未遂
「ユニって名前に……聞き覚えは?」
あの後リグと正門前で別れて、今私は相変わらず肩を貸してもらいながら寮への道を歩いている。
目的の人物を集める為に行動しようとした私たちは、ネメシスの提案によりまずライラの元へ向かうことにした。
先程確認した限り今の時刻は午後五時過ぎ。
授業は既に終わっており、本来運動場や食堂等もっと活気が出てもおかしくない時間帯。
しかし、横切ったそれら施設は静けさに包まれて、まるで誰も居ないかのような錯覚を覚えさせた。
と言うのも、大勢の生徒が復興に手を貸して向こうに在中して働いているらしいのだ。
あんなことが起きて今日でまだ三日。まだまだ呑気に授業をしている場合でもないのだろう。
「……随分懐かしい名前が出た」
「? ……アタシは知らないわよ? 」
ネメシスは振れない足並みで先導している。
シーラはずっと私に寄り添ってくれているのに息切れひとつしていない。
そんな二人は全く違う反応を見せ、しかしそれに関してはほぼ予想通りと言えた。
私が皆に話さなければならないのは彼の最後の伝言。
案の定というか、やはり二人には何も伝わって居なかった。
その中で、一つ引っ掛かりを覚えたのが今までで殆ど聞き覚えのない一人の名前。
殆ど中身は無い伝言にしたって、態々名前を出した事には流石に気になった。
シーラの反応は記憶が無いから予想していたが、ネメシスは歩く速度は緩めないまま優しい声で呟いた。
「魔王討伐隊の最後のメンバー。来年入学してくる」
「じゃあ……」
「うん。シーラも仲が良かった」
魔王討伐隊とは、第七の悪魔まで倒しきった世界戦で結成された魔王に挑む為の四人の少数精鋭。
ノノアの記憶は第二、ライラは第四、私は第一の悪魔すら越えられていないから当然知る由もない話だった。
既存の記憶保持者の中で最も先に進んでいるのがネメシス。彼女は魔王と戦う所まで到達した。
彼がいなくなった今、これからの情報源は今後ネメシスに頼る事が増えるだろう。
それを披露する機会が今後あるのかは分からないが。
彼は最後、全てを自分が背負うと言っていたから。
「どんな子なの?」
「それは……」
魔王討伐という最大の難所に選ばれるくらいなら、他の三人に劣らず相当強いのだろうとは予測出来る。
それこそ他のメンバーがメンバーだ。
魔力の要らない最強の剣士と拳士の前衛二人、そして歴代最高の魔力と全属性を使う最強の後衛。
生半可な実力では足でまといにしかならない上、生半可な関係性ではあの場で名前も出ないだろう。
……これ以上女の影は増えないと思っていたのだが。
何て、今更捨てられた身で考える事でも無いのだろうか。
「……」
「……」
「……え、何?」
しかし何故か黙りこくったネメシスにシーラと揃って困惑する。
別にネメシスは嫌な事を思い出しているような顔でも無いが、どこか言葉に迷っているような印象だった。
「やんちゃ、かな」
「……いや分かんないし」
「まあ合えばわかる。それより、着いた」
ネメシスがそう言って足を止める。
軽口を叩いている間に目的の場所に着いていた様だった。
正門から最も離れた場所にある学生寮、その中のライラに与えられた他となんら変わりない一人用の部屋。
決して質素な造りでは無いのだがいまいち王族が住むようなイメージでは無い。
そして、私はここにライラに会いに来た。
けれど、どうしても視線は横へとさ迷ってしまう。
……事が済んだら、次は彼女達にも謝りに行かないと。
気は重いけど、同時に早く顔もみたかった。
直接謝れるというのは有難い事なのだと、今なら心の底からそう思える。
「入る」
「ちょっと、ノックくらい──」
ネメシスは忠告も聞き入れず、扉を開け放ちズカズカと中へと入っていった。
鍵がかかっていない事もまあ無用心だが、それはそれとしてマナーは親しき仲にも当然ある。
取り立てライラはそういう事に面倒そうだった。
同時にネメシスがそういう気配りに疎そうな事も考えれば分かることではある。
だが、私はまだ少し甘く見ていた。
ここに来る前に二人が見せた表情や、節々から見て取れる何かを悩んでいる様子。
私はもっと想像力を働かせるべきだったのだ。
ネメシスが無遠慮に扉を開け放ったのは恐らくそうする事が必要だったから。
なにせ、
「は…………?」
ライラは、部屋の中央で首を吊っていた。
「…………うそ」
素っ頓狂な声が喉から漏れ出る。
急激に体温が下がった気がして、収まりつつあった吐き気が再び込み上げて来た。
何で、どうしてと自問自答する私と、しかしそれもそうかと冷静に納得する自分もいた。
間に合わなかった。
間に合えばどうにかなったのかも分からない。
もしかすれば伝えれば何か変わったかもしれない程度の薄い線。
小さく揺れるその体を見て、動けない私を余所にネメシスは刀を振り抜いた。
対象はその首と天井を繋いでいる太い縄。
そのまま重力に負け落下するライラは、見た目の割に軽い音を立てて地面に墜落した。
「そん、な……」
それでも、ライラはピクリとも動かない。
それはまるで、本当に死んでるみたいだった。
「よし、じゃあ次に行こうか」
「………え?」
「そうね」
「え……!?」
しかし、刀を鞘に収めたネメシスが次にとった行動はその足でライラ(推定・死体)を雑に揺することだった。
何時から吊っていたのか見ただけでは予測出来ないが首元には浅くない縄の痕が痛々しく付いている。
しかし冷静な二人にまるで感情が追いつかない。
けど、しばらくして簡単な答えに行き着いた。
次に会いに行くのはノノア。彼女ならライラを生き返らせることが出来るだろうと。
そして手馴れた二人の言動にこれが初めてで無いことも自ずとわかった。
だが、結果はどうあれライラは死のうとしていたのだ。
なのに二人の冷えきった目にはイマイチ納得がいかなかった。
「起きろ」
「────げほっ、ご……ッ……げほっ、げほ……!」
「い、生きッ!?……ら、ライラ!? 大丈夫なのか!?」
しかし予想とは少し違っていた。
ネメシスがライラの心臓付近を親指で強く押すと、激しく咳き込みながらもライラは息を吹き返した。
あまりに物理的な対処に度肝を抜かれたが、生きているのなら当然それに越したことはない。
慌てて駆け寄ろうにも未だシーラに肩を貸してもらっている状態で、とても一人で動けるような体調ではない。
そしてそのシーラは既に部屋を出ようとしていた。
必然的に私も引かれるように部屋を出る。
後ろでは咳き込むライラをネメシスが担ぎあげ、米俵の様に肩に乗せてこちらを見て何故か頷いた。
少なくとも王女に対する扱いでは確実に無いが、今はそれを越して人の扱いにも見えなかった。
「ゲホッ、ごほ、ご…………げぇ……」
「……どうなってるんだ……」
「取り敢えずノノアのところに行きましょ。詳しい事は歩きながら話すから」
シーラに引かれるまま再び歩き出す。
私はとにかく後ろが気になって仕方がなかった。
振り返る度に咳き込みながら小さく揺れるライラと、無表情でそれを担ぐネメシスが視界に映る。
夢では無い。既に空腹と疲労が度を超え、絶えず痛みを発している。
しかし夢であった方が良かったと思う程に現実は理想と全ての軸が外れていた。
「……アタシだけで、もう五回目よ」
「え……?」
「……何度もこんな事してるのよ。それだけ自殺を止めてる」
「なんだい、それ……」
「もう生き返れないからやめてって言ってるのに……いつまでたっても聞きやしない」
状況は想像していたよりも酷いものだった。
自殺に慣れるなんて事がいいもののはずが無い。
そこまで追い詰められているのかと、しかし今はそれすら思考の片隅に追いやられた。
その後にシーラがサラッと言った不穏な言葉はどう考えても簡単に流していいものの筈がなかった。
生き返れない。その言葉が意味するものと、今向かっている人物がいやに結びつく。
「邪魔…………しないで……」
「それはこっちの台詞。いい加減にして欲しい」
「いや……ま、待ってくれ。……シーラ、さっきの……」
後ろで二人が話している。
それを差し置いて心臓の鼓動が早まり始めた。
嫌な予感は常に最悪の結果を持ってくる。
私はまだあの戦いの後の状況を理解していない。
しかし、逆にそれが幸せなのかもしれなかった。
この世にはどうしようもないことと、既に手遅れな事とで溢れかえっている。
何なら私にとっての幸せは、今この場でライラの様に自決を図る事なのかもしれなかった。
「……ノノアは………あれからずっと、眠ってる」
それが仮に死の比喩で無いとして。
だとして喜べばいいのか、泣けばいいのかももう分からなかった。




