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億回死せるは、偽勇者〜バッドエンドの集束地点〜  作者: つきらゆ
王女に捧げる薄弱生離
69/83

ひどい奴だよ




 ──果たして、私はこんな事をしていていいのだろうか。


『ピリリリリリリ────』

「………」


 永遠かの様にパスコールの着信音が鳴り続ける。

 カップからは白い湯気が立ち昇っている。

 匂いだけは強い安物の茶葉の香りも窓の隙間から入る外の匂いには適わなかった。


 身動ぎする度に古い木造の椅子が音を立て、風でカタカタと揺れる立て付けの悪い窓と共鳴している。

 そんな古くてボロボロで埃っぽい、木造平屋の中に私──パスカルは今、閉じ込められていた。


「………………はぁ」


 ここは昔王族の誰かが住んでいた別荘らしい。

 しかし今はもう使われなくなって随分長く時間と共に誰からも忘れ去られていた。

 それでも埃と共に設備だけは立派に残されていて、当時は大事にされていたことだけは伝わって来る。

 そして少しでも鬱な気分を変えようと考えてそのポットに手を出したのが数分前。

 しかしその程度で気なんかが紛れるはずもなかった。

 傍迷惑な一人の男の家出騒動が国を巻き込み更に多くの人を巻き込んだ。

 そんな彼と仲が良かった関係者として……そして、不自然に生き残ったものとして私はここにいるのだ。


 実際、そう思われてもおかしくないくらいに不自然だった。

 あの時目の前でアテルが私を庇って、泣きながら固まるサーシャも無慈悲に殺された。

 何故あの状況で私が生かされたのか、どう考えても何かしらの理由があるとしか思えなかった。

 そしてそれは他でもなく、きっと“誰か”が望んだから。

 彼女達は望まれなかった。ただそれだけの違いなのだ。

 そんなの……普通に考えて、彼以外の要素は何も思いつかなかった。


『ピリリリリリリ──』


 着信音は空気を読まず鳴り続けている。

 出る気分にはどうしてもなれなくて、しかし切る気力も無くてずっと放置していた。

 紅茶の湯気は既になりを潜めて、多少この部屋の換気に役立っていたことを無くなってから実感する。


 こんな事をしても何も始まらないことは分かってるのに、何時までも嫌な記憶が頭から離れてくれようとしない。

 結局自分の感情の整理もつかず、私は彼が名付けたその機械をただただ無意味に眺め続ける。


 大事な人が行方をくらまして。

 目の前で仲間を二人殺されて。

 何故か知らないが私だけは生かされて、そして今繋がりを疑われここに閉じ込められている。

 何とも損な役回りとしか言えなくて柄にもなく喚いて泣きたい気分ですらあった。


 ──ならいっそ、このまま死んでしまおうかと。

 そんな思考すら脳裏を過ぎって燻り始める。

 ある意味それは裏切った彼への最高の嫌がらせとして、それを思いついた途端乾いた笑みすら喉から漏れ出た。


 それこそもし彼女達が助からなかったら、私はきっと自分で自分を許せない。

 責任の所在云々ではなく人の在り方として。

 こんな不条理な世界に抱く希望は最早何も無く、しかしそれでも最後まで可能な限り自分らしくありたかった。



 だから、やっぱりこのままでは駄目だろう。

 いつまでも立ち上がれない自分は何処からしくない。

 私は椅子から立ち上がって煩いパスコールに近づいた。

 表示された固有数字の羅列と、その横に表示されたその所収者の登録名を覗き見る。


「────」


 そして、私はそれを見て息を飲んだ。

 さっきまでの取り繕った思考が嘘みたいに弾け飛ぶ。

 無意識の内に身体が勝手に動いて、そして抑えようもなく震える手でその応答ボタンを押した。


『ピッ──』






「───は、い」


 第一声が裏返ら無かったのは自分で自分を褒めてやりたかった。

 多少詰まったのは流石に許してもらいたい。

 しかし散々止むことなく掛け続けて居た癖に向こうからの返事はすぐには返ってこなかった。

 場合によってはイタズラ電話かと思う程の沈黙に訳が分からなくて余計に頭痛が強まり始める。

 そして本当に、何かのイタズラだったかと思い始めた時。


 最初に聞こえてきたのは、波の音だった。











『──パスカル』

「ユー……ロ……?」



 馬鹿な事をしでかした馬鹿の第一声は、単純に私の名前を呼ぶものだった。



『……幾つか、伝えたい事がある』



 低い声に混ざる罪悪感を隠しきれない様な、最近の彼を彷彿させる感情を押し殺した様な暗い声。

 その間、抑揚を聞き間違える筈がなかった。

 海の音に紛れる様なボソリとした低い声でもだ。


 仮に喧騒の中でも聞き分ける自信が私にはあって、だからこそ全身の血が沸騰した様に湧き上がる。

 どんな面して、なにを考えて掛けてきたのか。

 せめて、今すぐ私の前にその姿を表せと思った。


 記憶の中の彼はいつだって私の発想を飛び越えてくる。

 それが楽しくて、愛しくて、どうにもならないくらいに好きだった。

 けど、こんな形のサプライズだけは絶対に違うと、だってその声を聞いただけで私は悪い意味で泣きそうになったから。


「これはこれは……また、随分と巫山戯た事を………」

『…………』

「今何してるの? ……こっちの状況分かってる?」


 私の問いに彼は何も答えない。

 彼は会話をする為にかけてきた訳では無かった様だ。

 彼の背後で波が泡立つ音だけがこの場に似合わないBGMを止めどなく奏でている。


 表情も見えない通話越しの遠い世界で、ほぼ沈黙の中それでも彼の感情は凡そ察せられた。

 彼は絶賛今これでいいとか、これしかないとか、これが正解だとか必死に正当化しようとしてるんだろう。


 目の前でお前が馬鹿なだけだと、今すぐ罵って縛り付けてやりたかった。

 どんなに辛くても難しくても、傍にいて欲しいと私は彼に伝えた筈なのに。

 その想いが届かなかった事実だけを拵えて、ユーロはまるで馬鹿にするように私にパスコールを掛けてきた。


 まさか呑気に悪魔とバカンスとでも洒落こんでいるのだろうか。

 そんな訳はなくても、そう言う嫌な思考は湧いてでる。

 何を、どう伝えれば良いのか私も迷って二人の間にあまり経験の無い沈黙が流れている。


 その空気を切り裂いたのは、やはり彼の事務的な声だった。


『一つ目。第三の悪魔はまだ顕現していない』

「…………成程。 ……はっ……その為に……」


 あの日渡した彼専用の新しいパスコール。

 それがこんな形で裏目に出るとは思ってもみなかった。

 あの時、少しばかりの独占欲に支配された私はあのパスコールに私宛のアドレスしか載せていなかった。

 仮にそれが無かったとしても、この大事な情報なら別の方法で彼は連絡は取っていたと思う。

 だからこうして彼に最後を託される辛い役回りが私に回ってきたのは、その始まりは単に自分のせい。


 本当にどいつもこいつも馬鹿ばっかり。

 それは、第四の悪魔にもいいようにされる訳だった。

 

『二つ目。これからの悪魔は全部こっちで対処する』

「…………」


 内容自体はこちらの今後の立ち回りが全て変わるもの。

 それでも不自然なまでに頭に入ってこない。

 本気でこのまま別れを告げる気だけは理解して、そればかりに脳のリソースが支配されている。

 本当に、ただ丁度良かっただけなのだろうか。

 彼に未練や、今の私への思いは何も無いのだろうか。

 自分で言ってて悲しくなってくる。

 止めたらいいのか罵ればいいのか、自分が何をしたいのかも分からなくなって来た。


 ただ、私はふと気がついた。

 彼と話す間にいつの間にか頭痛だけは止んでいた。



『三つ目。皆に……伝えて欲しい』

「…………」



 

 どうすれば良かったんだろう。

 今からでもなにか出来ることは無いのだろうか。そんな思考が浮いては直ぐに沈んでいく。

 ライラが出来なかったことを、今更私が。

 彼をつなぎ止めるものをしかし私はひとつも持っていない。


 何て、私は本当は知っている。

 私は彼が諦めた世界の住人だった。


 私と彼の物語はとっくに終わっていて……これは、最後の別れをもう一度する為のエピローグなんだろう。








──────────────────────────

───────────────────────

















 海はいつ見ても綺麗だから好きだ。

 太陽を反射して光の道を遠くまで照らしてくれる。

 この景色を最後に彼女達と見ることが出来たなら……何て、それは贅沢かつ残酷なだけだろうか。


 せめてそれらは全てが終わった後のご褒美として、でもその時彼女達がまだ俺を求めてくれるかは分からないけど。

 それでも、そう言う考えを嘘でも抱けることは、間違いなく希望と言うんだと俺は思った。




「──ライラは……俺が知る中でも一番強い女の子だった」

『…………』


 彼女は何時だって強くあろうとしていた。

 自分の弱さを自覚して、それを補う為の思考と努力を常に欠かさない。

 皆は才能だの血筋だの好き勝手持て囃すけどいい意味でも悪い意味でも決してそんなことは無い。

 ある種、この世界で最も才能に恵まれなかったのがライラだった。

 でも彼女はきっとその事をなんとも思っていない。

 だからこそ魔法も殆ど使えない体質なのに、何時だって前線にまで出てきて戦った。


 強い人が戦ったり勝つ事は当然出来る。

 でも、弱いままでそれが出来る人は殆どいない。

 弱さを抱えたまま強い者達に並べる彼女は、俺には世界で一番強く輝いて見えた。


 彼女の傲慢さは決して去勢なんかじゃない。

 性格こそ正直最初屑なんじゃないかと思ってたけど。

 でも今の彼女は弱さも強さも受け入れられる、誰からも支持される優しい王女になれた筈だから。


「ライラには、生徒会長になって貰いたい」

『………………』


 この世界じゃ俺とネメシスしか知らない事。

 ルフレの生徒会長になると中央時計塔の地下の扉、そこにある古い魔法陣が起動できる。

 そこには歴代生徒会長の魔力が貯蔵されていて……ネイル会長も知らない間に少しずつ魔力を奪われている。

 起動さえ出来ればその制約は完全に消え去って代わりにほぼ無限の魔力が起動者に手に入る。

 ネイル会長がこの事を知ると必ず自分が使おうとするから慎重を重ねて今まで他の誰にも言えずにいた。


 これがあるから俺は第四、第五を乗り越えられた。

 そしてそれは、きっと凄くライラとは相性がいいと思う。


「それと……どうか、生きて欲しいって」

『……………』


 後の詳しい事はネメシスが導いてくれる。

 そして、彼女なら必ずまた立ち上がれる。

 他でもない、この世で最も彼女を知っているからこそ……俺より強い彼女なら、きっと俺を越えられる。












 ──ノノアは俺が知る中で一番優しい子だった。

 自分の事を顧みずに誰かを助けようとする。

 今でこそ傷ついて自分を見失ってるけど、それでも彼女の優しさの本質は変わらなかった。


 きっと、また今回の事で塞ぎ込んでしまうと思うけど、俺はいつかは立ち直れると信じてる。

 でもその為には他の皆の助けが必要不可欠で……その中に俺が入れないのは少し心苦しいけど。


 でも、彼女は本当にいい子だから。

 どうか皆で俺の代わりに彼女を見守ってあげて欲しい。

 そして、


「ノノアには……皆を助けて上げて欲しいと」

『…………勝手な』


 分かってる。

 でもこれしか無かった。

 これしかない迄に追い込んだのは間違いなく俺の選択の数々だったけど。

 だからこそその責任を取る為に俺はもう何ら手段を選ばない。

 死んでも構わないというのは最早極論でも何でも無い。


「それと……自分を一番大切にして欲しいと」

『…………今の私の気持ち、分かる?』

「…………………ごめん」









「ネメシスは、心配いらないとは思うけど……後は任せたと」

『重荷だね』

「…………そうだな」

『…………』




 それでも、きっと彼女なら。




「シーラは……記憶が無いからな……」

『…………』

「今の彼女には……俺は何かを言う立場じゃ無い」

『そんなの、全員だよ』

「…………」




 彼女との約束は果たせなかったけど。




「ユニは……」

『……誰?』

「……そうだな。そうだった。……そもそも記憶があるかも分からないな」




 それでも、皆が笑っていられる世界を作る為に。







「最後に……パスカル」

『……忘れてないようでなによりだよ』







 忘れるはずが無い。

 忘れられるはずが無い。







「ごめん。いつも甘えてばかりで」

『…………』


「こんな時も……頼れるのはパスカルしか思いつかなかった」

『…………うそつけ』


「嘘じゃない。でも、しんどい役回りをさせてごめん。……パスカルは、俺の中で一番心を開ける相手だったから」

『…………』


「……だからどうか、皆に伝えて欲しい。それと……出来れば皆の面倒も見てやって欲しい。本当に、心からムシの良い話だと思うけど……どうか、これから俺の代わりに皆を──」








『───嫌だって言ったじゃないか……ッ!!』









 パスカルの慟哭なんて俺は初めて聞いた。

 それだけ俺は彼女を追い詰めて、人としての在り方の皮を剥がしたのだ。

 許されざる罪だ。でもそれこそ今更だった。

 俺の重ねすぎた罪の数々は、今更ひとつ増えた所で何も変わらない。


「ごめん」

『謝って許されると思うなよ……!?』


 当然こんな事で許されるとは少しも思わない。

 ただ、少しでも誠意を見せる事が筋だと思った。

 きっと、これで本当に最後だから……だから、それが決して届かないとわかっていても。


『今すぐ戻ってこい!! それで……ッ、そんなの、皆に直接言えッ……!!』

「…………ごめん」

『巫山戯るな!! 誰がそんなの頼んだ!? 私は、私達は……ッ、……前も、言ったじゃないか……!!』

「……全部終わったら……きっと逢いに行く」

『それじゃ遅いだろぉ……!!』


 最後の会話が彼女と初めての喧嘩だなんて。

 後悔しだしたってもう何もかもが手遅れだった。

 一度愛した女の子を通話越しに泣かせて、それでも、俺はもう前しか見ないと誓ったから。



『……まだかかりそう?』



 後ろから声をかけられる。

 最後のワガママにも終わりが来ようとしていた。

 これが、本当の本当に最後。

 決別の時は……俺の手で下すという契約だ。


 これから歩む細く長い茨の道に、その前にも横にも彼女達は一人も居ない。

 その寂しさに俺が耐えられるかは正直分からないけど、例え何があっても足だけは絶対に止めはしないから。



「ごめん。今までありがとう、パスカル」

『待て……っ! 待て!!』

「絶対に、世界は救ってみせるから」

『待てって言ってるだろ!?…………そんなの、どうでも──!』







「パスカル」

『………ッ』







 ………………。








 …………………………。









 ………………………………………………。










『愛してるとは……もう、言って…くれないんだね……』










 右手に力を込める。

 更に魔力を込めて、すると簡単に音を立てそれは割れ始めた。

 最後の繋がり、彼女からの贈り物。

 それはとても脆くパラパラと崩れ去って、風にさらわれてどこかへ流れて消え去った。


 これは契約であり、自身で決めた覚悟でもある。

 もうこれ以降は絶対に振り返らないと言う誓い。

 この選択を後悔しないかどうかは──






「愛してたよ、パスカル」






『ふん。……じゃ、行こっか。ユーロ』

『ああ』




 これからの、俺の手に掛かっている。







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