第二の悪魔(決戦)
『──パパぁぁ゛ぁぁーーッ! なんでッスかぁーーーッ!!!』
『うっさいわね……』
『…………』
スプレンドーレを一望できる、国中心にある王城のその屋根の上。
三人分の人影が集まって、一部騒ぎながら目下の戦いを眺めていた。
ガルと、ロイゼと、サリア。
三人はパパ、つまりユーロを探しに来ていた。
ただそれは裏の目的で、表はマモンに戦力を寄越せと言われたからである。
『うぅ……また一緒に過ごせると思ったっすのにぃ……!』
別に悪魔同士仲がいい訳では無い。
しかしママは下手すればロイゼ達よりも弱かった。
逆上されてもし戦いになれば、残念ながら自分達ではマモンにすら勝てない。
それ程の悪魔との戦争は、本来人類なら勝負にすらなるはずの無い物だった。
それが今客観的に見てほぼ対等で、下手すれば届くかもしれない域に達している。
『パパ…………死なないよね?』
『そうだ! 助げに行くっずよ!! ついでにアイツも殺すっス!!』
『………はぁ……もう。行っても何も思い通りにはならないわよ』
ガルとサリアは直情的で、ロイゼはここにミリがいない事を心底憂いた。
ミリ及びアスモデウスがここにいれば、ロイゼも人の事言えないだろうと笑っただろうが。
しかし兎も角もう役目は終わっていて、後は帰ってママに報告するだけである。
パパは生きているしきっと生き残る。死んだら自分たちと同じ魔人にするだけだ。
『……ねぇ、ロイゼ』
『大丈夫よ。パパは最後は帰ってくるから』
根拠はない。
ただそれでもロイゼの記憶と勘はそう訴えている。
今はまだ彼は悩んでいるみたいだが、そもそも私に手を出せなかった時点で敵ではない。
人間の世界にはしがらみが多すぎる。
信頼は契約で制約で制限でもある。
だからあの時私たちと過ごした時間を、すぐに楽しかったと思い出してくれる筈だと。
それに、他の悪魔を殺してくれるのなら、その分自分達ももっと自由に動ける様になる。
だから、風は私たちに向いていた。
最後は、私達六人だけの世界の為に。
『ぅぅ……あんな女どこがいいんスか……! こうなったら……!』
『変な気起こさないで。ほら立て馬鹿。……後色々説明してもらうから』
『……? なにかあったの?』
ロイゼは無理やりサリアを起こして、臀を蹴りあげながら前へと進ませる。
ついでに無垢なガルの頭を撫でて、一度、名残惜しそうに振り返ってから、消えた。
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俺は今だけは複雑な感情を消し去って、皆……仲間の元に駆け寄った。
最後の戦いが数秒前に始まって、その衝撃から逃げるように固まって距離を取る。
縦横無尽に、偶に空すら飛んでマモンと戦うたった二人の最強の戦士。
あの場に入れる人はもうこの世に居ない。
せめて邪魔にだけはなる訳には行かなかった。
「ノノア……!」
とてつもなく活躍してくれたノノアを中心に、ライラ、パスカル、会長、フーコ、そして俺が集まった。
戸惑っている兵士達が大勢居るが、今はいちいち説明している暇もない。
ともかく俺たちはあの戦いには入れない。
出来ることと言えばノノアの壁になる事くらいだろうか。
ネメシスに剣を作って上げたかったが、魔法が使えなくては俺は何も出来ない。
「うぅ……ッ!」
「……ッ、大丈夫か!?」
ノノアが胸を押えて蹲まった。
やっぱりあの数は限界の様だった。
しかしヒールも未だに使えないし、使えたとしても効くかも分からない。
固有能力は魔法の範疇に収まらず、だからこそこうしてノノアの巻き戻しは使えている。
同時に固有能力により生まれた疲労を回復する事は不可能な領域に感じた。
「ちょっと、大丈夫なの……!」
そして、少し意外な事に、俺より早くノノアを助け起こしたのはライラだった。
俺はその成り行きを傍で見守っているとノノアは辛そうにしながらもゆっくりと顔を上げる。
「大……じょ、ぶ」
「ならあと何回……何人分直せる?」
「………………二人」
本来はそこまで無理はさせたくない。
しかしそうも言っていられる状況では無いだろう。
ノノアの巻き戻し──リ・バックは、二十四時間を超えたら一切効かなくなる。
ノノアが次また倒れたら、起きるまでにその時間を過ぎない保証は無いだろう。
助けられるのは、多くてあと二人。
けどそれもシーラ達が死なずに勝つ前提だ。
「シーラ……ネメシス」
俺は二人が居る方を見た。
そこでは人類の存亡を掛けた戦いが行われている。
マモンに正面から対抗できるのは、俺が知る限り世界にこの二人しかいなかった。
いくらやっても俺は気を扱えないし、魔力を使わないパスカルの兵器も届かなかった。
もう今の俺達には祈ることしか許されていない。
でも、考えることだけは絶対に辞めては行けない。
「…………」
まだ目で追える。
高速を超えた戦いに全くついていけないわけじゃない。
何時でも動ける準備だけはしておく。
囮くらいになら、今の俺でもなれる筈だ。
しかし強く拳を握っても、それはただ虚しく空を掴むだけだった。
あの場に立てない自分には、とうの昔に納得したはずなのに。
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──風より早く駆け抜ける。
考えるより先に手を動かす。
死線を軽く踏み越えて、地雷原の中で激しく踊る。
『ミリオン・イーリヒル!』
『フラット・バル・タイル!』
『エアロ・ジア・ルナシーフ!』
無数の魔法の間を塗って、迫る死の横を通り抜ける。
こちらは魔法を使えない。
けどそもそも魔法は使わない。
点攻撃が最早面になった魔法の束を、瓦礫を盾にしたり隙間を縫ってやり過ごす。
しかしそんな芸当も長く続く訳がなかった。
けど、私は今一人じゃない。
「……ッ、ネメシス!!」
「……!」
手を繋いだ。余裕をかましている訳では無い。
私はそのままネメシスを空に投げ飛ばした。
ネメシスには特定の魔法が効かないから、相手の攻撃によっては全部無視して突っ込める。
マモンは遥上空の安全圏にいて、そこから超級魔法を連続で撃って来ていた。
私達も先ずはその土台に行かないと、そもそも攻撃すら当てられない状況にある。
『死ね死ね死ね!!』
そしてネメシスが空を高速で飛んで行き、途中選んだルートの魔法を全て突っ切った。
遥高くから見下ろすマモンを飛び越えて、更に高く飛んでしかしまだマモンは気付いてない。
ネメシスは刀を持っていないが、それでもその実力は確実に私より上だった。
そしてネメシスが宙で身体を回転させる。
マモンは振り返ったが少し遅かった。
「──落ちろッ!」
『がッ!?!?』
マモンの脳天に踵が刺さる。
すごい勢いでマモンが下に落ちて来た。
その完璧なタイミングと落下位置に、私は最早笑いながら走ってそこに向かう。
笑ってる場合では当然無いけれど、つい全能感の様なものに酔いしれてしまいそうだった。
まるで自分が増えでもしたかのように、ネメシスは的確に動いてくれて凄く気持ちが良い。
「流転無手気功術ッ!」
『──ぁあぁぁぁありえねぇぇぇえええ!!』
マモンが切り揉みしながら地面に落ちてきて、しかしその周囲に黒い波が形成される。
それに触れた地面が軽く切り裂かれ、私は流石に引いて態勢を立て直した。
マモンはそのまま地面に激突して、しかしそれでもまだ地面を抉り下に落ちて行く。
一瞬何をしているのか分からなかったが、嫌な予感がして退けば足元から闇とマモンが生えてきた。
「……っぶな!」
『ンだよ!』
「──流転無手気功術」
そこにネメシスが遅れて降ってくる。
しかしマモンはそれには笑って返した。
『学ばねぇな』
私はまたも嫌な予感がする。
そもそも私はネメシスが負けた理由をまだ聞いていない。
もし対処不可能な何かがまだ有るのなら、というかそうでも無いと納得がいかなかった。
まだ共闘してからそこまで時間は経っていないが、ネメシスはやっぱり圧倒的に私より強い。
こうして“固有能力”に目覚めた私でも、多分まだ届かないくらいにその背中は遠く見えた。
そんなネメシスが一度は負けた。
それは揺るがないただの事実である。
だからこそマモンには今見せているものの他に、絶対に何かがあると思った。
「極伝」
『あ?』
「え?」
しかしネメシスは私には見えない何かを避けるように、私の目の前で空を蹴って跳ねた。
私はこの一瞬を争う激戦の中で、それには思わず目を見開いて一瞬止まってしまう。
極伝なんて私もまだまだ使えないし、しかもそれは魔法無しで空中を跳ねる秘技中の秘技だった。
……そういえば私はまだ何でネメシスが一子相伝の気功術を使えるのか聞いていない。
「…………っ」
まだまだ話したい事、話さなきゃ行けないこと、言いたい事はそれこそ死ぬ程あった。
だからこんな所で死んでいられない。
その為に出来ることは何だってする。
「──死重!!」
『ごッ……………ッ!?』
ネメシスが完全にマモンの背後を取って、その背を右手が強かに打ち付ける。
身体を変な方向にくの字に曲げて地面を跳ね飛ぶがしかしそれでもまだ足りない。
私は直ぐに駆け出して、そして新たに得た力を強く意識した。
父と母がくれたこの新たな力。
仲間を守る為に必要な、圧倒的な“速さ”。
「“加速”ッ!!」
視界が飛んで、強力な負荷が身体にかかる。
これを使う時だけは下手すればネメシスより早かった。
力とは質量と加速度の掛け算である。
故に、この能力は私に欲しいものをくれた。
「だァァァあああああ!!──ぁぁああ゛ッ!?」
そして次の瞬間、私は目的の位置を軽く越えて瓦礫の山へと突っ込んだ。
慌ててブレーキをかけても間に合わなかった。
私は今ギャグみたいに足だけ出ていることだろう。
「……ッ、……ッ!」
「し、シーラ! 大丈夫か!?」
駆けつけたユーロに足を引っ張られ、何とか間抜けな体勢から脱出する。
その間ネメシスが一人で相手していて、私は御礼もそこそこにすぐに駆けだした。
まだまだコントールが上手くいかない。
それもそのはずでほぼぶっつけ本番だった。
圧倒的な速さを得る代わりに、その操作にはとてつもない集中がいる。
最初マモンに一撃浴びせた時は、止まっていたからそこ目掛けて飛ぶだけで良かった。
故にいざ縦横無尽に戦うとなると流石に思い通りには行かないものである。
「く……ッそ……! ……加速ッ!」
『死ね死ね死ねぇ!』
マモンは無詠唱で魔法を唱える。
それだけで対応も送れるし時にはフェイントすら混ぜてくる。
因みコイツは全属性使えるらしい。
しかし基本的には闇魔法は最強なのでそれしかマモンは使って来ない。
しかしだからこそ偶にくる風魔法の強風や、熱や、地面が凍ったりすると不意に意表を付かれる。
けどマモンは今までそういった駆け引きをして来なかったのだろう。
そういうのに慣れていないのが明らかに見て取れた。
「む」
そして私はネメシスが止めているマモンに、加速してそのまま身一つで突っ込んだ。
しかし何故か私に気付いたネメシスが、遮るように私の前に急に現れる。
高速で流れる私の視界の中、慌てて止めようとするが流石にブレーキが間に合わない。
「よっ」
「えっ……!?」
そんな私をまるでいなすかのように、ネメシスは私の軌道をそらしてマモンへとぶつけた。
『げふぅッ…………ッ……』
私の膝がマモンの顔に突き刺さる。
そして勢いよくマモンは吹き飛んだ。
私は着地して、息をついてからネメシスを見る。
今のは本当に踊ってる気分になってしまった。
「マモンの周りに透明な刃がある」
「ちょ、先言いなさいよ……」
「ごめん……」
しかし口数が少ないのが玉に瑕である。
その分行動で示すので今のところ問題は無かったが。
とにかくその事をちゃんと頭に入れて、しかし普通にハテナが増えただけだった。
最初私は一撃ちゃんと入れたし、それに今も私の膝が顔にクリーンヒットした。
有る場所と無い場所が有るのだろうか。
それか出ている時と無い時が有るのか。
「ネメシスには見えるの?」
「勘かな」
勘で私を投げたネメシスに、怒ればいいのか少し悩んだ末何も言えなかった。
とは言え今後もその勘に頼れば良いのだろうか。
それは流石に私でも嫌過ぎた。
『グランドヘル!』
「くっ!?」
「む」
ラグが一切なく地面が黒く染って、私達の足が闇に固定され動かなくなる。
そして空が黒く染り更に四方も黒く染まる。
ほぼ一瞬の間に拘束され囲まれてしまった。
『バッドルーム・デーモンコア』
『潰れろ!!』
マモンが律儀に詠唱する時は、それはほぼ余裕の現れと見ていいだろう。
逃げ場のない黒い箱に包まれて、私達を推し潰そうと全ての闇が迫って来た。
「ネメシス……ッ!どう──」
「シーラ、ちゃんと見てて」
「え?」
でも焦っているのは私だけだった。
しかし見ろと言われても闇で視界が見えない。
それでもハッと私は思いついて、気を目に集中させ言われた通りネメシスを見た。
ネメシスは静かに両手を構えている。
それを見て最初に思い浮かべたのは父の姿だった。
そして重心が瞬く間に流れ、移動して、加わった回転の力が右手に収束されていく。
──流転無手気功術
「威智阿!!」
瞬間、目の前の闇が一気に開け、私達を外の世界へと解放した。
「飛ばして!」
「……ッ!」
私はネメシスの要望通り、その背中に触れて彼女を吹き飛ばす。
加速は便利で付与まで出来た。
ネメシスは知る筈も無いがまた勘だろうか。
それでもこうして使っていく中で、段々と力の使い方がわかって来た。
制限のようなものも何となく感じる。
多分、二秒加速したら私は砕けて死ぬ。
それだけの速さと力とその代償。使い方は死んでも誤れない。
そして私の目の先で加速したネメシスは高速の中で拳を振り抜いた。
私はその動作を瞬きも忘れて目に焼きつける。
私の目指すべき姿が今そこにあったから。
──流転無手気功術
「威智阿ッ」
『ぐぶっ…………ッ』
その拳がまた深く突き刺さる。
これで何度目かは正直分からない。
それでもそれは私が最初与えたものより、更に深くマモンの腹に突き刺さった。
それでも、ダメージは与えていても致命傷にはまだどれもなっていない。
時間を与えれば回復するし、全てがジリ貧でこっち側不利だった。
けど、
「仁射ッ!」
『ご、ばぁッ……………!』
ネメシスの動きは一切止まらない。
私の加速は切れても更に早く動こうとする。
そして私より完璧に気功術を使いこなし、私でギリギリ目で追えるレベルだった。
「燦雨───死重ッ」
『ぎっ………………、う゛ご…………ッ』
威智阿は言わば正拳。
仁射は点を穿つ貫手。
燦雨は刈り取る手刀。
死重は押し出す平手。
マモンの身体に連撃が突き刺さる。
その度にマモンの身体は激しく揺らぐ。
けど、まだそれでもあと少し足りない。
私は追いつく為に思いっきり足で地面を叩いた。
──加速ッ!!
まるでネメシスは私に手本を見せている様だった。
多分、ネメシスならもう少し威力を上げられる。
この状況で私に教えを説くように、ここまで落とせば見てそして真似できるだろうと。
流石に私は舐められている気がして、心底腹が立ってそれをそのまま足に込めた。
──流転無手気功術
「「護尾!!」」
『ぶえぁ……ッ!』
私は首に、そしてネメシスは腹に。
それぞれの足が打ち付け、そして突き刺さる。
流転無手気功術・五連撃最後の一撃。
マモンは白目をむいて意識を遂に飛ばした。
身体から目に見えて徐々に力が抜けていく。
しかし直ぐにまたマモンは意識を取り戻した。
『がぁぁああああああッッ!!!』
怒った表情を一瞬見せたものの、部が悪いと感じたのかまた空へと飛び上がった。
「くっ、……惜しいッ!」
「今のは良かった。もう一回」
確かに今のはもうひと押しだった。
護尾は威力特化の足技である。
あともう少しだけ加速出来ていれば、そして私が強ければ今ので終わっていたかもしれない。
目に見えた二秒加速の限界点。
どの道やらなければ死ぬならやって死のう。
もう、私は自分の人生になんらこだわらない。
今は皆を生かすためだけにこの拳を振るう。




