「違うんだ、エロイーズ。嫌ってない。逆だ」


「それはようございました」

 女店主の声がようやく柔らかさを帯びる。

「そこが肝心なところですねぇ。しっかりと、ご自身で直接、エロイーズ様にお伝え頂かないと伝わらないでしょうよ」


「アリア! アリア!」

 足を引きずりながら、髪のない男が店に入ってきた。

「大変だ、アリア!」


 泣き出しそうな声でまくし立てるので、今まで酒を飲んで賑やかに喋っていた男達も、振り返って何事かと注目する。

「オレンジ村に帰れない! 封鎖された! ラゴが悪い奴らに捕まったってのに、俺は、助けに行けないんだ! お前さんのところに居る、あの小さいお嬢さん方は大丈夫かね?」


 セオドアは、見覚えのある男を、数秒見つめた。

 それから、来た時と同じ道を、転がるようにして逆に辿り始める。


「場所を確認してから行きます! どうか早まらないで!」

 アオギの声が、セオドアの背中を追いかけてきた。











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