最後のピース
ライラは右目が潰れていた。
そもそも全身傷だらけだった。
命が有れば魔法で治りはするが、だからと言ってそれで良い訳も無い。
しかしライラは平然とした顔で、長年一緒にいた俺にすら痛みを悟らせない。
対比するように俺は無傷のままで、どうしようもなく心に罪悪感が募った。
ライラはやっぱり俺より強くて、遥かに傷付いてそしてちゃんと戦っている。
そんな当たり前の事なのに、まるで被害者のように俺は俯いていた。
けど今だけはそんな場合でなく、まだやるべき事は多く残されていた。
俺は握った手をまだ離さなくて済むように、今からでも出来ることを必死で考える。
「…………ヒール」
その目の傷はサリアによるものだろうか。
ライラはあの後特に何も話さない。
何がどうなってあの状況になったのか、聞きたいけど話しかけるのを躊躇する。
互いに繋いだ手はまだ離さないまま。
でも心まで繋がっているかと言われれば否である。
俺はライラにそっとヒールを掛けて、
しかしそれは発動しなかった。
それはまだ終わっていないことの証明で、俺は開けた夜空をライラと一緒に見上げた。
『ぉぉおおおォマェェエえらぁぁあああああッッ!!』
「…………マモン……ッ!」
メーザー光線は周囲の建造物事、視界の全てを焼き払った。
その中心にはマモンを確かに捉えて、しかし肝心のソイツは未だ無事である。
「な……ッ!?」
「流石に、やばいね……」
無傷とまでは流石にいかない様だったが、それでも致命的なダメージを与えた様にも見えなかった。
しかし魔力を一切使わない頼りの兵器は、一発限りでもう撃てない事を俺はよく知っている。
だから、さっきの攻撃でまだ生きてる時点で盤面はまた王手に掛かっていた。
『ムカつくムカつくムカつく!! オマエら全員ッ!! ムカつくンだよォ!!!』
『オイラの邪魔をした事も、こんなんで勝てると思ってる事にもだッ!!!』
マモンは怒りに任せて叫び散らして、たったそれだけでこの場にいる全員が固まる。
それは決して何かの魔法ではなく、ただ圧倒的強者への恐怖によるものだった。
そしてマモンは次第にその動きを止め、ギロリと全体を一度見渡した。
その顔は今まで見せなかった無表情で逆にそれが全員に怖気を走らせる。
勝てないと本能が叫びを上げた。
切り札は怒りを誘っただけで終わってしまう。
一度敗北を経験したマモンを本気にしてしまえばどうなるかは正直分かりきっていた。
『ヒール』
そして一言マモンがそう呟いて、あっという間にようやく与えた傷も癒えてしまう。
流石にそれには誰も笑えない。
理不尽を前にして思考が止まった。
そして、
『エンドクローズ』
既に建物の屋根は取り払われて、夜空の暗闇が地上を支配していた。
それとマモンがここに帰ってきた時点で、俺の魔法の雨は既に止んでいる。
そして空を覆っていた星空と月明かりが、マモンの生み出した、より濃い闇によって呑まれた。
巨大な平面体の闇が上空に生まれ、夜空を隠し、
そしてそのまま地面へと叩き落とされた。
『───もう全員死ね!』
半径一キロ程の空間が、そのまま闇に呑まれて押しつぶされた。
建物は直ぐに倒壊した。
死体も俺達も関係なく潰される。
装甲車も当たり前の様に潰されて、ひしゃげてその辺の瓦礫と混ざりあった。
「……ぐぅッ………ッ!?」
「いぃ゛っ……………ッ!」
せっかく駆け付けてくれたノノア達までも、まるで重力の様に全員が地面に縫い付けられる。
身体中の骨が一斉に悲鳴を上げて、誰一人として身動きを取れずにいた。
たった一度の攻撃で形成は逆転する。
いや、そもそも情勢は一度も傾いていなかった。
「がッ…………ぐッ、……そ…………ッ!」
しかしこれも仕方の無い事だった。
そもそも魔術師はマモンに勝ち目は無い。
だからこそシーラとネメシスの存在は、他の何にも勝るマモン戦への鍵だった。
しかし今その二人共がこの場に居なく、ネメシスは死んでシーラは心が折れてしまっている。
故に正直この結果は見え透いていた。
メーザー光線こそが最後の希望だったのだ。
敗北という世界の終わりが目前に迫る。
しかし起死回生の手が無い訳でも無かった。
「マ……モ、…………ン゛………ッ!」
『潰れろよ!!』
嫌な音がした。
見れば足が反対に曲がっている。
喉から悲鳴が勝手に漏れ出て、しかしそんな程度では当然終わらなかった。
痛い以外の思考が許されなくて、即死じゃないのが不思議な位の重圧が襲いかかる。
他の仲間がどうなっているのか、顔も挙げられないがむしろそれが救いですらあった。
「ぐッ……ぅ…………ああ゛ッ!!」
正直この程度の威力や範囲の魔法はマモンにとってもまだまだ序の口だろう。
俺は何度も殺されて来たからこそ、奴のもっと恐ろしい手札も幾つか知っていた。
ネメシスが居れば静かにこの闇の中を歩いて、そのマモンの首を刈って終わる話なのに。
いや、しかしその頼りのネメシスも、今回は一体一で負けてしまっていた。
マモンも遥かに、強くなっている。
『妙にしぶといなァ……』
内蔵が潰れた音がした。
骨が変な方向に曲がって臓器に深く刺さる。
直ぐに回復しなければ駄目な怪我だと思えた。
もう今この瞬間に意識が消えてもおかしくはない。
俺はもう、別に死んでも構わなかった。
けど死なせたくない人がここにはあまりに多過ぎた。
皆の事を考えるとほぼ無意識に、身体は限界を超えて動き出し始める。
「──がっ……かッ、……ぐぅ…………ぅぅッ……ッ!!」
俺は変なアートみたいになりながら、無理やり力を込めて二本足で立ち上がる。
その癖いやらしくまだ神経は通っていて、脳が激しく瞬いて静止を促した。
それでも、差し出せるなら命だって差し出すし、未来も寿命も信頼ももう何も要らない。
代わりに仲間の命だけは絶対に、何を代償にしても最後まで守り切ると誓う。
それがライラが俺に伝えてくれた、最後まで貫き通す強さの答えだと思った。
俺は敵であるサリア達すら守る選択をした。
ならその行動だけはブレさせる訳には行かない。
大事な人は誰も死なせない。それが俺に最後残された唯一の芯だった。
だから、その為に俺は立ち上がって、その最後の希望へと縋り着いた。
「───ノ……ノア…………ッ!!」
ノノア・エレノイト。
彼女ならもしかすると、死んだネメシスすら治せるのかもしれない。
この場に僅かな希望があるのならば、もうそれ以外俺には考えられなかった。
ネメシスじゃないとマモンには勝てない。
他力本願でもそれはただの事実だった。
そのネメシスを取り戻す切り札の元へ、俺は暗闇の中足を引きずりながら歩いた。
『ぁあ…………? まだ何かすんのかよ』
前すら見えない暗闇の中、しかしまた直ぐに限界は来て押しつぶされる。
しかしその度に何度も立ち上がって、それも駄目になったら次は這いずった。
こんな最後の最後で根性論に、気合いに縋るとは俺も流石に思わなかった。
それでも縋るものがまだあるのなら、泥臭くてもそれはきっと希望と呼ぶのだろう。
「………………………………………」
でも、結局詰みだった。
腕が、身体が、口すら動かなくなる。
視界が写している暗闇が、もう魔法か目を閉じているかの判別もつかない。
結局、マモンが本気を出した時点で、こうなるのも早いか遅いかの違いしか無かった。
そもそもネメシスとシーラで勝てると言っても、それはマモンの油断も有りきの計算である。
マモンは俺とネメシスの能力を掛け合わせ、かつ魔力を無限にした正真正銘の上位互換。
『エンドバイト!!』
範囲攻撃はそのままに、そして次なる魔法が闇の中に展開された。
その魔法は悪魔の名に申し分なく、楽に一撃で死ねる威力の上級魔法である。
しかしこの中の誰一人もう一歩も動けない。
ノノアも、パスカルも、会長もフーコも、そしてライラも、当然ネメシスも。
みんなが皆、俺が守りたい人なのに。
死を座して待つただ空虚な数秒。
それでも、俺は、皆を、絶対に─────
「────────────」
「…………?」
声が、聞こえた。
でもそれは、最初ただの幻聴だと思った。
ここは音すら軋ませる闇の中、皆の悲鳴すら未だに聞こえて来ない。
それでもそれは、段々と大きくなって、無視できない勢いで俺の脳の片隅を刺激する。
この戦いに残された最後のピース。もしそんなものがまだ有るというのなら───
「────アタシ─の────こと──ぉ────ッ!」
それはきっと、目も眩む程、とんでもなく強い光なのだろう。
「───────忘れてんじゃ無いわよッ!!!!!」
───まるで、爆発音みたいな音がした。
視界が、闇が一気に晴れてその衝撃が肌を叩いた。
「──────シー、ラ……」
シーラが来た。
それは俺の心に希望を灯す。
ネメシスに次ぐもう一人の戦いの鍵。
その声が聞こえただけで涙が出てしまい、絶望に折れた心を光が包む。
『───お、お……ご………ッ!!』
シーラの拳がマモンの腹に突き刺さっている。
深くめり込みマモンの顔に余裕は一切無かった。
しかしそれでもシーラはまだ止まらない。
彼女の気が、目で見えるくらい激しく瞬いていた。
「う────らァッッ!!!!」
『ケボォア………ッッ!!??』
シーラが拳を振り切った。
するとマモンの姿が一瞬で掻き消える。
そして辺りの瓦礫も巻き込みながら、街を破壊をしつつ遠くへ吹っ飛んでいく。
破壊音と土煙を目で追えば、何処まで飛んで行ったか一目瞭然な程だった。
たった一撃。でもその一撃は、俺が見てきた中でもトップクラスの破壊力である。
「シ………………ぅ……ッ」
明らかに前より強すぎた。
シーラに何が起きたのかはまだ分からない。
直ぐに彼女の元に近付こうと思ったけど、結局身体はもう言うことを聞かなかった。
シーラは殴った反動で空中で回転し、そしてそのまま地面に綺麗に着地する。
そのまましばらくはマモンが飛んで行った方を彼女は静かにじっと眺めていた。
「────ッ、……皆、無事っ!?」
その後、マモンがすぐ来ない事を悟ったのか、シーラは俺たちの元へと駆け寄って来る。
俺は自分にヒールを掛けてみたが、しかしまだ魔法は使えないままだった。
マモンは生きてるしまだ近くにいる。
俺は思わず力なく歯噛みした。
本当に全てがギリギリで、脆い崖の上でダンスでもしてる気分である。
「ユーロ……ッ、皆、遅くなってごめん……っ!」
シーラは何も悪くない。
むしろ本当にいいタイミングだと俺は思った。
仮に今より早くても範囲攻撃の巻き添えを彼女も食らっていた可能性が高かった。
いや、そもそも彼女はあの範囲攻撃の中を、身一つで突っ切ってきたことになるのか。
しかしそうなるとそれはあまりに常識外で、最早ネメシスや未来のシーラの領域だった。
ただ、そんな事は今はどうでも良くて、しかし言葉がもう上手く話せない。
今から俺達がやるべき事は、ノノアを助け起こしてネメシスを生き返らせる事である。
でも今の攻撃でノノアが死んでいたらほぼ終わり。
でも俺と同じでギリギリで踏みとどまっているかもしれない。
ただその為にはマモンの魔法無効結界が邪魔だった。
それを伝えたいのにどんどん身体が冷えていく。
「……ユーロ……ネメシスも……、ライラまでっ!」
「…………ジー、ら……」
「あっ喋っちゃ駄目……っ!」
俺は無視して立ち上がろうとして、でも結局シーラに無理やり寝かされる。
けど今は痛みよりも大事なことがあった。
ここで何も出来ないなら其れこそ死んだも同然だ。
『いったいなァ……ッ!!……オマエもう死んどけよぉぉぉぉおお!』
そしてマモンがここへと直ぐに帰って来る。
バリアが間に合った様子も無かったのに。
やはり回復ができる以上、一撃で消し去らなければ何度でも奴は全快してくる。
「アイツ……………ッ!」
確かに今の不思議なシーラなら、最初よりは一人でも届くのかもしれない。
それでも、万全のネメシスが負けたという事実が確かに俺達には存在した。
「シー…………ら……、ノノ、ァ…………」
「大丈夫だから! アタシが……アタシが何とかするからッ!」
そういうシーラも事態の悪さはちゃんと理解している様だった。
口では強がって見せてはいても、その顔は酷く強ばっている。
「大丈夫…………大丈夫だから……!」
まるで自分に言い聞かせるように。
それでもそれは、本質は俺を安心させる為に。
シーラはこんな絶望的な状況でも、振り返って俺の知る笑顔で笑って見せた。
「だから……全部終わったら……、ユーロ達の事、聞かせて?」
額に汗が一滴伝ったが、それでも絶対に勝つという意思は確かに伝わった。
それは俺がかつて大好きだった、誰よりも頼りになるシーラの笑顔だったから。
記憶が戻った訳では無いようだが、やっぱり本質は幾らやり直したって変わらない。
状況は悪くても、他でもないシーラなら。
彼女になら、この最悪を信じて託せると。
そして、俺はとうとう限界が来て、最後は、俺も笑顔で目を閉じた。
「リ・バック!!!」
「─────ッ、ばはぁッ!?」
飛び起きた。
身体が動く。
「な、え……?」
「あ、れ……いや……、身体が……………ッ!」
シーラが素っ頓狂な声を上げた。
それに負けず劣らず俺も間抜けな顔をしていた。
目を閉じて、最後意識を手放す瞬間。
確かにノノアの声が聞こえた気がした。
確かに彼女に意識が残っていれば、この力を使う事が出来ないことは無い。
それでも、俺よりも華奢で脆く、かつマモンにトラウマさえある彼女が。
「────────みんなっ!!」
俺ですらまだ立ち上がれていないのに、ノノアは瓦礫の上に震えながらでも立っていた。
「私が……っ、全部、治すから……ッ!!」
「───だからっ、頑張って……っ!!」
勇気を貰った。
当然俺だけじゃなくて、ノノアの勇気の光はこの戦場を包んでいた。
「な、なんだ……」
「生きてる……?」
「私、は……確かに……」
ロイゼに殺された兵士達も、会長も、パスカルも、フーコも全員が無傷で立ち上がった。
前回は、二人直しただけで数日寝込んでいたのに。
その圧倒的な成長に胸の高鳴りが止まらない。
勝てる。
これで負けたらもう嘘だ。
だって、
ようやく全てのピースが、ここに揃ったから。
「────ごめん、随分寝た」
もう一人の最強が、その大きな背中が、シーラの横に並んで立ったから。
「──シーラ、行ける?」
「…………当前ッッ!!」
『雑魚がァァァァッ、粋ガンなよ!!』
最後の戦いの火蓋が、今切って落とされた。




