パレード
城下の大通りに歓声が鳴り響いていた。
魔法で象られた石造りの街並みに歩く事もままならない様な数の人が溢れている。
空には魔道具製の花火が打ち上がり何時もより多い数の出店が立ち並んでいた。
水路に足を付けてお菓子を食べる子供達。
大きな声で客を呼び込む大人達。
まるで祭りみたいな様相を醸し出しているここエタンセル城城下は今日、朝からずっとこんな調子で騒がしかった。
空は門出を祝う様に雲ひとつない晴天だった。
太陽は真上に上り詰め、熱くなった石造りのタイルの熱を時折風がさらっていく。
水路を流れる海の水も気温をさげて暑い炎天下も比較的快適だった。
魔道具を装備した警備が走り回って、こんな時でも手癖の悪い連中は次々お縄について行く。
混沌というか多種多様というか。一言では言い表せない光景が広がっていた。
けど、それはどれもこれも自分には関係の無い事だった。
今私はそれらを他人事のように上から眺めている。
しかし、深淵は覗くとナンタラと言うように、見渡せばそれらの視線は数万倍になって返ってきた。
それに怖気とはまた別の震えが背筋を襲って自分には無いと思っていた緊張を実感する。
こんなの“前”は一度も経験しなかった。
それがいい事なのか悪いことなのかは正直分からなかったけど。
『あ、あー……』
「────────────────────!!」
「うわぁ……」
盛り上がりは既に最高潮と言って良かった。
軽くマイクテストしただけでまるで音撃みたいな聞き取れない歓声が湧き上がる。
これが歓声と分かるからまだ良かったが、もし罵詈雑言だったら呪いにまで発展するような気さえした。
それだけ人の意志の集合体というものは強く、形のない力を持っている。
流石に若干引きつった顔をしてしまったが、物理的に距離が離れているお陰で表情が見えないから助かった。
「始めてくれ」
「あー、……うす」
後ろから声をかけられた。
そこには名前もよく覚えていない偉いおじさんが居た。
そのおじさんの背後には私の友人代表として、私より白い顔をしたフーコが震えながら立っている。
フーコには正直悪いけど、私はその顔を見て少しだけ平静を取り戻す。
それを狙った訳では一応なかったが無理言ってつい来てもらった甲斐があったというものだ。
「勇者ー!!」
「結構可愛くないか?」
「めちゃくちゃ強いらしいぞ!」
「こっち向いてー!!」
「…………」
何と言っているかまでは聞こえない。けど、不思議と高揚感にも包まれた。
人混みの中にはルフレの制服を来た若い姿や、エタンセル以外の国の人達も見受けられる。
今から私はこの世界の勇者として産声を上げ、名と存在を世に知らしめるのだ。
今日は格式ある千年に一度の記念すべき日。
後ろの偉いおじさんには再三そう言われた。
「よし。………………?」
そんな中。
白い鳥が一羽、飛んでいるのが目に付いた。
それは何故かやけに印象深く、無意識の内に目がそれを追う。
しかしやがて太陽と重なってそれは何処かに消えた。ほんの僅か数秒の出来事だった。
けど、私はそれを羨ましいと感じた。
まるで自由のお手本の様な優雅な姿は思わずパレードを放って追いかけたくすらなってしまう程。
でもそれは人である以上出来ない事だった。
人にだって本来何処までも歩いて行ける足と知恵があるのに。
しかしあの鳥を今ここで追いかけられないのは今自分を雁字搦めにしているしがらみのせいだった。
今、自分はまさしく歴史の中心にいて。
主人公になった気分は、正直あまり好みではなかったけど。
「……ヨシ」
だから、精一杯考えてコソ練してきた、最強の挨拶でこの腐った世の中に一発かますのだ。
私は大きく息を吸い込んだ。
大丈夫。自由は案外手を伸ばせばそこにある。
『──私は、ネメシス・ブレイブ!!!』
歓声が一際山のように重なった。
『一発ギャグ、いかせて頂きます!!』
せめて、心だけは前よりもっと自由であれと。
─────────────────────────
─────────────────────
白い鳥が空を羽ばたいていた。
その優雅な白は青い空によく映える。
まるで自由の象徴の様なその姿は、俺には太陽と同じくらい眩しく感じて見えた。
人だって魔法があれば空を飛べるようになったのに、それでも自由の加護は終ぞ得られなかった。
だから、きっと根底はそこでは無いのだと思う。
やり直しという最も自由な力を得ていた俺ですら、今思い返せば自由を感じた時は殆どなかったから。
『は、離せーーー!』
「何よ、やらせれば良いのに」
「はは……」
その自由の御手本のような存在は今大衆の前で拘束されようとしていた。
彼女を見ていると境遇のせいにしている自分が情けなくなってくる。
彼女の後ろで頭を抱えている国王には悪いけど、最後にいいものを見れたと思ってしまった。
それに意外と民の印象も悪くはなさそうだった。
俺は今王城も城下も見渡せる城の別荘、ライラの自室から、言い方はわるいけど高みの見物をしている。
隣には俺をここに連れてきたライラが居て、つまらなさそうにベランダの手すりに凭れかかっていた。
『失礼! ……ゴホン、勇者ネメシスに、万歳!』
今日は、勇者お披露目のパレードの日だった。
認定式が終わり、大体的に告知も行き届いて、すると人は当然のようにその顔を見たがった。
まだこの世界には映像式の通信機は無いし、配備するにしても行き届かせるには経験で二年は掛かる。
結果、俺の記憶通りエタンセルの城でお披露目会件パレードが開かれた。
別にもっと早くても良かったのだが、認定式から間が空いたのはネメシスに所作等教える為だ。
「自由……か」
それを一瞬でぶち壊した彼女には最早尊敬の念が込み上げる。
この後ネメシスは魔道車で街を移動する予定だったが、この分ではそれはどうなるか分からないだろう。
城下に居る人達からは少し後ろに下がったネメシスの姿は見えない。
けど、少し高い位置にいるここからは角度的にその様子が見えた。
今丁度フーコと側近達に説教を喰らっているようでシルエットだけでも項垂れて落ち込んで見える。
結果的に自由は規律に阻まれようとしているが、それをつかもうとする気概は俺には無いものだった。
ふさわしいと改めて心から思える。
その過程が一発ギャグとは想像もしていなかったが。
「ねぇ」
「……なんだ?」
隣にいるライラがまるで楽しくなさそうに呟いた。
俺は出来るだけで平静を装いながら返事をする。
互いに視線はそのままで、どこか心に距離を感じながら。
二人の間に風が吹き抜けて、前までは風も通る隙間もなかった事を思い出した。
それが余計に寂しく感じられて、俺の選択の先にある未来への不安を掻き立てる。
「今、何考えてる?」
「……………………」
ライラの事と言えたらどれ程良かっただろうか。
でも、今日は俺にとってここに居る最後の日だったから。
だからこそ歯の浮くようなセリフを言ってもいいけど、だからこそ責任の取れない適当な事も言いたくなかった。
「皆、頼もしいなって」
「………何それ」
だから当たり障りのない事しか言えなくて、でもそれは心から出た本心だった。
ライラは言葉の裏を探るように目を細めて、結局その後はまた黙ってしまった。
状況を、少しばかり整理しようと思う。
今確定で目覚めているのは第四の悪魔だけである。
順番からすれば第三も目覚めて居てもおかしくは無いが、そもそも俺が勝手に着けた順番なので実は根拠はない。
逆に言えば第五以降が目覚めていない根拠もない。
だからこそ俺達はもっと焦って然るべきだった。
第六と第七に仮に奇襲を許せば強さなんて関係なく一瞬でみんな死ぬからだ。
だからアスモデウスの協力は絶対に必要だった。
その考えに至ったのはアスモデウス達に記憶があったから。
記憶がなければ仲間になる可能性は最初から途絶えていたし、何時ものように脳死で殺す事もできたと思う。
シーラに記憶が無いと分かれば簡単に友達に戻れた様に、俺にとって重要なファクターは記憶なのだと実感する。
それが普通なのか異常なのかは分からない。
何せこんなに周回を重ねている人も他に居ないだろうから。
そして、前回ミリ以外の魔人達と顔を合わせて、少なくとも俺への敵意が無いことが判明した。
仮に俺が二つの陣営の架け橋になれたなら、それはこの最後の世界で最も大きな希望になると思った。
しかし、協力は双方の了解を得なければならないのに未だ片方の納得すら得られていない。
アスモデウスとライラ達の協力は記憶や立場がそれを良しとはしてくれなかった。
それは悪魔だからとか、人を殺したからとか、全部どれをとっても正当なものでしか無く。
どうしたって相容れないものは存在する。
俺はライラ達の記憶の終点を知るからこそ無理強いは出来なかった。
だから、俺の前に提示された選択肢は、
勝つ為にアスモデウス達を選んで、ライラ達と生きる世界を捨てるか。
ライラ達を選んでアスモデウスを殺し、その先に待つ絶望に宛もないまま挑むか。
言葉にするとこんなものだった。
もっと言うと、皆を守る為に皆を傷つける覚悟はあるかというもの。
特にノノア何かは顕著で依存と自立の間を激しく揺れている。
今更こうして離れるなら、あのまま疎遠な関係を保っているべきだった。
パスカルだって先日本音を聞いた。そしてはっきりと俺の考えも否定された。
ライラは……ライラだってアスモデウスと協力出来るならした方が良いと分かってる筈だった。
それでも俺をこうして縛るのは、少なからずまだ俺を大切に思ってくれているからだろう。
だから、こうして俺が燻っていたのは、そんな皆を置いて離れる覚悟が無いからだった。
けど、それらは間違いだったとようやく気付くことが出来た。
それは一緒にいても、どの道もう皆を傷付けているから。
「風が……」
風が、少しだけ強まった。
ネメシスの再度の登壇は今のところなさそうだった。
しかしパレードはもう少し続くだろう。これだけで終わりは多分誰も納得しない。
しかし俺達に最後まで居座るほどの時間的余裕は無いし、ライラは今生徒会並みに忙しい筈だった。
それでもこうして俺をここに連れてきたのは、この光景を見たかったかのか、俺に見せたかったのか。
何にせよ、この位が丁度潮時だった。
今から学園に戻ってまた誰かしらの監視が着くのだろう。
別にその後でも何の問題もないのだが。
今隣に居るのは、ライラだけだった。
「…………」
俺は人類の味方。それはこれから先も決して変わることは絶対に無い。
仮にアスモデウス達が人類を殺す気なら、それは首を縦に降るまで説得するつもりである。
もしそれが不可能だとしれた時は、その時ケジメをつけるのは俺の役目だろう。
当然、それは考えるのも嫌な事だったけど、最低限俺がやらなきゃいけないことだった。
それは今だから言える浅い覚悟なのかもしれない。
けど、俺だってあれも嫌これも嫌と駄々を捏ねたいわけじゃない。
必要な事と悪いことの分別は着いている。
だからこそ、こういう選択肢を選んだのだ。
『それは、ハッピーエンドの為の我慢なんだろうね』
その先にまた仲間として皆に会えるのかは、今の俺には分かるはずも無いけれど。
けど大切だからこそ皆から離れる。
その選択は、そう悲観する程否定されるものでもないと思った。
だから、
「話があるの」
「話があるんだ」
二人の声が重なった。
俺とライラは少しだけ目を見開いた。
その目を見て、互いに大事な話だと理解する。
こういう時、大抵俺は彼女に先を譲ってきた。
懐かしさを感じながら今日も同じく目を伏せて、ライラは俺の意思を汲み取って先に口を開く。
いつもなら有無を言わさず先に話すのに、それは何か迷っているような印象を抱かせた。
「私は第四の悪魔を殺す」
「…………」
「でなきゃ魔王の復活だって早くなる。……それに、やっぱり私はアイツらを許せない」
ライラの決断は初志貫徹、ゆるがない、そしてどこまでも正しいものだった。
ライラは握った自分の拳を眺めながら、言葉の重みを捉えるように更に口の中で反芻している。
それは、そもそもやろうと思ったところで相当難しい事の筈だった。
だからこそ、その為には俺たち人類が迷わず心と力を合わせることが必要である。
「見失わないで……アンタは人間」
「…………」
「言って、アスモデウスを殺すと。……本当はダメだけど、それだけで私は信じるから」
『エタンセルに、人類に栄光あれ!!』
「──────────────!!」
ライラの背後で一際大きな花火が打ち上がった。
空気を読まないそれは、しかし腹が立つくらいに綺麗だった。
国王の音頭に歓声も留まることを知らなくて、なのに切り取られたみたいにここの空気は暗かった。
炎の光が激しく瞬いてライラの表情に影を作る。
暗がりに隠れたライラのその顔は、説得すると言うよりも懇願する様なものに見えた。
「俺はライラが一番大切だよ」
「…………答えになってない」
それはただの俺の本心だった。
確かに答えにはなってないがこれは今伝えなきゃいけない事だと思ったから。
ライラはそれに訝しげな顔を見せ、残念ながら俺の本心は伝わる事は無かった。
それでも、もうそれらを正直に話す事も、傍に寄り添うこともしばらくは出来なくなるから。
一緒に死ぬのと、別れて救うのと。
より可能性の高い方に手を伸ばすのはそれ程悪いことだろうか。
パスカルは可能性が低くても一緒にいて欲しいと言った。
ノノアは、俺がいる時だけ自傷行為をしないらしい。
ライラは、未だにこんな俺を必要としてくれている。
シーラは……俺と過した記憶は無いけれど。
「だからこそ、絶対に勝たなきゃいけない」
「だから皆で……」
でもそれではダメだった。
それはもしかすると、第四を乗り越えた事の無いライラには分からないのかもしれない。
ライラが縋って俺が迷っていた選択は、思っている以上に先の無い未来だったから。
「アスモデウスの協力は必須なんだ」
「協力する保証なんて無いじゃない」
それはきっと説明しても分からない、俺にしか分からない事だった。
アスモデウスは何よりも家族を大切にしている。しかしその家族の中に他の悪魔や魔王は含まれていない。
なぜ最初俺が彼女のお眼鏡にかなったのかは分からないけど、俺は間違いなくその家族の一員だった。
ガル達の俺を見る視線が思い浮かぶ。
あれでアスモデウスに記憶が無いなんて事はまず無いだろう。
だからこそ最悪の結果にはならないと考えて……こんな事は本当に根拠にもならない話だが。
「なによ……それ………、まるで……」
そして俺の答えにライラは行き着いた様だった。
ライラは酷く苦そうな顔を隠せないでいる。
俺は見たくなかったその顔を直視出来ず、ほぼ無意識に視線を逃がしてさ迷わせた。
すると、先程見た白い鳥が手摺に止まっていた事に気がついた。
白い毛並みの、赤い瞳の人懐っこい鳥。
花火からここまで逃げてきたのだろうか。
ずっと、こちらを興味深そうにながめていた。
俺はその視線に少しだけ寒気がした。
「……選んだの? ……そっちを」
「……ああ」
ポイントオブノーリターン。
引き返せない地点を、今確かに踏んだ気がした。
吐いた唾はもう呑み込めない。そして、考える時間は本来無い筈なのに嫌になるくらい作ってきた。
だからこそこの出した結論に俺は迷ってはいけなかった。
黙って離れる選択肢もあったのに、それをせず伝える選択を取ったのもまた俺だから。
理解や納得が得られるとは思っていない。
ただ俺が彼女には義理を果たしたかった。
「…………」
「…………」
沈黙が底なし沼の様に深く重たく身体にのしかかる。
ライラは、俺を見たり視線を外したり、そして最後に思い息を吐きながら目を瞑った。
それからまたしばらく熟考に入る。
俺は今離れるのはさすがに違う気がして、納得できなくても何か話したかった。
罵詈雑言でも、突き放す言葉でも何でもいい。
何ならここで俺を殺そうとしてくれたって文句は言えない。
「……………良いわよ」
「え?」
だから、その言葉の意味が俺には分からなかった。
主語が無いのはそうだがある程度は表情を見れば図ることは出来る。
ただライラの顔は俺を肯定する様なものでも無く、何か覚悟を決めたようなものだったから。
「どこにでも行けばいい」
それは投げやりとも取れるような吐き捨てる言葉だった。
でも俺はそれに傷ついてはいけなかった。
先に裏切ったのは俺の方で、傷つけた屑に傷つくような資格はなかったから。
けどそれはまた俺の勘違いで、思慮も思考も全然足りていなかったのだと思い知らされる。
それは恐らく、自己嫌悪から来る自身の価値への希薄。
その思いの強さを正確に理解出来ていなかった。
「私は今ここで死ぬから」
ライラは自分の頭に手を添えた。
それは鎖のように俺の心に絡みつく呪いの言葉だった。




