私に足りないモノ1
かつて誰からも天才と持て囃された私は実はこの世界の事を何も知らなかった。
何を信じて、何を信じなくて、そういった判断力は他人よりはあると思っていたけど、世界はもっと複雑に出来ていた。
例えば神様が本当にいるなんて思わなかった。
やり直しなんて代物が存在するとも思わなかった。
でも今思えば悪魔なんて化け物がいるのだから別段ありえない話でも無かったのかもしれない。
しかしだとして、地力で気付ける要素がどこかにあっただろうか。
もっと早く気付いて、もっと深く寄り添っていればこんな結果にはならなかったのでは無いだろうか。
でも、そんなのは全て意味の無い後悔。
神様がいるから幸せが確定してるとか、やり直しがあるから上手くいくなんて事はひとつも無かった。
世界は思ったよりも釣り合いが取れていて、ただ認識が変わっただけで私は何ひとつとして変わらない。
失う人はきっと何度でも失い続ける。
そしてまた手に入れるために同じ事を繰り返す。
あと幾度こんな無意味なことを繰り返せば私が前に進める日がやって来るのだろうか。
「…………冷た」
学食にある夏限定の冷やし蕎麦。
浮かんだ氷が味以上に風情を感じさせる。
今目の前にあるこの当たり前の日常も、以前の世界にはどうしようもないくらいに無くなっていた。
記憶の中の世界は残酷に変わり果てていて、日常が消え去って、そこには彼もいなかった。
やり直してせっかくまた彼を手に入れたのに性懲りも無く彼はまた私の前から居なくなった。
「隣、いい?」
「……どうぞ」
けど先日、みんなのお陰でまた戦うことを私は決めた。
しかし決めたもののどうすればいいか、当たり前のように何も分からない。
スープの水面に映る自分の顔はそれは酷いもので、とてもじゃないけど王族の気品あるべきものに見えなかった。
やるべき事は今でも笑えるくらい多すぎるのに解決策も優先順位も何も定まらない。
しかし辛くても生きる限り腹は減る。
ただ手をこまねいている内に生きるだけで一日は過ぎ去って行こうとしていた。
「暗いね」
「あ……?」
ここでようやく私は顔を上げた。
絡みづらい立場の上にずっと一人の男としかつるんでいなかった私に、こうしてわざわざ声をかける人物は凡そ相場が決まっている。
隣に座ったのはネメシスで、そのまた隣には変な顔をしたフーコが座っていた。
一人寂しくテーブルに座る私を見兼ねて態々声をかけに来たのかもしれない。
それか体のいい人避けに使ったか。
勇者のネームバリューにあやかろうとした取り巻き達は私の顔を見た途端どこかへと消えていった。
「……そういうアンタは絶好調みたいね」
「そうでも無いさ」
いらない謙遜だが多分本人は本気でそう思っている。
二度も同じ過ちを繰り返している私とは悲しくなるくらいに大違いだった。
先日彼女の独白を聞いてからは余計に劣等感に近い何かが強くなっていた。
何で好きな人を我慢できるのかとか、その人が居なくなったのになぜ一人で立ち直れたのかとか。
とても同じ人間の思考回路には思えなかった。
それこそ、まるで神様とでも話してるみたいな複雑な気分。
「何か用?」
「ネイルの件で話をしようと思ったんだけど……日を改めた方が良さそうだ」
「何でよ。 そんなの早いに越したこと無いでしょ。別に余裕がある訳じゃ無いんだから」
自分で言いながら流石に何様だと思う。
少なくとも彼女よりは成果もあげてないし、ここに至るまで随分迷惑もかけている。
本来なら国との癒着が疑われるネイルの件も私が先陣切って動かなければならない話の筈だった。
なのに話し合いで決まった私の主な役割は集めた情報を精査して判断を下す動かぬブレイン。
なのにネメシスはその肝心の情報すら出し渋っている。
頼りがいが無いのは分かるがそれではきっと何も始まらない。
「だって酷い顔してるし」
「…………」
「あ、あはは……」
との事だった。
本人は相も変わらず真面目な顔。
血管が浮き出そうになるのを必死にこらえ、手に持っていた箸を一度盆の上に置く。
状況を正しく理解しているのか疑問になる答えだった。
……その状況下で首をくくっていたのは他でもない私だが。
「別に緊急性のある話じゃない。厄介な事には変わらないけど、それなら今はライラの調子を戻したい」
「……余計なお世話よ」
「私じゃユーロの変わりは埋められない。だからまあ、別の事をお願いしようと思って」
呑気な勇者はのらりくらりと、自分のペースで物事を進め始める。
でも不思議と不快な気分にはならなかった。
その笑い方とリードしてくれる心強さがどこか彼の面影を感じさせたから。
本来そうあるべきなのは私の筈で、いつからこうまで差がついてしまったのかは分からない。
それでも生きるチャンスを彼女にも与えられた分、泥臭くても今は何でもやろうと思えた。
「午後から皆の所を回って欲しい」
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「あわわわわぁぁーーーー!!??」
扉を開けた途端、耳に痛い程の叫び声が浴びせられた。
続いて何かが割れる様な音が鳴り響く。
想像以上の慌ただしさに頭を抱えつつ、中に入ると慣れないオイルと鉄の匂いがした。
「サーシャーーー!?」
「大丈夫かァーー!?」
「ごごごめんなざーーいぃっ!!」
「……」
どったんばったん、たった三人しかいないのに右へ左へ慌ただしく駆け回っている。
この光景を彼女たちに憧れを抱く人達が見れば多少なり幻滅するのでは無いだろうか。
私の授業免除の申請は随分前に通っていた為、すぐ様ネメシスの言う通り顔を出してみれば開幕これだった。
何のために回るのかまでは教えて貰えなかったが、来てみればわかると思っていたが余計に分からなくなるとは思わなかった。
「うっさいわね……何やってんのよ」
「おや? ライラじゃないか」
「こんにちわぁ……」
「あーあ、これ高いやつなのによぉ……」
「ひん……」
中に居たのは目的の人物のパスカルと、彼女のチームメンバーであるルドウィンとサーシャの三人。
魔道科の授業内容は正確に把握していないが、この教員も居ない環境を授業とは決して言わないだろう。
しかし考えてみればそれは当たり前の事でこの国に彼女に魔道の教えをとける人はまず居ない。
それに踏まえてサーシャとルドウィンも彼女と一緒に作業する方がよっぽど勉強になる筈だった。
「客人だ。お茶を入れるよ」
「別に良いわよ。……何かお腹壊しそうだし」
「酷く無いですかっ!?」
「どういう意味だコラ!」
「はは……まあ、そう言わず。安全性は普通に保証するから」
普通ならぶちギレられてもおかしくない物言いだがパスカルは気のいい笑顔で返してくる。
サーシャも、先日の一件で臨死体験をした筈だが、今は随分元気そうで何よりだった。
パスカルは手を洗いにか洗面台に一人向かって、残りの二人は床に散乱したガラスを片付け始める。
よく知らない私が言うのもなんだが、サーシャがこのチームに抜擢されている理由は分からなかった。
「さて、確かこの辺に……あったあった」
「……ねぇ。私ネメシスに言われてここに来たんだけど」
「ん、そうなのかい? ……何かあった?」
「イヤ、こっちのセリフ」
方向性の見えない話に私は再び頭を抱える。
用もないのに学園を闊歩するなんて当然今まで一度も経験したことが無い。
意味のわからない状況に踏まえ当人達も忙しそうだし、一度帰るか迷って周囲を見渡した。
作りかけの何かの機械にそれらの部品や道具、ざっくり何かの作業中なのだろうと言うことしか分からない。
でも、結局私はもう少しここに居ることにした。
いらないとは言ったものの既にお茶を入れかけている訳で、それを無下にするのもなんだか少し違う気がした。
前ならこんな風にはきっと思わなかっただろうけど。
多分、相手がパスカルだからというのは正直あると思う。
「何て言われて来たんだい?」
「“皆”の所を回れって。それ以上は私は何も聞いてない。……来ればわかるものと思ってたけど」
近場に積まれていた丸椅子を見つけたのでそこから一つとってテーブルの近くに適当に座る。
しかし目の前のテーブルは道具やらが乱雑に置かれていて整頓のせの字も無い酷い有様だった。
ちょうどそのタイミングで残りの二人も片付けが終わったのか合流してきて同じ様に丸椅子に座る。
二人と話した事は正直殆どない。パスカルのチームと言う事で名前を覚える機会が偶然あっただけ。
だから言いようの無い気まずさというか、輪に入りきれない居心地の悪さを感じた。
「はい」
「……ありがと」
雑な茶葉の管理の割にはいい匂いがした。
モノづくりのプロは茶の入れ方も上手いという関係性でも有るのだろうか。
部屋のオイルの臭いを中和……まではいかないが、そこそこ悪くない味と匂いには内心驚いた。
工具や道具が散らばった整頓されていない作業室で飲食する日が来るとは思ってもいなかったが。
茶を飲むのにまともなテーブルすら無いのも初めてである。
はっきり言うとこれに関しては嫌味だが。
「……なるほどね」
「なによ」
「いや、多分だけど私は分かったよ」
主語のない確信らしき物言いにパスカルの顔を見上げる。
そんな彼女は何故か私の顔を見てニヤニヤと笑っていた。
嘘かホントかはさておいてそういう上から来る感じは普通に嫌である。
不満オーラを隠さず彼女に無言で訴えかけると、パスカルは咳払いして自分のカップを机の上に置いた。
しかし机の上は大量の物で溢れかえっている。
結果、詰み石の様に奇跡的なバランスを無駄に披露した。
「ネメシスがライラにさせたい事」
「それは?」
「それはね……」
パスカルは腕を組みながらテーブルにもたれかかって、何かを考える様に宙に視線をさ迷わせた。
分かったと言っておきながら今考えているのかと思ったが、どちらかと言うと勿体ぶるような態度にも見える。
さっきから喋らない残りの二人は当たり前だがパスカルの思考を理解していない様だった。
それも当然、ほぼ喋った事も無いのに私に関する事を分かられても怖いし困る。
……最初は大人しくパスカルが口を開くのを待っていたが、二十秒くらい経ち始めた辺りで限界が来た。
先日の件で多少なり関係生は変わったのは確かである。
それでも、おちょくられる程心を許したつもりは無い。
「早く言いなさい」
「でも……怒らない?」
「はぁ? 何それ…………………………怒らないわよ」
「いや、随分間があったね」
もういいから早く言えと軽く睨みを利かせると、パスカルは観念したように肩をすくめて見せた。
その態度に何を言う気かと心配になる。
横で呑気な顔で茶を啜っているサーシャにも腹が立つ。
おっと、いけない。
怒らないと言った手前、私は冷静でいなければならなかった。
私も茶を飲んで平静を取り戻すと同時に、私は何を言われてもいいように心構えをした。
「友達作り」
「…………」
「…………」
「……ぷっ」
「殺す」
「私ですかっ!?」
失うのも奪われるのも、何なら死まで経験してきたが、王族としてここまでコケにされたのは初めてだった。
逃げようとしたサーシャの首根っこをひっ捕らえて逃げられないようにしてからパスカルを睨みつける。
軽く、そんな訳ないだろうと抗議の意志を込めて。
幾ら素がぼんやりとしたネメシスでもこの状況で私の友達を作ろうなんて話になる訳が無かった。
それにそもそも私にだって友達くらいいる。
……。
…………。
……………………………………。
「馬鹿にしてるの?」
「ひいっ!? ごめんなさいっ!」
「離してやってくれ。ちゃんと説明するから」
二方向からの嘆願と謝罪に免じて離してやった。
するとサーシャは逃げるようにパスカルの足元へとすがりつく。
一度死ねば大抵の恐怖は薄れるという持論があったが目の前の存在によってそれは軽く崩された。
「ライラは次の生徒会長になる為には何が必要だと思う?」
「実力。あと知恵。………それと」
「そうだね。後は言うなれば“人望”かな? 親しみやすさと言う方が幾らか分かりやすいかもね」
細かく言うと実際はもっと複雑である。今の会長がネイルである時点で事はそう上手く運ばない。
それでも今のはあくまで器の話。土台がなければ勝負の場にすら立てはしない。
恐らく今の時点では次の生徒会長はリグがなるものだと誰もが思っている。
それを覆すだけの実力が私にあるかと聞かれれば、正直そこに関してはまだいくらか自信はあった。
ルフレは一年生でも生徒会長に立候補出来る。
歴史を見れば過去そういう人が居なかった訳でもない。
そして、これでも“前回のリグ”とは苦楽を共にした中でありそれなりに彼女の事は知っているつもりだった。
彼女のイメージは単にユーロまでの繋ぎ程度のもの。悪くもなければ良くもないパッとしない会長という印象しか無かった。
少なくともよーいドンで何かを競い合えば魔力量以外で負けるつもりは一切無い。
「人望……それが私には無いとでも?」
「いや無いでしょ、普通に」
しかし、それはネイルとユーロがただ目立ちすぎただけでもある。
彼女だって優秀であることには何も変わらない。
少なくとも一年間繋ぐだけの器は証明されており、私にとっては充分に強敵と言えた。
幾ら私は有名とは言えそのせいで逆に悪い噂も出回っている。
彼だけいればいいとこの世界では色々と無視してきたがこのタイミングでそれらが仇になっていた。
例えば入学初日に机を蹴り飛ばしたりとか。
ただ、実の所問題はそんな程度のものではなかったりする。
「今のままじゃまず間違いなくリグに負ける」
「…………」
「実力じゃない。今の会長がネイルだからだ。……卑怯な根回しは正直覚悟した方がいい」
言っていることは至極納得出来た。
パスカルを餌にすることを許容したあいつが今更卑怯な手を出し渋るはずがない。
仮に私が生徒会長になった時、アイツの立場が悪くなる事くらい理解しているはずだ。
……リグも結局、ネイルを裏切れなかったみたいだった。
彼女に関してはそこまで責めるつもりは無い。
後から聞いたがパスカルの救出の為に手を貸してくれただけでも彼女の立場からすれば充分すぎるくらいの貢献だった。
知らなかったとは言え彼女は一度会長を裏切る結果になったのだ。
それこそ国や政治の裏の恐ろしさは良く知っている以上、無理にこちら側に引き込むつもりは無い。
むしろ今全員がその只中に居ると言ってもいい。
まず一番は何より自分の身を心配するべきだ。
だからこそ、それら全て踏まえた上で。
何故私の友達を作ろうとするのかだけが分からなかった。
「根回しではきっと勝てない。なら根回しすら不可能な程の絶対的な支持率で勝つしかない」
「……だとして何で友達なのよ」
「だって、人との繋がりを持てない奴が人の上に立てるはずないだろう? ライラに後必要なのは愛想とか親しみやすさとかその辺だ」
「………………」
「ぐうの音もで───ぎゃひぃっ!?」
「余計な事言うなよサーシャ……」
しかしそんな事を言ってしまえばネイルだって友達が居るとは思えなかった。
必要なのかと聞かれればそれらも踏まえて別にいらないのではと思ってしまう。
友達を作って票を入れて貰うという魂胆なら、納得は出来ないがまだ幾らか理解は出来る。
ただそれは八月までの残り二ヶ月無い状態で途方もないと言うかどう考えたって無理があった。
と言うかそもそも大前提として、ネメシス何かに友達事情を気にされたくは無い。
あいつだって友達なんてフーコくらいのものだろう。
後はシーラとか、ユニがどうとか、それと風紀委員関係も……、……。
「それにほら。やさしい王女様になるんだろう?」
「……そうだけど、今更友達なんて」
しかし口をついてでたのは強がりの言葉。
ここで頷くのもどこか私らしくない気がしたからだ。
それでも、私らしさ何て意味の無いものに気を使ってる時点で駄目な事くらい少し考えれば私にだってわかる。
確かにこんな子供みたいなワガママを抱えた女何かに誰も着いてこようとは思ってくれないだろう。
同時に変わるならきっと今がチャンスなんだとも思う。
それでも期限までに間に合うかは正直分からない。
でも、目の前には手を差し出す気のいい変わった奴がいた。
彼女との関係性だって正直あやふやなままだ。仲間ではあるが、私目線決して友達とは言えない。
しかしそれは誰にだって言える事。
本音を語れる相手なんて彼一人しかいなかった。
「……いや、そうね。アンタの言う通り」
「まあ、単純に友達はいいものだよ。私だって思わぬ所でアイデアを貰ったりするものさ」
「ええ。でも……」
「そういう事なら俺達の出番か?」
「“達”? ……わ、私もですか?」
「……嫌なら良いわよ」
「い、嫌とは言ってないですけどもっ!」
サーシャの微妙そうな顔に私の日頃の行いが写っているようだった。
今ならわかる。私が語っていた夢はただの妄想に過ぎない遊びの範疇でしか無かった。
何が優しい王女様だ。必要なこと、やるべき事が見えて初めて夢への道が開けたような感覚。
私が今までそれに近づけなかったのは、一番大事なピースが欠けていたからだろう。
ならここからは前に進むだけ。いつかもう一度彼に会う時は、とびきり変わった私を見せつけてやろうじゃないかと。
「学園全員友達になってやるわよ」
「君はゼロか百しか無いんだね……」
だって、やる前から半端を目指すのは、きっと私には似合わない。




