第二の悪魔(決着)
『───ぁぁぁああ!!! 腹立つなぁあああ!!』
マモンがなりふり構わず大きく叫ぶと、周囲が一瞬で黒い闇に染められた。
まるで爆発でも起きたみたいに轟音と共に空間が弾け飛ぶ。
時間が経つにつれ地形が壊れていく。
足場が悪いというだけで不利になる。
地震すら鳴り止まない戦場の中、それでも私はまだ生きて立っていた。
「腹立つのはこっちよ…………!」
こちらの体力は減るばかり。
しかしマモンに疲労の色は未だ現れない。
先程の様な軽い動作での破壊を見てこそ、圧倒的な自力の差を思い知らされる。
マモンは飛ぶから地形にも影響されないし、何から何まで終始巫山戯てた。
しかも向こうの一撃はほぼ即死と言って良くて、やっと与えたダメージもすぐに回復される。
負けはなくとも勝ちも無い状態。
それが段々向こう側に傾いていった。
「………む」
「…………」
状況としては本当に何一つ良くない。
筈なのに、しかしネメシスは割と普通である。
私と見えてる世界が違うのだろうかと、頼りになると同時に少し怖くすらあった。
それでもその目は確かにマモンを睨んでいて、真剣に何かを考えている事は分かる。
残念ながら私には光明が見えなくて、悔しいがあれから一撃も与えていなかったから。
「シーラ、合わせて」
「!」
その言葉に思わず私は身構える。
確かに今まではネメシスが合わせてくれていた。
それははっきり言って強い方が弱い方に合わせていて、故にむしろ足で纏いだった自覚はある。
それこそマモンに本気で勝つ為ならば、私が彼女の位置に立たなければならないだろう。
全くもって当然の帰結であった。
私は反省して、一度息を吐く。
「うん───、………ヨシ」
思えばネメシスはこの戦いで、その為の土台をずっと作ろうとしていた。
そう見て取れる所作が多くあった。
けどその手本及び介護もここまでである。
私は再度、気を強く練り直す。
イメージは最強だった頃の父の姿。
「待って」
「え?」
「もっと……こんな感じ」
しかしそれは残念ながら修正されてしまった。
ネメシスが私の丹田に触れて気を流し込む。
それなりの異物感が私を支配して、そんな事もできるのかと驚いたがそれもすぐに終わった。
「…………!」
そしてようやく私は気を理解して、新たな可能性と盲点に空いた口が塞がらなくなる。
ただエネルギーを圧縮するだけでは半人前。
今までの私はただ使えるというだけだった。
その力の粒子一つ一つを意識して、まるでそれぞれを激しく爆発させるような。
「凄い……」
「大丈夫、シーラなら出来る」
そう言ってネメシスは私の肩を叩いた。
しかし視線はマモンから一度も離さない。
強すぎるその堂々とした佇まいは、一体どれほどの戦場をくぐり抜けて身につけたのか。
そのたった一言で私は安心が生まれてしまって、これが信頼というものなのだろうと理解する。
今まで私には縁が無かったけど、これからはもっとこの青春を大事にしていきたい。
「………………うん」
でもその為にはまず生き残る事が必要だ。
その最難関が今私達の前にいる。
私は遥空をもう一度見上げて、そして強く、強く拳を握りしめた。
負ける気はもうちっともしないが、けど未来が私に掛かっている事もまた事実。
この土壇場を無事乗り越えてこそ、私は今までの自分を許すことが出来る。
まだまだ人生はこれからである。
隣にいたい人が今日沢山出来てしまったから。
『デル・グリオ・ジープ・ハデス!!』
百メートルはありそうな巨大な槍。
それが上空に数千はくだらない数が展開される。
普通に間を縫う隙間も無さそうで、近くにいる皆だって確実に巻き添えを食らうだろう。
しかし当然マモンが退避を待つはずもなく、何の感慨もなくそれらは撃ち落とされた。
私達は魔法の使えない一点特化型で、こういった面制圧への対処は慣れていない。
「くっ ……皆ッ!!」
「シーラ!」
すぐに助けに行こうと思った。
けどネメシスに声だけで止められる。
振り返ると彼女は目を逸らすことなく、ただ空を、マモンのいる上を見上げていた。
「行こう」
「……!」
自分達の役割は見失うなと、そう言われている気がして心臓が大きく跳ねる。
こんな時でもネメシスは誰より強かった。
私の中の最強像が父からネメシスに塗り替えられていく。
それでもそれは、そう悪いものでも無い様に思えた。
『良い友達が出来たな』
──うん、本当に。
『終わらせてらやるよォォオ!!』
『ディル・ム・ガルバ・メテオ!』
『サンド・イヒ・ロバルヘル!』
『ニヴル・ゴウ・ヘルアイス!』
『エアロ・ジア・ルナシーフ!』
『デッド・ディア・ルフレ!!』
──私は何のために生まれてきたんだろう。
そんな答えのないことをずっと考えてきた。
そんなの答えがないってわかっているのに、それでも暇すぎるとふとそれが脳裏を過ぎる。
親も早くに死んで。
友達も一人も居ない。
武術は楽しいけど競える人もいない。
何時までも我儘で、私だけが子供で。
皆は私を置いて世界に順応していく。
私だけがいつまで経っても世界にとって要らない子。
でも。
「シーラ!!」
「ネメシス!!」
答えはないと思ってた。
ただの事実だとカッコつけていた。
けど違って、答えは無いんじゃなくて、私の近くに無かったってだけの話。
今度は私がネメシスの手を引っ張って、思いっきり限界まで加速度を引き上げた。
今だけは制限なんてもう気にしない。
あの魔法が降り注ぐ前に決着をつける。
その為に手に入れたこの力。
その為にあるこの圧倒的な速さ。
その為の武術、そして全部が今につながってる。
私は地盤が割れるくらいに地を蹴りあげた。
そして、
『終われ終われ終われェ!!!』
「──一人は寂しいでしょ」
全ての魔法を突き抜けた。
私もネメシスも酷くボロボロだ。
急所と致命傷は避けたけど、擦り傷に火傷に凍傷と多種多様に酷かった。
それでも私もネメシスも二人とも、確かに生きて魔法の中を突き抜けた。
憐れむような目をマモンに向ければ、マモンはゆっくりと私達に振り向いた。
『な…ん……』
「悪い」
ネメシスが手を離して宙で構えて、私も真似て力を一点に集める。
透明な刃はやっぱり私には見えない。
けど、馬鹿みたいな話だけど私にも勘で分かった。
──私がこの世に生まれた理由。それはきっと今日から証明されていく。
その世界を、そして皆を守るために、私は今までの私を全部詰め込んだ。
最大限の、持ちうる全てを。
そしたら、未来は思ったより簡単に開けた。
──流転無手気功術
「「六花!!」」
『…………………………………ゴ、ふッ…』
展開されていた無数の魔法が消え失せる。
私の拳はマモンの腹を貫いていた。
ネメシスの拳は喉を潰していて、けど無詠唱があるからまだ油断は出来ない。
まだ、マモンには辛うじて意識があった。
ここで決めきらなければ全部振り出しに戻るだろう。
だから、私は最後の気を振り絞って──
「ッ!」
下から何かが飛んできた。
私は思わず身を捩って宙でそれを避ける。
しかしネメシスの反応は少し違って、飛んできたそれをその手でしかと掴み取った。
「ナイス」
それは──刀。
と、言うよりは本当に急造の、ただの無骨な尖らせた瓦礫の塊。
それでも、ネメシスの気は目に見えて変わった。
剣士となった途端、その気を更に膨らませる。
『ぐ……ッぃぃあぁああっ゛────!!』
最後、マモンが咄嗟に選んだのは、回復ではなく攻撃特化の闇魔法。
私はさっきの動作で距離が離れた。
もう二人を見守ることしか出来無くなる。
けど大丈夫。もうネメシスが負ける余地はない。
私は安心して地上へと落ち始めた。
もう大丈夫。
──もう、大丈夫なのに。
私の体は、まだ動きだしていた。
「──マモン………ッ!!」
アテルを殺して。
おっちゃんを殺して。
皆を傷つけて。
私の故郷をめちゃくちゃにした奴。
私から全てを奪って行った巫山戯た奴の、その最後を他の誰かに任せるなんて。
『シーラ、ちゃんと見てて』
ああ、私は確かに見た。
それを今超えなきゃいつ超えるというのだろうか。
私は、今の私なら、本当に何だって出来る気がした。
「極伝───空駆!!!」
そして、私は、遂に空を跳ねる。
「──赤の太刀」
マモンの魔法、対してネメシスの太刀。
どちらも引けを取らない威力を誇っている。
ネメシスは勝つ。その未来はきっと揺るがない。
それでも、無傷で済むならそれに越したことはない。
何より、私が。
このアタシが!
この巫山戯た悪魔をぶっ飛ばさないと気が済まないから!!
『ああああああああぁぁぁッッ!!!』
「──朧月!」
「非碌・仁射!!!」
そして、決着の時は遂に来た。
───ネメシスの刀が首をはねた。
私の貫手が背中から心臓を貫いている。
マモンのその身体から力が抜けて、そして崩れて地面に落ちていく。
「……………………ッ……」
達成感と言うよりはただ静けさを感じた。
これで本当に終わったのか一瞬不安になってしまう。
でも、それでも確かな手応えはこの手に感じた。
これでダメならもう私は──
「おつかれ」
「あ………」
──風が身体を強く叩いた。
まるで喝采のように背中を大きく叩く。
一緒に地上に落ちるネメシスは、まるで父のように優しい笑顔を携えていた。
「勝っ………………た…………ッ!!」
私は別に悲しくも何ともないのに、無性に涙が溢れて止まらなくなってしまう。
身体の痛みも疲れも今は吹き飛んだ。
涙が空に消えていく様は凄く綺麗だった。
「────────!!」
「────、───!!」
「み、んな……っ!」
下から仲間の声が聞こえて来る。
何を言っているかまでは全然わからなかった。
それでも皆が笑顔で手を振っていて、私はそれに大きく手を振って答えた。
「シーラ、あれ見て」
「…え…………? ……っ、はは!」
ネメシスの凄く平坦な声に、一瞬心臓がドキリと跳ねあがる。
まさかまだ何か終わってない何て、そんな思考が過って不安な目でそれを見た。
けど全然そんなことはなくて、ネメシスはそれを指さしながらまた笑っている。
空高く登った私たち二人だけに、ひと足早く綺麗な日の出が顔を出していた。




