ガル@四
とある建物の屋上に一人の少女がいた。
辺りに少女の他に生きた人の気配は無い。
しかし死んだ人なら幾らでも転がっていた。
その中に迷子と間違う程に年端も行かない少女が、戦場と化した空の下で一人佇んでいる。
彼女の視線の先には大きな煙が上がっていてまるで大きな化け物のように風下の少女を飲み込んだ。
少女は手に持っていた大きな丸い玉を足下に置き、まるで絶望する様に地面にへたり込んだ。
少女は今にも泣きそうな顔をしていた。
それは煙が目に染みたのか又は何か理由があっての事なのか。
それでも少女はその煙の先を見ようと目を凝らし晴れるのをひたすらに待った。
誰が見たってそんな隙だらけの彼女の背後。
当然の様に一匹の魔獣が降り立った。
その少女四人分はありそうな大きな図体をした、四つ目の黒い猫の不気味な魔獣。
少女はそれに気づかず未だに下を見おろしている。
図体の割に静かな足音を立てながら、その魔獣は少女に近付き──
そして、寄り添った。
『……ま、まずい』
少女は、ガルは目的があってここに居た。
それは最愛の父を取り戻す為の任務であり、最愛のママに与えられた役目によるものだった。
それは言ってしまえばただの時間稼ぎである。
魔道具の花火に手を出そうと思ったのは、最初ただ面白そうという好奇心でしかなかった。
空を色とりどりに染めるその玩具は、ガルの期待通り地上にも赤い花を咲かせてくれた。
そのせいでいつの間にか興が乗ってしまって、気づけば「おあずけ」を言い渡されていた人らしき者まで吹き飛ばしてしまった。
それは、パパの大切な人らしかった。
浮気は本当は絶対ダメなはずなのに、ママには神妙そうな顔で殺しちゃダメと言われて来た。
『うぅ……パパに、ママに嫌われる……っ』
それは少女にとって最も絶望的な事だった。
やっと手に入れた理想の家族。
それがまた崩れると考えただけで頭が沸騰しそうになるほどパニックになりそうだった。
ガルは難しいことは殆ど理解していないが、ママとロイゼとミリが練った作戦である以上パパは帰ってくると確信していた。
だからこそ無意識に想像してしまう。
あと少しで帰ってくる家族の団欒の中。
ママとパパ、大好きな姉達に囲まれて、そんな幸せな光景は崩れ去り。
自分だけ仲間はずれにされて家の外の犬小屋で魔獣と過ごす、そんな有り得る未来を想像した。
『うぅぅ……死なないで……死なないで……』
ガルはいつの間にか傍にいた黒い猫に抱きついて顔を埋めながらその願いを口に出す。
人を好きに殺しておいて気まぐれに生を願う、実に悪魔らしい思考回路だった。
果たしてそんなガルの願いは届いたのか。
ゆっくりと煙は晴れ始め、彼女は恐る恐る顔を上げてその先を覗いた。
人は自分と違って簡単に死ぬ。
ほぼ絶望的な希望を抱いたその先には、しかし記憶と違い高い土の壁がそり立っていた。
『……ん?』
先程までそんなものは無かった。
幾ら記憶力の弱い自分でもそこまで脳みそは腐りきっていない。多分。
魔人は死んだ時から一切歳を取らない。
気も遠くなる程の昔、ママ達と一緒に封印される千年前から何ひとつガルは変わっていない。
永遠と力をママに付与されて、そして最も欲しかった優しい家族を手に入れた。
要は未だ新鮮な十代の脳みそだ。
一体何が起こったのかと目を凝らしていると、土の向こうから覗いていた顔と目が合った。
『!…………生きてたっ!』
今は間違いなく戦争中である。
仮にどんな思惑や行き違いがあったとしても、一度引いた引金による連鎖は誰にも止められない。
つまり、既に和平の道は無い。
だと言うのにガルは相手が生きていた事に戦場のど真ん中で満面の笑みを浮かべていた。
そしてそれが逆に異様さを引き立たせる。
人を殺し、人を爆撃し、その癖笑顔を浮かべ追撃はしてこない。
魔人の気持ちが分かるのは所詮魔人だけである。
壁の向こうに身を隠す彼女達は、その幼い道化に内心恐れおののいていた。
「…………子供?」
「うぅ……っ、ぉ、おねぇちゃん……あじがどう……っ」
「サーシャ、泣くのは後にしてくれ」
本当に間一髪だった。
パスカルの必死の叫びとほぼ同時に着弾した花火の種。
間に合ったのはアテル自身警戒していた事実もあるが結果論殆ど奇跡のようなものだった。
三人を覆うように展開した土魔法は寸前の所でその命を守りきった。
にしたって本当に心臓に悪い。
一体何者の仕業なのかと疑って、そしてそこにいたのは年端も行かない子供だった。
それが本当にただの子供のイタズラだったらどれほど良かっただろうか。
それはそれで良くないのだが、この後行われるのが説教か戦闘かで大きく未来は違っていた。
「油断しない方がいい。あの子も魔人だ」
「……ですよね」
「うぅ……助けて……助けて……」
睨み合っている状況が続いている。
ガルに与えられた任務は当然パスカル達の知る所では無い。
そもそも三人は現状を正しく理解出来ていなかった。
いつの間にか戦争と殺戮が始まって、そして事件の渦中に居るのはユーロだという認識くらいだ。
知る由もないがガルは三人を見逃しても良かったし、アテル達はそのまま背を見せて走っても良かった。
しかし戦わなければ生き残れないと勝手に思い込む。
人と悪魔は意思疎通が出来ない訳ではなく、そもそも会話しようという前提となる意志がない。
その架け橋になれたかもしれないユーロの存在は、しかし同時に彼以外誰一人それを望んでいなかった。
「あれは、敵だ」
「…………」
パスカルの言葉に少しの迷いを切り捨ててアテルはすぐに動き出した。
いつも傍にいるシーラのせいで目立った印象は無いがアテルは遥かに高い土系統の適性を持っている。
この世界で最初にユーロと邂逅した時然り、初見殺しに近い技も幾つか持っていた。
あの時ユーロに敗れた事実は、しかし後から聞いた記憶というもので納得した。
だからこそ見下ろす彼女に効くかは掛けだったが、それでも試さない理由は何処にも無い。
「いきます」
「お願いじまずぅっ!」
土魔法は厳密に言うと土そのものを操る訳では無い。
足元の石畳で出来た地面に両手を添えて、限界まで集中すると同時に魔力を流す。
相手の位置は既に把握している。
その位置、そして生み出す結果を明確にイメージし、そして一撃で殺すつもりでそれを放った。
「──スキュア!!」
追撃が来ない理由はアテル達には分からない。
無防備に見下ろすその小さな少女と黒猫の足元から無数の尖った石が突き出した。
以前ユーロには土魔法で地面を抑える事で防がれたが、あんな芸当が出来るのは恐らく彼以外そう居ない。
今のように安全な位置からでも相手の命を奪える即殺に近い卑怯な魔法である。
だから、今回はただ相性が悪かった。
もしここにいるのがガル以外だったなら、強さに関係なくその命を屠れたかもしれなかった。
『わっ』
『に゛ゃあああ──!?』
突き出した無数の石で出来た棘は黒猫を串刺しにした。
しかしガルに当たったものは端から容易く折れていく。
その光景に思わずアテルは目を見開いた。そんなヤワな強度はしていない。
この相性の悪い巡り合わせは、果たして何処まで彼女に計算されたものか。
それこそ彼女にしか分からない事だったが、空を白い小さな鳥が回遊していた。
『…………にゃんこ』
ガルは自分の周りに急に突き出した地面を見て、そして死に絶え血に濡れた魔獣に視線をやる。
さっきまで暖かかったふわふわの毛並みは、しかし血でベトベトになって体温も急激に冷えていった。
動かないその身体にそっと触れて、するとふつふつと悲しみと怒りが湧き上がる。
しかしアテル達からすればそれは都合のいい話だった。
しかし、魔人にそんなことは関係ない。
そしてガルは思い至る。
殺してはいけない四人のパパの愛人。
今目の前にいる三人の内二人は、何も言われていない関係の無いただのモブだった。
ロイゼがパパを説得するまでの時間稼ぎ。
完了の合図はまだ来てない。
『決めた』
それに、ちょうど自分はそういった事が得意だった。
防御に極振りしたような能力のガルは、相手の懐に潜り込んでただ暴れる事が大の得意である。
故にガルは屋上から跳び立った。
推定十メートルはあるその場所から何の躊躇もなく身を投げ出した。
その光景を見ていた三人だが、しかしあわよくばと期待を抱いたのはサーシャだけである。
着地の衝撃と共に地面を陥没させて、三人のいる場所までその振動が伝わった。
それを見ながらアテルは再び魔力を練り始める。
しかし先程の初撃の手応えからして既に勝てる相手だとは到底思えなかった。
「……逃げる準備を」
「何時でも」
「ひ、ひぃ……っ」
可能なら命に変えても二人は守る。
その意志を込めてアテルは二人の前に躍り出て、しかしパスカルはその隣に並び立つ。
その手には赤い炎が灯っていた。
何時しか炉に火をくべる専用になっていた魔法には、三人で生き残る為の強い意思が宿っていた。




