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億回死せるは、偽勇者〜バッドエンドの集束地点〜  作者: つきらゆ
忘れた君への青春賛歌
37/83

二兎を追うもの




 俺は探知魔法というものを少し前に作った。

 しかしそれは案の定上手く作動してはくれなかった。


 けれど、事態がこうして進展した結果、その魔法も同時に進展の目を見せていた。


「サーチ・アスモデウス」


 ガルの気配を記憶して、その結果第四悪魔に連なるものの気配を辿れるようになった。

 スプレンドーレの各地に三人の気配を感じて、そして正確に分からないくらい遥か遠くにもそれを感じた。



「…………」


 ともかく、今それは後である。

 ガルに関してはもう良いだろう。

 サリアとロイゼの事を思い出して、しかしどっちから対処すべきか丁度迷う塩梅だった。


 サリアは純粋に身体能力が高く強い。

 対するロイゼは殲滅力が高かった。

 自身が発する音を斬撃に変える能力。

 俺は取り敢えず近い方へと向かう事にした。



「……ロイゼ」


 場所は魔道隊詰所がある中心部。

 その時点で俺は嫌な予感がして頭痛が酷かった。

 それにもし彼女も俺と過ごした記憶があったとして、俺は一体どんな顔をして何を言えばいいんだろうか。


 彼女達は殺すべきだ。それは正直間違いない。

 しかしガルを逃がした時点で割ともう遅かった。

 それに、その事に対して俺は後悔していない。

 もし彼女達が人を殺していたら取り返しがつかないのに。


 考えが纏まらない中雨の中を一人突っ走る。

 こんな時に限って時間はあっという間に過ぎ去った。




「………………」


 目の前にある大きな鉄で出来た扉。

 補給地点である筈なのに、不自然な迄に静けさが漂っていた。

 俺は緊張を抱えながらその扉をゆっくり押し開ける。

 結局、その中には。


 ──想定通りの最悪が待っていた。



「……………ロイゼ」

『…………………?』



 夥しい数の人の死体。

 山が築かれその上に女が座っていた。

 お手玉のように首を弄びながら、そして俺を見つけるとその顔に喜色の表情を浮かべる。


 全てにおいて本当に最悪の結果がここにあって、手遅れで尚且つ俺はこの状況に必然を感じてしまった。

 そんな俺の胸中など彼女は何も知らないのだろう。

 ロイゼはただ、優しい笑顔でその山から静かに降り立った。



『ユーロ、久しぶり』

「……………………」

『あれ……元気ない?』



 死体を背にしたこの光景をまるでなんでも無い様に振る舞うロイゼ。

 それがより価値観の違いを際立たせて、この世界では相容れない事を認識させる。


 なのにガルもロイゼも、何故か純粋に俺の事を仲間だと思って普通に接して来ていた。

 けれど、それが何より俺を追い詰めてくる。

 正直今が生きて来た中で一番辛かった。



 今から俺は彼女を殺すから。

 殺さなければ、もう誰も報われない。



「……ロイゼ…………」

『あっ……ごめん、みんな殺しちゃった』


 ロイゼは俺に謝る。

 けど、俺はそれを素直に受け入れられなかった。

 それが命を奪ってしまった事に対する謝罪なら、まだ幾らか死んだ人も俺も救われただろう。



『ユーロの分も残しとけば良かった』



 そう言って屈託なく笑うロイゼは、ただ少し無邪気な人間にしか見えなかった。

 他でもない、彼女の記憶の片鱗を俺は理解する。

 それはただ俺を追い詰める為だけの繋がりだった。



 ──遠い記憶。

 本当に、何回前の周回か分からない。

 俺は闇魔法を覚える為に、一度アスモデウスにその身と人生を捧げていた。

 その回は、色んなことに手を染めた。

 本当に……色んな事をやってしまった。


 勇者なんて言っておきながら、やり直しを言い訳にしたただの殺戮の記憶である。


 ……でも、それでも。

 それでも、今の俺は。


「ロイゼ……俺は」

『うん?』


「俺は……君の敵だ」



 その言葉を俺はロイゼに告げて、すると彼女は笑顔のまま表情を固まらせる。

 対する俺は苦しい顔を隠せなかった。

 けど苦しみながらも手は何とか無理やりに動かす。


 俺はロイゼに何時でも魔法が打てるよう、その意志が分かり易いよう手を掲げて見せた。

 俺は、君の敵としてここにいるんだと。

 平気で傷付ける人類の味方側なんだと。



『……え、 なんで………………意味、わかんない……』

「…………」


『いやいや、おかしいじゃん。……だって、ユーロはママの……』



 それ以上はもう聞くに絶えなかった。

 それはもう、俺にとっては過去の記憶だったから。

 この最後の周回に持ち込んでいいものでは無くて、俺は懇願するように黙って目を伏せた。


 殺す。絶対に殺さ無ければならない。

 記憶があっても、敵なのは間違いない。

 俺は震える手を必死でロイゼに定めて、そして思考を止めて唇を血が出るくらい噛みしめた。



『ユーロ……っ、私は迎えに──』



 言葉を遮って光の魔法をロイゼに放つ。

 対するロイゼはそれでも一歩も動かなかった。

 最後まで彼女は俺に縋ろうとして、ただ棒立ちで彼女に魔法が直撃した。







 直撃する、筈だった。





『……なんなの……ホント………訳分かんない』

「…………」









「……一度だけ、見逃す」


 馬鹿な自覚はある。

 それが意味する事も分かりながら俺は結局手を降ろした。

 魔法はロイゼの真横を素通りして、後ろの壁に大きな穴を穿っただけで終わった。


 きっと、皆はこの選択に納得しないだろう。

 特にライラに対する裏切りは酷いものだった。

 俺とライラの間をかつて引き裂いたのは、他でもないアスモデウス達の存在だというのに。



「……帰ってくれ……それと、もう人を殺すな」



 それでも俺は色々と限界を感じて、とにかく今は考える時間が欲しかった。

 仮にここで彼女を逃がしたとしても、結局いつか殺す事になるのは分かっているのに。


 

『なんで…………一緒に、帰ろうよ……』

「…………駄目だ」

 


 俺はかつて第四の悪魔を乗り越えた後、その先に繰り返した無数の周回の中で。

 記憶のリセットされた彼女達の事を、既にこの手で何度も無惨にも殺してきた。


 そうしなければその時は先に進めなかったから。

 けど記憶が無いからまだ敵として振る舞えた。

 突き詰めれば本当にただのエゴでしかない。

 それでも、これは最後の周回だったから。


 彼女達は純粋に人類の敵で、それでもその日常と夢を俺は知っている。

 其れを俺の手で潰えさせるのは、巫山戯た事だが俺には不可能と言ってしまえた。



「………………頼む……殺したくない」

『………………』



 ロイゼは多くの人を殺した。

 それその時点で歩み寄る世界は存在しない。

 それでも、俺は出来ることならば。


 出来ることなら、俺の預かり知らぬ所で幸せに生きて欲しい。













『───ロイゼェエエエエエエッッ!!』


「──なっ!?」

『………はぁ?』




 轟音と共に瓦礫が飛び散った。

 その衝撃と同時に何かが部屋に入って来る。

 けれど、その声には酷く聞き覚えがあって、ロイゼも放心しながらそれに振り返った。


「───────!」


 けど、俺はその光景を前にして、あまりにおかしな組み合わせに大きく目を見開いた。

 明らかに異常な事が目の前で起こっていたから。


 壁を力任せに潰したサリアの後ろに……




 その後ろに、俺のこの世界の恋人がいたから。





「───ライ───」




 ライラと俺の目が合った。

 彼女も驚いた顔をして、一瞬だけ身体を強ばらせる。

 それでもそれは本当に一瞬の事で、彼女はその目で俺に何かを訴えかけてきた。


 何時もなら、俺はそれだけで彼女の意志を理解し、直ぐに動き出す事が出来ただろう。

 けれど、俺は彼女の考えがまるで読めなかった。


 俺の裏切りの行動が無意識に彼女との繋がりを隔てている。




『ロイゼッ! 覚悟するっすよ!!』

『はぁッ!? ……ッ、サリア後ろ!!』


『うるさいっすよォ!!』


「──ライトソウッ!!」


 三者三様、それぞれの考えが交錯して、思考が定まらない中それでも目的の為に動いている。


 ロイゼはライラを。

 サリアはロイゼを殺す為に。

 そしてライラは……その回転する光の刃を。


 無防備に背を見せるサリアに向かって振り下ろした。






『ギャアアアアアアアアアアッッ!?!?』



『サリアッッ!?』



 血しぶきが上がってライラを染めあげる。

 それでも彼女は更にその刃を首に食い込ませた。

 サリア程の猛者が何故か避ける素振りを見せなくて、俺はそんな光景を見てしかし動けずにいた。


 ロイゼの悲痛な叫びが斬撃となって、ライラに向かって見えない刃が飛んでいく。

 このままいけば、ライラとサリアの二人ともが死ぬ。

 俺の前には今後を左右する選択肢が掲げられていた。



 サリアを助けてアスモデウス側に付くか。

 ライラを助けてロイゼ達をここで殺すか。

 二兎を追えば間違いなく両手から二つ共が零れ落ちる。

 どちらか、どちらも失うしかここには選択肢は用意されていない。


 それがわかっているのに、俺は馬鹿みたいに身体が勝手に動いて脳死で魔法を唱えだしていた。

 いつの間にか無様に涙を流しながら、二人の前にその魔法を唱えて形創る。



「──シールド…………ッ」



 ガキン、と音が鳴ってその刃を防いだ。

 ガキキキ、と断続的な音が鳴ってその刃を防いだ。


 俺はどちらも切り捨てることが出来なかった。

 けど、それは両方を捨てる最悪の選択肢だった。







「───────は?」






 ………………??





 ライラの動きが止まった。

 まるで時間が止まったみたいに放心している。

 俺は彼女達の顔がまともに見れなくて、ただその盾に魔力を流し続ける機械となった。


『ぃぃぃぃぃぃぃいいいいい゛い゛っ゛──ッ! ……どげぇッ!!』

「…………ッ」


 サリアが無理やりに身体を捻って、その衝撃波だけでライラは数メートル吹き飛ばされる。

 その事自体にそれまでダメージは無さそうで、それでもライラは全く動こうとしなかった。



『はぁ……っ、はぁ……ぐぅ───痛いっ、いだいッ……ッ!』



「……なん、…………え、なん、で?」



 泣きわめきながら血を流すサリアと、何かを呟きながら固まって動かないライラ。

 その二人の様子を交互に見て、ロイゼは最後に俺を見て全てを悟った様な顔を見せた。


 本当に、何でこうなったんだろう。

 何て、悪いのは全てただ俺だけである。

 俺は信頼の全てを失った事を自覚して、そして勇者である資格も同時に失った。



『だずけて、痛いッ……治しでパバッ……っ!』


「………………、ぱ…………っ……。ねぇユーロ……早く、そいつを殺してよ………………」



 サリアは間違いなく瀕死で、首からおびただしい量の血を流している。

 放っておいても恐らく死んでしまうが、その前にライラを殺すくらいの力は有ると思えた。


 ロイゼは俺を見てしかし動こうとせず、呆れた目をしながらただ事態を静観している。

 ライラは縋るような目を俺に向けてきた。

 俺は、それには答えられなかった。



『……ユーロ、私達と来て』


「っ、……はっ?……あんた、何言って……」




『そっちは色々……大変でしょ? 私たちは、そう言うの別に許せるから』



 ロイゼの言葉に俺は少しだけ顔を上げた。

 それを一瞬救いの様に感じてしまったから。

 けれど、俺は弱々しくその首を振った。

 ロイゼは静かにその目を伏せて、そして諦めた様に一言呟いた。


『…………そう』


『パパぁっ、いだいッ! 治じてぇ! 殺してぇ゛ッ!!』

「………………」



 ロイゼは軽い動作でサリアの元へと飛んで、そしてその体を雑に抱き抱える。

 サリアは鼻水と涙と血を垂らしながら、ロイゼに肩を貸されて何とか立ち上がった。


『サリアを治してあげて……助けたんだから、どの道同じでしょ』

「………………」


「………………うそ…、よね……?……ユーロが、そんな事……する、訳……」



 ライラの言葉は途切れ途切れで、信じたいけど信じられないといった風だった。

 けど、賢い彼女ならきっともう気付いている。

 この状況を作り出した原因と俺が選んだ選択を。


 結局、俺はライラの奥底の予想通り、彼女の思いを簡単に裏切った。

 きっと、彼女とはもうここまでだろう。

 それがわかっても、俺には命とは変えられなかった。



 俺はサリアにヒールを掛けて治した。

 ライラはまるで怯えたように息を吸いこんだ。




『……じゃあね』

『ぐぅッ…………オマエェ!! 絶対に許さないっすからねェ!!!』



 二人はここから去って行く。

 当然俺も、ライラにも止める余裕は無く見送った。

 残された俺とライラをただ沈黙が支配して、俺は力が抜けて膝から地面に崩れ落ちる。


 この状況は果たして俺が求めていたものだろうか。

 するとライラの強い視線を一身に感じた。

 俺は蹲ってその視線からただ逃げた。

 出来ることなら、俺はこのまま死んでしまいたい。




「……………………」

「……………………」




 ライラは何も言おうとしなかった。

 いや、きっと俺から何か言うべきなのだろう。

 けれど、思いつくのは言い訳ばかりで、この選択の結果を巻き返す手段がある様には思えなかった。




「………………ごめん」



 だから俺はただ謝った。

 その言葉は彼女の心にはきっと届かないだろう。

 俺は……どちらも守りきったように見えて……


 その実、ライラの心を切り捨てたのだ。




「………………何で」

「……………ごめん」






「…………………………………………死ねばいいのに」






 ライラは、俯いて泣きながらそう言った。























『あははははははははははははははは!! 』





 悪魔の声が地獄にこだました。

 それは心底楽しそうな声を上げている。

 俺はその声に無意識に顔を顰めて……でも、もう正直どうでも良くなり始めていた。



『ちょっと前から見てたけどさァ! 何だよこの面白そうな状況!! もっと早く帰って来れば良かったじゃん……っ!!』



 マモンがここに帰ってきた。その事実は、色々な意味を孕んでいる。

 それでも、仮に今日を乗り切ったところで、俺はもう明日以降も生きるビジョンが見えなかった。




 だから、もう動く気力も湧かなくて、なのにまだ絶望は俺を追い詰めようと押し寄せてくる。

 マモンの横に大きな黒い穴が現れて、俺はただ虚ろな目で其れを見上げていた。

 


 








『はい、オミヤゲ!』






「────────」







 どサリ、と地面に何かが落とされた。




 それは、変わり果てて動かなくなった。




 託して、信じて別れた。




 血まみれの、ネメシスの姿だった。




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