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億回死せるは、偽勇者〜バッドエンドの集束地点〜  作者: つきらゆ
王女に捧げる薄弱生離
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勇者認定式





 荘厳な意匠の施された大きな部屋。

 天井は高く、恐らく人が十数人は縦に並ぶ程。

 赤く柔らかい絨毯が隅まで敷かれ、壁には高級な絵や骨董品が飾られている。


 誰が見てもその一つ一つが至高の逸品であり、そして下手な美術館よりもその数は揃えられていた。

 更に部屋の広さに比例するような大きなステンドグラスから差し込む光が部屋を明るく照らしている。



 そして今日、この場所では歴史が動こうとしていた。

 百名程は居そうな人数が綺麗に列をなしその光景を見守っている。

 しかし楽しげというよりかは何処か張り詰めた様な、静かと言うよりかは少々神秘的な雰囲気。

 聞こえてくるのは精々が誰かの咳払いや、緊張で近くの人が喉を鳴らす様な音だけだった。


 それでも、確かにこの部屋に有るのは希望と言い切れた。

 そしてここに居る者は全員がそれを理解していた。



「────今日は実に記念すべき日である」



 低い、しかしよく通る声で誰かがそう呟いた。

 その声の主は他でもないこの国の王である。

 目立つ白髪を短く整えた、齢五十位の比較的彫りの深い男性。

 王として誰よりも豪華な衣装を身にまとい、しかし頬など見える肌からは痩せこけている様に見て取れた。

 それ故に一件何処か頼りないような雰囲気を身に纏っているが、しかし相対する者には等しく緊張を抱かせた。


 そして周りにいるのは彼の側近達である。

 又は王妃であったり、国の政治に関わる大臣だったり。

 要はこの場に居る殆どが何れかの立場を持ち、しかしその全てが今は脇役に成り下がっていた。


 しかし、それもまた必然と言ってしまえた。

 それもその筈、今目にしているのは昔誰もが一度は聞かされたおとぎ話の登場人物だったからだ。


 王の前に一人立つその人物は、全ての人の夢と希望を背負う紛うことなき英雄だった。



「魔王に連なる悪魔と呼ばれる存在。その戦いに二度も貢献し、人類の存続に最も大きな影響を齎した者よ」

「……………………」



 その英雄に集まる羨望や期待の眼差したるや。

 そしてその中には申し訳程度に入場を許された数名の学友達も混ざっていた。

 それは今回勇者が出るに至ったルフレ魔術学園の、生徒会や委員会の長、及び件の戦争で活躍した者達である。


 ある者は記念すべき日に立ち会えた事に感涙し、ある者は値踏みするようにその英雄の姿を眺めている中。


 しかし、ルフレの生徒達だけ総じて変な顔をしていた。

 それは、まるでその人物が何かやらかさないか不安で一杯だとでも言うように。



 ──そんな彼らの気も知らず、国王は目の前の人物に一歩近付いた。


 



「そして、連盟国は遂に結論を出したのだ。──貴殿こそが、真の勇者たり得ると」




 その手には青く輝く宝石が嵌められたネックレスが握られていた。

 それはオンブルで取られた鉱石を、エタンセルの天才が、スプレンドーレの設備で作り上げた逸品である。

 そして鉱石を包む透明の樹脂は森林国家グレンツェンで取られたものを加工したものだった。

 要は、それぞれの国の手と意志が込められた、紛うことなき世界が勇者を認める証。


 国王は更に勇者に一歩近づいて、しかし相対する勇者は一切怖気づかなかった。

 それは、まるでこの状況に慣れでもしているかの様で。




 ──そして、国王自らその首にネックレスを掛けた。





 瞬間、拍手が響き渡った。





「──勇者の誕生だ!!」



「「うおおおおおおおおおおぉぉぉおおおおお!!!」」


 拍手、口笛、総じて喝采。その音だけでこの大きな部屋が揺れた気さえした。

 それは長年待った希望が遂に現れて、しかもエタンセルから排出されたのだからそれもある種当然だった。


 国の中枢に足を踏み入れれば踏み入れる程、勇者が居るメリットと居ないデメリットには頭を悩まされた。

 その証拠に来賓席で見守っている他国の重鎮達はいまいちこの場の空気に乗り切れないでいる。


 勇者の証は、同時に政治の産物でもあった。

 しかしそれもある程度は仕方の無い部分も有るのだろう。

 だがかつての世界、かつての記憶ではユーロがこれを身につけているのは殆ど誰も見た事がなかった。


 実際、ネックレスは戦うのには正直邪魔である。

 制作に手がかかっているだけで別に魔力が増えるとかその様な効果も一切ない。

 だからこそ状況を見守るルフレの生徒たちは、勇者が余計な事を言わないかとただ不安に駆られた。




 それもその筈。中心で喝采を浴びるこの世界の勇者は────

 







「皆の者! 勇者───ネメシス・ブレイブを讃えよ!!」



「「うおおおおおおおぉぉぉぉおおおおおおおお!!」」



「………………………」




 しかし中心で喝采を浴びるこの世界の勇者は、最早考える事をやめてただボーっと佇んでいた。












 何で、私? と。























──────────────────────────

───────────────────────





























 真っ白な世界にいた。







「────あれ、」




 それは酷く見覚えのある景色だった。


 俺は目を開けて、そして先ず身体が動く事を確認する。

 次に辺りを軽く見回して、そこには想像通り何も無く、しかし想定外に誰も居なかった。


 上下左右、そして地平線の先まで白だけで構成された、現世から遠く乖離した人には理解の及ばない領域。

 当然ここは人の手の届かないそして神様ですら制約外に自由に行き来させられる場所ではなかった。



 故に、俺は直ぐにこれが夢だと確信した。

 そうでないと、俺は現世で死んだ事になるからだ。

 当然そんな最悪な記憶は覚えていないし、しかし絶対にないとも言えないのがこれまた癪だった。


 そんな僅かに生まれた焦燥を振り払いつつ、俺は状況を考えながら白い世界をボーっと見つめる。


 思えば、全てはここから始まったんだと。

 けど、思い返せばここにいる時は何時も次の事を考えていた。



「………神様ー?」



 返事は、無かった。

 当然その姿も見えなかった。

 俺は真っ白な世界を宛もなく歩き始める。

 夢なら夢でも一目顔を見ておきたい位には、あまりに長い付き合いだし恩も恨みも色々な感情があった。


 しかし、歩くと言っても不思議な感覚で、景色が一切変わらない世界では進んでいるのかも良く分からなかった。

 だから、次第に俺は歩く事をやめた。

 そして、試しにその場に座り込んでみる。



「……………………………………」



 瞼を閉じれば必ず黒がある様に、瞼を開けばそこには必ず白だけがあった。

 


「…………おーい………神様ー………?」



 そういえば俺は神様の名前も知らなかった。

 神様に名前という概念が有るのかすら俺は知らないが。

 それに生まれも、年齢も、家族も、好きな物も、俺は魔王を倒すと言う目的以外は何ひとつ知らない。


 そして、こんな世界にずっと一人きりで居るのは一体どれ程寂しい事なのだろうかと今更ながらに思う。

 それこそ神様の力で永久に近い時をやり直してきた俺にはその感覚が少しだけ分かる気がした。




「隠れる………って言っても、何処にって話だよな……」







『ですね』

「うぉおッ!?」


 背後から急に声をかけられた。

 俺は心臓と共に跳ね上がって直ぐに振り返る。

 そしてそこに居た、久々に会った神様は何時もの優しげな顔──でも無く。

 最後に別れた時の様な泣き腫らした後悔に塗れた顔──でも無く。


 ただ、無表情。


 幾多のやり直しを経ても僅かしか見た記憶のない表情。

 俺はこれが夢であるという結論に違和感を抱き始め、しかしそれは理性と感情の行き場のない戦いだった。



『お久しぶりです』

「あ……えっと、はい」









『──見ていましたよ、この凡そ二ヶ月の軌跡』

「……………………」



 これは、夢である。

 俺は再びそう結論づける事にした。


 しかしその上で夢でない様に振る舞う事にして、それが恐らく最も後悔しない選択だと今は思えた。


 口を開いた神様の声に抑揚は無く、しかしそれだけで怒っているのか居ないのかは流石に判別がしにくい。

 ただ、先も言った通り俺たちは相当長い付き合いだった。


 今目の前にいる神様の様子は、記憶の通りだと相当怒っている時のものだった。





『貴方は今、世界で最も矛盾している』



「…………………………………………」




 事実、俺は色々とやらかしていた。

 俺の選択の度に未来が狭まっていくのを如実に感じている。

 それはライラ然り、そして神様然り、事情を知り尚かつ本気であるほど許容出来るものでは無いだろう。


 人を救う使命を背負いながら悪魔にすら肩を寄せる圧倒的な矛盾。

 最近は言い訳すら上手く出来ていなかった。

 今も俺はただ、顔を伏せる事しか出来ずにいる。





『貴方は本気で世界を救いたいと思っている。しかし同時に第四の悪魔、及びその眷属も捨てきれずにいる』

「…………はい」

『しかしそれは明らかに両立不可能な両極の結果。この最後の世界で追い求めるにはあまりに希薄な未来です』

「……………………はい」



『もっと本気になりなさい。もっと現実と向き合いなさい』

「…………」

『貴方が今選んでいる道は結果全てを失う、バッドエンドに繋がるルートでしか有りません』






 俺は、何も言い返せなかった。

 ここまで感情的にアドバイスをくれる神様も初めての様な気がした。

 それが余計に俺の作りあげた虚像の様な気がして、ただどちらにせよ言っていることは正論だった。


 俺は人類を率先して導く立場にある。

 しかし既に大勢の人が死んでいた。

 なのに、俺は未だに感情に足を引っ張られ、望み薄の希望から手を離せないでいる。


 それは誰から見ても滑稽な事だろう。

 俺は、大事な人を失ってから初めて気づくのだろうか。




『全てを失っても良いのなら、それもまた一種の選択。本当は良くは有りませんが……貴方に託した私が間違っていたと、私も責任を負って星と共に消えましょう』



 俺は、神様の事をよく知らない。

 何から生まれて何処へ消えていくのかも分からない。

 けど、何となく神様が言ったその言葉は、酷く重たい事の様に俺は感じた。





「………………ごめんなさい」



 だから、ただ謝罪した。

 そんな事に意味が無い事はそれこそ何度も死んでとうに理解している。

 許す事も許される事も、突き詰めればそれは全てただの自己満足である。


 でも、ただ不遜に開き直るよりはその方が前に進めるのもまた確かだった。

 しかし謝罪をしたからにはそれは今までの事を改めて矛盾を無くすという事である。

 けどそんな覚悟はまだ決まっていなかった。

 神様には、きっとそんな心は透けている事だろう。



『アスモデウスを殺しなさい。奴が貴方との記憶を引き継いでいるなら造作もない筈です』

「……………………」


『…………苦しくても、望まなくても、それは目的の為には必ずしなければならない事なのです』




 そんな事は、俺もわかっている。


『貴方はそれを分かっている』


 ただ、それでも縋らずには居られなかった。


『それでも貴方はまだ夢を見ようとしている』


 皆を守る。そして俺が考える皆の定義。


『しかしどちらもは絶対にありえない。』



 けど、選ばなければならない。


『貴方は選ばなければなりません』










 どちらか、ひとつ。

























「…………………………」


 見覚えのある景色が広がっていた。


 そこは他でもない、ただ俺の自室だった。

 俺はゆっくりとベッドから体を起こし、モヤが掛かったような思考が晴れていくのを静かに感じる。


 締め切ったカーテンからは薄く明かりが突き抜けて、光量で何となく昼が近い事を認識した。


 随分、長い夢を見ていた気がする。

 その内容まではハッキリとは覚えていないけど、それでも俺は今のままでは駄目だと強く思った。



 全てを手に入れる事などまず有り得ないから。

 けど、意志薄弱な俺はまだ覚悟は決まりそうに無かった。



「……………………やるだけ、やるしか無いよな」



 俺はそう呟いて、顔を洗いにベッドから立ち上がった。






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