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億回死せるは、偽勇者〜バッドエンドの集束地点〜  作者: つきらゆ
忘れた君への青春賛歌
32/83

もしかしたら







「…………家が……」


 思い出が音を立てて崩れ去り、儚い人の命が散っていく。

 人の命は存外軽くて、失ってから初めてそれらに気がついた。

 炎がゴウゴウと燃え上がり、先程まで生きていたものが塵となる。

 それに手を伸ばしても透けるばかりで、嘲笑うように幸せは零れ落ちた。



「エリー……」



 空から闇が飛来した。

 それは国を、日常を、未来を呑み込んだ。

 それはある種平等を体現した様に、人々から全てを刈り取った。


 我が家も例外にはなり得なかった。

 周りを見れば動けず嘆く人が大勢いた。

 仲間だ。しかし何も持たないものが、寄り添ったところで一にすらなら無いだろう。


「大丈夫ですか!?」

「…………………?」


 虚ろな目で掛けられた声に目を向ける。

 そこに居たのはまだ若い国お抱えの兵士だった。

 汗と、おそらく返り血で塗れていて、必死な顔で私に手を差し伸べてくれていた。



 しかし、私はそれに首を振って、その場に蹲って私の意志を伝えた。

 この喪失感の中ではもう動けなかった。

 身体よりも、先に心が折れてしまっていた。


「立って、ここは危険です!」

「もういい、もういいんだ…………」


 私の前に現れた兵士は立派だった。

 だだを捏ねる私の脇を抱き上げようとする。

 こんな何にもならないただのオヤジなんて切って捨てる方がまだ利があった。


 こんな世界にもまだ暖かさが残されていて、だからこそ私は彼の邪魔をしたくなかった。

 それに生きる意味ももう失ってしまっていた。

 だから、私はその優しい兵士を強く突き飛ばした。


「なっ……、待って! 何を──」


「エリー! ──今行くからなぁぁああ!!」



 希望の中では死は最も忌避される。

 故に反転した絶望の中では、死も反転してある種の救いとなった。

 燃え上がる炎の中に身を宿して、しかし最早痛みは感じなかった。


 ハイトと書かれた表札が崩れ落ち、私は塵となって妻と一つになった。















──────────────────────────

───────────────────────









「…………アテル?」



 彼女の名前を呼んだ。

 呼んだけど、頭は何にも回ってなかった。

 まるで誰かに乗っ取られでもしたみたいに、口も身体もまるで言うことを聞いてくれなかった。


 視界は一応色を移しているのに、しかし脳までその情報が届いて来ない。

 その癖勝手に命令を出して、私の手は目の前のその背中に触れた。


「…………あ」


 触れた途端、それは前のめりにふらついて、音を立てて倒れて動かなくなった。

 私はそれにただか細い声を漏らして、固まったまま彼女に目を向ける。


 ピクリとも動かない彼女から、すごい勢いで赤が広がっていく。

 それが私の足に到達した時、私はそれが登ってくる錯覚を覚えて尻もちを着いた。



「……っ、……は、ぁ……? アテ、ル……?」



 私の脳内を埋め尽くした、何で? という無限の疑問と焦燥。

 何で私は今生きていて、何でアテルが私の前に倒れているのか。


 何で、私とアテルはただの……

 ただの…………


 私とアテルは、何だったの?



『いい顔するネ』



 拘束が外れている事にも気付かないまま、私はただその場で一人放心していた。



『くく、くくく』


『あはははははははははは!!』



 フワフワと、何かが浮いている。

 時折ソイツは私の顔を覗き込んだ。

 薄ら寒い笑い声をあげていて、しかし耳障りなそれを払う気力もなかった。


「…………ねぇ、起きてよ」


 私は血溜まりの中を這いずって、倒れるアテルの身体に近付いた。

 敵の前とかもうどうでも良くて、ピクリとも動かない彼女を揺さぶった。


「何で…………ねぇ、」


 何で、私を助けたの。

 けど、彼女はもう何も答えてくれなかった。

 流れる血は致死量を超えていて、触れた身体は氷みたいに冷たかった。


 それでも私は現実を受け入れられなくて、只管にアテルに声をかけ続けた。

 最後の別れすら一言も交わせないなんて、そんなの、何にも救いがないじゃないかと。






「……………………」



 結局、アテルは死んでいた。

 私のせいで、アテルは死んだんだ。



 










「………………………………え?」


 夢だ。

 こんなことは絶対に有り得ない。

 それはそうで、だって、普通にこんな事有り得ないから。


 私はうつ伏せで倒れるアテルを裏返して、記憶を頼りに胸に手を当て心肺蘇生を始めた。


「───────ぁ?」


 しかし何故か手は地面に触れていた。

 私は確かに胸を押したはずだった。


 見れば胸に大きな穴が空いていて、私の手はそれを潜るように貫いていた。






「───あ、ぐぁえ、……っ……おぇぇ…………っ」



 口を抑え吐瀉物を撒き散らす。

 彼女にかからない様にだけは何とか気をつけた。

 けれど手に着いた生々しい血の匂いが、余計に吐き気を覆って止まらない。


 なんで。どうして。本気で分からなくて、私はアテルの冷たい顔を泣きながら見つめた。

 アテルはただの私の付き人で、命を張って守る使命何て有りはしないのに。



「あ、あえ……あて、る」



 何でかその顔は安らかで、悔いなんて無いみたいな顔を浮かべていた。

 彼女は私の事が嫌いな筈で、出ないと何にも説明がつかないのに。

 

 今まで散々迷惑を掛けてきた。

 子供のように振舞ってわがままを言ってきた。

 その自覚は私にも確かにあって、見捨てられこそすれ助けられるいわれはなかった。



「なん、で……………」







 そうだ、そういえばそうだった。

 アテルだけが私を一度も見捨てなかった。

 何度も変わった付き人の中で、彼女だけは何時までも離れなかった。


 今までも大勢の人達が、私の我儘に痺れを切らして去っていった。

 だからアテルもそうなる筈で、そうなるべきで、けど結果だけが違っていた。



「何で……、だめ、死な、しなないで……」



 最初は国から与えられただけの、互いに望まない冷えきった事務的な関係。

 それが私とアテルの筈で、しかしそう思い続けていたのは私だけだった。


 思い返すだけで節々に、その優しさの片鱗は見え隠れしていた。

 亡くしてからその存在に気付いても、もう全てが手遅れで笑えなかった。



「起きて……っ、おきてよ……!!!」



 思い返せばアテルの事を、私は何一つとして知らなかった。

 好きな物とか、家族の事とか、普段何を考えていて、私の事をどう思っていたのか。



 もっと話して、もっとお礼を言って、もっと喧嘩して、そうしていればもしかしたら。

 もしかしたら、私が少し歩み寄るだけで、彼女ともっと違った関係になれたかも知れなかったのに。



「……アテルぅ…………ぅぅ…………っ」


 もっとはやくに気付けば良かった。

 それが出来ないから私はずっと一人だったんだろう。

 それでもずっと傍に居てくれた彼女は、間違いなく私の一番の理解者だった。



 私は冷たい体に覆いかぶさって、しかし血が流れて死体を冒涜しただけだった。

 それでもこんな別れは納得がいかなかった。

 私は神でも何でもいいからと奇跡に縋った。

















『あははははははははははははははは!!』



 けれど、高らかに声を上げたのは神でもなんでも無いただの醜い悪魔。

 空中を器用にころげ回る、ドブより汚い汚物の化身。

 あまりにもその声が不快すぎて、私はいっそ鼓膜を破りたくなるくらいだった。

 私の身体は既に全身穴だらけで、死に体な癖に何故か力が湧いた。



「──お前ぇぇえええッッ!!」


 憎悪に支配された拳はしかし、あっさりとマモンに避けられる。

 気もないただの捨て身の拳。

 そんなのが届く程ご都合主義にはできていない。


『ナニソレー』

「……ぅっ!……、ぐっ……!」


 私はそのまま躓いて、地面に投げ出されうつ伏せで無様に倒れた。

 私の身体はとっくに限界で、喪失と痛みで心がぐちゃぐちゃだった。



「ぅっ……ぁぁ、ぁぁぁあぁ…………っ!」


『えー、何だよ。仲間が殺されたんだぜ! ほらほら、もっと頑張れよ!』


 敗者は全てを奪われる。

 そんな事、生きていたら誰でも知ってる事。

 それでもいざ自分の番になれば、私は恥も外聞もなく泣きわめく事しか出来なかった。


 実に無様で滑稽で、この時私は自分を世界で一番嫌いになった。

 もし人生をやり直せるのなら、今度はアテルみたいな人の為の人に成りたい。






















「─────」


『は?───────が……ッ!!』






「……………な、に…?」


 風が凪いだ。それも嵐みたいな突風。

 寝てる私ですら煽られて吹き飛ばされてしまいそうだった。

 とてもじゃないけど目も開けられなくて、風切り音で耳もまともに機能しなかった。


 それでも時間が経つにつれ、それらの風もやがてなりを潜めた。

 私はゆっくりと目を開けて、するとそこには大きな背中があった。






「──無事?」



 そこに居たのは、ネメシスだった。

 私を守るように二本の足で立っている。

 マモンは遠くに殴り飛ばされて、屋上の設備に深く突き刺さっていた。


 私はその流星の如き彼女の輝きに、しかし思わず目を伏せ俯いた。

 助けてくれた命の恩人に、私は憎悪を向けてしまいそうだったから。


「……………………あて、るが…………」



 自分の弱さを彼女にぶつけたくなかった。

 アテルが死んだのは他でもないただ自分のせい。

 それでもネメシスは私とアテルを交互に見て、申し訳なさそうな、悔しそうな顔をうかべた。




『オマエェェェエエエ!! 何でここにいるんだよォおおおッッ!!』



 瓦礫からマモンが飛び出してくる。

 その顔には先程まで遊んでいた余裕は無かった。

 一気に魔法がズラリと並んで、その一つ一つに私は死を錯覚する。


「……大丈夫、待ってて」


 しかしそれに一切臆することなく、長髪の剣士は刀を鞘から抜いた。

 素手でも私より強い彼女。剣士となった今、その力量は想像もつかなかった。



『巫山戯るなァァ!!』

「こっちの台詞」



 ネメシスの足に闇がまとわりつく。

 全方位を鋭利な闇が囲い込む。

 この時点で多分私なら死んでいて、なのにネメシスは全てを──容易く振り切った。



『はっ?』

「やっほ」


 一瞬で、文字通り瞬きの間にマモンの前へと躍り出た。

 その刀は既に振り被られ、ネメシスの瞳は怒りで揺れていた。


「──私の友達に、何してんだッッ!!!」

『──────ぎあッ……!!!』


 一閃。


 たった一撃で深手を追って、明らかな驚異に慌ててマモンは距離を取る。

 私はネメシスの動きに魅入られて、そして心から安堵の息を漏らした。


 彼女がいればきっとスプレンドーレは、明日の朝を拝むことができるだろう。

 私は最後の緊張の糸を解いて、アテルの死体の近くに擦り寄った。



「アテル……、もう、大丈夫、だから……」


 

 最後の最後で、嘘だとしても、彼女に友達なんて言って貰えて嬉しかった。

 出来ることなら天国で、アテルともそうなれたら私はうれしい。


 ネメシスは戦闘の余波すらこちらに飛ばさず、アテルは今も安らかに眠っていた。

 私もその隣に横になって手を繋いで、ゆっくり目を閉じた時には確かに救いを感じた。
















────────────────────────

───────────────────







「む……」

『──邪魔すんなよォ!!』


 マモンが尻尾を突き出した。私はそれを軽く剣で受け流す。

 魔法が上から下から挟んで現れ、軽く身体を捻って隙に一撃叩き込む。


『痛ァ!』


 押しているが、時間はかかる。

 しかしその間に彼女は死んでしまう。

 ここはやっぱり予定通りにと、私はマモンの首根っこを雑に掴んだ。


『何すん──』


 そして、身体に気を巡らせて全力でマモンを投げ飛ばした。


「──飛んでけッ!!」

『な、ああああぁぁぁぁ───────……』




 方角よし。飛距離だめ。

 私は飛んで行ったマモンを見てため息をついた。


 刀に付いた血を払って、そして追撃の為に奴へと脚を向ける。


 と、その前に。


「……助かるよね?」







「助ける。絶対に」



 力強い、その有無を言わさぬ答えに私は安堵してその男へと歩み寄った。

 そして一度だけ拳を突合せ、それぞれのやるべき事の為に背を向ける。



「こっちは任せろ」

「こっちは任せて」




 もうこれ以上、誰一人として死なせはしない。






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