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億回死せるは、偽勇者〜バッドエンドの集束地点〜  作者: つきらゆ
王女に捧げる薄弱生離
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私に足りないモノ Last




 それからもう少しだけ学園を見て回った。


 授業が終わって賑わう学園はあんなことがあっても意外と皆笑っていた。

 とは言っても別に誰も楽観的だったりふざけてる訳でもなく、皆目の前のやるべき事はちゃんとわかっていると思う。

 なら暗いよりは勿論明るい方がいいに決まってる。それは後ろより前を見ている証になる筈だったから。

 きっと彼らの大多数は悪魔との戦いにはついていけないだろうけど、それでも意味が無いことだとは決して思わなかった。


 運動場では広範囲の魔法の練習をしていたり、魔法科の施設では緻密な魔力管理の計算をしていたり。

 食堂では一日の英気を養っていて、図書室では座学の復習や分からないところを教え合っていた。


 それらは今までずっと私が目を向けてこなかったものだった。

 本来王は国ではなく国民が居てこそのもの。

 その人達を見ずに一人の男ばかりにかまけて、どれほど視野が狭まっていたか今なら痛い程によく分かる。


 だから、どうすればいいかは未だに分からないけど、見て回ったお陰でどうしたいかは何となく見えてきた気がした。

 ただもう少しだけ整理する時間が欲しくて、ふらふらと足を進めていると必然か偶然か私は見覚えのある場所についていた。


「…………」


 目の前には何の変哲もない扉がある。

 ただそれは何度も足繁く通った場所へと続く扉だった。

 でもここは本来私が立ち入っていい場所ではなくて、なのに内緒で、何ならほぼ毎日だって来る週もあった。


 ただ当時とは違って今の私がここに来る理由はない。無いはずなのに何故か思考は無意識にここを求めてしまっていた。

 ルーティーンなのか、強迫観念なのかは分からない。

 わかっていても、それでも内心心臓を跳ねさせながら私は扉を開けた。


「───ただいま」


 おかえりは誰も言ってはくれない。しかしそんなことは当たり前だった。

 それでも、今はシュレディンガーの猫が死んでいるのを見てしまったような気分になった。

 わかってしまえばただそれまでの事で、本当はみんな心の中では結果は分かりきっている。

 確証が無いからと言って確信が持てない訳じゃ無く、やっぱり当たり前のように結果は残酷な方だった。



 前来た時から何も変わって居ない簡素な男用の部屋。多分会長や国側の人間に細かく漁られている筈である。

 律儀に元に戻した様子の綺麗な部屋に、というかそもそも元に戻すほど家具や装飾品もあまり無いのだが。


 カーテンの締め切られた暗い部屋の明かりを手探りでつけて、出来るだけいつも通りを意識して中へと入る。

 そのまま試しにベッドに腰掛けた。

 少しだけ彼の匂いが残っていてその甘さに目が眩みそうになった。

 その幸福が今ではむしろ残酷で、それでもせめて最後にと、私は背中からベッドに倒れ込む。


「…………」


 何しにここに来たのか少しだけブレそうになった。

 私はただ、ここに整理をつけに来ただけの筈だった。

 一人になれる静かな場所が欲しくて学園をさまよって、そうして順番的に迷い込んだだけで、しかしそれら取り繕った建前はすぐに剥がれ落ちていってしまう。

 次第に天井がぼやけて二重になる。

 目が霞んでからようやく泣きそうになっていることに気がついた。

 慌てて腕で隠して強めに擦るけど、よく考えたら誰もいないから意地を張る必要もなかった。



 今日学園を見て回って、彼はやっぱり学園のどこにもいなかった。

 いないとわかっていても全部を見て回るまで、もしかするとどこかに居るかもしれないという期待を捨てることが出来ずにいた。

 だからずっと心のどこかでは彼の事を探して、ふとした拍子に後ろから彼の声がかかるとか、そんな妄想をずっと心の奥底に抱いていた。


 こんなのではダメだった。

 ダメだけど、……うん、ダメだ。もうしない。

 私は強くならないといけなくて、なにせ勝つことだけが唯一残された道だから。

 七月末の会長選挙でリグに勝つ。

 第四の悪魔に勝つ。

 それから他の悪魔にも勝って、最後に魔王にも勝って寿命も人間関係も全部何とかする。


 地位以外なんの力もないただの泣き虫がそんな偉業を成し遂げられるはずが無かった。

 泣いたって何も始まらないし拭ってくれる人ももういない。

 私はこれが最後だと決意して滲む涙を再度、袖で強く擦って拭いきった。


 そうして私は重たい身体と顔を上げて、するとそこにはネメシスが立っていた。



 …………

 ……………………。






「ぎゃあ!?!?」

「いーけないんだーいけないんだー。女の子が男子寮に入っちゃダメなんだぞー」



 心臓が喉から飛び出て一瞬意識を失った。

 と言うのは流石に冗談だが、比喩にしても大袈裟では無いくらい驚いたのもまた事実だった。

 音もなく、そしてノックもなく現れたのは事の発端、今世の勇者ネメシス。が、無表情でこちらを見下ろしていた。

 泣き顔を見られた事か、音もなく表れた事か、巫山戯た指摘の仕方か、何から突っ込めばいいのか頭が回らなかった。

 こういう所は前から何も変わらない。

 それがいい事なのかは正直微妙な所ではあったが。


「なんでここに居るのよ!?」

「それはコ……男子寮に入るライラの目撃情報があったから」

「こ……!? コってなに!?」

「情報元は明かせない」


 コから始まる情報元。そんなの普通に新聞部部長のコタ以外思いつかなかった。

 勝手に監視していたのかネメシスがさせたのかは分からないが、それなら学園を見て回る間ずっとつけて来た可能性もあるという事だった。

 信用が無いのか心配だったのかも分からないが、そんな過保護な親みたいな行動をされては流石に困る。

 火を吹きそうな程に顔に熱を感じたが、こちらの気を知ってか知らずかネメシスはいつも通りだった。


「答えを聞きに来た。多分、顔を見る限り大丈夫そうだけど」

「どこがよ……」


 そう言うネメシスはまるで悪者みたいな顔をして不適に笑いだす。

 まるで計画通りとでも言いたげで、いつからそんな頭脳派に蔵替わりしたのか謎だった。

 どちらかというと彼女はいつものほほんとしていて言われたことだけ素直かつ完璧にこなすイメージである。

 明確な指導者が居なくなると人は自分で考える術を身につけようとする。

 壁が困難な程成長するのも基本理には適ってる。

 にしたって適応が早すぎる気もしたが、彼女が言っていた通りそれだけ良いお手本を近くで見てきたのだろう。


「で、どうだった?」

「はぁ、もういい。…………私に足りないものはわかった気がする」


 最初はパスカル。次にシーラ。その後メイとノノアの所と回ってきた。

 最後に学園全体を見て回って、色々と考える所は山ほどあった。


 パスカルは誰よりも頼りがいがあった。

 シーラは強くなるために誰よりも努力している。

 メイは仲間の為に決して諦めようとしない。

 ネメシスは常に一番前を走ってる。


 そして学園の生徒達を見て、結論から言えば恥ずかしくなった。

 みんな戦いの中で何かしらを失っている筈なのに私だけが前を向いていなかったこと。

 つらいことの一つや二つで挫けるくらいなら最初からこの学園に来なければよかっただけの話なのだ。

 そもそも私達は戦うためにこの学園に来ている。

 今だって別の学園への編入の門は開いている。

 私はようやくスタートラインに立って、今から皆に追いつかなくちゃいけないのだ。


「私は会長になる。……これからみんなの上に立つ予定」

「うん」

「なら、誰よりも優秀でなくちゃいけない。誰にも負けちゃいけないの」


 だからこそ、パスカルよりも頼りがいのある人に。

 シーラよりも、誰よりも努力をして。

 メイよりも求める結果をあきらめず。

 ネメシスよりもずっと前を歩く。


 それが出来て初めて私にみんなの上に立つ資格が出来て、何故ならそれこそ彼がしていた事だから。

 彼ができなかった事を今からするのだから、その彼に負けていては話にならなかった。


「無茶だとは思うけど、それが私の答え」

「うーん……意気込みは良いけど少し違うかな」

「……はぁ?」


 私が出したこれ以上ない結論はしかしネメシスによって軽くあしらわれる。

 嫌がらせをしているような雰囲気には見えなかったがしかし実際これが正解だとしか私には思えなかった。

 だって、できる出来ないは今は置いておくとしても目指すべき所は高い方がいい筈である。

 それだけ敵は強大で、それに発破を掛け始めたのは他でもないネメシスだった。


「皆には皆のいい所がある。それはライラも。別に完璧は求めてない」

「なんで?自分より出来ない奴の言うことなんか誰も……」

「そこが違う」



「ライラは皆を導いてくれればいい。別にパスカルより頼もしくなくても、シーラよりストイックじゃ無くても、メイより諦め悪くなくても良い」

「………」

「必要な時に必要な人に頼って、信じる。皆が手足で、ライラが頭。別に皆みたいにならなくても、自分の一部だと思って使ってくれたらそれでいい」



 納得が行くかと言われれば、正直全然出来なかった。

 でもネメシスが何を言いたいのかは分かって、それなら私の出した結論よりも幾らか現実味を帯びている気もした。

 今までも個で適わない戦いの中で力を合わせたからこそ勝ってきた事もまた事実。

 それでも、やっぱり自分より能力の低い奴の言うことを聞いてくれるかという不安も拭いきれなかった。


 ユーロは実力も判断力も完璧だった。

 ネイルだって総合力で見れば今の学園の中では誰にも劣らない。

 今の私が他人にとやかく言うくらいならまだネメシスの裏で陰の参謀役として動いてる方が余程マシな気はした。


 勝つために必要なら全然それでもいい。

 でも、だからこそここまでネメシスが私の事を勝ってくれている理由もわからなかった。

 導くにしてもまだまだ足りない。

 教養も判断力も冷静さも、本当に上げだしたらキリがない。

 この世界の今までの戦いだって私が居なくてもきっとどうにでもなっている。


「分かった。……けど最後に一つだけ聞かせて」

「ん?」

「なんでそこまで私を信じられるの?……ユーロが会長にふさわしいって言ったから?」


 私はネメシスの目を正面から見つめる。

 どうせこいつは嘘なんかつかないだろうけど、少しの機微も見逃したくなかった。

 別に、だからと言って何も文句は無い。ただ少しばかり納得がいくだけ。


 もとよりそこまで接点が多かったわけでも無く、彼女がいた世界での私はユーロとすら関わりの無いモブの筈だったから。

 私たちは間違いなく命のやり取りの真っ只中にいる。

 だからその舵取りを任せるに足る何かをネメシスは持っている筈だった。


「少し違う」

「ならなんで?」

「前に言われたのは確か。……でも、今ならあの言葉の意味がよくわかる」

「?」








────────────────────────

──────────────────



『なあシーラ、ネメシス、ユニ』

『どうしたの?』

『なんですかぁ? せんぱーい』



 風が強く吹いて、仲間の間を通り抜けた。

 日差しが強くて汗が止まらなかったことを今でも覚えてる。

 花の香に獣の死臭が混ざって、この時私は不快感に顔をゆがませながら、刀に突いた返り血を振り払った。


 剣の重さ。

 自由と責任。

 期待と願い、他にも託されたいろんなモノ。

 目を閉じればそれらが鮮明に思い起こされて、熱くなる感覚と肝が冷える感覚を同時に味わえた。


『なに? ユーロ』


 未来を勝ち取るために私たちはあの日旅に出た。

 でも実は私が欲しかったモノは既にこの時手に入っていた。

 自分の命より大切と思える仲間の存在。

 一日の終わりを労いながら同じ釜の飯をつついて明日の幸せを話す時間。

 私はこの日々が無事なまま永遠に終わらないことを一人心の奥底で願っていた。

 それが仲間への裏切りになることはわかってる。

 それでも、そう願わずにはいられなかった。

 ずっと孤独の中で生きてきた私にとって、肩を預けられる関係は何よりも眩しいものだったから。


 だから、この日のことは今も忘れない。

 そしてそれは次の日も、またその次の日の事も。


『もし俺に何かあった時はライラを頼ってくれ』

『…………え』



『ライラ? ……それってもしかして、ユーロに一時期突っかかってたって言うエタンセルの王女様?』

『うわ……先輩まーた別の女ひっかけたんですかぁ? シーラ先輩かわいそー!』

『ち、違うって……』


『なら、ちゃんと目を見て言ってよ』

『そーですよー』

『……いや、別に仲が良いって訳でもないんだけど』

『…………』


 思えば、出会った頃から怪しい所は山ほどあった。

 未来予知でしかありえないような判断力に、少し目を離したらすぐ誰かと仲良くなっている所とか。

 でもこの時はただ彼に対して尊敬しかなくて、私にとっては何よりも誰よりも眩しかった。

 だからこの時もその延長線上の話くらいにしか思ってなくて、またいつもの勝つ為の伏線か何かだと思っていた。

 何かあったらなんて本来不穏な言葉もそんな訳がないと直ぐに隅へと追いやった。


『あれ? 先輩なんか心音早くなってません?』

『ちょっと!? どういう事よ!』

『待っ……誤解だ! クソ、良かれと思って言っただけなのに……!』


『…………ライラ』


 ただ名前だけはちゃんと覚えるようにした。

 他でもない最も尊敬する彼が出した名前だったから。

 このメンバーに選ばれた事が私にとって何よりの誇りだった。

 だから少しだけ嫉妬した事も覚えてる。


 きっと凄く頼りになるんだろうと思って、ちゃんと会ったのは次の世界でだったけど実際それは間違いじゃなかった。

 手段はどうあれ彼女は彼を手に入れてみせた。それだけで私にとっては雲の上の存在の様な気がした。



 願いを口にして実行する能力は残念ながら誰にでもあるものでは無い。

 私は生まれつき無口で口下手だから余計にそれを羨ましく感じた。

 あんなふうになれたら良いななんて、全部手遅れになってから全部後悔しだすんだ。


 でも、だからこそライラとユーロが挫けている様を見て、人は完璧じゃない事を知って少し安堵を感じもした。


 ここだと思った。

 彼らの役に立つにはここしかない。

 私に出来る事は彼らが立ち直るまで少しでも繋ぐこと。

 勝つ為には、必ず二人の力が必要だから。

 そして私が欲しかったものをいとも簡単に手に入れて見せた、彼女の強さが鍵になる筈だったから。


 だからそのための努力は惜しまない。

 やっぱり私は人の上に立つより誰かの剣になってこそ力を発揮する。

 彼がいない今、それが相応しいのはライラしかいなかった。

 それまでなら少し似合わないことする覚悟は出来ている。


 幸いなことに良いお手本は散々見てきたし、それはこの世界に生まれ落ちてからも同じ事。

 ユーロからは強さと正しさを、ライラからは自信と行動力を。

 他にも沢山私の師匠はいる。みんなとの繋がりが今の私を作ってる。


 始まりはこの日の記憶から。それでも今は、私の感情もこれが正しいと訴えかけていた。












───────────────────

───────────────────────




 ベッドから立ち上がる。

 ずっと重たかった体がやけに軽く感じた。

 憑き物が落ちたと言うよりかは、一旦置くべきところを見つけて肩の荷がおりた様な不思議な感覚。


 状況も何もかもが悪魔に対し後手に回っている現段階で、唯一勝っているのは頼りになる仲間がいるという事。

 特化させ、磨くなら確かにこれが適正だ。

 今は足し算の関係性を掛け算や乗算にもっていくのが私のやるべき仕事。


 難しいと思う。けど今は不可能だとは思わない。

 ともかく、もう一度学園を見て回ってみようと思った。

 まだまだやるべきことがそこにある気がした。

 それにもう少しだけ皆に伝え忘れたことがあったのを思い出した。


 手始めに、まずはネメシスに。

 彼女が今まで背負ってくれていた私の分の重荷を返してもらう日がようやく来た。

 それは人ひとりが持つには重すぎるから。

 だから、分け合って皆で背負う事で私達はようやく一人前になる。



「ネメシス」

「ん?」





「ありがと」




 隣に彼は居ないのに。

 この日、私は人生でいちばん綺麗に笑えた気がした。




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