修平と平穏
「準備はいい?」
「何時でもおっけー」
ルフレの広大な運動場。
そこに謹慎中の俺含めとある三人が集まっていた。
場所故にチラホラと他の生徒も数名いたが、遠巻きに見るだけで近づいては来ない。
それも当然、一人は勇者、そしてもう一人はルフレ最強の風紀委員長である。
そして最後の一人に関しては、最近転校してきたスプレンドーレの勇者候補だった。
「……本当にやるのか?」
全員がそれなりの有名人。
かつ運動場で体を解しながら向き合っている。
この後に行われることなど殆どの人が察することが出来るだろう。
「何? ビビってるの?」
俺は不安げな声で二人に問えば、少し角度の違う答えでそう返ってきた。
まあ、ビビると言えばそうなのかもしれないが、だとしてもそれはまた別の事に対してである。
「いや……そもそも俺今謹慎中だし」
「まぁ、訛ると良くないから」
分かるけどそれなら何のための謹慎だと。
ホイホイ監視役のネメシスに着いてきた俺も悪いけど。
見つかれば当然怒られるし、というか怒られるだけで果たして済むのだろうか。
いつも通り接してくれる二人には感謝しかないが、それとこれとはまた別問題である。
これだけでも充分気分転換にはなったし、俺は流石に帰ろうとネメシスの説得を試みた。
「大丈夫。ライラならココ最近ルフレを離れてるみたい」
「え、そうなのか……?」
ライラがルフレを離れる理由。
思いつくのは幾つかあるが細かくは分からない。
しかしここ最近となると、何か大掛かりな気がして疑問とともに嫌な予感もした。
しかし如何せん俺に情報は回ってこないし、考えても拉致があかないのもまた確かである。
ネメシスも詳しくは知らなそうなので、俺は色々考えた結果、結局頷いた。
「まぁ……ちょっとくらい良いか」
「良い良い」
「よし! そう来なきゃ!」
シーラが笑顔で体を解しながら、挑戦的な目で俺とネメシスを交互に見てくる。
シーラ、ネメシス、俺の三人での組手。
シーラは知らないが昔良くやった恒例行事である。
因みにネメシスは刀を持っていない。
そして俺だけ魔法の使用は有りである。
ネメシスは怪我を回復できないので、一応欠損が出るレベルの攻撃は全員無し。
一応ノノアのおかげで無茶は出来るが、それと実際にやるのではまた別の話である。
組み手をする度に死人を出して、治させていたら彼女の心も持たないだろう。
「今度は負けないから」
「うん」
「……流石にシーラには負けられないな」
「は!? なによ!」
とは言え今のシーラは俺の知る彼女とは根本から違う。
基礎は圧倒的に記憶より弱いが、固有能力という別枠に目覚めていた。
そんなことは今まで一度も無かったので、実質別人を相手にしている様なものだった。
マモンと戦えるまでに彼女を押し上げた、その能力には俺も少し興味がある。
ネメシスに関して言えば、そもそも俺にとってはマモンとまでは言わないが酷く相性が悪い。
果たして何秒立っていられるだろうか、という感じだ。
ある意味それもまた今後の目安にもなる。
「合図は? 何かいい魔法無いの?」
「あるけど、別になんでもいいだろ」
「じゃあ、よーいスタート」
「いや、さすがにそれは──」
無いだろ、と言おうとした俺の顔の前に、二人の拳が既に迫っていた。
「──は!?」
示し合わせたような俺狙いの強襲。
お前ら息ぴったりかよとしかし突っ込む隙もない。
俺は何とか局所的なシールドが間に合って、けど流石にその膂力に後ろへ流される。
「────まだまだ!!」
「うお……ッ!」
しかしそのままシールドを叩き割られ、迫るシーラの拳を咄嗟に腕で受け止めた。
同時に風魔法で後ろに飛んだが、それでも受けた両手が赤く腫れ上がる。
「………お前ら……ッ!」
しかし魔術師に距離を取らせるのは下策である。
しかも彼女のすぐ横にはまだネメシスがいた。
当然ネメシスは既にシーラに狙いを定め、俺もまずはシーラを落とそうと攻撃魔法を展開する。
「加速ッ!!」
「────!」
今確かに一番後手に回ったのはシーラである。しかしネメシの蹴りも俺の魔法も結果空ぶった。
まるでネメシスが偶に使う高速移動みたいに、いや、速さだけならもしかするとそれ以上なのかもしれない。
俺はシールドを多重に張りながら突如消えたシーラを探すが見当たらない。
見当たらないなら残すは上空かと、ネメシスに牽制しながら俺は空を見上げた。
「……高ッ」
「ははは ──!」
やっぱりシーラは遥上に居て、しかし余所見している間にシールドが次々に割られていく。
シーラに気を取られながらネメシス相手は、まず勝ち目がない上に勝負にもならなそうだった。
「バインドアロー!」
「!」
俺は土魔法でネメシスの周囲を覆い尽くす。
詠唱はブラフ。無詠唱だとこういうことも出来る。
そしてすぐさまネメシスから距離をとるが、彼女は止まらず全てを破壊し超えてくる。
これで本来剣士なのだから、今のシーラからすれば立つ瀬がないだろう。
俺は凝縮した炎の塊をばら撒くも、たった一回転の足技で全て落とされた。
「くっっっそ……!」
「遅い遅い」
鉄より固くした土を容易く突き破り、すぐまた俺の前に躍り出てくるネメシス。
そのままその手は五重のシールドを貫通し、軽い動作で左手首を掴まれ引き込まれた。
「離ッ──」
「さなーい」
そのまま彼女は気すら使うことなく、俺は振り回されそして地面に叩きつけられる。
肩から激突し下手すれば骨が逝ったが、接地と同時に俺は白い煙となってかき消えた。
「……偽物?」
「──余所見してんじゃ無いわよ!」
俺は一旦二人から距離をとる。
やっぱりまともにやって勝ち目は無いとわかった。
超級なら勝てるけどそれはそのまま殺してしまう。
それにそれはお互い様だし、本気でやるならそもそもここすら狭かった。
誇張抜きで人類最強の集まりだ。
とは言え今のところネメシスが少し飛び抜けている。
「隙だらけ」
「馬鹿ね!!」
ネメシスは俺から意識をそらし、空から落ちてくるシーラに狙いを定める。
俺はやはり搦めてが必要だと考えて、今の内に複数の魔法を掛け合わせた。
宙で身動きの取れないシーラは、しかし何故か余裕な顔を浮かべて一直線に落ちて来る。
その真下で溜めを作り待つネメシスに、あと僅かというところでシーラは身を捩った。
「空駆ッ!」
しかしシーラの足は空を切って、まさにスカッ、という擬音が聞こえて来た気がした。
「あ」
「あ」
──シーラの顔面にネメシスの拳が当たる。
ネメシスは直前で多少力は抜いているように見えた。
しかしシーラは面白いくらいに吹き飛んで、そしてそのままピクリとも動かなくなる。
あれから一度も成功していないと言っていたのに、どうしてぶっつけ本番であれだけ自信満々だったのか。
……なんとまあ間抜けな終わり方だが、まだ五月時点と考えれば充分すぎるだろう。
まさにあの勝利が奇跡だった事が証明された。
その分シーラはこれからもっと強くなるだろう。
「ユーロ」
「え?……あ」
そしてそれらに気を取られていると、目の前にいつの間にかネメシスが立って居た。
ネメシスはゆっくりその腕を上げる。
俺はそれを黙って見ながら生唾を飲み込んだ。
まるでギロチンが上がるような光景に、いっそ今白旗をあげればまだ間に合うだろうかと。
一応シールドは五十枚くらい重ねて張りなおしていた。
まあ少しでも勢いを削いでくれたらいいなと思う。
「真面目にやれー!」
「酷ふッ……!」
ネメシスの拳が腹に刺さった。
当たり前だけどみんな真面目だよ。
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あれから何度か仕切り直して、しかし未だシーラ共々勝ち星はひとつも無し。
今の時点での練度と差がはっきりして、俺は悔しさと清々しさで半々だった。
「みなさん、お昼お持ちしましたよ」
「あ、アテル!」
アテルが昼食を持ってきてくれた。
一同休憩ムードになって各々手を止める。
運動場の隅に四人座れるシートを敷いて、アテルが用意してくれた弁当を四人で囲んだ。
「お口に合うと良いですが」
「おー、美味しそう」
「アテルの料理は誇張なしで世界一だから!」
「ぐぬぬ……」
魔王討伐隊の時、メンバー同士で持ち回り自炊した記憶が蘇る。
確かネメシスはそれはもう酷かったと、というか他のみんなも大分酷かった。
シーラは付き合い初めてからは段々女子力を上げて、卒業間際くらいには駄目組からも卒業した。
しかしネメシスには悔しそうな顔をする資格は無い。
食事は胃の鍛錬とか本気で巫山戯ていた。
「はい、どうぞ」
「私は味にうるさい」
ネメシスはアテルに嫉妬を拗らせているようで、対してアテルは面白そうにただそれを受け流している。
シーラはそんな二人の気持ちに気付いていない。
舞い散る火花の下で普通に箸を伸ばしていた。
「うん、美味しい!」
「まぁ、ちょっと美味しすぎるかな」
「何が駄目なんだよ」
そもそもネメシスは味にうるさくないし、何ならその辺の草でも平気で食べる女だ。
そんなネメシスの心を掴むにはアテルの料理はいささか充分過ぎた。
「む、これは眠くなる」
「それは陽気のせいだ」
しかしびっくりするくらいに平和だった。
これで謹慎中なのだからむしろ罪悪感が湧いてくる。
こんな所ライラに見られでもしたらそれこそ俺の首は軽く三回は飛ぶだろう。
それに一応アスモデウスの位置は常に監視しているが、他の悪魔が顕現していない保証も未だに無いのだ。
こんなにのんびりしていて良いのだろうか。
はっきり言って大分ダメな気もしてきていた。
「………にしても、凄い面子ですね」
するとアテルがポツリと呟いて、俺は何の事かと顔を上げた。
一瞬アテルと目が合うが、彼女は俺だけでなく他二人の事も見ている。
「固有能力持ちが三人も……感覚が狂いますね」
「あー……まぁ確かに」
確かにアテルが言う通り、固有能力なんてそれ自体伝説的な代物だった。
魔力に依らず、それに絶対数が少なく、未だ解明されていない事があまりに多い。
「何か条件が有るんですか?」
俺はてっきり生まれつきの素養と思っていたが、ここに来て二人も覚醒したのでそれも違うのだろう。
周回の中で一度探し回ったが、流石にもう一度探し直した方が良いのだろうか。
とは言え条件も何も分からないし、途方もない時間がかかるのは確かだろう。
それに見合うだけのメリットは有るだろうが、それでも言ってしまえば半分ガチャガチャだった。
「アタシはユーロのアドバイスに従ったら出来たんだけど……」
「だから俺じゃないって」
「もうそういうことにしてよ! 怖いから!」
俺だってそれは怖かった。しかし覚えがないのだからそこは仕方がない。
そもそも揺りかごというセンスが異質というか、絶妙に不気味で怖かった。
因みに俺の固有能力に関しては魔力が使える頃には既にあったような気がする。
気がするというのはよく覚えてないから。
俺は入学式以前の事を殆ど覚えていない。
「て言うか、普通に知ってたからじゃないの?」
「知ってた? ……あーいや、シーラが固有能力を使ってるのなんて見たことない。な? ネメシス」
「ん。気は私より凄かったけど」
気は俺には認知すら出来ないが、確かに一つ前のシーラは今のネメシスより凄かった。
素手で帯剣したネメシスと張っていたのだ。
そして加速なんて見たことも聞いたこともない。
故に今回そのプラス要因が現れて、彼女がどこまで化けるのか今から楽しみである。
ネメシスもきっとまだまだこれから強くなる。
間違いなく今までで最高の布陣で挑めると思えた。
「ふーん……ねぇ、どうせなら聞かせてよ」
「……と言うと?」
「アタシ達仲間だったんでしょ? そん時の話」
仲間だった。
それは間違いない。
けど、ホンネはそれよりもっと近かった。
因みに記憶の存在は既に言っているけど、恋人だった事は彼女には言っていない。
「……………ああ」
今回のシーラはそんな事望んでないだろうし、態々言うのも彼女からすればキモイだけだろう。
だから、この思いは胸に閉まっておこうと思った。
次に取り出すのは多分走馬灯の時くらいだろうか。
「シーラとユーロは付き合ってたよ」
「ぶッ」
俺はむせた。
むせながらネメシスの襟首を掴んで、引きずろうとしてしかし失敗する。
普通に抵抗されて彼女は微動だにせず、俺は苛立ちながらも間抜けに座り直した。
「おいネメシス、それは……!」
「え? まずかった?」
「まずッ、い、というかそれは……」
「え? な、なにそのホントみたいな反応……」
シーラはみるみる顔を赤くして、いやそんなに初心だったかと俺は冷や汗をかいた。
俺とライラの関係は今や公然だ。
アテルの視線が氷のように冷えきっていく。
「……やり直しをいい事に、色んな女性に手を出していたんですね」
「待っ、違う! 誤解だって!」
「うん……? じゃあもしかして私も?」
「な、何でネメシスは嬉しそうなのよ!」
何だか話がよく分からない方に向かっていって、分からないけどなんでこんなに青春っぽいんだろうか。
でもこの平和はすごく居心地が良くて、思わずこのまま眠ってしまいたくなる。
けどそんなに世界は甘くないし、時間が止まったように感じてもそれはただの錯覚だ。
悪魔と絶望はこの世界にまだ存在する。
それでも今だけはこの平穏を俺は享受した。




