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12:失踪当時の服装は

 セオドアは私兵騎士団数人に担当地区を割り振って、街にある全ての宿を調べさせたが、エロイーズは見つからなかった。

 エロイーズと似た身体的特徴を持つ人物は、男も女も、宿泊した形跡がない。街道は封鎖していたので、別の街に移動したとは考えにくかった。


 ただ、二人の女性が宿泊場所を探していたという証言が幾つか上がった。


「どの宿も街が封鎖されたせいで、移動予定だった商人達が部屋を取り、満員になったので後から来た大勢の希望者を断ったそうです。その中に、背の低い女性と少女の二人組が居たような気がすると言う者が二、三いました。対応に追われながらの会話だったので、確実ではないそうですが」


 取り纏めた報告書を読み上げる副団長の前で、セオドアは静かに落ち込むしかない。

(私が街を封鎖したせいで、エロイーズの行き場が無くなったのか)


 昨日は難破船の対応に手一杯で、このような事態を招く事など考えていられなかった。

 だが、それは言い訳にならない。

 自分としては全力でやったつもりだったが、それだけでは足りなかった。

 そのせいで痛手を受けた人々が、エロイーズを含めて大勢いる。


(宿が見つからずに彼女は、初めての街でどれだけ不安だっただろう?)

 彼の治めているロス領内は交易で潤っているため、比較的治安は良いが、それでも夜に彷徨っている女性が絶対に安全だとは限らない。


 セオドアは無意識に拳を作って、胸に当てる。

 その辺りが酷く痛んだ。

 胃なのか、心臓なのか。


 彼女が無事でなかったら、自分はどうなってしまうのか、セオドアには想像もつかない。

 使用人達は間違いを犯したが、彼らを罰する気にはなれない。

 これは使用人達だけのせいではないと、セオドアは考えていた。


(元々、私が言葉足らずだったのだ。子どもの頃から知っている彼らなら、細かい指示を与えなくてもうまく処理してくれるなどと思っていたところがある……)


 貴族学園時代の自分が、初めは学校に馴染めなかった事、公爵家のドミリオがそれを助けてくれた事も、セオドアは使用人達に説明していない。辺境伯跡継ぎとしてのプライドが邪魔をしたのだ。そのドミリオの妹であるエロイーズを、どういう経緯で、どんな気持ちで迎えたのか、彼女がどんな人なのかを、ちゃんと説明するべきだったと、セオドアは後悔する。


(私の責任でもあるのに、私のためにと思って行動した彼らを、酷く責めてしまった……)

 両親が亡くなり、兄弟もなく、家族のいないセオドアにとって、使用人達が家族のようなものだ。

 古くから知っている彼らに、今回の事で憤りは感じても、憎むことはできない。罰したり、斬り捨てて鬱憤を晴らすという方法を採っても、傷つくのはセオドア自身だ。


 ただ、エロイーズに関するいい加減な情報を広めた家令の息子だけは、許せなかった。

 家令の息子アルドは解雇の上、私兵騎士団内の牢に入れてある。




 セオドアは、今回の封鎖で行き場の無くなった商人や旅人に、住民の集会場や避難所を開放するよう副団長に指示した。

「今後君は、領民へのケアを指揮してくれ。できるだけ混乱を抑えたい」


 身元の確かな商人には護衛を付けて、目的地まで送り届ける事になった。

 奴隷商人達に襲われるリスクを減らすと同時に、奴隷商人達の逃亡を防ぎながら、巻き添えを食った彼らの便宜を図るには、今のところその方法しか思いつけない。


(帰宅できず、宿も取れない者が多数出る事に、昨日のうちになぜ気づけなかったのか。今更何をやっても手遅れだ。エロイーズに、言い訳のしようもない。私の人生は、もう終わりだ)


 繰り返し悲嘆に暮れながら、それでも機械的にセオドアは、領主としての業務をこなし続けた。


 夕方、私兵騎士団の拠点に連れてこられたスキンヘッドの男は、顔色を青くして、息子の消えた位置をさし示した。

 一日近くかけて探しても息子が見つからず、彼は騎士団を頼ったのだった。


「オレンジ村ですか。位置は想定のコースからやや東に外れますが、時間的には合いますね。可能性大です」

 アオギは地図に新しい赤点を付けて、時間を書き込んだ。

 騎士の一人が、男に息子の風体を聞き取っている。


「運悪く遭遇して取り込まれたか、それとも一人でいるところを、情報元として拉致されたか。いずれにしろ、これまで土地勘がなくて行き当たりばったりだった連中は、住人である彼から情報を引き出して、計画的な行動に出るかも知れない。捜索隊の主力を村に向かわせて、一軒ずつ異常が無いか調べてくれ。私は……」

 セオドアは、一瞬身体の力が抜けて、よろめいた。


「ろくに寝ていない顔をしていますね。それに、朝から何も食べていないでしょう」

 アオギは彼を支えて、部下にレーションを持って来させる。

「奥方は必ず探し出しますから。これを食べて少し座っていてください」


 セオドアは、拠点の椅子に座って、手渡された穀物の塊を言われた通りに囓った。

 その途端、これまでに感じた事の無い、泣き崩れそうな情動に襲われる。

 辛うじて自分を保てたのは、先にスキンヘッドの男が、息子の名前を呼びながら泣き出したからだった。


「ラゴ……! 今頃、どんな目に……」

 ちゃんと助け出してやるからと騎士達に宥められて、父親は息子の髪の長さや失踪当時の服装について詳細に話す。彼はそれが、遺体が見つかった時に照合するためだとは思ってもいないだろう。


 セオドアも、エロイーズの髪の色や背格好、最後に庭師が見た時の服装を告げて、宿を調べさせたが、それは生きて見つけるためだ。

 昨日一日、猿の生き残りや奴隷商人達を捜索していた騎士達に、どこかでエロイーズらしき女性を見かけていないか、聞き取りもさせている。


(今頃、どんな目に……?)


 まだ何もわかっていない。

 感情をぶちまけても、何も解決はしない。

 セオドアは、かみつくようにレーションを囓り、差し出された水で流し込んだ。

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