私に足りないモノ3
永遠に眠ることと死ぬ事は一体何が違うのだろうか。
生物学的な知識上での違いは簡単に説明できる。
脳は、心臓は動いて呼吸もして、生理現象だって生きているのだから存在する。
しかし何処かその答えに納得がいかないのは、心の奥底ではその二つを同じと思っているからなのかも知れなかった。
眠れば目が覚める。死は目覚めない。
なら目覚めない眠りは死の延長線上では無いのだろうかと。
話せない、食べられない、歩けない、それら生きている証になるものを自ら行えない。
それを生きていると見なし虚構に縋る者が居たとして、少なくとも以前の私なら残酷な事実を口にする事を躊躇わなかっただろう。
「調子はどう?」
「あ……ライラさん」
病室に居たメイはいつにも増して目の隈がひどかった。
彼女は顔だけ振りかえってこちらに軽く会釈を返してくれる。
その彼女の前に横たわるノノアの姿は、当たり前だが前回見たときと何も変わらなかった。
あれから一向に目覚める気配の無いノノアの看病のためメイ自身ほぼ住み込みの様な形で彼女の面倒を見ている。
まるで彼女の延命のためにメイの生気が吸われている様な、そういう魔法があると言われても今なら信じられる気さえした。
そんな彼女の手には回復魔法の教材が広げられている。
いろいろと苦労しているようだがあまり結果は芳しくないようだった。
固有能力というのは常識の及ばない未知の領域。基礎も応用も利かない言わばブラックボックス。
おそらく固有能力による代償が大きいのだろうとは推測が着くがだからこそ一向に目覚めない原因も対策もつかめない。
パスカルがスプレンドーレの医療機器を参考にしたり、ネメシスが他国の医療機関や回復魔術師に掛け合ってはくれている。
そんな中私には祈ること以外には特に何も出来ないが、同時にこのままで良いとも思えなかった。
「ほら、これ食べときなさい」
「あ……ありがとうございます」
購買で買ってきた適当なパンをメイに渡して私も彼女の隣の椅子に座る。
薄い反応で受け取った彼女も一応はお腹はすいていたのか教材を膝の上に置いて小さな口で食べ始めた。
メイは正直、回復魔法で言うなら中の上くらいの実力だと思う。おそらくこの学園で一番実力があるのは委員長のミラ・メット。
ノノアの寿命を検査したのも彼女で、その彼女がどうにもできないなら正直今ある手札ではお手上げ状態だった。
それに今までもノノアは力を使うと眠っていた。
だから今回もそれが少し長いだけと思うしか今は無い。
彼女の力は今後も絶対に必要不可欠であり、それに感情論だがこんな終わり方をしていい奴でも無かった。
特に仲が良かったわけでも、何なら互いに憎み合っていた自信すらある。
それでも今彼女のために寿命を渡せと言われたなら可能な限り与えるくらいは迷わなかった。
「私の……せいなんです」
「え?」
解決しない悩みに暗い考えを募らせていると、メイが静かに訳のわからないことを口走り始めた。
手に持ったパンはたったの一口で止まっていて力無い手で握られて軽いしわができている。
私はメイの方に顔を向けるけど、逆に彼女は私から逃げる様に顔をそらす。
まるで本当に罪の意識でもあるのかのようだった。
彼女の意味不明な独白を待つ間、ノノアの小さな呼吸音だけが部屋の中で聞こえて来る。
「私……ノノアちゃんが連れ去られるのを止められませんでした」
「いや、それは……」
「それだけじゃ無いんです。……最後ノノアちゃんが暴走したのは、死んだ私を見たのが原因だって会長さんに聞きました」
そういうメイの表情には強い後悔が見て取れた。
しかし聞いてなお彼女のせいとは思えない内容には自虐と発想の飛躍が内包している。
それに私はその時ただ瓦礫に埋もれていただけだが当然今知れる範囲の情報共有は済ませてある。
あの時暴走したノノアは直前に会長の首をへし折ったと聞いている。
その後すぐに回復に巻き込まれた結果、ネイルは素敵な数秒の臨死体験をしたことだろう。
わざわざメイを捕まえてそんなことを伝えたのはその件に対する嫌がらせくらいしか思いつかなかった。
それにパスカルの事も全然解決していない。
ネメシスが昼間何かを話そうとしていたがとてもでは無いが良い話の様にも聞こえなかった。
日に日にきな臭くなっていっている。
アイツも根がそこまで悪い奴とは思わない。
それこそノノアの件を引き合いに出す訳では無いが、今のネイルも暴走していると言って良かった。
あいつを取り巻いた一連の騒動を考えれば気に病む理由もわからなくは無い。
それでも私達にも目的と矜持がある以上このまま野放しにしておく訳にもいかなかった。
「それに……寿命も」
「寿命?」
「……ユーロさん、寿命が後四年しかないんです」
「は?」
そして、なんでここであいつの話が出てくるのかわからなかった。
脈絡があるような無いような、しかしそんなことが置き去りになるくらいに内容が突拍子も無いものだった。
そんなことは今まで一度も、誰からも聞いていないし、どう考えたって普通に嘘だった。
しかしそう結論づけるのをメイの表情が許さない。
不意に鼓動が不規則に鳴り始める。
もし仮にそんな事があったとして、何故今更、しかもメイの口から聞く事になるのだろうか。
乾いた笑いすら喉から出かかって、一度納まった鬱な感情がまた奥から顔を出してくる。
「お姉ちゃんから聞いたんです。私はそれをノノアちゃんに伝えました」
「ま、……待って、何で? そんなの、いつ……」
第四の悪魔の時、最後ユーロは戦争が起きた範囲全体に回復魔法を撃ったらしい。
規模にしてみれば確かに超級の中でも上位のものだがそれ一発でどうこうなるものでは流石にない。
第二の悪魔の時も、彼は似たような事をしていた。
今よりは魔力が少ないが咎めるほどの無茶でもない。
細かい部分で魔法を使っていてもそれが寿命を削る程に影響するとも思えない。
なら第一の悪魔の時。
そう考えた途端に違和感に気がついた。
ベリアルを最後倒したのはユーロとネメシスと聞いている。
しかし彼は一度目のダウンを撮った時点で魔力が完全に枯渇していた。
その後パスカルの元に二人で向かって、その時素手で戦っていたのを見たからそこは間違いない。
ならその後どうやってベリアルを倒したのか。
何か手段があったのならあの状況で温存する筈もない。
なら、温存せざるを得なかった、とか。
寿命を削る程の代償というワードが嫌にピッタリと当てはまった。
魔力を再生する魔法なんて言われてみれば聞いたこともない。
少なくとも私の居た世界には無かった。きっとその後に見つけた特異な方法なのだろう。
今まで私の耳に届かなかったのはどう考えたってアイツ自身の思惑だった。
そしてそれなら第四の悪魔を生かす理由も一つ生まれてしまう。
悪魔は存在する限り魔王の復活を早め、そこにメリットなど一つもないと思っていた。
今回早いうちに第一、第二を倒したから前回よりは遅くなっている筈で、それはこの最後の周回唯一と言っていい利点だと思っていたけど。
四年という月日は彼にとって都合が悪かったのだろう。
なんて、それを知っていたとしても素直にうなづいていたとは思えなかったが。
「……そう。そう、だったの……」
「ノノアちゃんは、それを知ってたから……。きっと、力を使うことも躊躇わなかったんだと思います」
それはもしかしてお揃いだとでも言いたいのだろうか。
メイの想像だとしてもお粗末な思考だと言わざるを得なかった。
体から気力が抜けていくのを感じて、額を手で覆いながら頭痛を抑え項垂れる。
それなら最初からどうしようもなかったのだ。
悪魔を倒す。魔王を倒す。そんなシンプルで難解な話は最初から既に終わっていた。
後四年。ノノアに関しては後一年。
どうあがいたってみんなで生き残るハッピーエンドは第一の悪魔の復活が早まった時点で限りなく薄かった。
これでは仮に彼を取り戻したところでだった。
そもそも不可能に近い難題の癖、その見返りが早すぎる死に別れという。
前提を覆された気さえして、悲しめばいいのか怒ればいいのかももう分からなかった。
「だから……私のせいなんです」
「……そんなの気にしなくても良いわよ。コイツは優しいやつだから、それが無くたって力は使ってる」
「……でも」
「はぁ……もういい。この話はお終い。……全部ひっくり返す方法を……今考えるから……」
頭痛が酷くて、気がづけば唇を噛んでいた。
口にしたは良いものの不可能と言い切れる気がして脳みそが痒くなる。
正直自分が今何を言っているかも分からなくて、人を構っている余裕なんて悪いが少しも無い。
ネメシスやパスカルはこの事を知っていたのだろうか。
私だけが知らされていないとしたらとんだピエロである。
ノノアが最初このことを知った時、どういう気持ちで、どうやって今まで生きてきたのだろうか。
「……」
きっと、最後には一緒に死ぬつもりだったのだろう。
同じくくらい彼に執着したもの同士、私には何となくだけどわかった。
確かにノノアはこのことが無くとも力を使ったろうが一つの要素となったのは残酷な事だがおそらく間違いない。
メイやミラにルイ、保健委員の仲間と出会うことでより所を見つけ、執着も薄れたのものだと思っていた。
それでもずっと燻っていたのだろう。
この辛い世界から離れる為にずっと死にどころを探していたのかも知れなかった。
首を吊った私にとやかく言う資格は無い。
無いが……いや、むしろ何も成していない私の方が余程質が悪かった。
「ノノアちゃん……」
「……」
ふと思う。
私は過去数度ノノアを殺そうとしていた。
ノノアは、そしてメイはそんな私の事をどう思っているのだろうか。
あの時殺さなかったのは本当に偶然でしか無く、少なくとも彼女の片足を奪うまでは自分の意思で行っている。
自分の目的のためだけに他人を殺すならそれこそ悪魔となんら変わらない。
それだけ当時は周りが見えていなかったが、多分それはその後もずっと変わっていなかった。
ただ欲しかったものを手に入れて余裕が出来ただけで、本当の今で負けた奴らの気持ちを考えてこなかった。
メイが自分の弱さを罪というのなら私は存在そのものが罪だと言ってしまえた。
これでは全部ひっくり返すなんて夢のまた夢だった。
なにせ私はまず一番最初にするべき事がまだできていないのだから。
「私は、こいつに謝らなくちゃいけない」
「え……?」
眠る彼女の手をできるだけ優しく握ってみる。
細くて骨張っていて、力を入れれば簡単に折れてしまいそうだった。
ノノアに関して言えば私にできる事は何も無い。
仮に会長になって魔力が増えたところで光系統の魔法では何の役にもたたない。
もしも、このまま彼女が目覚めなかったとして。
その時、果たして責任はどうとるのが正解なんだろうか。
死んでもいい。それくらいのことはしてきた。それでもその責任の取り方はただの逃げだとわかっている。
だから今はただ、折れない程度に力を込めて、命を流し込むように互いの手のひらの熱を感じた。
「さっさと起きなさい。ノノア」
「……」
「もし、もし全部うまくいったら──」
その時は、貴方になら彼を譲ってあげてもいいから。
だから、起きたらまずは貴方に謝らせて、と。




