生徒会選挙2
静寂に包まれた生徒会室。
静けさと緊張感が綯い交ぜになった異質な空間。
幾ら広い部屋と言えど九人も集まればただでさえ暑い部屋も余計に暑く感じられてしまう。
宣戦布告と称したネメシスとそれに続く新生徒会立候補者の面々。
彼女らを前にした現生徒会は困惑しつつも怯むことはしなかった。
今ここに集まっているのは立場のある面々で、まさか戦闘になる訳も無いのだが雰囲気はどこかおかしな様子。
互いに睨み合う両者の代表の姿に一触即発の空気を誰もが感じ取った。
「くだらんな」
ネイルの静かな威嚇がより場を凍らせる。
この殺伐とした空気感の理由を理解出来るのは当事者達以外ではただリグのみだった。
リグは仲裁に入る資格も度胸もないまま、自分のせいで余計に事態がこじれることを恐れそれを言い訳に黙ることを決意した。
しかし事情を知ってなお今の立場に甘んじている以上、少なくともパスカル達に合わせる顔を持ち合わせていない。
本人達がどう思っているかはさて置いて会長を糾弾しない時点でパスカル達からすれば敵側の人間の筈だった。
その罪の意識が余計に彼女の肩を重くする。
そんな親友の挙動不審な様子にいち早く気づいたネムは疑問の視線をリグに向け始めた。
「暇があるなら他にやるべき事をやれ」
「はっ、それを言うならアンタらもでしょ? 書類書いてれば悪魔に勝てるワケ?」
「……喧嘩を売りに来たのか」
「いやいや……先に買ったのはこっちだから」
売り言葉に買い言葉と言った風にネイルへと食ってかかるのはシーラ。
ネイル自身パスカルの件を失敗した段階でこうなることはある程度覚悟の上だった。
それでも、態々大事な時間を潰してまで本気で喧嘩を売りに来ただけとも思えない。なにせそんな事をしている暇はどちらにも無いからだ。
それに、だとしてもこの場に最も立ち会うべき存在がおらず、だからこそネイルはどうしてもこれが茶番にしか思えなかった。
不遜で憎たらしいあの顔が思い浮かぶ。
一度は崩れ落ちたくせにまた先陣を切ろうとしているあの女の顔が。
最後にネイルが彼女と会ったのは生徒会に立候補する為の書類をここへと提出しに来た時。
その時は一言二言事務的に会話しただけで、別段今のような敵意を直接向けられても居なかった。
心変わりか、それとも隠していただけか、はたまた部下が勝手に動きまわる滑稽な組織なだけか。
しかしどう転ぶにせよ余計な手間を増やされている事には変わらない。
さっさと追い払うが吉だと結論に至り、ネイルは視線を切って書類の上へと戻した。
「用がないなら消えろ。邪魔だ」
「感じ悪っ」
「……聞こえなかったか? さっさと失せろ」
「あーはいはい。本当の要件はこっちだから。はい、一週間分の選挙演説の許可願い」
一枚の紙がネイルの視界に滑り込んでくる。
パスカルが持っていた書類をシーラが受け取ってそのままネイルの机の上へと叩きつけた。
その乱雑な態度に立ち上がろうとしたミュタをネイルは手で制し、書類に軽く目を通すが内容は言った通りのものだった。
書式も生徒会が出しているもので文句のつけようも無い。
正確にはつけようと思えばいくらでもケチはつけられるのだが、そんな事をする意味がなかった。
せいぜい好きなだけ足掻けばいいと特に悩むこともせずこの場で判を押してシーラに突き返す。
言外に用が済んだならさっさと帰れと、初志貫徹、ネイルはまともに相手する気にはなれなかった。
「はいどーも」
「どうせ全て無駄になる。好きなだけ足掻け」
「は、なに? そんなのわかんないでしょ? ……あ、それともなに、まさかまた裏工作でも──」
「なっ……! 貴様いい加減にしろ!会長がそんな事するわけないだろう!?」
静かに煽るネイルと対抗するシーラに、その発言の内容に今まで黙っていたミュタが憤慨した様子で立ち上がった。
発言の責任を問う様に詰めかけるが、シーラは一瞬驚いた顔をしたもののそれ以上怯むことなく互いに睨み合う。
他は頭を抱えているヨールの姿に、変な空気になぜこうなったのか頬杖をついて考るネム。
メイは若干ビビり散らかしていたものの、震えながらでも一応はちゃんと二本足で立っていた。
他の面々は総じて堂々としていて、リグだけが俯きながら話に耳を傾けている。
「侮辱するのも大概にしろ!」
「……ふーん。この様子だとまだ話してないんだ」
「何をだ!」
「……ま、いいけど。お宅の会長さんに聞けばいいんじゃない?とにかく、やった事の清算はちゃんとしてもらうから」
「こっちのセリフだ。 誰を、何を敵に回しているのかしっかりと理解しろ」
「受けて立つ。負けた後の引き継ぎを考えといて」
ここが今日ピークの緊張感だと全員が感じ取った。
しかしなぜこうなったのかネムは改めて考える。
言ってしまえばたかが会長選挙、今後一年のリーダーが変わるにしても世界規模の悪魔との戦いにさほど影響するとも思えなかった。
ネイルが会長をしていた時点でユーロやライラに首輪を付けることは出来ていなかった。
言い方は悪いが誰が会長になったとしても、何なら仕事に奔走される分優秀な人財はフリーにするべきですらある。
なのにこの状況、場の雰囲気からそれだけでは無いことを何となく察した。
ネメシス達はどこか命に関わる様な本気度を滲ませていたからだ。
しかしその敵意はおおよそ会長一人に向いていて、しかもなぜか我らが会長はそれに真っ向から対峙している。
そしておまけにずっと下を向いてスカートを握りしめているおかしな様子の親友の姿。
なにかあるが、首を突っ込むべきか否か流石に迷って、しかし今情報共有されていない時点で求められては居ないのだと結論に至った。
必要なら話すだろうしその必要が無いならムリに関わりたくもないと、見て見ぬふりを決めることにしてネムは机に突っ伏した。
「じゃ、それだけ」
「………」
そして言いたいことを言い終えたのか来客達はそそくさと撤収へと移る。
“もし”を考えさせられる程空気は重かったゆえ正直全員が安堵の息を内心でこぼした。
このまま一応は何事もなく終わると思われたが、しかしこのタイミングでネムは大事な用事を思い出す。
そんな空気感ではないとは思いながらも、しかし事の重大性と緊急性は加味して然るべきだった。
「あー、待って待って」
「ん?」
我先にと今日一番の速度で扉を開け外に出るメイ。その背中に続くパスカル達も、まさか呼び止められるとは思っていなかったのか振り返って微妙な顔で返事をする。
それだけで無く全員が不思議な顔を浮かべ、特にネイルは隠すことも無く探るような目をネムに向けていた。
しかしこればっかりは言っておかないといけなかった。
半ば使命感のようなものを背負いながらネムは出来るだけ真面目な顔になる様に意識する。
ネメシス達が本気で何かをしようとしているのは分かるが、これに関してはネムも負けないくらい本気だったから。
「帰る前にさ……ぱっちゃん、冷房直してって〜!」
「「…………」」
空気を読めないのではなく、空気を読まないのが自分のアイデンティティ。
この状況でもそれを貫けるのなら、本物だろうとネム以外の誰もが思った。
「……はは、悪いね。前も言ったけど、整備以来は半年待ちだよ」
「うぇー!?その頃にはもう暖房じゃーんっ!」
ちなみに生徒会室の冷房が壊れたのはパスカルが仕掛けた報復による嫌がらせ。
では無く。
単にネムが電源コードを足に引っかけて引きちぎったからである。
─────────────────────────
──────────────────
花の香りが充満する虹色の庭園。
みずみずしい花々と、それにつられた昆虫たちが踊るように舞っている。
雲一つ無い青空から降り注ぐ光の束をぬれた葉の水滴が輝かしく反射していた。
大きく花を広げた旬のアサガオ。
夏の暑さにも負けない壮健なアネモネ。
枯れたスカビオサに両手でそっと触れる。
植物たちは言葉を交わせない。それでも注いだ愛は成長という形で愛を返してくれる。
それがたまらなく嬉しくて、しかしそれでもいつかは確実に別れが来てしまう。
その度に泣きそうになるくらい悲しくなって、ならこんな意味の無いことをしなければいいのではとふと我に返る。
けど結局今日も水をやる。
たとえ意味の無いことなのだとしても、きっと誰かにとっては必要な事だったから。
他でもない自分もそのうちの一人だった。
儚くとも一瞬のうちに生命を賭す花々は、小さな事でくよくよと悩む自分にいつだって勇気と希望を与えてくれた。
「……おつかれさま」
スカビオサは軽く触れただけで崩れ落ちてしまった。
開花期とずれてしまった花はこうして環境に耐えかね枯れるかそもそも育たない。
それでも、結局個体差はどうしてもあるもので、暑さに弱いアネモネが一輪、堂々と咲き誇っている様にどんな境遇にも負けない強い子も時には生まれてくる。
それが誇らしいと同時に弱い自分と比較してなんとも言えない気持ちになる時もあった。
しかしそれは人も同じである。
不可能を次々に成し遂げる勇者みたいな人も居れば、小さな段差で躓いて泣いてしまうような弱い人も居る。
その差が何によって生まれたかなんて、それがわかれば誰だって苦労しない。
「君はすごいね。……どうしたら、君みたいに──」
ちゃんと水は与えてもらった。
土だって、思い返せば泣きたくなるくらいに温かかった。
日光だってこれでもかってくらい浴びて、たくさんの愛をもらって大事に育てられた。
けど思う。
踏まれればより強く咲き誇るクローバーの様に、強い人たちはみんな辛くても怖くても何かと戦っていた。
環境に言い訳もせず空を向くアネモネにそっと触れる。
その力を少しでも分けてほしくて、祈るように優しく撫でると少しだけ心を通わせられたような気がした。
「──あら? またお花に話しかけているんですか?」
「わひゃぁ!?」
「おとと、ごめんなさいね? 驚かせちゃった?」
花と自分しか居ないと思われた空間の中。
背後からよく聞いたおっとりとした声がかけられた。
この花が咲き誇る優雅な空間にとても似合う、大人でどこかミステリアスな雰囲気の女性の声。
慌てて振り返るとその人はじょうろを持っていて、昼の休憩時間を利用して水やりをしに来たのだと推測する。
この暑い時期、考えてもみれば誰かが来るだろうことは簡単に想像がついた。
水やり当番表の存在を今更思い出して、火が出そうなほど熱い顔をなんとか暑さのせいに出来ないかと考えた。
「おお、おつかれさまですっ! フラウ先輩……」
「こんにちは、ソルちゃん。熱心な後輩を持てて先輩はとてもうれしいです♪」
深くお辞儀をするとそのまま頭をなでられて、つられて実家の母の顔を思い出す。
ずっと一緒に居ると思っていた人たちと離れて早四ヶ月。あまりの激動の学園生活に何と手紙に書けば心配されないか数時間悩むくらい色々な事があった。
正直今もこうして死なずに立っていることが不思議なくらい。
ルフレでの激闘と、勇者認定式典式で起きた悪魔との戦争。
当然何も出来なかったけど、結局二つとも何だかんだで生き延びた。
でもそれは私の実力とか運命では決して無くて、きっと水を与える側の人間が頑張ってくれたお陰としか思えなかった。
「あら……?」
「え?……あ」
そんな事を考えているとフラウ美化委員長の視線が枯れ落ちたスカビオサにとまる。
ちょうどそのタイミングで風が強く吹いて、どこか見えないところまで飛んで消えていってしまった。
またどこかで子が芽吹いてくれたらきっと親も報われる。
そう願って、でもきっと上手くは行かないだろうと悟ってしまって軽く鬱な気分になってしまった。
世界は弱い人のために出来ていない。
強い人でも簡単に死ぬくらい複雑で残酷にできている。
だから自分みたいな人間はもうでしゃばるべきではなくて、それでもなにか出来ないかと考えて未だにこの学園に残り続けている。
それこそ意味の無いことなのかもしれない。
一体何に縋って何を望んでいるのだろうか。
もういっそ実家に帰って家族を安心させてあげることが自分に出来る唯一の事なのかもしれないと本気で思う。
「この花……」
「スカビオサです。開花時期とズレてしまって……どうか、しましたか……?」
私は花が大好きで田舎の実家にいる時もお母さんと良く育てていた。
それからここに来てフラウ先輩と出会って、他にも私以上に花が好きな人に沢山出会った。
そんな先輩は当然一輪一輪を大切にしていて、なのに浮かべた顔は少しだけ嬉しそうなものに見えてしまった。
それがおかしくてで困惑した顔を浮かべていると、自分の表情に気がついたのか先輩は笑って誤魔化した。
そして何故かまた頭を撫でられる。
先輩は身長が低い事を私が気にしているのを知っている筈なのに、こうしていつも子供扱いして撫でてくる。
「この花はね。実はライラちゃんに頼まれていた花なの。時期をずれてもうすぐ咲きそうだーって話したら、それ欲しい! って言われちゃって」
「え……じゃ、じゃあ不味くないですか……!」
「うふふ。でも良いの。皮肉のつもりでこの花を選んだんでしょうけど、きっと今の彼女には似合わないだろうから」
フラウ先輩も少し残った茎の部分に触れてお疲れ様と声をかける。
スカビオサの花言葉は「不幸な愛」「私は全てを失った」。確かに皮肉が効きすぎていてとても贈り物には向かない花だった。
何で次の会長候補さんがそんなものを態々依頼したのか、本当の所はきっと本人にしか分からない。
それでも、誰からも見向きされない暗い花でも求めてくれたのは育てる側としては親心の様に嬉しかった。
そしてまるで取り柄のない自分でもどこかで役に立てるのではと、勝手に重ねて嬉しくなってしまう。
「代わりと言っては何だけれど……彼女に差し上げる花、一緒に選んでくれる?」
「え……あ、はい! わ、私なんかで良ければ……!」
「ええ、もちろん。頼りにしてるわね」
炎天下、ここには二人以外誰もいない。
悪魔と戦う為に花を育てることなんて本来全く必要が無い。
何なら新しくなった会長に庭園を取り上げられるまでは考えて、でもその心配はどうやらなさそうで安堵した。
もちろんもう一人の、リグ先輩が会長なったらそれはまだ分からない。
だから邪な理由だとは思うけど、私はライラさんに投票しようと思った。
それに花が好きな人に悪い人はいない。それは少し言い過ぎかもしれないけど。
そう信じたい気持ちはいつだって変わらなかった。
同級生なのにずっと前にいる凄い人。私は彼女の事をよく知らないけど素敵な花を贈ろうと気合いを入れ直す。
カルミア。
ペンタス。
グラジオラス。
スズラン。
オリーブ。
カモミール。
私が入学してから植えたものもあれば来る前から植えてあったものも沢山あって、どこに何があるかはだいたい把握していて、その花言葉を調べるだけでも楽しかった。
「あっ、これなんてどうですか? ナスタチウム! “困難に打ち勝つ”!」
「素敵ですね。何種類か纏めて花束にしましょうか」
「はい!」
花を摘むのは昔は抵抗があった。
植物だって生きていて、土から離れればどうしたってその寿命を縮めてしまう。
花たちは決して人に飾られる為に生まれた訳では無い。
それなのにただ愛でるためだけに命を取るのは残酷な事の気がして少し嫌だった。
その気持ちが変わったのはいつの事だったろうか。
でもその時の光景と感情だけは今でも忘れない。
渡すだけでは分からない。大事に育てた花を受け取って初めてわかる気持ちがある。
それはまさしく愛を形にしたような、世界で一番真っ直ぐ気持ちを伝える素敵な手法。
花は摘まれても心の中で生き続ける。あの時の光景がいまでも脳裏に焼き付いているように。
「ライラさん、喜んでくれるかな」
「ええ、必ず。……そう言えば、ソルちゃん」
「はい、何ですか?」
「次の美化副委員長とか、興味無い?」
風が吹いて、すると花粉が沢山舞ったのが分かった。
当然目に見える訳では無いが慣れると匂いで何の花かもある程度分かるようになる。
いつかは蓄積して花粉症になるのではないかという不安もあって、それでももし仮になったとしてもこの趣味を辞めるつもりは少しも無かった。
それでも、まさか鼻より先に耳がやられるとは思わなかった。
耳に花粉が詰まって聞き取れなかったとしか思えない内容に、ナスタチウムとスズランの花を抱えて立ち上がる。
今日は日を改めよう。そうしよう。
視界の片隅で胡蝶蘭が一輪、ぽとりと地面に落ちたのを見つけた。
「待って」
「待ちません」
「待って待って」
「待ち、ません!」
僅か数秒後、自分の耳が至って正常だった事を知らされる。
それが幸か不幸かは微妙なところ。
ただ、人生の転換期である事には間違いなかった。
そして後からわかった事がもうひとつ。
私の絶叫が庭園にこだましている時、似たような悲鳴が風紀委員会でも上がっていたらしく、その事がせめてもの救いだった。




