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億回死せるは、偽勇者〜バッドエンドの集束地点〜  作者: つきらゆ
王女に捧げる薄弱生離
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収束?




 空の闇は未だに晴れていない。

 しかし事態に動きがあった事は誰もが察した。


「軽傷の人はこっちに集まって!!」

「あわわ、鎮痛剤鎮痛剤……!」

「そこ邪魔! 場所開けて!!」


 血の匂いが充満した白い施設。

 近辺で最も大きな総合病院はそれでも未だに人と混乱で溢れかえっていた。

 多種多様な国柄、多種多様な年齢層の避難民。

 しかし医療に回る側は総じて若く学生服を着ていた。


 彼女らは走り回ってヒールをかけ、包帯を巻き、まだ動けるものには上に重なってでも場所を開けてもらう。

 それでも尚足の踏み場も無いほどに無茶苦茶な程の数がここに避難してきていた。


「人手が足りない……!」

「人はこんなにいるのにね」

「そこ、泣き言言わない!」


 この国の医療は歪である。

 それはどんな医学や薬に手術もどう足掻いても魔法には適わないからだ。

 基本的には各地の病院はほぼ窓口的な要素でしかなく、実際の治療には学生の魔術師へと案内される。

 治癒魔法が付与された魔道具もある事にはあるが緊急時用で数はそう多くない。

 今もとっくにその全てを使い切り、しかし不幸中の幸いか各地の学生も大勢ここに集まっていた。


「ミラさん! これここに置いときます!」

「ありがと」


 その中でも特に有名なのはルフレ魔術学園である。

 丁度居合わせた保健委員長のミラは誰よりも適任だとここの統率を取らされていた。


 しかし第一次進行の時も充分酷かったがそれとは比べ物にならない数の怪我人がここには溢れている。

 足の踏み場も無い様な密集した状況下、施設内部はロビーまでもが怪我人で埋め尽くされていた。


 次第にミラは限界を感じ始める。

 丁度そんな折だった。

 外は不自然な程に静まり返り、聞こえていた魔獣の雄叫びがいつの間にかなりを潜めていた。


「──おい! 魔獣が消えていくぞ!!」

「え!? うそ、終わったの……!?」


 嬉々として中へ走ってきたのは病院を覆うようにシェルターを作っていた土系統の魔術師達だ。

 彼らは最も外に近い事から外の状況にいち早く気が付く事が出来た。

 彼らは一度外の様子を伺って、その時もやはり魔獣が襲ってくるような気配は無かった。

 この襲撃の詳細を知る者はここには居ないが、それでも終わったと考えるには充分だった。


「良かったぁあっ……! 生き残った……!!」

「助かった……!ありがとう! ありがとう!!」

「い、いや…………僕達は大した事は……」


 その朗報に呼応するように脅えていた大人達が歓喜の声を上げ始める。

 次第にその声は施設内部に広まって守ってくれた生徒たちに大勢が感謝や拍手を送った。


 こんな世界にしては綺麗な光景だとミラは思う。

 感謝の声はミラたちにも向けられていた。

 しかし不思議な事に喝采を浴びているシェルター担当の生徒達はどこか顔色が悪かった。

 ミラはそれに安堵よりも強い困惑を感じながら、今はまだやるべき事があるとその違和感を吐き捨てる。


 少なくとも助けを求める人はまだまだいる。

 戦いは終わっても、医療班の仕事はむしろここからが本番だ。

 既にお祝いムードの施設内に、ミラは遠目にその成り行きを見守りながら外へと向かった。


「はぁ……失礼」


 胴上げすらしそうな人混みにそんなに元気なら少しは手伝えと思う。

 とはいえそれはただの感情論でしかなく実際素人に手を出されて困るのはこちらの方だった。


 ひとまず追加の怪我人が居ないか把握する為建物の外に出ようと足を進めた。

 時折元気そうな人の上を失礼したり、足の踏み場を探しながら人の間を縫って行く。


 結果論、行くべきでは無かったのだろうか。

 ロビーを出た瞬間ミラの足は勝手に止まった。


「え」


 シェルターは既に取り払われていた。

 魔獣の姿は言った通りひとつも見当たらない。


 代わりに、絶望した顔を貼り付けて固まった無数の死体がそこら中に転がっていた。


「…………まさか」


 死体は正直見慣れている。

 それでもミラは無意識に息を呑みこんだ。

 死体は円形に、それはまるでシェルターの壁に沿う様に広範囲に並んでいた。


 その目には確かな憎悪が宿っていて、それら全ての視線が今彼女に向けられている気がした。

 その恨みの矛先は彼らを引き裂いた魔獣か、それとも彼らを見捨てた自分たちにか。


 ドーム状に覆われたシェルターは、当然のように新たな人すらも迎え入れなかった。


「…………酷い」


 そんな指示はミラは一切していない。

 それでも少し考えれば分かる事だった。


 施設内にこれ以上人を迎え入れる余裕は実際無い。

 シェルターを維持していた彼らが独断に走る事にも頷けた。

 彼らの足元にまで非難民は密集していて余計に限界を感じた事だろう。

 人一人通れる僅かな穴を開けてもその隙をこじ開けられる危険と恐怖もあった。


 それでも、この人達はこの大きな目につくシェルターへと向かい息も絶え絶えにたどり着いた事だろう。

 そして、背後に迫る魔獣に怯えながら中へ入れてくれと叫んでいた筈だ。


 そしてその結果がこの有様だった。

 彼らの最後の怨念と叫びを彼らはその壁一枚を隔てて聞いていたのだろう。

 魔獣の雄叫びが消えた消えないの判断が着いたのならその声も当然聞こえていたはずだ。

 生き残ったのに顔色が悪いことにも合点がいった。


「…………」


 それでも、やはりミラは彼らを否定することが出来ない。

 その判断に救われたのは他でもないこの中に居る全員だったから。

 それでも、この光景を目の当たりにして、冷静でいられるほど人の死に無頓着で居られる筈もなかった。


 仕方が無かった。

 心の中でそう呟いた。

 そして、逆の立場だったらとも脳裏をよぎる。

 これを仕方ない何て言葉で片付けられたとしたら、世の中に医療なんて必要ないとミラは思った。


「ごめんなさい……」


 もう口も聞けない死体に頭を下げる。

 当然こんな行為に何ら意味はない。

 彼らの死に意味を見出す為には生き残った自分達が行動で示さなければならない。


 そしてミラはその罪から目をそらす様に、踵を返し中へと戻ろうとした。

 その顔は既に酷く疲れていて、まるで何かに取り憑かれているようですらあった。


「ミラさん! メイ達探してき──ッ!!」

「待ちなさい」


 その際、すれ違おうとしたルイの腕をミラは掴む。

 彼女もこの光景を見て驚き脚がすくみ、その隙に捕まえるのは容易い事だった。

 ルイは数秒黙った後に死体とミラを交互に見て、そしてどうしようもないくらい泣きそうな顔になる。


 目の前に明確な死を見せられて果たしてルイは何を思ったことだろうか。

 冷静になったり、激情したり。

 ミラ自身その気持ちは痛い程に分かる筈だった。

 それでもミラがルイの行動を肯定してしまえば、命の重さに差をつけてしまう事になる。


「駄目よ。やるべき事を放棄しないで」

「……っ、で、も……」

「それぞれに役割がある。私達は、ここでこれ以上の犠牲を増やさない」


 外は生徒会や他の委員会が何とかしてくれる。

 ここに居ない保健委員のメンバーも今頃どこかで活躍している筈だ。

 実際、生徒会は最初ここに拠点を作った後ミラに指揮を任せた上で数名の生徒を連れて外へと向かった。


 その上で役目を放棄する事は彼らを信用していないも同義である。

 それに目の前には助けを求める人がまだまだいる。

 ルイの力はどう考えても必要だった。


「分かってね。きっとメイとノノアは大丈夫よ」


 大丈夫だなんて言ったのはただの気休めでしかない。

 実際、正義感の強いあの二人がこの状況で大人しくしているとも思えなかった。

 ルイと比べて付き合いの浅いミラでも何となくそう思うのだ。

 その上外の状況がこんなことになっていれば、ルイの心配は余計に強くなった事だろう。

 それでも、賢い彼女なら分かってくれるだろうと信じてその手をミラは離した。


「…………」


 その信頼は果たして間違っていたのだろうか。

 ルイは、数秒迷った挙句首を横に振った。


 最後、涙を溜めながらでもその目には覚悟が宿っていて、




 そして結局、頭を下げてから走って行ってしまった。




「…………馬鹿」


 羨ましいとミラは思った。

 心のままに突き進む事もまた誰にでもできることでは無い。

 要は結果だ。

 ここで彼女がメイとノノアを見つけ出せれば、正しいのは彼女になるし逆もまた然りである。


 それが責任というものだ。

 自分の行動に責任を取るという事だ。

 どちらも正しいなんて言える余裕が無いのはこの残酷な世界が根本的に悪かった。

 本当はどちらの考えも間違っていない。

 どちらも人を助けたいという心から来るものだから。


「上手くいかないわね……何もかも」


 この結果に行き着いたのは誰の選択で、本当にどうしようも無かったのかと。

 何処かにもっといい方法があったのではと他人事の様に思わずにはいられなかった。















─────────────────────────

──────────────────────







「─────会長?」


 彼は今何を思っているのだろうかと、ミュタはその大きな背中に小さく声をかけた。


「…………」


 未だ空の消えない黒い闇。

 消えた無数の倒すべき魔獣達。

 やるべき事と立場と優先順位と、考えなければならない事は生徒会の仕事以上に山ほどあった。


 地面には火で焼け焦げた痕とは別に雷が落ちたような痕がそこかしこに強く残っている。

 紋章付きの魔獣は普通の生徒では手に負えない。

 それでも当然の様に魔獣の死体が転がっていて、でもそれ以上の数の人も死んでいた。


「……ミュタか」


 戦いは、多分もう終わった。

 たった凡そ十五分間の絶望は国の中枢に消えない傷を刻み込んだ。

 ルフレの生徒はベリアルの後また笑えるようになった。

 しかし、そこには勝利という希望があったからだ。


 今回敵はただ撤退しただけである。

 またいつ来るか分からない恐怖に今後怯え続ける事になる。

 それは最早負けと言っていいのではないだろうかと。

 未来と尊厳を同時に奪われた様なものだった。


「リフレインは? ……見つかったか」

「…………いえ」


 生徒会及び各委員会は、避難地の確保と救助、そしてユーロ・リフレインとノノア・エレノイトの捜索に当たっていた。

 前者ふたつは滞りなく上手くいっていたと思う。

 しかし二人は簡単には見つからず、そして道中人を助ける度に魔力は無慈悲にも減って行った。


 次第に自身らも撤退を余儀なくされようとして、丁度その時辺りから魔獣の影が消え始めた。

 魔獣は死んでも死体はそこに残る筈。

 だから死んだのでは無く逃げたのだと推察した。

 誰かが親玉を倒したのだとは到底思えなかった。

 先も言ったがたった十五分の事なのだ。

 悪魔の強さと恐ろしさはルフレの生徒ならよく知っている。


「……行ったのか」

「…………」


 そう結論づけるにはまだ早いのだろうか。

 いや、むしろ彼の普段の様子からして遅すぎるくらいだったとも言える。

 第四の悪魔の目的は人類を滅ぼすことでは無く、それは他でもない本人達が大声で言っていた事だ。


 その上でこれだけの被害を生み出されたのだから良いようにされた感がどうしても拭えなかった。

 そして、それほどの策士だからこそただこれだけで終わるともネイルは思えなかった。


 だから彼はずっと上を見上げていた。

 しかし次第に空の黒い穴も小さくなっていく。

 本当に戦争はこれで終わろうとしていた。

 それは今回の悪魔にとってユーロ・リフレイン以外本気でどうでもいいという事の証明だった。


 この後に待つのは少しばかりの平穏であり、しかしそれはあくまで一時的なものでしかない。

 それこそ周回の勇者ですら分からない程複雑に、そして見えない霧の中へと進もうとしていた。


「各拠点の委員長達に連絡を取ってくれ」

「……はい」

「ルフレにも応援を出せ」

「……はい」

「それと、姿が見えないがリグ達は……」


 ここでようやくネイルは振り返った。

 それはネイルにとっては不幸であり、ミュタにとっては幸だった。


 そこに居たのは黒く光のない瞳に、髪まで血で真っ赤に染った出で立ちのミュタだった。

 立てている以上その殆どは返り血で、しかし明らかに痛みをこらえるように脇腹を押えている。

 今にも倒れそうな程にその血相は悪く、しかし意地で何かを必死に堪えていた。


「…………ミュタ……?」


 ネイルは一瞬思考が停止した。

 珍しく動揺したように手が震える。

 無意識にその手をミュタへと伸ばすと彼女は身を委ねるように力を抜いた。


「ノノア・エレノイトさえ、見つかれば……無事です」


 その抑揚のない声は希望を嘯いた。

 直接何があったのか言わなかったのは、言わないのではなく言えなかったから。

 “それ”を最後口に出してしまえばミュタの中の何かが壊れる気がしたから。

 その矜恃に、しかしとっくに壊れかけている事を当の本人はまるで気づいていない。


 もう助からない。

 ネイルはどうしようもなくそれを察した。

 無意識に強く血が滲むほど拳を握りしめ、しかしその程度で気分は晴れてはくれない。

 それでも、ミュタは“それ”を見つけた時自分がしたのと同じ行動をとった会長に。


 最後、静かに一筋の涙を流して眠るようにその息を引き取った。


「────」


 それは頬に着いた血と混ざりあって赤い涙のように地面へと零れ落ちる。

 胸の中で大事な人が死ぬ感覚。



 今度は、全部、間に合わなかった。




「─────何が……あったんだ……ッッ!!!」



 胸に抱きとめるように死体を引き寄せた。

 その血で汚れようと何一つ気にならない。

 怒りで頭が沸騰する感覚を覚え、このまま行けば血管が切れると他人事のように思った。


 思考が真っ白になる自分と同時にそれを俯瞰して見ている自分が遠くにいる。

 雷に変換された魔力が無意識に迸って辺りに中級魔法並みの傷を刻み込み始めた。


「巫山戯るなァッッ!!!」


 こんな事が許されていいのだろうか。

 こんな事をする悪魔と本気で仲良く出来ると思っているのだろうか。

 価値観が違いすぎる事は顔をつき合わせる毎に薄々感じていた。


 あの男はもう根本から駄目だったのだ。

 そしてそれを証明するように悪魔に身を渡した。

 望む望まぬはもう関係ない。

 そんな甘い事を言っている様な余裕はこの世界には無いのだから。


「アスモデウスッ!!!」


 大丈夫、ミュタ達はまだ間に合う。

 ノノアさえ見つかれば全てが元通りになる。

 ただそれでもこの感情を、この凄惨な記憶全てを無かったことに出来はしない。


 あの男はきっと、様々な葛藤の果てにあちらへ向かう決断をしたのだろう。


 ならば次会う時はお前は敵だと。その覚悟も当然した上での結論だろうと。



「────俺が貴様らを殺してやる!!」



 誰よりも肩を並べていたいと思ったその男を、この手で殺す事にもう迷いは無かった。




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