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億回死せるは、偽勇者〜バッドエンドの集束地点〜  作者: つきらゆ
王女に捧げる薄弱生離
56/83

もっと






 音速を超えたシーラの拳が空気を切り裂いた。

 反動で彼女の骨と神経に鋭い痛みが走る。

 それでもシーラは更に一歩前に踏み出して、殺す気で目の前の相手にその拳を放った。


 吸い込むように放たれたその一撃は、相手の命を刈り取る勢いで突き進む。

 視認すら不可能な筈のその攻撃は、しかしシーラの予想に反して相手に届くことは無かった。


「威智阿ッ!」

「……そこ!」


 その拳は下から掬うようにいなされた。

 そのままがら空きになった胴にカウンターが伸びてきて、防ごうとするがそれはただのフェイントだった。


 速さで負けていると言うよりも常に行動を読まれ、そして知らぬ間に誘導されている感覚。

 戦っていると言うよりは、まるで狩られる獣の気持ちだった。

 そんな心境では余計に勝てるわけもなく、気付けば顎を下から打ち付けられていた。


「う゛……ッ!?」

「隙ッ!」


 しかしそれでも相手はまだ止まらない。

 そのまま服を捕まれ、斜め上に放り投げられる。

 突進の勢いは殺さぬままシーラは空中で回転し、その視界も目まぐるしく回転した。


 そしてシーラは回る視界の中に、自分より強いその対戦相手が動く様を捉えた。


 そこから先は全てがコマ送りの様にスローに見えて、けれどそれを避ける術はシーラには無かった。


「──威智阿ッ」

「おう゛っ…………!」


 そして、何かを掴みかけたシーラの思考ごと、その拳はシーラの腹を打ち付け吹き飛ばした。






「………………ぐえぇ……」

「ごめん、やりすぎた?」


 ここはルフレの広い運動場。

 今はまだ他の生徒は授業中の日の高い時間帯である。

 自ずと貸切状態になっているこの場所で、シーラとネメシスがいつもの様に修行に明け暮れていた。


 二人は既に生徒会権限で授業を免除されていて、参加は任意としてそれぞれに委ねられている。

 その結果ほぼイメージ通り勉強嫌いの二人は、こうして昼間っから定期的に集まることにしていた。

 時折そこにユーロも勝手に交えて居て、それが今彼の首を絞めている事には因みにまだ気づいていない。


「はい水」

「いい……のど通んない……」


 シーラはお腹を抑えながら無理矢理起き上がって、今更汚れるのも厭わず地面に座り込む。

 目の前で水を差し出す本来剣士の女は、汗をかき息は切らしているものの嫌になるくらい無傷だった。


 日に日に自分が強くなっている実感はあるのだが、それでも差は空いていく一方な気がしてならなかった。

 固有能力で速度は上回って居る筈なのに気付けば常に後手に回り続けている。

 まるで一手遅れて行動しているような感覚だった。

 気の扱いと、戦闘センス。あと経験も、ありとあらゆるものが負けている。


「はぁ……だめね……」

「弱気になると気も萎縮する」

「うぇ……何かどっかで聞いた話」



 シーラはネメシスの気功術の師匠だった。

 そんなネメシスは今、回り回ってシーラの師匠をしている。

 本人から教わった事をそのまま本人に伝えるという、言わば世界を跨いだ伝言ゲームの様だった。

 しかし結論から言えば今の所壊滅的だった。

 物事にはなんでも向き不向きがあるのは当然の事である。

 残念な事にネメシスに教える才能は無く、それを噛み砕いて自分のものにできる程シーラが要領が良い訳でも無かった。


「もっと気を使おう」

「それはそう」


 因みに気は魔法と相性があまり良くないせいか、ユーロ含めて二人以外はこの学園の誰にも使えない。

 探せば世界の何処かには使い手が居るのだろうが、恐らくシーラみたいに一子相伝の為、界隈は狭く情報共有もされていなかった。


 つまり魔法より圧倒的に母数が少なく、情報やノウハウが今二人の脳内にしか存在しない。

 加えて二人ともが生粋の感覚派で基礎以外の理論的な気の扱いは殆ど理解していなかった。


 それ故はっきりいって亀のごとき成長速度で、その事実は二人に、特にシーラに苛立ちを感じさせていた。


「空駆も結局まだ一度もできてないし。……あの時は何でも出来そうだったのに……」

「よし。もっと気を練ろう」

「わかってるわよ」


 あの時とは、マモンとの戦いの事である。

 感覚がやけに研ぎ澄まされたあの全能感をシーラは今でも覚えていた。

 あの時はその場の全てを肌で感じ取れて、今に思えばまるで自分じゃないみたいな感覚だった。


 何となくでマモンの見えない攻撃を避けたり、初めて使う能力を直ぐに使いこなしたり。

 しかも、あとから聞けばネメシスも同じ状態だった様で、しかし三年後まで記憶のあるネメシスもあの状態の事は何も知らなかった。


 あれは本当に無意識の領域で、何なら調子がいいくらいにしかあの時思っていなかった。

 しかし二人共に現れた同一の現象なら別である。

 互いの固有能力に関係するものとも思えないし、なら後は共通するものはやはり“気”しか考えられ無かった。


 だとすればそれは確実に極伝に並ぶ存在であり、もし使いこなせれば固有能力並に力になるのもまた間違いない。

 だからこうして二人で無い頭を寄せ合って、あの状態を再現する方法を最優先で模索している。


 その結果、もう戦ってみるしかないかと毎度落ち着いては結局成果は得られていなかった。

 あれはユーロも何も知らないみたいで、今のところヒントもその影さえ掴めていない。


「“気化状態”、かぁ……」

「そのうち出来るよ」


 気は流れる、流れは転ずる、流転、その無手の気功術。

 体内に流れる気と、外に溢れる気は似て非なるものである。

 これは気功術の基礎の基礎で、要はシーラ達は体内の気のみを操って戦っている。

 しかし、あの感覚はまるで、ただの予想でしかないが外の気と繋がったような気がしていた。


 それならばあの事象には多少説明がつく気がした。

 そして、その一番の問題がどうやって出来たかである。


 なのにどこか楽観的にも見えるネメシスの態度に、シーラはジト目を向けて無言の講義をしてみせた。

 気の道は焦って上手くいく様なものでもないがそう言っていられるほど悠長な状況でも今は無い。

 今のままでは多分今後の悪魔戦で戦力になれないと言うのが忌憚のないシーラの自己評価だった。


 けど、残念な事にその考え自体は間違っていない。

 マモンとの戦いでユーロが重宝したのは、そもそも魔法を使わない戦闘方法が貴重なだけだった。


 固有能力に目覚めたのは朗報だったが、それでも基礎がネメシスやユーロ等記憶がある組には届かない。

 マモン戦もネメシスのカバー有りきだったし、あの感覚をものに出来なければ話にならなかった。

 少なくとも今みたいに一撃も入れられない様じゃ、そのネメシスを殺すような相手とはやりあえない。


「…………」

「……大丈夫?」


 第三の悪魔は、一応今の面子でも何とかなるらしい。

 けど第四以降はただ強いだけじゃ話にならないとも聞いていた。

 自分は今、間違いなくその話にならない枠だった。

 だからこそ手が届かないもどかしさに、焦燥が募って余計に動きが固くなる。

 だから、



「──フン!」

「え」


 そんな暗い思考を振り払うようにシーラは自身の頬を強く叩きつけた。

 そこそこ力はある方なので、すぐ頬が手形に赤く染まる。

 ネメシスは急な奇行に目を丸くしていて、しかしそれは無視して無理矢理笑顔を作ってみせた。


 逆に言えば気化状態さえ引き出せれば、後は空駆だろうが何だろうが思うままなのだ。


 そうすれば、きっと魔王だって倒せるくらいには最強になっている自分が目に浮かんだ。



「よし、ネメシス! もう一回──」


「────委員長!」

「あっ…べ」


 そんなシーラの再開を遮るように、ネメシスの背後から一人の男が走ってきた。

 揃って視線を向けると風紀委員・副委員長バルトがそこに居て、見るなりネメシスは嫌そうな顔をする。

 シーラは一瞬何事かと思ったが、しかし二人の様子を見て直ぐに大体察した。

 そしてネメシスの前で立ち止まったバルトは、息を切らしながらも案の定怒った顔を向けていた。


「パレードの準備放って何してるんですか!?」

「あー……ごめん……」


「アンタ……今日予定無いって……」



 シーラのシラケた目は華麗に流された。

 しかしその反対側にはバルトが居てネメシスに逃げ場は無い。


 彼女が勇者になることに乗り気ではない事は当然シーラは前もって本人から聞いていた。

 シーラからすればその辺はどちらでも良いのだが、やりたくない事を無理にさせているのは若干しのびない。

 しかし、自分も一度は議題に上がったと聞いて、だったら自分じゃなくて良かったとも思わないでもなかった。


 流石にネメシスやユーロを差し置いて、自分が勇者をやれと言われれば納得はいかなかったから。

 ただ、ネメシスも同じ気持ちなのだろうと言うのが分かるからこそ、そこは非常に複雑だった。


 それでも、シーラは悲しそうな顔をするネメシスに終ぞ手を差し伸べることはできないまま。

 結局、ネメシスはバルトに腕を引っ張られて、流石に苦笑いを浮かべながらそれをシーラは見送った。


「行きますよ!」

「あーーーー………」


「はは……」


 そして拾い運動場に一人、シーラは取り残される。

 正直ネメシスのパレードは想像しただけで少し面白そうではあった。

 この前の勇者認定式もそうで、あれほど王様の前で不服そうな顔を貫ける人もそう居ないだろう。


 それに今更どうしようもない事なので、自分に出来ることは後は精一杯サポートするだけである。

 だから取り敢えず今それはどうでも良くて、静かになったせいで少し真面目に考え事に耽ってみた。


「…………」


 思えば、ここまで停滞と挫折を味わったのは人生で初めてかもしれなかった。

 今までは自分を天才だと思っていたけど、それはただ父の教えが良かっただけなのかもしれない。


 そもそも気とは一体何なのか。

 その根源、魔法との差、その特異性、メリットデメリット。

 鍛錬は時間と積み重ねが肝要だが、しかし今ばかりはそうも言っていられない。


「…………もっと……強く……」


 悪魔はたった二ヶ月で二体も攻めてきた。

 順当に行けば来月、下手すれば今日に来たっておかしくは無い。

 何せ今一番足りないのは情報で、次に足りないのがそれに対抗する実力だった。


 その情報に関して言えば、今丁度ライラとユーロの間で色々と揉めているらしい。

 そこには正直死んでも割り入りたくはなかった。

 だから、せめて何かあってもすぐ対処できるように強くなっておく事が今は一番重要である。


 故郷を、友達を助けてもらった恩。

 それすら最早ただの建前で、彼らの為にはもう命すら惜しくはないから。


「ふぅ………よし。」



 ともかく、今日のところは授業に戻ろうと、砂の地面に手をついて重たい身体に力を入れる。

 青春も、恐らく気の重要なファクターである。たぶん。

 アテルも今頃は魔道科の教室で授業を聞いている事だろう。

 強くなる事も重要だが、正直もっと友達も欲しいところではある。


 そして、シーラは一人立ち上がろうとして、すると腰に鋭い痛みが走って体が動かなかった。


「…………」


 一気に冷や汗が吹き出した。

 ここには保健委員どころか人一人いなかったから。


 せめて今日何処か運動場を使うクラスはあっただろうかと、しかしそんな事はシーラが知る由もなかった。





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