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億回死せるは、偽勇者〜バッドエンドの集束地点〜  作者: つきらゆ
王女に捧げる薄弱生離
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一度目の選択





「元気?」

「ああ」


 久しぶりの邂逅は、それとない会話から始まった。



 六畳の部屋、見慣れた寮の自室。

 装飾品何てひとつもない、けど思い出だけは無数に詰まった居場所の一つ。

 大会で優勝した金のトロフィーも、彼女たちに貰ったプレゼントも今ここには存在しない。


 記憶だけが義務のように引き継がれ、いつしか消える寂しさに飾ることを自然にやめていた。

 だから、次飾るなら最後だとばかり思っていたけど、その最後は未だ何も手に入れていなかった。


「ちゃんと食べてる?」

「食べてるよ、大丈夫」


 そんな部屋に先程までここにいたリグと交代で今ここにいるのは俺とパスカルの二人だけだった。

 彼女は器用に足だけで部屋の扉を閉める。

 その手には食事と、あと図面の様な折りたたまれた紙で両手が塞がっていた。


 彼女はそのまま料理を机の上に置いて、俺も先程押し付けられた生徒会の書類を横に退かす。

 言わずもがな、彼女が今から八時間程の当番なのだろう。

 俺をここに縛り付けているのは、錠でも牢でも無く“情”だったから。


「聞いたよ、ライラとまた喧嘩したんだって?」

「喧嘩…………まあ、そうだな。耳が早いな」


 最後、ライラと会ったのが三日前。あれから俺はこの部屋を一度も出ていない。

 今までの甘い考えに寄る行動は全て筒抜けだったし、そうなれば状況が厳しくなるのもまた当然だった。


 この停滞に意味を見いだせない俺と他数名、しかし頑なに俺の行動を制限しようとするライラ陣営。

 その真意の奥底までは図りしれないけど、俺目線ライラの思惑は上手くいっている様な気がしていた。


「………?」


 と、俺はふと気がついた。

 机に置かれた料理からはとても嗅ぎなれた香りがした。


「これ……」

「覚えてるかい?」


 ポトフがパスカルの手で目の前に置かれる。

 それは昔、パスカルが作ってくれたものと見た目と匂いが酷似していた。

 暖かい湯気が目の前に立ち登って、それだけでパスカルと過ごした記憶が蘇る様だった。


 二人でスプレンドーレに一軒家を借りて、魔道具開発にその人生を費やした周回の記憶。

 他と比べて少し異色ではあったけど今でも忘れられない大切な思い出のひとつだった。


「もしかして……」

「勿論、私が作ったよ」


 そう言いながらパスカルは隣の椅子に座る。その近い距離から機械油の匂いが漂って来た。

 けど、当然俺はこの匂いが嫌いじゃない。

 俺だって一時期は身体中にその匂いを染み込ませていたから。


 その笑顔が、匂いが、ありとあらゆる全ての所作が俺の古い記憶を強く刺激する。

 まだ数分しか経っていないのにやけに感傷に浸りながら、俺は冷めないうちにスプーンを手に取った。


「頂きます」

「どうぞ」


 あの時は、正直楽しかった。

 実際、当時もそんな場合ではなかったけど本心にはどうしたって嘘は付けずにいる。

 戦いからも悪魔からも目を背けて、年中家に篭って魔道具の研究、開発、また研究。


 偶にまだ被害の及んでいない国の研究成果を見に二人で遠征にも行ったり、そこで騒ぐパスカルを抑えたり。

 ベリアルやマモンがスプレンドーレに攻めてくる短い間だったけど、繰り返す内に途方もなく長い付き合いに自然となった。

 

 パスカルは魔道具で言えば正しく世界最強だった。

 一年かけて引き継いだ研究成果を口頭だけで十、理解する。

 だから振り出しに戻る感覚も殆どなかったし、なんなら置いていかれないようにこっちが必死ですらあった。


 そんなモノづくりの天才である彼女が料理が得意なのも考えればある意味必然な事かもしれなかった。

 物を作るという点では魔道具と同じだし、何なら、始まりが違えばそういう道もあったのかもしれない。


「……美味しい。さすがだよ」

「それは良かった」


 想像通り、記憶通りの味だった。

 ただ、もう食べることもないと思っていたせいで余計に味わい深く感じる。


 その間、パスカルは頬杖を付きながら俺の事を楽しそうにじっと眺めていた。

 俺は少し照れながら目線をそらすけど、お構い無しに横から視線を感じ続ける。


 あまりに穏やかで優しい空気が流れているせいで、今だけは色んな事を忘れてしまいそうになった。


「そうだ、後で少し意見が欲しいんだ」

「それか? ……俺でいいなら、いくらでも」

「助かるよ」


 それはやはり図面の様だった。一瞬広げて、また元に戻して机の端に置く。

 「どうも上手くいかないんだ」とパスカルはつぶやきながら、彼女もポトフを口に運び始めた。

 今のパスカルで上手くいかない代物に今更俺がなにか助言できるとは正直思えない。


 けど、こうして気兼ねなく頼って頼られて、そんな無条件の関係は存外居心地が良かったから。


「そういえば……話は変わるけど、泥棒の件は落ち着いたのか?」

「待て、それは心外だよ」


 どうやらそれはまだ納得いっていない様だった。

 泥棒の件とは、少し前の予算の前借りの話である。

 いずれ自分のモノになる賞金だからと金庫に忍び込み、結局それは会長には既にバレているという話を聞いた。


 その成果は残念ながら粉微塵になってしまったが、あの時ノノアを連れてきてくれなければ恐らく負けていた。

 その点は間違いなく考慮されるべきであり、でもあの会長に融通が効くイメージもあまり湧かなかった。


「まぁ、一応条件付きで許してもらったよ」

「条件?」

「うん。そうだ、はいこれ」


 そう言ってパスカルは自分のポケットをまさぐって、何か板状の物を俺の前に差し出した。

 それは俺にとっては酷く見慣れたもので、しかしこの世界ではまだ日の目を浴びていないものである。


 遠距離通話を可能とする、電気・空間系統を付与された魔道具、パスコール。

 しかしはいと渡されて受けとったものの、これは没収された俺の物ではなく見たところ新品だった。


「今スプレンドーレの田舎の工場で増産体制に入ってるんだ。その総指揮を任されてる」

「えぇ……」

「まぁ、それこそパスコールで聞かれた事に答えるくらいだけどね」


 驚いた。と言うよりか心配の方が勝った。

 パスカルは才能も判断力もあるし、むしろ若い芽に権限を与えた上の判断がすごいと思う。


 ただ、パスカルはそういった縛りが嫌いで、まあだからこそ罰と言えるのかも知れないが。

 彼女が責任ある立場や役職に着いたのは数多の周回でも多分数える程度にしか記憶にない。


「因みにさ、相当な数の出資が集まってるみたいで、その工場付近に都市を移す計画も出てるらしいよ」

「へぇ…………それ俺に言っていいのか?」

「総指揮ってそういうものだろう?」


 当然だがそういうものでは無い。前々から犯罪意識の薄い事である。

 彼女の考えには些か同意しかねるが、俺が黙っていれば済むことなので目を瞑ることにした。


 そもそも他人を心配している余裕なんて今の俺には正直微塵も無かったから。

 何なら罪の度合いで言うのなら、人類を滅ぼす敵を逃がした俺の方がまだ悪いだろう。


「まぁ、そんな感じでこっちは上手くやってるよ」

「そっか……」

「そ。ネメシスが第三の悪魔の対処法も広めてくれてるし、ライラも…………まぁ、概ね良好じゃないかな」


 スプレンドーレの復興。

 勇者ネメシスによる悪魔の情報共有。

 第四の悪魔はライラが追って、パスカルが技術で下地を整えている。

 何かあってもノノアは一日に数十人は生き返らせれる。

 シーラは上手く行けば俺の記憶の、どのシーラよりもきっと強くなる。


 俺が、俺だけがこうして足踏みを続けていて、それでも世界はちゃんと前に進んでいた。

 だからいい加減、俺は自分の事に集中してこの曖昧な停滞から早々に抜け出すべきなのだろう。


 この最後の世界で死ぬ時に、せめて後悔だけはない様に。

 信じて託せる仲間はこれ程までに揃っているのだから。


「なぁ、パスカル」

「ん?」






「もし、俺が居なくなったら………後のこと頼めるか?」





 パスカルの、掬う手が止まった。



「…………」

「…………」


 緊張が形となって首筋を伝う。

 彼女はそのまま数秒考えるように固まって、そしてスプーンを置いて俺を見た。

 その顔はめずらしく困ったようなもので、しかし驚きの感情までは不思議と感じられない。


 それこそなんというべきか迷っているようで、もしかするとある程度予想は着いていたのかもしれなかった。

 そして今、俺の発言の真意を測りかねている。

 けれど、彼女の事なら今の言葉だけでも大体は察してしまうだろう。


「それが……ユーロの答え?」

「…………」


 俺は何も答えられなかった。

 それからまたしばらく沈黙が漂って、ただ料理だけが徐々に冷めていく。

 パスカルとの間にここまで気まずい空気が流れたのはもしかすると初めての事かもしれなかった。


 いつだって通っていると思えた心は、今やちぎれそうな程に限りなく細くなっている。

 それを細めたのは間違いなく俺自身で、今切ろうてしているのもまた俺だった。


「ねぇ、ユーロ」

「………なんだ」


「それはきっと、ハッピーエンドの為の我慢なんだろうね」

「………………」


 パスカルの双眸が俺を貫いた。その有無を言わさない視線に僅かに喉が鳴る。

 その的を獲た問いかけに俺は何も言い返せない。

 しかしこの場合の沈黙はただYESの意味でしか無かった。


「…………はぁ」


 パスカルはため息をついて俺から視線を外す。

 俺は、パスカルの事を誰よりも知っている。

 同時に素の俺を一番理解しているのも多分パスカルだろうと俺は思っていた。


 そして、彼女が俺の真意を一言で汲み取った様に、俺もまた彼女の考えを理解した。


 それでも俺は、やっぱり皆が大事だから。

 だからこそ、この選択になるのは必然だった。



 俺はただ、アスモデウス達を殺したくないだけじゃ無い。

 今後悪魔に勝つ為にはどうしても彼女の協力が必要だった。

 とにかく情報が欠落している今の状況で、仲間になる可能性がある悪魔陣営となれば無下にはできない。


 けど、皆が言うように両方と仲良くはできないのも、その感情自体は俺にも否定はできなかった。

 俺だって根底は感情で動いていて、だからこそこうまでグダグダと燻っているのだから。


「夢を叶えるための努力とか、嫌な事を我慢するのは良くあることだね」

「………ああ」


「でもね、私はそういうのが嫌いなんだよ。どうせなら過程も楽しくしたいじゃないか」


 それは俺の知るパスカルの生き様だった。

 けど、人生は普通そう簡単にはできていない。

 たまたまパスカルが魔道具が好きで、魔道具の天才で、言い方は悪いがそれらが噛み合っただけだ。


 誰だって願えるならそうありたい。けど現実がそうではないのは五つも生きれば理解出来る。

 そんな当たり前のことに気づけないパスカルじゃないし、それに今回に限って言えばパスカルは人の事を言えなかった。


「ならパスカルは、総指揮楽しいか?」

「…………いや」

「そうだ。そうなんだよ。……パスカルだって、他の皆もちゃんと勝つ為に本気なんだ」


 楽しさだけで人生は上手くはいかない。

 天秤にかけ、何かを捨てる覚悟をもたなければ前には進めない。

 今の俺がそうだった。

 人としての生を捨てきれず、又は悪魔の彼女達を捨てきれずにいる。


 本気で勝つ意思が有るのなら、俺は皆を捨ててでもアスモデウスの協力を仰ぐべきだった。

 この最後の世界において最も重要なのは悪魔が何時どこに現れるかの情報だったから。


「後を頼めるか……だったね」

「ああ」


 俺はそもそも天才でもない。

 努力を重ねる為の時間もこうして奪われた。

 そのうえで過程(心)を守る何て器用な事は、きっと俺には出来ないとこの数ヶ月で実感した。


 実際、皆を傷つけたくないからと一度話し合って、納得のいく形に落ち着いたと思ったけど。

 パスカルも、ノノアも、そしてライラも。

 きっと今、俺は誰の事も幸せには出来ていない。


 ならいっそと思う事は異常なのだろうか。

 ただ俺は、みんなを救いたい一心でしか無いのに。


「嫌だね。……うん、嫌だよ」

「…………」


「ただでさえ……………」


 パスカルは、一瞬寂しそうな顔をした。

 それはきっと俺の選択がそうさせていた。

 彼女が言うのを辞めた言葉の先に俺は酷く心当たりがあったから。


 きっと、パスカルはあの日からずっと我慢している。

 彼女は自分にとってのハッピーエンドまで捨てたのに。

 一度愛した彼女にそんな思いをさせていて、むしろまだ選べる余地があるだけ俺は恵まれていた。


 だから、俺の選択は実の所ほぼ決まっていた。

 ハッピーエンドの為の茨の道か、バッドエンドに繋がる甘い底なし沼か。



 ふとライラの泣き顔を思い出した。

 俺は、彼女をもっと泣かせることになるのだろう。



「……皆、傍にいて欲しいと思ってるよ」

「……ありがとう……ごめん」




 互いの言葉は、互いの心には届かなかった。

 近い様で遠く、とても寒かった。




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