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億回死せるは、偽勇者〜バッドエンドの集束地点〜  作者: つきらゆ
王女に捧げる薄弱生離
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それから




 魔獣が去ってから凡そ三時間後。


 エタンセル城大会議室────






「全ての元凶はユーロ・リフレインという男では無いのか!?」


 小太りの男性の荒らげた声が響いた。

 しんと静まり返った広い会議室内には、その意見に賛同する沈黙と否定する沈黙が相重なっている。


 天井に穴の空いた機密性もない青空の下、叩きつけられた手は壊れかけのテーブルを破壊した。

 彼の意見には感情論意外の明確な根拠は無い。

 しかしそれを否定するつもりなら特に益の無い責任を負う覚悟が必要だった。


 それが虚言か真実かはさて置いて声の大きなものの意思は常、世論の皮を被るものだ。


 大人とは、知恵のある者を指す言葉である。

 知恵とは、必ずしも全ての人に益を成すとは限らない。

 賢しさは自身の持ち得る物と持ちえない物、又他者の持つ物を常に明確にする。


 果たして声を荒らげて子供を萎縮させることが知恵ある大人の行為かは分からない。

 だがそれで事が思い通りになるのなら、間違いなくそれは賢しい者の行為と言ってよかった。

 

「ふむ……君の意見を聞きたい。ルフレの現生徒会長」


 ──ここは、エタンセル城の大会議室である。

 しかしここも漏れなく破壊痕が酷い為、収容能力は大きく減退する結果となっていた。

 だが、それでもされど国の中枢。

 他より強固な造りをしていた為か現時点で使用する分には特に問題は無かった。


 それは肝心の使用する人数も大きく数を減らした事が大きく起因している。

 そして今、本来の使用者達に代わりこの場の過半数が学生達で構成されていた。


 集まっているのは生き残った国の運営に関わる大人達と、ルフレ生徒会、及び各委員会の長に名を連ねる者達。

 ミラやネメシスもここに顔を出している。

 数時間前当たり一帯を包んだ謎の光が救助を要する人を軒並み治し、手が空いたからだ。


「至極どうでもいいと考えます」


 事の顛末は言葉にすると驚くほど短かかった。

 “たった十数分の第四の悪魔の襲来に、エタンセルは良いようにされた挙句その目的の者も奪われた”


 中でも抵抗らしい抵抗が出来た者と言えば全ての戦場を見てもネメシスとシーラの二件しかない。

 その中でもシーラ・ウィルは未だ意識不明。

 広範囲に降り注いだ範囲回復魔法も虚しく、現時点で目覚めない理由すら誰にも分からなかった。


 被害状況も未だ死者数不明、建造物は軒並み破壊され修復の目処も立っていない。

 しかし、怪我人はただの一人も居ない。

 至る所に不自然を感じる歪な形での、しかし確かな敗北だった。

 この状況を見て好意的な意見を抱くものもそう居ない。

 そして全員がそれをわかっているからこそ、冷静に他者に気を配る余裕が有る者も殆ど居なかった。


「何だと!?」

「落ち着きたまえ。その理由は?」


「……どのみち“敵”は全て排除するだけです。故に、今必要なのは今どうするかの話し合いだと進言します」


 ネイル・アクスター。現ルフレ生徒会長は丁寧な物言いとは裏腹に誰も寄せ付けない拒絶を纏っていた。

 それはこの場に本来居るはずの者達がこぞって居ない事から大方の理由が察せられる。

 生徒会はここに彼しかいない。

 委員長席も約半数が空いている。

 彼の過激な発言に反応を見せる大人も大勢いるが、その中心に位置する白髪の男だけは静かに肩をすくめた。

 たしかに、今必要なのは誰が悪いか等ではない。


 ──誰を生き返らせるか。今話すべきはただこれにつきると。


「……ノノア・エレノイトは今どうしている?」

「それは私が。ルフレ保健委員長のミラ・メットです。彼女は今エタンセル総合病院でカウンセラーが見てくれています」


 その唯一無二の存在は当然のように国も把握していた。

 数少なく特異な固有能力の中でも飛び抜けて有用な、歴史を見ても珍しい替えのきかない力。

 そもそもルフレは国直属の学園である。

 固有能力発現の申請をしたのも他でもないネイル本人だった。

 その時はただ規則に従っただけであるが、その事を悔いる結果になるとは彼も思っていなかった。

 否、今考えても不思議な話である。

 こうしている間にもタイムリミットは迫りつつあるのに、のうのうと会議は本人不在で進行する。


「彼女が居れば被害を無かったことにできます。ですが、流石にこの規模となると全ては……」

「ああ、分かっている」


 ノノアの力は魔法では無く、特異すぎて他のノウハウも通じない。

 しかし第一と第二の悪魔それぞれの戦場で見せた規模から徐々に力を増している事は推察できる。

 ただそれでも、今回の被害全ては流石に手に負えない。

 彼女の力は範囲による制限ではなく、どれだけ戻すかによって負担は大きく変わる。

 故に単純に倍の時間過ぎれば倍助けられなくなる性質上、本来こんな風に話し合っている暇すら惜しい筈だった。


 なのに、こうして無駄に時間を浪費する理由は。


「だからこそ……“勝手な事”は、まさかしていまいね?」

「…………ええ」


 有限の蘇生により生まれる優先順位。

 善意と悪意は時に両立する。

 白髪の男はネイルを軽く睨みつけたが、しかし返す言葉はネイルには特に何も無い。

 勝手な事とやらは“まだ”していないが場合によってはする覚悟は幾らでも彼にはあった。


 それだけ世の中は時に複雑で誰もが納得できる形にはできていないという事だ。


 ここには国王の姿も無いのだから。

 重要な役職の席も歯抜けのように空いていた。


「その件はこちらに一任させてもらおう」


「──巫山戯るな!!」

「か、会長……っ!?」


 白髪の男はネイルの反抗に意外そうな顔はしなかった。

 しかしネイルの隣に座っていた美化委員長のフラウが見兼ねて彼の暴走をいち早く止めに入る。

 この場に冷静でいる者は実は居ない。

 ただ、大人達は長い人生経験から本心を隠すことに少しばかり長けていた。


「……それは私情か? 生徒会長」

「国を……世界を考えてのことです!! そもそも、前線で戦うのは私たち魔法を操る者だ!」


 彼の言葉に嘘偽りは無い。

 しかし、その顔は私情に塗れていると誰もが見て取れた。

 この提言を断ろうものなら今すぐこの場の全員を殺すと脅し出してもおかしくはない程に。


 しかしそれはあまりに悪魔的思考であり、秩序を無視した破滅に向かう行動である。

 それを彼もわかっているからこそ、話し合いの前にノノアに蘇生させる事を意図的に避けた。

 

「ふむ。その子供達の多くも魔獣相手に良いようにされていたようだが……」

「…………ッ」

「まあ、良い。聞くだけは聞こう。そもそもどれだけ生き返るかも分からんのだ」


 白髪の男は徐々に態度を大きくし、逆にネイルはどんどん余裕を失っていく。

 周りの大人達は難しい顔で考え込むように、しかしこの場はこの白髪の男に任せることにした。


 国王がここに居ない今、その代弁者を誰が務めるかは決まっていなかった。

 正確にはそれも一応決まっていたのだがまるで狙ったようにその役を担うものがこぞって殺された。


 頭が居なければ人間は正しい判断を出来ないだろうと、舐められていると同時にそれは少しの事実である。

 その体裁の悪い事実を霧の中に隠すように、白髪の男は表情を隠しながら子供に対し舌を振るった。



「それと、ユーロ・リフレインについては今後第四の悪魔の配下、魔人として取り扱う」



 その言葉に会議室内に大きな反応は無い。

 誰も驚く事はなく、しかしただ一人を除いて正当な評価として受け入れる。

 その一人とはネメシスの事であり、彼女はずっとぼんやりとこれからの事を考えていた。


 そんな中、次第に会議は解散を告げられる。

 しかし大人以外は誰も席を立とうとしなかった。

 考え無ければいけないことがあまりに多すぎて、その癖嫌な記憶が脳裏をよぎって邪魔をしてくる。


 ……しかし、そもそも話は前提にまで遡るのだ。



 本当に、最後まで一人の犠牲もなく全ての悪魔たちに勝てるとでも思っていたのだろうか。


















──────────────────────────

────────────────────────








 むき出しの岩盤に湿った空気。

 居るだけで陰気になりそうな監獄みたいな洞窟。

 どう考えても人が生きるには適さない、墓場にも劣る岩とコケしかない光も届かない遥か地下の根城。


 オンブル海洋に位置する海底洞窟。

 ここは第四の悪魔、アスモデウスの秘密の隠れ家だ。

 海底六千メートルの海という自然の壁に護られた、たった六人の為の無敵の要塞。


『たっだいまーーッス!』

『…………』


『遅いわよ』

『……お帰りなさいませ』

『パパだー!』



 そこには、家族が待っていた。


 合わせて四人の義理の娘達。

 それぞれの個性でもって出迎えながら、しかし共通している事は一様に皆笑顔だった。

 歓迎の意だけは最大限に伝わって、ガルなんかはそのまま腰に抱きついてくる。

 俺はそれを何も考えず抱きとめて、前できなかった続きとして彼女の頭を優しく撫でてやった。


 すると、ベトリという感触が掌に付着した。


『…………』

『あっ……き、きたないかも……』


 彼女達はただ一人を除いて皆真っ赤で、色さえ違えばまるで泥遊びをしてきた様な空気感だった。

 中でも特に目に付いたのはミリである。

 彼女は今でも痛みを堪える様に肩を抑えていた。

 刀以外では出来ない傷跡からおのずとネメシスと戦った事が推測できる。


 今の彼女と戦って生き残ったのなら相当なものだ。

 そして、そうまでして俺を取り返そうとしたのかと。

 ガルは見たところ傷は無さそうだったが、だからこそ俺は深く考えそうになるのを無理やりに止めた。


『ミリ、治すよ』

『あ……いえ。私は別に後で……』

『いいから。死ぬぞ』


 彼女たちは人間じゃない。

 致命傷の度合いも人と同じ知識では宛にはならない。

 それでも少なくとも俺だけは、性質は違くとも人間としてみてもいいと昨日までは思っていた。


 けど、今はまるでそうは思わない。

 なのに俺は結局今ここにいる。

 他でもなく自分が望んだ結果の先で、罪を罪とも思わない人殺しの巣窟に自ら足を踏み入れた。


『……ありがとうございます』

『ガルは? ……怪我は?』

『ううん! 大丈夫だよ!』


 なら、誰を殺したとか、どれだけ殺したとか、頭が痛くなる程に怖くて聞けなかった。

 何時までも無視できるものでも無いはずなのに、無意味に俺は必死に現実から目を逸らそうとしている。


 罪は償うもの。ルールは守るもの。

 それはたった一度の例外すら本来許されてはいけない事である。

 でないとその世界に秩序は成しえないからだ。

 そして秩序の無い無法の社会には、それ相応のリスクと破滅が待っている。


『……アスモデウスは?』

『ママはこっちだよ!』




『ううん、ここにいるよ』




 彼女と会ったのは、この世界ではこれが初めてだった。


 ベリアルやマモンと比べれば余程人に近い、黒い髪と華奢に見える体躯に白い肌。

 しかし隠しようもない大きなピンク色の角と、黒い尻尾のせいでどう見ても人のそれに見えはしない。


 他の悪魔と比べても飛び抜けて特異な性質の、単体の実力は魔獣にも劣る見方によってはただの女の子。

 仮に今ここで彼女を裏切る選択をしたのならほぼ確実に彼女を殺すことは出来ると思った。


『久しぶりだね、ユーロ』


 しかし、それでは何も解決しないのだ。

 仮に第四を乗り越えられたとしても彼女の力がなければ第六以降は絶対に勝つ事は出来ない。

 それを彼女も分かっているからこそ、この世界、今この状況でこんな俺を信頼してその姿を現せる。


 そして今ここに来て改めて俺は思う。

 これ以外に勝つ為の選択肢はなかったと。

 それでも、矛盾も自身の罪も全て承知の上で、俺は俺より少し身長の低い彼女を見下ろした。


 出来るだけ冷たい目を意識して、出来るだけ納得が言っていないように。

 意識して浮かべようとしている時点で俺はもうとっくに人として壊れていた。


『……俺の全てをやる。だからこれ以上一人も殺すな』


 アスモデウスは嬉しそうに笑っていた。

 でも、俺の言葉を聞くと同時に少し悲しそうな顔を浮かべる。

 俺から感じ取れた少しの拒絶の感情には、後ろで見ている娘達も焦りを見せ始めた。


『あはは、いきなり?……もっと、感動的な再会を想像してたんだけどな……』


 少し照れたように、不貞腐れたように髪をいじるアスモデウス。

 その仕草に懐かしい感情が思い起こされる。

 何処までも人に似た人ならざる存在は、しかし彼女はこんな顔でも平気で人を殺すし追い詰める。


『答えは出たんじゃないの? 大切な人以外はどうでもいいんじゃなかった?』

『……ただ、間違っていたと気づいただけだ。気づいたなら、それを直すのが人間だ』


 否、人はそんなに崇高な生き物ではないし、そうあれる人は世界中見ても限られる。

 当然俺もそんな偉い人間じゃない。

 それでも、崇高にはなれずとも、そうあろうとする意思は気付きさえあれば何時でも誰にだって出来る。


 俺の答えにはアスモデウスはまるで慈しむように、母親の様に優しく微笑んだ。

 その身に角と尾が無ければ人の輪に溶け込み大衆を魅了しだしても何もおかしくはない。


『ふぅん……自分の罪を自覚した上で、貴方は変わろうとするんだね』


 魔獣の王は弱くともその資格を持っている。

 上に立つそれ相応の理由をその身に宿しているのだ。

 魔獣や魔人、それら全ての母。

 その根底が覆ることは生涯きっと無いのだろう。


『いいよ。ユーロが私達を愛してくれる限りはね』


 そして彼女は指切りをするように手を前に差し出した。

 ここで人間の約束の仕方を持ち出した事は、善意か悪意か俺には分からなかった。

 それでも、俺に今更選択肢は無い。

 俺も指を差し出し互いの小指を絡めて約束を誓い、そしてそれは生涯消えることの無い呪縛となった。



 俺は今日、全てを失った。

 代わりに世界で最も残酷な居場所を手に入れた。


 それは熱を逃がさず、冷たさも綯い交ぜになって。

 希望と呼ぶにはあまりにも暗く悲しい、破滅の運命にその身を静かに委ねた。


 アスモデウス達は笑ってる。

 彼女達はここまで全ての思惑が思い通りにいっている。

 結果それを利用する形にはなるのかもしれないけど、




 俺は確かに、昔一度は彼女を愛したのだから。






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