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億回死せるは、偽勇者〜バッドエンドの集束地点〜  作者: つきらゆ
王女に捧げる薄弱生離
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因縁






「これは……」



 至る所から爆煙が上がっていた。

 全体を一望できる城の頂上、煙に交じって誰かの悲鳴と濃い血の匂いが漂ってくる。

 空に空いた黒い大きな穴からはとめどなく魔獣が溢れ出てきていた。


 太陽の光はその闇に遮られ、巨大な日傘みたいに世界を暗がりに誘い込む。

 

 そしてまた、何処かで爆発が起きた。

 しかし人混みのせいで誰もが逃げることすらままならない。


 魔獣は高所からの落下もものともせず、そして降り立つだけで十数人は軽く圧死した。

 空を飛ぶ魔獣は降下しては人を啄み、身動きの取れない空へ連れ腹の中へと納めていく。


 そしてまた、何処かで爆発が起きた。

 人の命が軽率に扱われている。

 永遠に続く趣味の悪い映画の様に、チープな絶望の演出は留まるところを知らなかった。


「…………ッ」


 そして、これに似た光景を私は知っていた。

 圧倒的な数による暴力の行き着く先。

 一体一体は悪魔に及ばなくともその厄介さは先の悪魔達にも決して劣らない。


 数と統率が生み出す脅威はそれこそ人間が長い歴史の中で証明してきた。

 言ってしまえば世界そのものを相手にしているような。

 ユーロが居なければまず間違いなく負けていた、あの光景がまた目の前で起きようとしていた。


「ネメちゃん!」

「フーコ……」


 正直、今日この日が来るとは思っていなかった。

 第四の悪魔の強みは数による分断と消耗戦である。

 だからこそ他の悪魔とは違い、この一同に人が会す機会は逆に安全とすら思っていた。


 それでも四月五月と立て続けに戦ってきて、あまりにハイペースな襲来に息付く暇もない。

 それに実際正解か不正解で言えば、間違いなくアスモデウスが選んだタイミングは正解だった。


 今の自分達でどうにか出来るのだろうかと。

 考える程に嫌な予感が拭えなかった。


 だからこそ先程提示された条件の内容。

 きっと彼の選択は──


『ご機嫌よう』

「…………!」


 その声は背後からのものだった。

 十分間合いと呼べる距離から、しかし気配らしいものを一切感じなかった。

 振り向きざまに飾り物の剣を鞘から抜いてその異様な軽さに不安を掻き立てられる。

 いつもの刀は城の入口で押収され今頃保管庫で眠っている筈だった。

 言葉を選ばなければ無いよりはマシ程度の装飾品。

 それでも、今はこれに頼らざるを得なかった。

 

「……お前は」

『お初にお目にかかります。……のは、どうやら私だけの様で』


 その顔に私は見覚えがあった。

 まるでメイドのような服装をした、二刀を腰に差した赤い髪の礼儀正しそうな女性。

 彼女は奇襲するでもなく優雅にスカートの端をつまんで深くお辞儀をしていた。


 それは余裕かはたまた目的あっての事か。

 名前と顔を覚えるくらいには強敵だったと緊張感が思い出させてくれる。


 それは同じ剣に命を捧げたもの同士。

 そしてその女は、ユーロの別の世界線での家族らしかった。


「ね、ネメちゃん……」

「……フーコ、おじさん、下がってて」


『大丈夫ですよ。貴方を前にして他を気にしている余裕は有りませんので』


 ミリは腰に指した刀を二本共鞘から抜く。

 口ぶりから察するに私に対する記憶は無いが、しかし同時に情報は筒抜けているようだった。

 四人いる魔人の中で唯一剣を使う彼女がここに居る事にもどこか意図的なものを感じる。


 一体一で負けるとまでは流石に思わないが既に手のひらで踊らされている感覚が拭えなかった。

 彼女の所作は記憶の通り相変わらず綺麗で、その無駄の

なさは本来戦うはずの来年の夏にも劣らない。

 


『ミリと申します』

「………ネメシス」


 あの時も始まりはこんな感じだった。

 ミリの長い赤髪と、私の長い黒髪が風で同じ様に揺れる。

 私は魔法が効かないが使えない。

 ミリは魔法が使えるが私には効かない。


 つまり、ただ剣の腕のみが勝敗を決める。

 実にシンプルでそういう展開は嫌いじゃなかった。


 だから複雑なものは今は置いておく。

 大事な人の大事な人を、今ここで殺す覚悟を決める。


「倒すよ」

『こちらこそ』


 言葉もそこそこ、それは互いに別の目的があるから。

 私は重たい豪華な上着を脱ぎ捨てて一足で彼女へ近づき刀を振り下ろした。
















──────────────────────────

───────────────────────





「きゃあああ!!」

「押すなよ!」

「早く行け馬鹿!!」

「誰か! うちの子が……!」


『…………ふぅん』


 阿鼻叫喚とはこの事を言うのだろうか。

 空から魔獣が現れて、爆発が起きて、目の前で簡単に人が死んでいく。

 記念すべき日になると思われたこの場所で気がつけば誰もが命の危機に立たされていた。


 誰だって普通は死にたくない。

 だからこそ我先にと、他人を押し退けてまで生き長らえようとする。


 他人を騙してでも、見捨ててでも、蹴落としてでも。

 それはその少女にとっても酷く当たり前の景色で、そしてこの世の心理であると同時に汚いものだった。


「おい! 何突っ立ってんだ!」

『ん?』


「早く行けよ! 邪魔だって言ってんだ!!」


 焦った顔をした一人の男性が往来の真ん中で棒立ちの少女を突き飛ばす。

 否、突き飛ばそうとした、だ。

 その青い髪が風で少し揺れただけで、その身体は不自然な程にビクともしなかった。


 焦った故の深く考えない行動に、しかしこの中の誰が彼を責められることだろうか。

 言ってしまえばただ運が無かった。

 肩を強く押した筈の男性はその手応えに思考が一瞬停止する。

 その間に少女は後ろへ振り返った。


 その顔は、酷くつまらなさそうな顔をしていた。


『気安く触んなっス。変態』

「は……お前、何──」


 それより先の言葉を男は何も言えなかった。

 それは恐怖とか言葉につまったとかそんなものではない。


 首から上が無くなった。ただそれだけの事だ。


 噴水みたいに血が吹き出して、密集していた近くの人を赤い液体が濡らす。

 ただでさえパニックだった事件の渦中で、その恐怖は未だに留まる事を知らなかった。


「きゃあああ!?」

「なん……っ、おまっ、何してんだ!?」


『はは……』


 蜘蛛の子を散らすみたいに少女を中心に空間が生まれる。

 しかしそれは近くの誰かを押し倒しその結果無理やり作られたものだった。


 一人だけ、その恐慌を成した一人だけがその雨の中で恍惚とした顔を浮かべている。


 彼女は復讐がしたい訳じゃない。

 人の悲鳴が特別好きな訳でもない。


 ただそれでも、人が食事を必要とするように、人を殺すのは自分の役目だと心から思えた。

 それが自分の記憶によるものなのか、魔人になってからなのかは分からない。

 ただそれでも、彼女の殺戮を止めるような良心の呵責は今や存在しなかった。



『───ほらほらほらほら!』


「なっ」

「ぃあ」

「あ゛っ」

「お゛ぉ」



 本来子供一人通れる筈も無い隙間を殺して肉塊にすることで無理やりこじ開けていく。

 数秒もしないうちに真っ赤に染まった自慢の青い髪に不快感を感じて首を降れば辺りに血が飛び散った。


 馬鹿みたいに強い力しか取り柄のない自分に器用な事も作戦を練ることも難しい。

 だが突き詰められた力の行き着く先は、見る人によっては機能美の様な美しさを感じさせた。



 その力は、何処までも人を殺すためだけに。



『……死にたくなきゃ、避けるッスよ!!』



 余波だけで簡単に人を死に追いやる一撃。


 しかし、それは何者かに受け止められる事で止まった。



『は?』








「────調子」



 その顔にサリアは見覚えがあった。

 しかしそれは前回の記憶によるものでは無い。

 サリア達魔人が抱える記憶は寝返ったユーロと共に世界を滅ぼす愉悦の記憶である。


 故にサリアが抱える目の前の女の印象はただマモンにトドメを指したうちの一人というもの。

 この魔法の世界ではめずらしい自分に近しい馬鹿正直な戦闘スタイル。


 受け止められる事で互いに繋がった拳から、やはり自分に似た何かを無意識の内に感じ取った。


『………っ!』


 とは言え、今はそんな事は関係がない。

 一時的に身を引こうとして、しかし握られた手はビクともしなかった。

 膂力で負けるなんて初めての経験だった。

 慌ててもう一方の拳を放ったが、それはその相手にとってはあまりにも遅すぎた。



 ──流転無手気功術



「 ────乗んな!!!」

『ごッ………ッ!?』



 流転無手気功術八番目の型、白苦。


 シーラの拳が、サリアの顔面を強かに捉えた。

 そのまま力の限り振り切って後頭部から地面に叩きつける。


 大きな亀裂が地面に走って、花火にも劣らない程の轟音が辺りの大気を揺らした。














──────────────────────────

───────────────────────





「はぁ、はぁ……!」

「うっ……おぅ……」


 他よりまだ人混みの少ない大通り。

 その理由は焼け焦げた地面と燃え尽きた死体が全てを物語っていた。

 人混みは無くとも人だったものは無数に転がっている。

 足を置く場所もままならないこの場所は、既に全てが手遅れになった場所の一つだった。


 なんとも言えない異臭が立ち込めており、未だに登る煙で視界が悪い。

 それでも全員が巻き込まれた訳ではなく逃げる人達もまだここにも大勢いた。


「──待つんだ、アテル!」

「はぁ、はぁ……っ、パスカルさん! でも、シーラが……!」



 その波に逆らうように三人の陰が走っていた。

 パスカルと、アテルとサーシャである。

 そして、先程まではここにシーラも居た。


 彼女は気で何かの気配を感じとったのか「逃げて」とだけ言ってから一人で何処かに消えた。

 静止も聞かず壁を走っていったシーラに、アテルは以前とは違うとわかっていても前回の記憶が蘇った。

 強くなって頼れる存在になった筈なのに彼女への心配の気持ちはむしろ大きくなっていた。

 

「彼女は一人でも大丈夫だ! 今はそれより──」

「お、ねえちゃん、パスカルさん、まっで……うっ」


 しかし、パスカルの叱責と妹の声で我に返る。

 少なくともこの面子の方が余程危険であり、その渦中に引きずり込もうしているのは他でもない自分だった。

 サーシャは、妹は既に息も絶え絶えで、運動不足が祟ったのか走っているだけで割と限界そうだった。


 先に二人だけで避難してもらおうにも二人は道中の魔獣を倒す術を持っていない。

 アテルにとっては二人も大事な人だ。

 残された最後の肉親と、その妹が最も尊敬してやまない人。

 出来る事ならシーラを追いかけたかったが、優先順位はこちらが少しばかり上回った。


「……すいません。……避難しましょう」

「う、うん……」

「待ってくれ。いや、避難は賛成なんだが、道中ノノア達を見つけたい」


 パスカルは先程までの進行方向から踵を返し、走りだしながら二人にそう言った。

 ノノアは勇者にも並ぶくらい重要な人物で助ける余地があるなら見捨てる訳にも行かない。

 この惨劇を無かったことに出来るのも彼女だけである。

 何処まで情報が割れているかは分からないが、敵ならまず一番にノノアを狙う筈だろう。

 

「連絡は?」

「繋がらない……嫌な予感がする」

「では、虱潰しに探すしかないですか?」

「そ、そんな……っ」

「……そう時間的余裕があるとも思えないな」


 パスカルは辺りを見回しながら走る。

 ここは城の正門前の大通り。式を見るにはうってつけで、一番最初に爆撃が起きた場所だった。

 そして左右には宿泊施設も多く立ち並んでいる。

 人混みはどう考えても傍から予測できたし、誰もが見られるなら部屋の中でゆっくりとみたいだろう。


「ノノアはメイと来てる筈だ。なら彼女がノノアを人混みに連れるとも思えない。彼女はパニック障害も併発しているから……ね!」

「はい」

「……彼女達は直前まで見に来るか迷っていた。だがその時点でこの辺の予約はもう埋まっている筈だ」

「な……なる、ほろ……ひぃぃ」

「……大丈夫ですか? サーシャ……」


 パスカルは二日前ノノアとメイと出会っている。

 それはただの偶然だったが、少しばかり近況報告の様な雑談を交わしていた。

 パスカルとノノアは互いに“諦めた者”として関係性はそこまで悪くは無い。


 時間が惜しいと死体や瓦礫を飛び越えながら、今できる推論で凡その位置を割り出していく。

 サーシャは相変わらず着いていくだけで精一杯だが、離れれば死ぬとわかっているから足は止めなかった。


「確か前日まで予約が空いていたのは……少し遠いが美術館方面だけだった筈だ」

「やけに詳しいですね……でも、そこから城は見えないのでは……?」

「花火は見えるさ」


 美術館近くの宿泊施設はここから十キロはある。

 しかしその道中には確実に魔獣がいると思われた。

 むしろこの辺りに魔獣が居ないのが不自然で、しかし察するに爆撃と被らないようにする為だと思われる。


 それでも第四の悪魔の最も厄介なところは数では無い。

 それらを全て統率し的確に相手を追い詰めるその策謀にある。

 必要だと思われればここにもすぐ魔獣は来るし、要は安全な場所など既にどこにも無いという事だ。


「………む」

「? ……どうしましたか」


 しかしそこでまた新たな疑問がパスカルに湧き上がった。

 地面や周りの人を焦げ付かせた跡。見渡さずとも目につくそれにパスカルは酷く見覚えがあった。


 火を噴く魔獣は当然居る。

 だから最初爆発はソイツらの仕業だと思っていた。

 しかしその広がった跡から推測して凡その発射点を目算で割り出した。

 そこには花火の発射台が鎮座していた。

 その発射口は丁度こちらを向いている。


「…………」

「パスカルさん……?」


 爆発は魔獣の仕業ではなく人に向かって打たれた花火によるもの。

 絶対の確証がある訳では無いが、何となくそれが事実だとパスカルは確信した。

 魔道具がこの結果を生み出したのだ。

 それはパスカルにとって何よりも憎むべき事だった。

 


 しかし悪いのは悪用する人の意思である。

 技術の発展が争いに用いられるのは有史以来止めようのない事だった。


 焼かれた人達の無念と苦痛に黙祷を捧げながら、パスカルはまた走り出そうとして──



 ふと思う。魔道具を使える程器用な魔獣は存在したかと。



 そして、その発射台の後ろに陰が動いたのを見た。



「──アテルッッ!!」

「は───」



 パスカルの悲痛な叫びは間に合ったのか。

 次の瞬間赤い炎が三人を飲み込んだ。

 それは何より熱く、赤く、轟音と共に地面に綺麗な赤い花を三輪咲かせた。




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