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億回死せるは、偽勇者〜バッドエンドの集束地点〜  作者: つきらゆ
忘れた君への青春賛歌
27/83

退屈少女と占い師




「あー、退屈ねー」


 頬杖を付きながら窓の外を眺める。

 授業は何時だって退屈で、私の人生から彩りと時間を奪っていく。


 形だけ広げたほぼ真っ白のノートに、下手くそなイラストを書いてそれも途中で飽きてしまった。

 こうしてふとした時間が空くと、私は何をしているんだろうとつい考えてしまう。


「シーラさん、静かに」

「はーい、すいませーん」


 呟いた言葉を目敏く拾われ、指摘と視線が私に集まる。

 教官は何時どんな時だって真面目で、何時も同じ事を言って私を注意してくる。

 良く飽きもしないものだと、他人事の様にそう思う。

 私には絶対真似出来ない事だ。

 毎日同じ事を繰り返すなんて、今でさえ正直辟易しているというのに。



「……良いですか、この圧縮比と爆発圧の相関が──」

「…………」



 私の人生は、今の時点でもう殆ど決まっていた。

 師匠から技を教わって、都会に出れば勇者候補として祭り上げられて。

 今後は何時来るかも分からない、魔王の為に身体を鍛え続ける。

 そして、結局そんなの来なくて、どっかの偉いさんの子供に武術を教えたりするんだろう。


 そんな退屈な人生を、しかし私は壊すだけの力を持っていなかった。

 しかも、その人生にすら必要のない知識をこうやって意味もなく詰め込まれる。


 拷問に等しいこの時間も、しかし周りの生徒は一生懸命に聞いていた。

 だから、間違っているのはきっと私の方なんだと思う。


「──この場合の係数を……ではシーラさん」

「……わかりませーん」

「…………」


 世界は退屈で溢れていて、飛び出ようとする杭を上から押さえつけてくる。

 でも、だからと言って心まで屈するのは、私はどうしても嫌だった。

 私は睨んでくる教官に怯まず舌を出して煽ってやった。

 子供なりの意味の無い抵抗。しかしこの時ばかりは少し開放感を感じた。


「シーラさんは後で私のところに来るように。ではこの問題を──」



 どうせ大した注意もされない。

 私にと言うよりは、真似する生徒を出さない為のパフォーマンス。

 そんなのに付き合ってやる義理もない。

 私はそっとノートを閉じて、そして目も同じように閉じた。


 ああ、こんな退屈な世界なら、私がいる間に魔王でも来てくれれば良いのに。




 そう考えるこの時の私は、それが生み出す不幸からも目を背けていた。












────────────────────────

────────────────────










「──ねぇ聞いた?」

「いらっしゃい! 今なら一割引だよ!」

「ほら、置いてくぞ!」

「ねぇママ、あれ欲しー!」



 放課後。

 学園近郊の都市中心部。

 退屈な授業がようやく終わり、チャイムが鳴ると同時に飛び出してきた。

 賑やかな街並みが出迎えてくれて、私は開放感にひとつ伸びをする。

 今日は少し風が出ていて、それが鼻に染み付いた油の臭いを消し去ってくれた。



「ん〜〜!……っさて! 今日はどうしよっか」



 時刻は五時頃。日が沈むまではまだ二時間ほどあった。

 今の内にストレスを発散して、明日の英気を養う必要がある。

 宛もなくブラブラとして、すると嗅ぎなれた煙と匂いが漂って来た。

 私は体が勝手に動いて、屋台の見慣れたおっちゃんに声をかけた。


「おっちゃん、五本ちょうだい!」

「おぅシーラ! あいよ!」


 近くに来れば毎回通う、グレンツェン直送の肉串屋台。

 お代を払って、焼き具合を見て、そう時間もかからないだろうと屋台にもたれかかった。

 私はそこそこの常連であり、数だけ言えば何時もの牛串が出てくる。

 おっちゃんともそこそこ仲が良くて、この前娘さんを抱っこさせてもらったりもした。


「最近どう? 繁盛してる?」

「ぼちぼちだなぁ」

「ぼちぼちかぁ」


 立地的にもここは大当たりである。

 屋台の中でも有名で、言うよりは稼いでいるだろうと思った。

 今並ばずに居られたのも割と奇跡な方である。

 ……もし出来るのなら、この屋台を継げたら楽しそうだなと思った。


「はいよ、おまたせ」

「ありがと」


 私はそれを受け取って、軽く手を振りながら歩き出した。

 食べ歩きは行儀が悪いとお目付け役にはよく怒られる。

 しかしそんな事私が知った事では無く、煩いあの人も軽く振り切って来た。

 それに食べ歩きは肉の匂いが漂って、結果屋台の客足が増える事にもなる。

 言わば勝手な宣伝も兼ねていて、私の手に集まる視線が心地よかった。


「はむ……んぐんぐ」


 そんな大義名分を得た私は、一人見慣れた都会の街を練り歩く。

 魔道具店、服屋、飲食店、魔道車販売店。

 高層ビル、花屋、本屋、散髪屋、武器屋。


 色んな店を横目で見ながら、けれど今日はどこにも入る気分にはならなかった。

 これだけでも充分楽しいと思えるのだが、しかしだんだん飽きて来て何かもう一押し欲しかった。


「んー、どうしようかな……」


 手元で空いた串をクルクルと回しながら、近くに何があったかと思い出す。

 今は少し体を動かしたい気分で、私は後二本の肉串を頬張りながら考えた。


 山篭りした懐かしい記憶が蘇る。

 しかし流石にそこまでしては明日学園を休む事になるだろう。

 それでも私は別に良いのだが、あと一度の無断欠席で停学だと言われていた。

 流石にそれは困るので、私は近場の自然公園に足を向ける。


 距離的にもそう遠くない、少し開けた木々の生える自然公園。

 多分今ならガキ達がたむろしていて、少し遊んでやろうかと私は笑った。





「もし、そこのお方」



 しかし私のその足は声を掛けられることで止められた。

 フードを被って顔を隠した、綺麗な白黒の髪をした多分若い女性。

 彼女は地面にシートを敷いて、その上に正座で座っていた。

 目の前には怪しい水晶が置かれていて、そういう類かとすぐに見当がついた。


「……私?」

「ええ、貴方。少し時間を頂いてもいいかしら」


 見た目や道具はどう見ても占い師だった。

 しかし現実的な人の多い魔道国家では、あまりこの職業は人気が無かった。

 未来を知る魔法なんて存在せず、かくいう私も虚言に興味は無い。

 他人に運命を決めつけられる何て、それその時点で手が出てしまいそうだった。


「……あー私、そういうの良いから。じゃ」


 だから、私は踵を返した。

 時間もいつだって有限なのだ。

 出来るだけ角の立たない様に、私はそそくさとこの場を離れようとした。



「お代は結構。それに……聞かないと後悔するわよ」


 しかし私はその言葉で、無意識のうちにピタリと足が止まった。

 無料という言葉は好きである。けどそれよりも、後悔というワードは気になった。


「……何? 私、そういう類は信じないんだけど」

「信じる信じないは関係ないわ。この世は私が全て。私が言った事が真実になるのよ」

「……ヤバいやつじゃない」


 しかし女は思ったより思想が強くて、関わるべきでは無いと直ぐに察せられた。

 言ってることはもはや教祖様だった。勧誘ならせめてもう少し裏通りでやって欲しい。


 しかも女は何故か不機嫌オーラが漂っていて、私は思わず引きつった顔で後ずさった。

 案の定誰も寄り付いていないみたいで、そもそも営業許可を取っているかすら怪しく感じる。


「あー、ホントもういいから。じゃ」


 私は相手するのも馬鹿馬鹿しくなって、今度こそ意志を固めて振り返った。

 貧乏なら気持ちは分かるから、もしお金が欲しいのなら直接言って欲しかった。

 こんなやり方ではいくら私でも、出せるものも出せなくなってしまう。

 その辺学んで貰わないと、今助けたところでどの道先は無いと思った。


「待ちなさい。一子相伝の気功術使い」


「……は?」


 しかし、後ろからかけられたその声に、その内容に思わずまた足が止まった。

 振り返り、口元だけ見えるその表情が、しかし今度は笑みを浮かべている事はわかった。


 気功術自体は割と有名だが、私のこれが一子相伝とは公にはしていなかった。

 私は友達も一人もいないし、師匠ももう死んでるから何処からも漏れようが無いのに。


「座りなさい」

「………アンタ、何者?」


 取り敢えずそのフードを取ってやろうかと考えて、しかしまた私は驚かされた。

 よく見てみれば、あまりにも隙が無さ過ぎる。

 こんな経験はハッキリ言って……いや、これで二度目になるだろう。


 間違い無くコイツはただの占い師では無いし、私は警戒レベルを一気に引き上げた。

 しかし結果的には女の指示に従った。

 私の顔は、引き攣りながらも笑っていたと思う。


「良いわね。じゃあ始めるわ」

「……この期に及んで占い? 本気なの? 座ったから教えてよ、アンタ何者?」


 土足で上がって正座して、距離が近くなればなるほど心臓がはねた。

 この距離でも初撃が外れる気がして、私は私の間合いで冷や汗をかいた。

 女はしかし私の気も知らず、水晶に手を掲げながらうんたらかんたら言葉を紡いでいる。

 本来なら占いに興味は無いが、女の雰囲気が退屈はさせなかった。


「……ふむ、そうね」

「…………」


 しかし女は私の質問に一切答えず、常にマイペースを崩そうとはしなかった。

 私はそんな目の前の女に何処か既視感を覚えた。

 最近……でも無いけれど、以前、急に現れ変な事を言い去った男。

 串焼きを持った透明人間。

 目の前の女同様油断ならない、下手すれば私より強いかもしれない相手。



「出たわ」

「何が」


「貴方の未来」


 私はそれにはっ、と鼻で笑って、そんな事は私も良く知っていると思った。

 絶賛今日も憂いていた最中で、何なら私は今から占い師を名乗れるのかもしれない。


 水晶なんか無くたって、この世界の平凡な未来は考えつく。

 私はこの女がどんな虚言を吐くのか、逆に楽しみになって前のめりになった。


 しかし女の口から語られた未来は、正直私の想像の斜め上を行った。



「貴方は今から約二十分後、二人組の男女と出会うようね。どうやら彼らは貴方に助けを求めて来るみたい。そこに嘘は無いわ、貴方は手を差し伸べてあげるべきね。因みに今日の運勢は最高よ。ラッキーアクションは転校」


「ちょちょちょ! 待って待って何か違うって!」


 それは私が知っている占いより、具体的でかつ思ったよりすぐ先の未来だった。

 しかし静止の言葉に明らかに気を悪くして、彼女は水晶を撫でながら舌打ちしてきた。


「いや、占いってもっとこう……あれでしょ? 人間関係を良くするためにどうとか、出世する為にどうすれば良いとか……」

「煩いわね。そういうのが好きなら他所に行って頂戴。私をその辺の凡庸と一緒にしないで」


 他所に行くも何も声をかけてきたのは女の方だった。

 コイツは何を言っているんだろうと思って、しかしその奔放さはあまり嫌いでは無かった。


 コイツは多分、私と同じ質だ。そして私の退屈を壊してくれると思った。

 私は段々面白くなってきて、堅苦しい正座を解いてあぐらをかいた。


「良いわ。最後まで聞いたげる」


「以上よ」

「何なのよアンタ!」


 私はいよいよそのフードに手を伸ばして、しかし当然の様に横から払われた。

 そこまで本気で無かったとはいえ、初見で動きを見破られる事は殆ど無い。

 ますます女に興味が出てきて、しかし彼女は本当に立ち上がった。

 そして私にも立つよう顎で促して、私は渋々シートから外に出る。


「貴方はどうも、人生に退屈しているようね」

「……何でそんな事分かるのよ」


「目を見ればわかるわ……そんな目をしていた人を、私は良く知っているから」


 その言葉にはどこか実感が籠っていて、多分本人の事なんだろうとは何となく思った。

 けれど、今私は目の前の女に自由を感じていた。

 その差は一体何なのか。私には分からなくて、所在なさげに腕を撫でた。


「……ホントに終わり?」

「後私が言える事があるとすれば、もう少し周りに目を向けるべきね」


 女はシートを小脇に挟んで、そして水晶を手に持って私を見た。

 女の両手が塞がった今なら、容易くその顔をあかせるかもと思った。


「世界は貴方が思ってるより、刺激と未知で溢れてるわよ」


 しかし、結局やらなかった。逆に負けたような気がして手を止めた。

 私はまだ顔も知らない女との別れに、少し寂しさすら感じていておかしかった。



 結局それだけ言って女は、本当に歩いていってしまった。

 色々訳が分からなくて、でも女曰く私はこれから人に会うらしい。

 普通に考えてグルだと思う。

 でもだからこそ、逆にそそられてしまった。

 私は女の後ろ姿を見送った。

 すると女は何故かすぐそこで足を止めていた。


「あ、そうそう」

「……何よ、壺なら要らないわよ」

「は? ……いや、もうひとつ言っておきたい事を思い出したの」


 今度こそ最後だと、女は振り返って私に向き直った。

 その口元は薄らと笑っていて、漂っていた自由に更に自信が追加された。

 何故か私は「私の勝ち」とでも、言われている気がして無性に腹が立った。



「男の方は彼女持ちだから、好きになっちゃ駄目よ」

 


 その忠告を最後に残して、今度こそ女は去っていった。

 角を曲がって姿が消えて、私はただそれをぼうっと眺めていた。


「なるか、馬鹿……」


 意味不明な忠告に、私はいつの間にか眉間に皺が寄っていた。

 余計なお世話だと言ってやりたかったが、しかしかける背中は既に無かった。

 私は冷めた最後の串にかぶりついて、本気で何だったのかと考える。

 罠か、はたまた本物の占い師か。

 あるいは人生を変える転機となるか。


「……名前くらい、聞けば良かった」


 多分、答えて貰えなかったと思うけど。

 そして私は次なる出会いに無意識に心を躍らせていた。

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