さ、死ぬか。
「この辺か?」
「多分な……」
炎天下、瓦礫が山の様に積み重なっている。
これは今この国においては何ひとつ珍しくない光景だった。
そんな飽きさえ来る代わり映えのない光景を前にして二人組の男達が疲れた顔で話し合っている。
一人は凡そ三十代前半、もう一人は二十代後半といった所だろうか。
そこから読み取れる重要な事は二人共魔法を使えないただの人だと言うことだ。
そんな二人は会話もそこそこに溜息をつきながら手馴れた様子で瓦礫を退け始める。
ただ命令された事を淡々とこなすロボットの様に。
この辛い世界では思考を停止したものから順に幸せになれるから。
「…………」
「あ………」
「捨てとけ」
出てきた誰かの手を一人の男が放り投げた。
基本どこに行っても同じ様な光景が拡がっている。
国の兵士に魔力の尽きた生徒、動ける一般人達総出で瓦礫を退けて死体を漁る。
それはどこからが流れた嘘みたいな噂話のせいだった。
死体さえ見つければ人が生き返るかもしれない、と。
しかし大人達は皆現実を知っている。夢から覚めることを覚えた哀れな時の被害者達なのだ。
だから夢よりも突飛な現実が現れた時本当の意味で必死になれる人はほとんど居ない。
ただ命令されたから漁る。
他にやることがないから漁る。
でも、実際それでも回っているのだから何も問題は無かった。
ただ一人、今も尚治し続けているものだけを除いて。
「……なんかさ」
「ああ……」
そんな折、ふと片方の男が口を開いてもう一人もそれに賛同の意を示した。
先程から少しずつ違和感を覚えていたのだろう。
手を止めて、疲れの含んだ朧気な目で当たりを見回している。
その答えは、ここだけ他とは瓦礫の様子が違っていた。
破壊の痕と言うよりはまるで何かに切り裂かれたかの様な綺麗な断面の瓦礫が多かった。
そういう魔獣が居たのかもしれないが、にしてもここ周辺だけというのは少し気になった。
とは言え、それが生み出す結果はそう変わらないだろう。
どちらにせよ仮にここに人が居たのなら助かってはいないだろうと男達は確信した。
切られるか食われるか、はたまた潰されるのかの違いだけ。
行き着く先はどちらにせよ死しかなかった。
「……あ」
「見つかったか?」
すると、若い方の男が何かを見て声を上げた。
それに少しの期待を持ちながらもう一人の男も近寄ってくる。
視線の先を共に覗き込むと、しかしそこには大分想像とは違うものが埋まっていた。
それはまるで見た目ガラスの様な、透明な、恐らく球状の物体の表面部分。
瓦礫の中に埋もれて尚ヒビすらないその物質は、しかし暗くて中までは見えなかった。
男達は高価な芸術品かと思っておっかなびっくりそれに触れると、目の前でそのガラスは音も立てずに消え去った。
「うおっ!?」
「なっ、何した!?」
「──ぅ───」
「何もしてねぇよ!!」
「……あ?」
「……ん?」
ガラスが消えたことでその上にあった瓦礫が崩れ落ちる。
ガラスは音を立てずに消えたが瓦礫同士がぶつかり合う音はどうしたって煩かった。
そして、その中にうめき声のようなものが混ざっていた。様な気がして、男達は目を見合わせる。
それは一瞬の空耳かと思う程の小さなものだった。
疲れているせいもあって思考が耄碌している可能性も捨てきれない。
それでも、もしかすると探していた人物かもしれないと、しかもまだ生きているのかも知れないと思って瓦礫を退けようとして──
「のぁああ!??」
「ぎやああ!?」
目の前の瓦礫から、腕が一本突き出した。
それはパッと見ホラーで男たちは腰を抜かし、近くにいたこともあって抱き合って慄いた。
しかしその腕は止まることなく自ら這い出てくる。
重たいはずの瓦礫を無理矢理押しのけながら、切り傷擦り傷を負うことも厭わずに。
そして、この世に姿を現したその存在は。
「───ふー………」
薄い血で塗れてはいたが、それでもとても綺麗だった。
そして出てきた少女は辺りを見回して、上を見て、横を見て、目の前の男たちを見てまた上を見る。
そこに記憶にある大きな黒い闇は存在せず、そして彼女の隣に居るはずの人も居なかった。
「……あ、ああ?」
「い、生きてる……?」
その少女は圧倒的なまでの無表情だった。
きっと誰にも何を考えているのか分からない。
それでも少女は大きく息を吸いこんで、その上下する胸は間違いなく生きてる証拠だった。
長い白と黒、交互の髪が風に靡いて優しく揺れる。
それはまるで神話の世界の女神の様で男達は思わず目を奪われた。
そして、少女は吸った息を小さく吐き戻し、ボソリと、しかしちゃんと聞き取れる声で呟いた。
「さ、死ぬか」
と。
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一番最初は、ただの思いつきだった。
二番目の理由は取ってつけたような親切心。
三番目は頑張った彼への御褒美と……仮にも自身への罰のつもりだった。
それがもたらす結果は深くは考えず、しかしそれで良いと、どうなってもこれで最後だと。
これ迄歩んだ彼の軌跡をせめて無かったことにする訳にはいかないと。
そして、私は光を地上に落とした。
その考えが間違っていたのか。
否。正解不世界で言えば、私はもっと早くから根底を間違えていたのだと知っている。
「だとしても──これは違います」
運命というものは確かに存在する。
他でもないそれを司る者としてその存在は否定肯定の域に無い。
しかし、彼はその運命を書き換えた。
それが世界にとって良いものだと信じ込んで。
ただ、この世界は既に終わっていて……この最後の周回は、言わば蛇足の後日譚。
誰もが納得するハッピーエンドなど傍から何処にも存在していない。
だからこれはひとつの解釈で、せめて最後は笑って死ねば良かったのだ。
「……ユーロ、貴方は……」
彼はこれからも苦しみ続ける事だろう。
私がちゃんと説明をしなかったばっかりにだ。
それを見届けることも私への罰であると同時に、しかし黙してただ容認する訳にもいかなかった。
私は既に選んだのだ。
彼はその選択を覆す域にはまだ居ない。
そして……きっとこれからも。そこに手が届く者が表れるとは思えない。
だから、いつか死ぬ事には何ら変わりない。
彼は確かに運命を書き換えたが、それは死に方を選ぶ程度の差でしかない。
その結末は誰にも変えられない。
神である、この私でさえもだ。
「ごめんなさい」
あの時と同じ。ただ私は虚無に謝罪した。
そして、三日後。




