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億回死せるは、偽勇者〜バッドエンドの集束地点〜  作者: つきらゆ
バッドエンドの集束地点
9/83

覚醒ノノア



 ネイルはルフレ魔術学園の校舎の外を歩いていた。

 赤い水溜まりを跳ね、転がる死体を素通りする。

 空では魔獣が飛び回っていて、耳を澄まさなくてもどこかから悲鳴が聞こえた。

 まだ、この惨劇は続いていた。

 事態は何も解決していなかった。

 けれど、ネイルはゆっくりとした足取りで崩れた学園の中を歩いて行く。

 そしてその隣には、風紀委員の少女とノノアもいた。


 その目的は、勇者を殺す為。


『くく、くくく』


 彼らの背後でベリアルが腕を組んでその光景を眺めていた。

 抑えきれない笑みを浮かべ、自身の勝利に酔いしれる。

 賭けが上手くいったのだ。

 自身の死を持って達成される、部の悪い賭けが。

 我生き返れ。

 その命令を掛ける時点ではまだ生きている為、上手く行くかは本当に賭けでしか無かった。

 しかしそれが上手くいった。ここに来てベリアルは、自身の持つ可能性に酔いしれていた。


『魔法を撃て』


 ベリアルが校舎を指さしながら三人にそう命令する。

 その言葉のままに虚ろな三人は、その位置目掛けて得意の魔法を放った。

 崩れる校舎。その下には生徒達が隠れていた。

 しかしその命令に一切の抵抗も、反論も躊躇も無い。

 ここに来るまでに、既に彼らは思考すらも奪われていた。

 せめてもの救いは、この趣味の悪い惨劇を彼らは知る事が出来ない事だった。


『くく、くくく……』


 ベリアルは楽しそうに笑う。

 事実、心の底から楽しんでいた。

 やり直しの勇者。ふざけた能力だが、おかげで自分は更に昇華されたのだ。

 死ぬ前に自分に命令をかける。ただそれだけで不死となる。

 更には人質までも手に入れて、後はやり直しの解除方法を聞き出すだけだった。

 あの忌々しい魔法の効かない女も屠った。

 この世界に目覚めてからベリアルは全てが上手くいっていた。


『魔法を撃て』


 そして、また知覚した隠れた人に向けてそれぞれの魔法を放たせる。

 フーコは中級の風魔法を放ち、そしてネイルはついぞ魔法が出なくなった。

 ただ、ノノアは回復魔法しか使えなかった為命令通りにその魔法を先程から撃っていた。

 ベリアルはノノアの魔法に今更気が付き、そしてガス欠になったネイルも相まってその動きを一度止める。

 今の二人は、命令は聞けど主人の意に沿わない魔獣にすらも劣る愚鈍。

 人質も、三人も必要はなかった。

 勇者を殺す為の進撃ではあるがそれも殆ど嫌がらせでしか無い。

 それよりは、また後から助け出す様な第三者が現れる方が面倒だった。

 故に、先程から隠れていた人間に向かって魔法を放ち続けていた。

 それも出来ないなら、ベリアルとっては荷物でしかない。


『自死しろ』


 ベリアルはネイルに命令した。

 ネイルはやはり一切の抵抗なく、自分の首をきつく締め上げる。

 瞳孔が開き、血管が浮く。それでも力は強まる一方だった。

 ベリアルは、それを笑った。

 笑って、後ろに迫るそれに気が付かなかった。


「……っ、とっ、た……ッ!」


 首筋を断つ一文字。

 ベリアルはその強襲で確かに死に、しかし現れた伏兵は直ぐに二撃目に移った。

 それは腹から血を流し、それでも痛みに口をキツく結んでここまで来た瀕死の風紀委員長。

 ベリアルは再度蘇り、焦りながら魔法を放とうとするが僅かネメシスの方が速かった。

 ここに来て、油断による敗北。

 確かにそれをベリアルは幻視し、しかしネメシスは膝が砕けて後一歩、ベリアルに届かなかった。

 ベリアルの目の前を掠める覇気のない斬撃。

 既に彼女は限界だった。

 自身の前に立つネメシスを、ベリアルは怒りと共に強く蹴りあげた。


「ごッ……!」

『我生き返れ』


 そして、再び自身へと蘇りの命令をかける。

 これで再び、次の死も無効になった。

 そして悪魔の魔力は、無限であった。

 そこまで考えて、ベリアルはひとつの仮説に思い至る。


『む……? 試、す、価値、は、ある……』

「ぐ……ぅ……」

「ネメシス!」

「エアロショットっ……!」


 しかし、ネメシスの奮闘でネイル達は目を覚ます。

 ネイルは自身の魔力が無いことに気付き、その理由を察しながらも今は瀕死のネメシスへと駆け寄った。

 そしてフーコは友達を守るため、勇気を出して荒い息で魔法を放つ。

 そして彼女の決死の魔法は、


『コイツを狙え』

「え!?」

「ぐっ……!?」


 軌道を変えて会長へと向かった。

 打ち出した魔法の遠隔操作。フーコはそんな技能持ち合わせて居なかったが、身体は命令通りにそれを成す。

 フーコに対して背後を見せていた事もあり、ネイルにそれが直撃した。

 風の魔法がその身で弾け、ネイルの身体は吹き飛んだ。


「会長ッ!!」

『動くな』

「うっ……ネメちゃんっ!!」

「私は、大丈夫……っ!」


 会長は致命傷では無かったが、吹き飛び倒れた体勢で動きを封じられる。

 フーコは泣きながら動きを止め、ネメシスは命令は効かずとも起き上がる事すら出来そうになかった。


 ベリアルは再び勝利を確信し、そして先程思いついた可能性へと手を伸ばす。

 ベリアルは目覚めてからすぐここへ来たので、時間もなくただ勇者を真似て復活の命令を唱えただけに終わった。

 しかしそれが上手くいった今、話はもっと広がった。

 実際、もしかすると勇者を倒すにはこれではまだ足りないのかもしれない。

 瀕死のネメシスに追いやられた事実が、彼の傲慢(弱点)を刺激する。


『我不死となれ』

「な……」


 上手くいったかは死んでみる迄分からない。

 しかし、それでもベリアルは確信していた。

 道理で考えれば、必ず上手くいく筈なのだ。

 悪魔の魔力に底は無い。ならば同様に、それを媒介とする命令にも際限などあるはずが無かった。

 しかし、彼はまだ止まらない。

 彼は既に、三度敗北したのだ。


『我力を増せ』

『我速くなれ』

『我刃も通らぬ身体となれ』

『我魔法が効かぬ体質となれ』


 思いつく限りの言葉を。思いつく限りの命令を。

 勇者に、ネメシスに負けた記憶が彼から傲慢を奪っていく。

 より慎重に、より貪欲に。

 今までベリアルはただの一度も本領を発揮していなかった。

 彼の傲慢が自身の可能性を推し留めていたのだ。

 そして、至る。

 真に傲慢足り得る境地へと。

 それを誰にも否定させぬ程の領域へと。



『ああ、今、まで、確、かに、私、は、傲、慢、だっ、た』


『あの、程、度で、実、に、烏、滸が、まし、いこ、とだ』


『故、に、我、は、成、長、した』


『感、謝、しよ、う、勇、者、よ、ネメ、シス、よ』


『我は、今、真に、傲慢、と、なっ、たの、だ』


 今のベリアルは魔王にさえ届く気がした。

 全能感が溢れ出て、今までの自分の弱さに恥すら抱いた。

 そして、発する。


『立て』


 その命令によって動いたのは──


「な……?」


 魔法が効かない筈のネメシスだった。


「なっ!? どういう、事だ……ッ!」

「ネメ、ちゃん……?」

「何で、私、は……」


『これ、が、答え、だ』


 ネメシスは命令通り立ち上がり、無理に動いた事で腹から異常な量の血を流す。

 誰が見ても、もう死ぬと分かった。


 何故ネメシスに命令が効いたのか。

 それは異常でも何でもなく、ただのこの世の道理だった。

 例えば絶対に貫く槍と、絶対に貫かれない盾。

 持つ性質は両者『絶対』。しかしその二つは決して同じ世界に両立しない。

 故に、この世界では性質が拮抗した場合、魔力量や実力の差、要はどちらの性能が上かで決まる。

 ベリアルの命令は、ネメシスの固有能力を弾く程に強化された。

 それをネメシスは嫌な位に理解した。

 他でもなく、ネメシスは前回の記憶の中で魔王の魔法によって殺されたのだから。


『我、魔王、至、れり』


 彼のその傲慢を否定できる者は、今この世界にはいなかった。





















 そんな光景を私は一人、ぼんやりとした頭で眺めていた。

 これは一体どういう状況なんだろうと。

 今何が起きているんだろうと。

 私は確かに死んだ筈なのに。

 というより、死のうとした筈だったのに。


 細い棒が喉を貫いて、その痛みに震えた事を思い出せた。

 そして、あの後呆気なく気を失って。

 何か暖かいものが身体に流れてきて、それに身を委ねる様に私は眠りについた。


 そして、目を開けたらこの光景が広がっていた。

 ユーロは居ない。どこに行ったんだろう。

 まだ眠たく回らない頭で、その大事な人を私は探した。

 探したいのに、身体がちっとも動かなかった。


『ネメシスに止めをさせ』

「え?」


 目の前にいた鬼が、急に私の目を見てそんな事を言った。

 私はその鬼に見覚えがあった。

 確か前にユーロが戦って、そして倒した一番最初に来る悪魔。

 そして、なんでかその悪魔がまたここに来て。

 私はこの鬼のせいでさっき死にかけたばっかりだった。

 だから、私はこの鬼が嫌いだった。

 なのに、身体は勝手に言うことを聞く。

 私は攻撃魔法が使えないから、殺す為に風紀委員長に近づく。



 でも、そんな事はどうでもよかった。

 今ここに彼が居ないことが、その理由が不安でたまらなかった。


「ユーロ、ユーロぉ、どこぉ……っ?」

『はは、何だ、コイ、ツは』


 私は泣きながら彼の名前を呼んで、それでも足は勝手に動く。

 どこにも居ない。その声が聞こえない。

 あの寒い冬の日、私を庇って傷ついた彼。

 次こそは幸せにすると誓って、キスしてくれた大好きな彼。

 せっかくまた会えたのに、まるで私なんか興味無いみたいに素っ気ない態度をとった彼。

 それでも節々で確かに思いやりを感じた。

 嫌な顔はしても、私から最後まで離れなかった。


 ……アイツが現れるまでは彼は私を離さなかったから。

 アイツが来なければ、まだ私は彼と居られたのに。

 ここには邪魔したソイツも居ない。

 まさか二人で何処かにいるの?

 分からない。けどもしそうならカナシイ。

 そして、目の前のコイツも私とユーロの間を割く明確な敵だった。


「解いて」

『ぬ?』


「解 い て ?」


 鬼の化け物を真っ直ぐ見つめる。

 今のはお願い。その先がどうなるかは私にも分からない。

 勝てるとか勝てないとかそんな事はどうでも良くて、ただそばにユーロが居ない事が重要だった。

 それに、怪我人だって治さなきゃいけない。

 私は魔法で戦えないけど、それでも治すことには自信があったから。

 戦えなくても、救う力は素敵だと彼が言ってくれたから。

 だから、私は人を助ける。

 ユーロ以外もちゃんと助ける。

 彼が褒めてくれるから。

 だから、



 いい加減にして?



『ぬぅ……!』


 ベリアルは一歩、無意識に後ずさる。

 それに気がついて、これは何だと自らその醜態を叱責する。

 進化し、最早今の自分は魔王すら超越した存在となったのだと。

 目の前の少女は、間違いなく自分が一度死の間際まで追いやったただの雑魚だと言うのに。

 しかし、何故かその存在に確かにベリアルは気押された。


 その事実に、理由に、自信が恐怖したのだと思い至り怒りと屈辱に身を震わせる。

 その際、知らぬ間に全員の拘束が解けていた。ベリアルはそれにすら気が付かない。

 攻撃などせずとも、目の前の白い少女は今一心にベリアルの注意を引いていた。


『何、だ、貴、様、は』

「ユーロはどこ……?」

『貴様は何者だ! 応えろ!!』


「ユーロの彼女だよ」




「ユーロを愛する人」


「ユーロに愛される人」


「ユーロの一番の人」


「ねぇ、ユーロはどこ?」


「ど こ」


 その深淵のような目に、ベリアルの精神は呑み込まれ始める。

 命令は効いていた。

 だからこそ、今の回答は目の前の少女の本音でしか無かった。

 ベリアルは、知らなかった。

 そこ()まで至った人間の感情を、悪魔であるベリアルが知るはずが無かった。


「ぅ……」

「ネメシス、立てるか」


 ネイルはその光景を見ながら静かに背後で動いていた。

 ベリアルの命令は解け、倒れ伏した重症のネメシスへと駆け寄る。

 助け起こし離脱しようかと思ったが、あまりの傷の酷さに動かす事すら憚られた。

 

 そして、ネイルは今のノノアを見て思う。

 もしこの場に可能性が残されているのなら、それはもう彼女しか居ないだろうと。

 自分は既に魔力は空。ネメシスは後一歩も動けず、フーコはそもそもこの場に立つには少し釣り合っていない。

 そんな中で、異常な程の気を放つノノア。

 理屈は分からない。しかし、その存在だけで彼女がベリアルの命令を外したのは確かだった。

 あの時、入学式代表挨拶でもし無理に拘束していれば、この圧を受けていたのはきっと自分だと。

 その事実に身を震わせながら、そしてネイルはひとつの賭けを思いつく。


『動くな! 魔力を練るな! 魔法を消せ!』

「……離して」


『貴様の能力は何だ、応えろ!』


 ベリアルは目の前の少女を見定めようとした。

 弱い癖に強者の風格を纏う敵。

 回復しか出来ない癖に、刃物のような鋭さを持つどこか矛盾した巫山戯た人間。

 圧倒的な実力差は覆らない筈なのに、それでも気圧されるその理由。

 ベリアルは、それが固有能力によるものだと確信した。

 ベリアルの命令や、ネメシスの魔法無効の様な超越した代物が有るのだと。


「回復魔法」

『何……?』


 しかし、返事は何て事の無いもの。

 その事に、ベリアルはそんなわけが無いと青筋を立てる。

 ただの人間に気圧されるはずがないと。

 ただの感情だけで覆せる様な甘い世界では無いと。


「それと」

『ぬ』


 そして、予想通りノノアは続きを語った。

 しかし、その内容はベリアルが望むようなものでは無かった。

 ベリアルの命令により嘘の付けない状態で、しかし確かに彼女は口を開いた。



「ユ ー ロ の 隣 に 立 つ 事」



『──ッ……! 死ね!!』


 ベリアルは彼女の言葉で心底恐怖に埋め尽くされた。

 だからその命令は、最早反射に至った無意識の代物。

 今の自分は、最強だった。

 だから、それを覆し兼ねない目の前の存在は消すに限った。


「ぅっ……!」

『ぬ……、……くく』


 やはり、ただのはったりだった。

 目の前の少女は命令通り、その首を自らの手で締め上げる。

 それを見て、ベリアルはようやく冷静さを取り戻す。

 一体何を恐怖する必要があったのだと。

 結果、事態は何も変わらないではないかと。


「かっ……こ…………」

『死ね! 疾く死ね! 貴様は──』

「──エアロバレットぉっ!!」


 フーコが泣きながら、魔法を放つ。

 そうすれば命令は解ける事は知っていたから。

 しかし強化されたベリアルはその程度では怯まなかった。

 ベリアルはギロリとフーコを睨んで、そしてフーコは恐怖にへたり込む。


 ベリアルはそこでようやく忌々しい羽虫の存在を思い出し、そして劇的に殺してやろうと別の切り札をその手に生み出す。

 闇系統超級魔法、タナトフォビア

 ネメシスの腹を一度貫いた、本来即死の一振の刀が更に禍々しい形でこの世界に顕現した。


 最初はやはり、自身に恥をかかせた目の前の白い髪の女。

 そして刀を振り上げる。

 ベリアルは直ぐに振り下ろした。


「ぜあッ……!」

『ぬ……!』


 その最中、横から飛んできた見覚えのある銀の刀身。

 それはあの魔法の効かない女のものであり、敗北の記憶からついその刀を避けてしまう。

 振り返れば雷の男が投げ終えた体勢を取っていた。

 やはり避ける必要等無かったと後悔する。

 今の身体は女の全力の一撃ですら弾く様、自ら強化を施したのだ。


「ノノア・エレノイト!!」


 しかし、ネイルの目的はそれでは無かった。

 それは例え一瞬だろうとノノアを生かす隙を作る事。

 部の悪い、しかし現状最も可能性の高い賭け。

 ネイルはベリアルではなく、ノノアに向かって声を張り上げた。


「──ユーロ・リフレインは死んだ!! 目の前のその悪魔の手によってだ!!」


『何、を……』









………………。








「──は?」


 ベリアルは■■を幻視した。


 それは深淵よりも深い穴。

 死よりも深い永遠の眠り。

 闇よりも濃い広大な黒。

 絶望よりも救いの無い未来。

 膝が震え、腰が砕ける。

 白い女にかけた命令が、見れば勝手に解けていた。


「は…………………え、今、何て……?」


「……ッ! ユーロ・リフレインは──!」

『やめろ! 黙れ!!』


「貴 方 が 黙 っ て て」


 たったそれだけで、かけた命令が音を立てて崩れる。

 それを成したのは、ただの目の前の少女の圧。

 能力でもなんでもない、ただの重圧で命令の維持すらままならなくなる。

 そんな馬鹿な事が、起こり得て良い筈がない。



「ユーロはそいつに殺された!! 仇をうて、ノノア・エレノイト!!」



 静寂が世界を包んだ。

 そんな無音の世界で、ノノアはただ何もせず立ち尽くしていた。

 ベリアルはどうすれば良いのか思考が停止し、ネイル達もただ見守った。

 どれくらい時間が経っただろうか。

 一分か、二分か。

 それだけの静寂が、緊張がノノア以外の全員に走った。


 しかし、この場にいる全員が知らぬ事だが実際は数秒も経っていない。

 最初に動いたのは、ノノアだった。


「なん、で……」


 ノノアは涙を流した。

 次に、涙を流した。

 その次も、また涙を流した。

 そして、ようやく顔をおおった。


「なんで、なんで? なんで……なんで!? 」


「なんで……ッッ!!!」


 ベリアルは震える自分の手を見て、そして思う。

 なんなのだ、この茶番はと。

 こんな巫山戯た事があるものかと。

 この世界は悪魔有利に出来ていて、その存在に怯え恐怖し泣き叫ぶ事が人間の仕事なのだと。

 しかし、これではまるで逆ではないか。


『──死ね!!』


 ノノアの手が動き、その首をつかもうとする。

 そうだ、それでいい。


「──ねぇ……」


 しかし、その手は止まった。

 代わりに、その足がベリアルの方へと向いた。


『なッ!? ──止まれ!!』


 ビクリとノノアの体が震える。

 止まって、しかしまたすぐに動き出した。


「ころし、たの……?」


 その顔を、ベリアルは直視する事すら出来なかった。

 ノノアが一歩踏み出せば、ベリアルはそれより大きく下がる。


『なッ、何故だ!? 何だ貴様は──!』


「私から、ユーロを……奪ったの……?」


 ノノアはただ泣いていた。

 無表情で、闇より濃い真っ黒な目で、ベリアルに亡霊の様な足取りでしかし一歩ずつ近づいていく。

 それを見るネイル達も、余波に当てられ命令以上に一歩も動けずにいた。

 ノノアの身に何が起こったのか。

 ベリアルの命令が効かないのは、ただベリアルが恐怖に呑まれたからだった。

 命令は思考を続けなければならない。その弱点もまた命令で消せるのだが、ベリアルはまだそこまでは気付けていない。

 首にナイフを突きつけられた状態で、楽しい事を思い浮かべる事が出来る人などいないように。

 ベリアルは恐怖のあまり、目の前の少女に対する恐怖以外を考えられない。


 しかし、それとはまた別でノノアの身に変化が起き始めていた。

 ベリアルがこの世界に来て初めて自身の能力の幅が広がったように、彼女のそれも目覚め始める。


 固有能力。人の身で至るひとつの限界点。


 ユーロ・リフレインの全属性適正と無詠唱。

 ネメシス・ブレイブの魔法無効。

 現時点でルフレ魔術学園に居る固有能力持ちはその二人だけ。

 ノノアはその領域に足を踏み入れようとしていた。

 たった二体目の悪魔ですら一度も越えられなかった彼女が。

 

 ──固有能力とは、言わば才能である。

 無いものには傍から無いが、しかし才能を発揮するにもまた才能がいるものである。

 ノノアは前世と今世を含め、絶望と希望を繰り返し……そして、目覚めた。


「かえして」


 手を伸ばす。

 ノノアから、ベリアルへ。


「かえしてよぉ……っ」


 その手は華奢な筈なのに、ベリアルには死神の手にすら見えた。


『離れろ──!!』


 脳は、命令は目の前の女を拒んでいるのに。

 すぐに恐怖に呑み込まれ、その伸ばされた手に意識が行ってしまう。

 


「かえせ」


 触れた。

 何も起こらない。

 ベリアルはその事にひとまずの安堵を浮かべ、そして目の前のその目を見て震え上がった。






「かえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせ」



『ぬああああああああ!!!』



 ベリアルは武様に尻もちを着き、そして今更それに気がつく。

 ノノアの背後で激しく轟く、異常な程に強い雷の光。




「──素晴らしい力だ、ノノア・エレノイト」


 ネイルのその手に宿るのは、確かに一度枯渇したはずの魔法。


 ノノアの固有能力。彼女の本質。

 それは目覚めた経緯こそ黒いものであれど、本来優しい彼女の能力はやはりどこまでも救う能力だった。


『巻き戻し』


 それは傷だけでなく、枯渇した魔力さえも、そしてベリアルにかかった圧倒的なバフすらも容易く指定した時間まで巻き戻す。


 ベリアルが自身にかけた魔法の効かない体質。

 ノノアの巻き戻す能力。

 相反したその能力は。

 ベリアルが恐怖により無意識に敗北を悟り。


 結果、ノノアが僅か上回った。



 ──雷系統超級魔法


「グランド・リタ・ボルトネイル!!!」


 星すら穿つ巨大な雷が、そのネイルの切り札がベリアルと共に空の魔獣の一部を呑み込んだ。


『ぬぅ………ッ!?』


 余波ですら身体を焼き尽くす雷の波から、何とかと言った風に飛び出すベリアル。

 その顔は痛みに激しく歪められて、身体は抉れて焼け焦げていた。

 そして不味いと思い至る。

 魔法が通じるという事は、それは自身への命令が解けているという事だった。

 そして最も重要なのは、死後生き返る復活の命令が生きているのか、否かという事。

 それ次第では、今死ねばそれは本当の敗北に繋がると。

 故に。


『我不死と──』


「──やっほ」


 未だ轟く雷を、一人の影が飛び越えてくる。

 それは刀を拾い上げ、そして万全の状態に戻ったネメシス・ブレイブ。

 彼女に魔法は効かない。

 しかし腹の傷は綺麗に塞がり、その顔には笑みすら携えていた。

 雷の中から意表を突いて、ベリアルの前に躍り出る。


 そして、振り降ろす。



『──なれ!!!』

「──終われ!!」



 ベリアルの不死の命令。

 それと同時にネメシスが首を跳ねる。




 奇しくも、一瞬先を制したのは───


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