裏切り者の末路
「それじゃあ………………始めましょうか」
三十人程がここに集まっていた。
薄暗い、どこか辛気臭い窓すら無い部屋。
求められたのは密室及び気密性。目的は現れた“裏切り者”への尋問会。
俺は先程の言葉に目を開けて、俺に集まった全ての視線を受け止めた。
覚悟はしていたがそれでも背筋が伸びる。
中でもある少女の視線は厳しいものだった。
──自らの行いに責任を取って初めて、人は人のルールの中で生きられる。
いわば俺は今人として認められていない。
それこそ悪魔に与する、不穏分子としてここに立っていた。
「ユーロ……全部、話してもらうわよ」
ライラの言葉と視線が俺に突き刺さる。
その目は仲間に向けられるものでは到底無い。
それでも、全てが俺の自業自得だった。
俺はそれに、ただ静かに頷いた。
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俺は第四の悪魔、色欲のアスモデウスに一度魂を売った過去がある。
その記憶は今でも俺の奥底に消えない罪として色濃く残っていた。
しかしそれは当然周回ありきの、どうせ死ぬならなんでもやってやろうの精神ではある。
こうなると知っていたら絶対にやらなかった。
しかしそんな言い訳が通じる訳もなく。
「…………で、結局こうなるか」
「…………うす」
で、結局こうなった。
何と端的に意味を伝える言葉だろうか。
会長は珍しく砕けた体勢で何かを読みながら雑に話しかけて来る。
俺は居心地の悪さに窓を開けて、外の風を部屋へと招き入れた。
同時に日光も部屋を明るく照らしてくれる。
これだけ見ればまあ清々しい気分だった。
「寒い。閉めろ」
「……うす」
因みに、結局どうなったかと言うと。
俺は今自室から一切の外出を禁じられていた。
しかも常に誰かの監視付きという条件の元で、そして会長が今ここにいるのもその為である。
あの後しばらく平穏に過ごせていたので、成り行きで許された気でいたらこのザマだった。
なあなあや裏で済まされる事も無く、ちゃんと尋問会が開かれてちゃんと罰を受けていた。
「はぁ…………」
「………………」
その結果が無期限の外出禁止令。解放にはライラ個人の許可が必要らしい。
しかし弁明する所か彼女は会いに来ないので、暫くはこの虚無が続くと俺は見ていた。
はっきり言ってそんな場合では無いのだが、説得を失敗した以上今は従うしかない。
民意とそれを束ねる女王に逆らっていい事などこの世にひとつも有りはしないのだ。
「…………何故だ」
「何がですか?」
そんな俺に珍しく会長らしくない、主語も無く要点の掴めない質問が投げられる。
疑問に思って会長の顔を見ると、言うかどうか迷っているような顔をしていた。
「…………何故、全部正直に話した」
そう言って会長は冊子から目を離し、そしてベッドに座る俺を真剣な目で見てくる。
しかしその言葉の意味が俺には分からなくて数秒の重い沈黙が場を支配した。
「それは、どういう…………」
俺は嘘をついた方が良かったのだろうか。
会長が言っていることはつまりそう言うことだった。
流石にそうとは思えなくて、突飛な解釈かと思いきやまさかのそれで合っていた。
会長は俺に読んでいた冊子を投げて、俺はそれを受け取ってその表紙を見る。
ルフレ通信、その最新号。
俺の顔が許可もなく一面に載っていた。
「真実が最悪という場合もある。……必要なら嘘をつく事も出来た筈だ」
何となく会長の言いたいことは分かった。
要するにみんなを騙してでも目的を果たせということだろう。
しかし会長にそんな事を言われるとは思わなくて、何ならイメージと真逆の発言ですらあった。
しかしそれは今までの俺を肯定されようで、どこか胸のつっかえがひとつ取れた気もする。
とは言えそれはやり直しがあったからだ。この世界はもう俺の手を離れている。
「それは…………」
それに俺にとってはそれこそが、ある種の完全な裏切りの様に思えてしまえて。
だからこそ過去も考えも全部話した。
その結果を見れば……まぁ確かに間違いだったが。
『……アンタはアスモデウスを殺せるの?』
──俺はきっと、彼女達を殺せない。
数日考えた結果は結局それだった。
それが一体何を意味しているかも全て理解した上で俺はその問を否定した。
それを告げた時のライラの顔は、納得と怒りを丁度半分ずつ混ぜた様な。
そして、最後は失望に落ち着いた。
他のみんなだって、言い目はしなかった。
「…………」
静かになるとその顔が思い浮かぶ。
激しく俺の選択を否定し責め立てる。
その度に俺は死にたくなっていく。
だからある種監視は俺を孤独から救ってくれていた。
「……これからどうするんだ」
「…………どうしたら良いんですかねぇ……」
俺は座っていたベッドにそのまま寝転んで、取り敢えず頭を空にして雑に返事する。
そんなの俺が知りたいくらいだし、とりあえず今出来る事は特に何も無い。
これから先もっと大きな困難が待っていて、何ならそれらが一秒先に来ない保証もない訳だ。
少なくとも第四は既に顕現していて、まあ、だからこそ俺は囚われているのだが。
ロイゼ達がまた俺を迎えに来るか、又は俺が向こうに接触しようとしないか。
ライラが危惧しているのはただそれだけだ。
嫌がらせとかは……正直考えたくない。
「…………どうしたいかは決まってるんですけどね」
アスモデウス達とライラ達が手を取る未来。
もしそんな未来があったら俺は何を捨てても手を伸ばすだろう。
そんな素晴らしい世界を思い描きながら、俺は時間を潰す為に今は目を閉じた。
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「まだ好きなんだけど、どうしたらいいかしら」
「……………………」
知るかと大声で叫びたかった。
私は机の下で自分の太ももを強く抓る。
そうしないと取り繕った笑顔が、今にも剥がれてしまいそうだったから。
目の前の少女は世間話の様に特大級の爆弾を投下する。
当然私──リグ・バレットも、あの例の会には参加していた。
「えっと……」
一番責め立てていたのはライラだった。
その怒りに私自身賛同したのを覚えてる。
と思ったら訳の分からない相談を受けていた。
そもそも一体なんで私なんだろうか。
「なはは! 訳分かんねー!」
「ちょ、ちょっとネムちゃん!」
慌てて気の使えない相棒の口を塞いで、私は取り繕った様に苦笑いを浮かべる。
ライラは不機嫌そうに眉をひそめたものの、これには特に何も言わなかった。
「え、えっと……」
目の前の少女はスプレンドーレの一件で大いに活躍したまさに英雄である。
しかし気難しい事で誰より有名で、魔力も無いのに平気で上級生を打ち負かすとも聞いていた。
下手に否定すれば目をつけられかねないし、権力を盾に裏社会に落とされるかもしれない。(偏見)
しかしどうしよう。恋人なんて居た事が無い。
好きにしたらいいのでは? 以外何も思いつかなかった。
「と、というかライラ様は、結局彼の事許したんですか……?」
「許す訳無いじゃない。悪魔と懇ろになってたのよ? あと様要らない」
思い出したらまた腹立って来たと、ライラは手をわなわなと震わせる。
私はとりあえず落ち着いてもらおうと、今出せる最大級の茶菓子と紅茶を差し出した。
しかし私が言うのもなんだけど女の子は基本答えが決まっているものだ。
それとなく背中を押して欲しい訳である。
私はやるべき事が何となく見えてきた。
「そ、そうですね……私も酷いと思いますし……もう忘れた方が……」
「………………」
「いや! やっぱり時には気持ちに正直になる事も必要でっ!」
「………………」
一体なんだと言うのだろうか。
別に私は悪くないのに泣きそうになった。
女の面倒くささを鏡のように見せられて、これが私に彼氏ができない理由かと邪推する。
「……その、や、やっぱりやめといた方が……」
「どっちよ」
「ひんっ」
だからそもそも何で私に会いに来たのか、何度考えてもそこから良く分からなかった。
よく知りもしない恋愛相談までさせられて、しかもいつの間にか私が詰められていた。
「ちょーっと、ウチのリグたん虐めないでよー」
「だって会話する気が見られないんだもの。どうやって機嫌良く帰って貰おうかって考えが透けて見えるわ」
「うっ」
「あー、リグリグそういうの苦手だもんねぇ」
「うっ」
私は二人の攻め口に嫌気がさして、白旗を上げながら客席から腰を上げる。
とぼとぼと自席に移動してこの集団リンチへの無言の抵抗を試みた。
もう裏社会に落とすでも何でも、出来るものならやってみればいいだろう。
こちらには最強かつ仲間思いの会長がいるのだ。
しかしその会長は丁度今不在だった。
…………。
「あーあ、泣ーかしたー」
「アンタでしょ」
「なにをー」
最近勘違いされている気もするが、はっきり言って生徒会は本気で暇じゃない。
数千の生徒を束ねる少数精鋭だ。
全委員会の中でも一番忙しい自負がある。
とは言え王女を無下にすることは流石に無いが、それでもやるべき業務は変わらない。
私は溜まった書類に手をつけながら、もうネムに任せつつ一応耳は傾けた。
「で、何しに来たの?」
「最初言ったじゃない」
「まだ好きって奴? しらねーよ〜」
どこまで本気か分からないが、ネム共々聞く相手を間違えてる気がしないでもない。
だからと言って誰が適任かと言われれば……保健委員長のミラさんとかどうだろうか。
酸いも甘いも知ってそうだ。実際どうかは全く知らないが。
王女の乙女な部分には親近感が湧くが、実質軟禁しているのだから微妙なとこではある。
「まぁ私的には情状酌量もあると思うけどねー。人生何回もあったら私だって何するかわかんないし」
「だからって、大陸を壊滅に追い込んだ挙句自分をさらった相手と普通そうなるかしら?」
「んうならないねぇ」
ネムは私以上に擁護したいのか否定したいのかスタンスの分からない姿勢をとる。
しかし長年共にした私だけにはわかった。
本質はただ場を引っ掻き回して遊びたいだけだ、あれは。
「じゃーもう別れなよ……いひひ、それなら私狙っちゃおうかなぁー」
「あ?」
「怖」
珍しく素の声音でビビるネムに、私もそんなネムの顔は正直初めて見た。
私は丁度ライラの背中しか見えなくて、心から助かったとこっそり安堵する。
「しかも私の目の前で魔人まで助けたのよ……」
「うんうん」
「仮にも今回、殺すって約束するならまだ見逃せたわ。……なのにあの馬鹿、何が俺には殺せないー、よ!」
怒りのオーラで空気が震え、これが転校生も使う気なのかと私は思った。
この数日でモノにするとは流石賢者である。
因みに後日勘違いだったと思い知らされる。
「まぁだからって謹慎はねぇ。第三の悪魔とか、それこそ第四が来るかもしれないのに」
「そうね」
「流石にわかってるよね? 勇者の力は絶対に必要になるでしょ?」
それも確かにひとつの答えだった。
今彼を拘束しているのはただの痴情の縺れによるわがままである。
彼はアスモデウスの敵にはなれないが、こちらの敵でもない以上拘束はやり過ぎだった。
それに、勇者が尋問会で言っていたことに一理あるものも中には確かにあった。
ライラはその時すぐに否定してしまったが、今思うと簡単に捨てるべきでは無かったようにも思う。
彼の提示した“第四の悪魔との協力”を目指す指針。
それができるなら、この降着した状況は前に進む。
他の悪魔の情報が得られるかもしれないと言うのは、文字通り悪魔に魂を売ってでも欲しい代物だ。
とは言え、悪魔は存在するだけで魔王の復活が早まるというのもまた事実らしい。
せっかく早くに二体倒せたのだ。そのメリットをかき消すというのも難しい塩梅だ。
「私だって色々考えたのよ」
「天才は一人で考えて、それが答えだと思うから厄介だよね」
「ね、ネムちゃん……」
私はライラの気持ちもわかるし、しかしネムが言っていることも大いにわかる。
それでもライラ自身悩んでいるからこそ、こうして相談しに来てくれたのだろうか。
私は今更それに気がついて、もう一度話そうと書類を置いて席を立つ。
「でも、やっぱり考えは変わらないわね」
しかしその透き通った芯のある声に、私は思わず上げかけた腰をその場で止めた。
「アスモデウスを殺しに行く」
そこに居たのは王女などではなく、正真正銘の魔女だった。
「へ……?」
「そもそも謹慎にしたのはアイツに邪魔させない為だし」
その目は至って本気だった。
彼が出来ないのなら私が代わりにやってやると。
出来るできないは今はさておいて、必ずやり遂げるという意思が大きく揺らめいていた。
「だ、黙って動くって事……?」
「ええ、そうよ。だから迷ったの……終わったあと、きっと私は嫌われるから」
だから、まだ好きなんだけど、私はどうしたらいいのかと。
諦めきれない、捨てきれない……その本質は、勇者も王女も同じだった。
「でももういい。ここに来たのはその為……私に力を貸しなさい」
その黒い渦の様な大きな決意は、あまりに容易く私達を呑み込んだ。




