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億回死せるは、偽勇者〜バッドエンドの集束地点〜  作者: つきらゆ
忘れた君への青春賛歌
35/83

大事な記憶





 風が吹くだけで傷が酷く痛んだ。

 満身創痍で立つのもやっとで、それでも私はなんとか生きている。

 まだやれると心の中で嘯いて視界を上げればそいつはまだそこにいた。


 フワフワと身体を浮かせながら、死に体の私を空から笑っている。

 私は強気に笑って返した。

 顔も痛くて直ぐにやめた。


『すごい! 生きてる!』


 その賞賛の言葉は当然素直に送られたものでは無いだろう。

 それでも私自身、自分にそう言ってやりたかった。

 身体中からボタボタと血が流れでている。

 早く何とかしなければ。そう思っても身体は中々動かない。

 右手は肘から先がないし、他にも色々とやばかった。


「まだ……やれ、る……」


 あの時空中で魔法が放たれて、私は身をひねりながら何とかその場は凌いだ。

 しかし身体の肉はだいぶ持っていかれて、貧血と痛みで視界が明滅する。


 それでも、私は刀を構える。

 右利きだが決して左が使えない訳では無い。

 流石にマモンに届くとは思えなかったが、それでも今諦めるには早すぎた。


 ……だからここからは、少し目的を変える。

 勝つ事はもう正直あきらめる。

 私が今からするのは時間を稼ぐこと。

 シーラさえ生き残ればまだ可能性は残されるから。


 だから、私はマモンに刀を突きつけた。


 マモンは喜の表情を消しさって怒りにその顔を段々染めていく。

 けどそれでいい。私はこれでいい。

 ここが墓場としても、出来ることは最後までやり遂げるから。



「かかって、こい」

『うるさいなぁ……』



 果たして何秒持ちこたえられるだろうか。

 そもそも私は後一歩でも動けるのだろうか。


 もう皆に会えないと考えると、無性に強く胸を締め付けられた。
























──────────────────────────

───────────────────────







 ──目が覚めた。


 そして私は直ぐに起き上がる。


 まるで悪夢でも見ていたような気がして、私は汗が止まらなくて少し吐き気もした。

 それでも体を見れば怪我も痛みも何も無い。

 空は雨が降っていて、イマイチ状況は飲み込めなかった。



「……ここ、どこ」



 雨や雷は嫌いである。

 だって、外で遊べないから。

 何て、子供みたいな理由だけど、私にとっては大事なことだった。


 私は身体が冷える感覚を覚えて腕を抱き寄せながら辺りを見回した。

 すると私の他に、ここにはユーロがいた。

 彼は私に背を向けて何かをしている。



「ユー……」



 アテルがいた。

 その安らかな顔を見て私は全部思い出した。




「ッ、シーラ? 良かった、目が覚め──」





 音が何も聞こえなくなった。

 視界が歪んでまるで世界が回っているみたいに見える。

 何で私は今生きているんだろう。

 私は今天国で、そこでアテルと一緒に居るはずなのに。


「────、─────」


 ユーロが目の前で何かを言っていた。

 しかしその意味がまるで頭に入ってこない。

 心が壊れると人間的な機能も失われるのだと、この時私は産まれて初めて知った。



「─────、─────!」



 私は私の肩を掴むユーロを他人事のように虚ろな目で見つめている。

 そんな私の無様な姿は彼にはどう写っているのだろうか。

 どの道私はもうダメだから早く見限ってどこかに行って欲しかった。

 彼の時間が勿体ない。そして私の事はもう忘れて欲しかった。

 





「────シー──!」







 私は私自身がこの世で一番憎かった。

 この事態に何も出来なかった自分が憎い。

 アテルが死んで、屋台のおっちゃんが死んで。

 もうスプレンドーレで深く関わった人は誰も居ない。


 私を見てくれる数少ない人達は皆私の前から消えていく。

 きっと、ユーロ達も例外じゃない。ならどうせ居なくなるなら最初からいらなかった。



「───ーラ──! ────必───だ!」



 一瞬、ほんの一瞬だけ、何故かドキリと心臓がはねた気がした。

 声は未だに聞こえない。それでも本能は言葉を理解しているんだろうと何となく思った。

 彼の声が私の何かを揺さぶっていて、そんな光景を私は他人事みたいに見ていた。

 だって、彼に気にかけられる理由が、私にはどうしても分からなかったから。




「───目を───!」

「…………」




 目は覚めてる。目は覚めてるけど、むしろ寝てる方がまだマシだろう。

 私が動けば事態は悪くなる。

 何故かそういう確信が持てた。




 揺れる揺りかごが脳裏を過った。

 それが何なのかは私には分からない。

 それでも、暗闇の中で揺れるそれに私は酷く心が引かれた。

 頭の中でそれに手を伸ばして、私はゆっくり世界から目を閉じる。




「───、─めん!」




 ──バシン、と、音が鳴った。

 ユーロに頬を強く叩かれたのだ。


 私は数秒放心して、怒りが芽生えて彼を睨みつけた。

 すると彼はびっくりするくらい苦々しい顔をしていて、一瞬怒気がなりを潜めてしまう。


 だからと言って理解ができなかった。

 傷心の女に手を挙げるなんて意味が分からない。





「……シーラは、俺が知る中で一番強い女の子だ」



 何でか声がちゃんと聞こえて来た。

 けどその内容はやっぱり理解は出来なかった。

 そう言って私を語るユーロは、やっぱりどこか不思議な目をしている。


 友達に向けるものでも無く、親友でもあまり説明がつかなそうだった。

 なにか……もっと大切な、もっと特別な何かを彼から感じ取れる。






「……シーラは俺たち以外に友達が一人もいない」


 うるさい。

 けどそれはただの事実である。

 私に人を惹きつける魅力は何も無い。

 というか、別にユーロ達は友達じゃなかった。

 とてもじゃないけど彼らと対等では居られない。


「シーラは決めた事は絶対に曲げない」


 それもそう。けどそれはいつも悪い意味で働いていた。

 薬と一緒で頑固さは適度に保たなければ意味は無い。

 それに、曲げないと折れないとでは全然違う。

 私は私を貫いた結果、何かにぶつかってその勢いをいつも留めさせる。


「シーラは……俺は、シーラが心で負けたところは見たことがない」


 それはどう考えたって嘘だった。だって、今現に負けている。

 節穴にも程があるし私だって普通の女の子だ。

 馬鹿で弱くて何にもなくて、今みたいな戦争が起きれば直ぐに死ぬ端役。

 もしかすると普通ですら無いのかもしれない。

 こんな言葉を貰う資格は私には無かった。



「シーラ、立ってくれ……今、君が必要──」


「──うるさい!!アンタこそ、アタシの何を知ってるのよ!!」


 肩を掴む手を無理やり払って、そして私は無意識に声を張り上げていた。

 喉がはりさけそうなくらい叫んで、それでも私は更に息を吸う。


「アタシは弱いの! もう立てないの! ……もうほっといてよ!!」

「シーラは弱くない! 誰よりも──」

「うるさいうるさいうるさい!!」


 私はその体を強く突き飛ばす。

 彼はそれでもビクともしなかった。

 ほら、やっぱり私はこんなに弱い。

 弱すぎて涙まで流れてきた。


「しね! 死んじゃえ!! ……っ、みんな……皆もうどうでもいい!!」

「シーラ……」


「もう嫌だ! もう嫌!! ……いやなの……ッ!」


 私は蹲りながら耳を塞いで、目を瞑って殻の中へと閉じこもった。

 瞼が視界を黒く染めれば、そこでは揺りかごが静かに揺れている。


 これは一体なんなんだろうか。

 手を伸ばせば何故か胸が高なった。

 けど同時に不安が胸を覆い尽くして、それが余計に私の興味を煽ってくる。






「……分かった……ただ、一つだけお願いがある」

「……いゃだぁ…………っ」



 ユーロは私の背中をさすりながら、私はそれにムカついたけどされるがままだった。

 もう別に全部どうでも良かったから。

 お願いだって聞く気はさらさら無い。



「揺りかごには絶対に触れないでくれ」

「………………え」




 私はそれには流石に驚いて、目を開けてユーロの顔を見る。

 彼は酷く悲しそうな顔を浮かべていて、最後、私にヒールをかけてから立ち上がった。



「………もう、行く」

「……まっ、……どう、いう……」



 言葉が上手く発せない。

 それでも私は聞かなければいけないと思った。

 彼は私の何かを知っていて、私はユーロに弱々しく手を伸ばす。


 もうどうでもいいなんて言っておきながら、早速私は何かにすがろうとしていた。

 それでもユーロは止まらなくて、でも最後にもう一度だけ私へと振り返る。




「頼む……シーラ、ネメシスを──」




 助けてくれ。


 最後にユーロはそう言って、この屋上からあっさりと姿を消した。

 私は一人取り残されて……


 いや、ひとりじゃない。

 ここにはまだアテルが居た。


「…………」


 雨から身体を守るように土魔法で作られた屋根の下に安置されたアテル。

 私はそれに這い寄って、そしてその雨より冷たい頬に手を触れた。


 私は彼女を守れなかった。

 彼女は私を守ってくれた。


 その恩返しは絶対にするべきで、しかし私に出来ることはもう何も無い。




「…………しに、たい」




 結局、全部はそこに帰結した。

 死んでしまえたら全部が楽だから。


 目を閉じれば揺りかごが揺れていて、私は惹き付けられるようにそれに近づいた。

 ダメだと言われれば余計に好奇心が湧いて、どの道死んでも良いのだからと私は歩み寄る。

 そしてその中を覗き込んだ。

 順当に行けば中にいるのは赤子である。



 しかしそこに居たのは当然、そんな生易しいものではなかった。






 ────あ。












 揺りかごが揺れている。


 キィ──、キィ──、と音が鳴っていた。


 私はその中を覗き見て。


 覗き見て、視界が真っ黒に染まった。





















──────────────────────────

──────────────────────







 後悔がないと言えば嘘になる。

 しかし満足していないかと言われればそれも嘘だった。

 それもそのはず、人はそもそも矛盾した生き物で、正解も王道も嘘も失敗も本来何も無い。


 ただあるのは今と未来だけ。

 その象徴はやはり子供だろうか。

 私はその希望を胸に抱いて、ゆっくりと身体を左右に静かに揺らした。






「──ほーら、シーラ〜! 良い子良い子〜!」


「きゃっ、きゃっ!」





 何処にでもありそうな幸せな家庭。

 綺麗な女性が赤子をその手に抱いていた。

 植物に音楽を聞かせればすくすく育つように、言葉を理解できない赤子もその愛は理解していた。


 しかしその光景は当然私の知るものではなくて、理解が及ばない状況にただ一人困惑する。

 色あせた世界。私の知らない記憶。

 ただそれでもその女の人に私は見覚えがあった。





「…………ママ…………?」






 写真でしか見たことの無い人がどこか私に似ている赤子を抱えている。

 すぐそばに私は立っているのに、しかし彼女達は私に見向きもしなかった。

 私は訳が分からなくてただぼうっと突っ立ってそれを眺めている。

 ただ胸の内を埋め尽くしたのは羨ましいという感情だけだった。



「シーラ〜、 しーら〜〜っ!」


「……………………っ」



 変な歌を歌う、私の名前を呼ぶ多分私の母親。

 その声を聞いたのは初めてで、私は思わず勝手に喉が小さく鳴った。


 一体何が起こっているのだろうか。

 死ぬ前の走馬灯ならなかなかに粋ではある。

 それでも、近づいても彼女に手は触れられなくて、その事がむしろ余計に寂しかった。



「…………ママ」



 返事は無い。見えないし聞こえてない。

 私は一歩下がって、もう一度辺りを見回した。

 私のすぐそばにはあの揺りかごがあった。

 相変わらず私はそれに酷く惹き付けられる。


 ユーロは何でコレを知っていて、そして私に触れるなと最後に言ったんだろうか。

 まだ、私はそれに触れてはいない。

 けど恐る恐るゆりかごに手を伸ばした。



「──ただいま、シア」

「────」



 手をとめた。

 違う。手が止まっていた。

 扉を開けて入ってきたのは私の父だったから。

 数年ぶりに見た父の顔。私は放心して全く動けなかった。

 喋ってる。そして笑ってた。

 見たかったものがここには全部あった。



「シーラもただいま」

「ほーら、パパが帰ってきたわよーっ」



 もう一人の私が二人の中心で抱かれている。けれど本当の私は見ているだけという矛盾した不思議な構図。


 私は幸せだけど、私は不幸せ。

 私は欲しいもの全部もってるのに、私は何も持ってない。


 私は目の前にいる私が憎くて憎くて、そんな醜い私がそれよりもっと憎かった。



「シーラ……私達の可愛い子」



 私はちっとも可愛くなんてない。

 こんな醜い心の持ち主が誰かに可愛がられる筈がない。

 案の定友達も一人も居ないし。

 思えば私は親に誇れるものが何も無い事に気が付いた。


 そうだ。むしろ話せなくてよかった。

 もし話せたら、どの面下げて何を話すんだろうか。

 庇ってもらって大事な人を死なせましたとか?

 皆戦ってるのに私だけ逃げてますとか?




『私はネメシス……シーラの親友』

『私の友達に、何してんだッッ!!!』



 それでも一瞬それが脳裏に過ぎって、少しばかり胸が締め付けられる。

 私はこんなところにいて良いのだろうかと。

 いや、私にはもう関係ない。



『……シーラは俺が知る中で一番強い女の子だ』



 そんな嘘口八丁が私の心に届くはずがなかった。

 届くはずがないのに私の手は止まって心は揺れていた。

 色んな思い出が確かに私にはあって、それらが私に何かをさせようとしている。

 直近の記憶ばかりだったけど、それでも私にとって大切なものだった。



「何で……」



 世界が私を追い詰めてくる。

 死にたい。今すぐにでも終わらせたかった。

 それでも、私はまだ何かに縋ろうとしている。

 それが何なのかはまだ私には分からない。



「……シーラは将来どんな子になるかしら」

「武術の才能は間違いないな」

「もう、貴方そればっかり」



 パパ、ママ、ごめんね。

 私は、二人が誇れる大人になれなかったよ。


 何にもできなくて、誰よりもちっぽけで、生きている価値が無い明日には居なくなる存在──







「──でも、どんな子でもいいわ」


「弱くても、武術がからっきしでも」


「友達が出来なくても、頭が良くなくても」


「生まれてきてくれただけでありがとう。それだけでもう充分よ」






 そう言ってママは、赤子の私と頬を擦り合わせた。

 

 その言葉は私の心に深く染み込んでくる。

 私は唇を強く噛み締めた。


 ママは、パパは、笑っている。

 無償の愛を私は既に与えられていた。

 私は胸に手を当てて、探れば確かにそこにまだある気がした。


 そこにいる赤子は他でもない、他の誰でもない正真正銘もう一人の私。

 自分に嫉妬なんて馬鹿みたい。

 そう自覚して、私は顔を上げた。


 いつしかママとパパは、私を真っ直ぐ見詰めていた。



「シーラ……皆が待ってるわ」

「良い友達が出来たな。大切にするんだぞ」


「─────────」


 その言葉は今の私に向けられている。

 私は胸をきゅっと掴んで、揺れる瞳で二人を見つめ返した。

 すると二人は私に近付いてきて、それぞれが私の肩に優しく手を添える。



「……ママ……、パパ…………?」



 私はその手を掴んでそっと胸に抱き寄せた。

 その温かさは今まで感じた事が無いくらい。

 いいや、それは忘れていただけで、確かに私の胸の内にずっとあったんだろう。

 

 



「……ママ、パパ……アタシ、アタシね」


「うん」


 



「ママと……一回でいいから……話して、みたかった」


「パパと、もっと、一緒に修行したかった……っ」


「もっと……ずっと、二人とも……一緒にいて、欲しかった……っ!」


「一人は……ずっと、寂じかった…………っ!!」



 声は震えて上手く伝えられてるかわからない。

 ぼたぼたと流れる涙は私の意思ではもう止められ無かった。

 この奇跡の根源は分からない。

 それでも、後悔だけは無いように。


 私はママとパパに抱きしめられて、そしてそれはいつかずっと夢みた光景だった。

 絶対に叶わない願いが今叶ってしまった。

 私は二人の温かさを感じながら精一杯の不格好な笑顔を浮かべる。


「ねぇ……っ、アタシ……わたしは──!」





「貴方は私の自慢の娘」

「大丈夫。シーラなら絶対に出来る」


「だから、頑張って」

「ずっと、傍で応援してる」





 たったその言葉だけで、私はまた立ち上がれる気がした。

 私は泣きながら頷いて、この時家族というものを心から理解する。




 ──後ろに白い扉が現れた。

 その隣りには揺りかごがポツンと置かれている。

 いつの間にか二人の手から離れた赤子の私が、その揺りかごの中から私を見つめていた。



「きゃっ、きゃっ!」

「……………………」



 今までの人生のピークは間違いなくこの時だったんだろう。

 けどそんなつまらない人生このまま終わらせる訳には絶対にいかない。


「もう一人の、アタシ……」


「ママ…………パパ…………」


 これからもっと楽しい事が、恋や青春何かが私を待っている。

 いいや、私から迎えに行く。

 その為に私が今出来ることは──








「──行ってきます!!」






「「行ってらっしゃい、シーラ」」





 その言葉は私の背中を強く叩いて、私は飛び切りの勇気と愛を貰った。


 私は白い扉を勢いよく開く。

 揺りかごは最後に一度揺れて、赤子の私と一緒に静かに消えた。




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