ユーロ@四
『そこまでだ』
ユーロは確かに私を守ってくれた。
その事実は間違いなくて、だから何もおかしくない筈だった。
最強の味方が最高のタイミングで駆けつけてくれた、ただそれだけの話の筈だった。
“気”を失ってまともに動けやしないけど、それでも二対一ならどうとでもなる気がした。
負けるはずも無いし逃がすはずも当然無い。
だから、何でユーロがそっちに立つのか、それが私にはどうしても分からなかった。
「ユ──」
『──パパっ!!』
『……迎えに来たぞ、サリア』
ユーロはサリアの横に降り立った。
彼が出てきた黒い穴にもどこか見覚えがある。
彼の肩に止まっている白い鳥には最近見たばかりの忌々しい紋様が大きく描かれていた。
その無防備どころでは無いサリアとの距離間に、しかしサリアはまるで攻撃の意思を見せようとしない。
それに関してはまだ多少は納得できる。
けど、ユーロが何もしないのが私は分からなかった。
「いや……え? ……え?」
『………悪い』
ユーロは何故か私に対して謝罪した。
しかし今欲しいのは謝罪ではなく説明である。
あの放送の後一体どこで何をしていて、どうしてこういう結論になるに至ったのか。
確かにユーロは悪魔を助けようとしていた節はある。
けど、こんな事を引き起こす連中を許すほど見境なかったとも思えなかった。
なのに、その一言で済むとでも思ったのか、彼は私に背を向けて黒い穴へと歩き始める。
その表情は何かを押し殺すようではあるものの、感情を消し去ったと言うくらいには真顔だった。
そんな顔は今まで一度も見た事がない。
記憶のない今の私には、彼の事が何も分からない。
『……帰ろう』
『えー!? えーーっ!?』
『くるるっ!』
「ちょっ、待って!? 待ちなさい!!」
これだけ大勢の人が死んだのだ。
そしてサリア自身も私の前で大勢を殺した。
ノノア一人でどうにか出来る範疇はとっくに超えていて、それを許してしまえばもう何でもありだった。
だから、考えられるとすればあの放送の件。
彼はこの戦いに勝てないと結論を出したのだ。
そして自分が行くしかないのだと勝手に考えて、要は自ら犠牲になることを一人選んだ。
実際、まだ十数分しか経っていないのにこれほどの被害、続ければどうなるか分かったものでは無い。
だとしても、それが正しい事だなんて思わないし、仲間を売って得る平和なんて微塵も要らなかった。
『…………』
彼は一応私の制止に止まってはくれた。
サリアは一度私を見て、ユーロを見てからまた私を見る。
その目は彼と私を見る時で全く違う態度を少しも隠さなかった。
白い鳥はまるで意思でもあるかのように、私を見ながら彼の頭を叩いている。
それは早くしろとでも彼をせっつくように、それに一瞬だけユーロは悲しそうな顔をした。
それらのやり取りの意味が私には分からない。
というかさっきからほとんど何一つわかっていない。
せめてちゃんと説明して欲しかった。
今日まで彼を引き止めた大切な仲間と、この戦いをこんなにも早く諦める理由を。
「どういうつもり……? まさか、本気でそっちに行く訳無いわよね?」
『…………』
「……何とか、言いなさいよ……」
私の困惑した様子は彼らに筒抜けてる。
元々顔に出やすいタチは多分一生治らない。
けど、それに関しては最近のユーロも酷い顔でまさに悩んでますって顔を四六時中してた。
でも彼にとっては難しい話なんだな程度にしか思ってなくて、それに最後は選んでくれると皆信じてた。
残る事が正解だとしか思ってなかったから。
賢い彼ならきっと正しい選択をしてくれると。
『これが俺の選択だ』
「いや……わかんないし……もっと、ちゃんと説明して」
『うっせーッスよオマエ。この死に損ないが』
サリアはこれみよがしに彼の腕に抱きついて、私のモノだと言いたげに舌を出して見せた。
私は別に彼に特別な感情は抱いていない。
でも、彼にはライラっていう特殊で素敵な彼女が居る。
ライラとはそこまで仲がいいって訳でもないけれど、恋人が居るのにいい様にされるユーロにはムカついた。
それはまるで自分だけが不幸みたいな面をして、周りの本当に大事なものに気が付かない。
知ってる。
それは少し前の私だ。
だから、他でもない私が教えてあげなくちゃならなかった。
「ユーロは勇者でしょ……? 世界が認めなくたって……だって、アンタが最初そう言ったから……っ」
『……この世界の勇者は、もう俺じゃない』
「そういう事が言いたいんじゃない! ……こう、始めた責任って言うか……ッ、だからその、とにかくアンタの居場所は──」
『もう、これしか無いんだよ』
ユーロはとても悲しそうな目をしていた。
取り繕ったようなポーカーフェイスも飛び越えて、必死に言いたい何かを堪えている。
言葉を選んでる。でもそれは間違ってる。
私達は言葉を選ぶような間柄じゃない。
彼は私の恩人で、仲間で、勇者で。……過去の恋人らしくて。
とにかく、言いたいことがあるなら全部さらけ出して欲しかった。
どんなに厳しくてもそれしかなくても無理難題でも、助けてと言われればどんな事だってしてあげられるから。
『くるる』
『……ごめん、行こう』
「なっ、……待て!!」
けど彼は結局私に背を向けた。
ろくに何も話さないまま、何も伝えようとしないまま。
ここに居るのが仮にライラだったら、ノノアやパスカルなら話はまた変わっていたのだろうか。
本当にこんな別れ方でいいとでも思っているのだろうか。
良いわけない。
誰も納得なんてしない。
「……ッ」
だから、今ここにいる私が何を捨ててでも彼の蛮行を止めるべきだと確信した。
ここに居合わせたのがただの偶然だったとしても他に居ない以上それは私の役目だった。
それに、私なんかより彼の方がよっぽど皆に、世界に必要とされてるから。
「そんな簡単に居場所を捨てるな、馬鹿野郎……ッ!」
『…………!』
「分かってるわよ!!“皆”を人質に取られてるから従うしかないんでしょ!?」
「だったら、今すぐここでソイツを殺して! 今のままでも第四の悪魔に勝てるって事を証明してやるわよ!!」
気はなくなった。でも戦えないわけじゃない。
私はもうひとつの力を無理矢理呼び覚ました。
まだ完全に慣れたとは言えない代物でも真気解醒よりはよほど使いやすい。
でも、やっぱり大前提は気の有無で、今私を守るのはこの肉体以外何も無い。
失敗すればそれだけで肉体は崩れ散る。
でも、怒りのせいかまるで恐怖は感じ無かった。
「加速──!!」
狙いはサリア。馬鹿みたいに戦場で女の顔をしてる奴。
ユーロが来たせいかどう見ても完全に油断していた。
正直威力は先程までの最低レベルにも届かない。
けど、速度に至っては最高レベルにすら劣らない。
少し前、ネメシスの真気解醒を遠くに感じた。
なら魔人は確実に一体は減っている筈なのだ。
残りの二体、そして大元のアスモデウス、それさえ倒せば誰も傷つかなくて済む話。
そう、結局悪いのは悪魔だから。
人から選択肢を奪い、操る魔性の悪魔。
『ごめんな』
「────」
しかし結論から言うと、結局私は届かなかった。
目の前で一枚のガラスが飛び散るのをスローで見た。
いや、それはガラス何かじゃなくてさっきと同じ彼の作った無色透明なシールドだった。
それを突き破った拳は骨が砕けて血が滲み、でも二枚目のシールドで難なく止まってしまう。
でも、痛みを感じる前にユーロがすぐに治した。
そして、そんな矛盾した彼の目が私を覗き込む。
『ディープ・フィア』
その目は悪魔の様に黒く染まっていた。
その闇の奥に術式の瞳が光り輝いている。
至近距離で闇魔法に晒されて、肩に置かれた彼の手が嫌に熱く感じた。
まるで眠る寸前のように全身から力が抜けて、でもそんな場合じゃないと私は必死で抗った。
でも、私はネメシスみたいに特別じゃない。
僅かな抵抗も虚しく意識を手放した。
最後、倒れる私を抱きしめる彼の腕の中に、どこか言いようのない懐かしさを感じながら。
──────────────────────────
───────────────────────
『殺したッスか?』
『……いいや』
静かに彼女を床に寝かせる。
傷一つ付けないように、高価な宝物でも扱う様に。
随分久しぶりに抱えた彼女の体は不安になるくらい軽くて胸が締め付けられた。
彼女は今幸せな世界を夢見ている。
そういう風に調整して、それが俺が彼女にできる意味の無い最後の手向けだった。
今だけは辛い世界を忘れて欲しかった。
なのに、彼女の寝顔は辛そうなままだった。
『くるる』
『ああ、もう行こう』
『もー、おーそいっスよー』
無邪気な顔をして、でも数分前まで人を殺していたサリア。
彼女の青い髪は真っ赤に染って、でもまるで普通みたいに気にせず笑ってる。
ロイゼもガルも、ミリもアスモデウスも。
皆確実に狂ってて、だからこそ俺はこっち側だった。
『…………』
何がしたかったんだろうか。
何をずっと迷っていたんだろうか。
早く決めないとこうなる事を何処かで分かっていたはずなのに。
いつまでもフラフラと左右に揺れて、その癖大勢の人を殺させた挙句それすら許そうとしている。
俺は間違いなくこの世界の勇者なんかじゃない。
なんなら、“あの日”からもうその資格を失っていたのかもしれなかった。
本心では大事な人以外はどうなってもいいだなんて、それじゃ利己的な悪魔と何ら変わりない。
だから、俺はここに全てを捨てていく。
その代わりに、“皆”の命だけは救うから。
シーラが言った“皆”には世界中の人が含まれてる。
けど俺の言う“皆”はもっと歪で限定的で、とてもじゃないけど胸を張ってまで誇れない。
……神様がこの選択を見てなんと言うかは、今の俺にはとても分からないけど。
『さよなら』
最後に、今あるありったけの魔力を回復系統に変換させ、範囲も威力も絞らず雑にばら蒔いた。
全ての人に、せめて隅まで届く様に。
サリアもアスモデウスも止めようとはしなかった。
それでも死んだ人は生き返らない。
そんな綺麗な力は俺には無い。
それでも、せめてもの償いが無関係な人達を少しでも救いますように。
最後の気休めの自己満足にしては、その魔法は太陽のように皆を包み込んだ。




