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億回死せるは、偽勇者〜バッドエンドの集束地点〜  作者: つきらゆ
忘れた君への青春賛歌
24/83

代償





「メイ〜〜!!」


 保健室。

 ミラの説明会も凡そ終わって、時刻は大体午後三時頃。

 今は先輩と後輩の雑談会が開かれていて、室内には緩い空気が流れていた。

 室内で幾つかの小さなグループが作られ、お菓子や紅茶を片手に少女達が談笑している。

 回復系統はそもそも女性比率が高く、人数も少ない為静かな百合が広がっていた。


 そんな中、メイとノノアは二人揃って、メイの姉であるルイ・ピックと一緒にいた。

 ノノアにとってもこの一月良くしてくれて、前の世界でも面倒を見てくれた良い先輩である。


「お姉ちゃん! 苦しいよ!」

「えへへ、ちょっとだけ〜」


 ルイとメイは双子かと思う程よく似ていて、そんは二人が抱き合う姿はとても絵になった。

 ノノアはそんな二人を羨ましそうに眺めて、何処か入れない空気にもじもじとしている。

 そんなノノアを見て、ルイは思う。彼女は当然ノノアの病気の事を知っていた。

 そして、ノノアを追いやった勇者の事も。

 ルイは優しく笑って、ノノアの事も抱きしめた。


「ノノアちゃん、元気?」

「ん………あんまり、です」


 お互い椅子に座った状態で、ノノアを抱き締めれば彼女もルイを抱きしめ返す。

 これも一種の治療法であり、ルイはノノアに安心を与える為に色々試していた。


 当然、それは医師として接しているだけでは無い。

 妹と仲良くしてくれているこの子を、優しいこの子を心から助けてあげたいと思っていた。

 けど、それはずっと奮わなかった。

 妹からも色々と相談を受けて、それでも尚彼女の顔は日に日に弱って行った。


 なのに、彼女は無理して大丈夫だと言う。

 それがルイにとっては何よりつらかった。

 しかし、急に素直になりだしたノノアの変化に、ルイは驚いてその目を真っ直ぐ見た。


「そ、そっか……あ、そうだ。今日から正式に保健委員に入ってもらうからさ!」

「は、はい」

「……はいこれ! 保健委員の腕章! 二人ともつけてつけて!」


 白い新品の腕章を渡して、ノノアは懐かしいそれを両手で受け取った。

 そこには見慣れた汚れや傷は無く、ノノアはそれを無性に寂しく感じた。

 けれど、そんな我儘を言ったところで、何にもならない事はノノアにも分かった。

 手こずって姉に付けてもらっているメイを横目に、ノノアは手馴れたように左の二の腕付近に付けた。


「えへへ、どう! お姉ちゃん!」

「よく似合ってる! ノノアちゃんも!」

「……はい」


 彼も昔、そう言ってくれたと、ノノアは自分の腕章をそっと撫でた。

 これは自分の居場所の証明である。

 私の力は助ける為のもので、決して人を傷つけるものでは無いと。

 その力も、ノノアは新たに手に入れた。

 今ならあの時みたいな、欠損だって治す事が出来ると思った。

 今までより、もっとユーロの役に立てる。

 しかしもう彼は隣には居なく、その資格も私にはない。


「………………」

「うぇぇ!? ど、どうしたの!?」

「だ、大丈夫? わ、腕章アレルギーとか……」

「お姉ちゃんそんな訳無いでしょ!?」


 ノノアはまた感情が制御出来ずに泣いてしまい、その事を本当に申し訳なく思った。

 こんなに面倒な女、それは彼にだって捨てられるだろう。

 迷惑をかける度余計に泣けてきて、どうにも抜け出せない悪循環だった。


 彼は今、どうしているのだろうかと考える。

 ふとした時に、いつも彼が脳裏をよぎった。

 それが自分を追い詰めると自覚しているのに、彼はまるで麻薬みたいだとノノアは思った。

 そして王女の事を考えれば考える程に、胸の内に黒いものが燻っていく。

 

「……ノノアちゃん、おかわりいる?」

「……はい」

「あ、私やるよ!」


 ルイはノノアに紅茶のおかわりを用意しようとして、しかしそれを遮ってメイが走り出した。

 本当はメイが傍にいた方がいいと思ったのだが、もう行ってしまったのは仕方がなかった。

 ルイは浮かした腰を椅子に戻して、そしてどうしたものかと考える。

 今まで彼女の強い要望で、保健委員を手伝って貰ってきた。

 しかし、これから本腰を入れるとなると、この様子では休養を優先せざるを得ない。


「ノノアちゃん、もし辛い事があったら直ぐに私の所に来ていいからね」


 ルイはノノアの手を握って、するとノノアは赤子のようにそれを握り返してくる。

 ルイにとってもノノアは二人目の妹の様で、思わず何でもしてあげたくなってしまう。

 でも、してあげたい事と出来る事は、圧倒的に違うのだ。

 本気で救いたいからこそ、今後彼女の事を思って厳しく当たる事も必要だと思った。


 渡しはしたが、その腕章の出番はもう少し後かもしれないだろう。

 何て考えていると、保健室の扉が空いて、ルイは説明会の第二陣かと思ってそちらを見た。


「……失礼します……」

「え……?」


 その声に一番に反応したのは、他でもないノノアだった。

 扉に背を向けていたノノアがその声で振り返り、その入室してきた人物を真っ直ぐと見つめた。

 そこに居たのは、今この学園で最も有名な男だった。

 ユーロ・リフレイン。

 彼は何故か低姿勢で扉に手をかけていた。

 そして、ノノアを見つけると笑顔を浮かべ、迷いなく中へと入って来る。


「いたいた」

「な、何で……?」


 勇者が保健委員の見学に来た。

 客観的に見ればそれだけの事で、しかし当然彼は視線を集めた。

 室内に異様な空気が広がって、それは嫌悪だったり尊敬だったり人によって大きく変わる。

 そして、ノノアはその目に驚きと、少しの期待を宿していた。

 

「遊びに来たんだ」

「え、ふ、風紀委員は……?」

「終わったよ。ほら」


 そう言ってユーロは左腕の黒い腕章を見せて、それからはい、とノノアに袋を手渡した。

 ノノアはそれをポカンとした顔で受け取って、中を開けると購買のクッキーとドーナツが入っていた。


「ノノアも保健委員入れたんだな」

「う、うん……うちは、審査とか無いし……」

「まあでも、おめでとう。腕章があるとやっぱりしっくりくるよな。よく似合ってるよ」


 ユーロはそう言ってノノアの髪を撫でる。

 ノノアは一瞬固まって、しかしされるままに気持ち良さそうに目を細めた。

 そんな光景を目の前で見せられ、ルイは宇宙人でも見るような目を勇者に向ける。

 ルイはメイと同じ部屋に住んでいる為、昨日の顛末は一応メイから聞いていた。

 だからと言って、王女が居る癖に何を平気な顔で女の髪を撫でているのだろうと。


 そんなルイはさておいて。

 ノノアは、やっぱりどうしようもないくらいユーロが好きだと実感する。

 何で態々会いに来てくれたのか分からなかった。

 それでも、彼が隣にいて、自分に言葉をかけてくれるだけで胸の穴が埋まっていく。


「あ、あの!」

「うん?」


 そんな二人を遮って、ユーロに声を掛けたのは名前も知らない新入生の子。

 その子は目を輝かせながら、そばに居たもう一人に必至で服を掴まれていた。


「ゆ、勇者様ですよね! ファンです、握手して下さい!」

「──やめなって馬鹿! 食い物にされるだけだから!」


 来てそうそう、すぐに「あー!」と言いながら引きずられて去っていく女の子。

 ユーロはそれを見て、とても複雑な気持ちでほろ苦い涙を一滴流した。

 考えれば彼の悪い評判は、殆どノノアが作り出したものだった。

 ノノアは一人そう思って、彼が嫌われている現実に罪悪感が湧き出てくる。


「……ユーロ」

「どうした?」

「その、ライラさんは……」


 そして、ノノアは肝心な事を切り出した。

 今この場にライラは居なく、彼はどうも一人で来たみたいだった。

 それがやっぱり何処か不自然に思えて、今どういう状況なのかと不思議に思った。


 また期待してしまいそうな自分が怖かった。

 駄目だと分かっているのに、離れたくない気持ちが勝ってしまう。

 それでも、次々に産まれてくる不安は、ユーロの顔を見るだけで掻き消えていく。

 

「あー、どっか行ったよ」

「ど、どっか?」

「うん。どっか」


 ユーロはあっけらかんとそう言ったが、その実普通に嘘である。

 ユーロは先程の昼食での出来事を後悔して、風紀委員での用事が終わり次第彼女に頭を下げてここに来た。

 ライラも普通なら許す筈はないが、ノノアの状況を加味して送り出してくれた。

 今頃彼女は食堂で、購買で買ったドーナツを一人頬張っていると思う。


「おまた──ぅああ!?」


 と、そこに三つのカップを持ったメイが、ユーロの居るこの場に帰ってきた。

 そして勇者の顔を見るなり驚いて、カップをひっくり返して紅茶が舞う。

 別に狙った訳では無かったが、それら全てがユーロに降り注いだ。

 一瞬ユーロは被った方がいいかと考えたが、普通に勿体ないので風魔法を展開した。


 飛び出した液体はカップに戻って、そのカップもメイの持つお盆へと帰っていった。

 本気でメイはわざとでは無かったのだが、無事なカップを見て何故か無性に残念に思う。


「な、何で君がここに居るの!?」

「いや、ちょっと遊びに来て……」

「あそ……ノノアちゃんで遊ぶですって!?」

「それは曲解だろ!」


 メイは謝るよりユーロに食ってかかって、ユーロは勘弁してくれと声を荒らげた。

 ノノアはそんな二人の様子を見て、ケンカはやめて欲しいとオロオロとしている。

 そしてルイはそんな三人を見て、内心心がぐちゃぐちゃだった。

 ノノアが笑ってるのもそう。メイが人に対して気を使っていないのもそう。

 そして彼女は、まだ一言も話せずにいた。


「うるさい馬鹿共」

「ぐぇ」

「い、委員長!?」


 そんなルイの胸中を救ったのは、この委員会の長であるミラだった。

 彼女は勇者の首根っこを捕まえていて、その気安そうな関係にルイに再び激震が走る。


「ウチの期待の新人にちょっかい掛けないで頂戴」

「ちょ、待って待って」


 ミラはそのまま掴んだ首を引っ張りあげて、ユーロは呻きながら無理やり立たされた。

 抵抗すれば解けはするだろうが、後の折檻を考えれば抵抗などあって無い様なものだった。

 そして、ノノアはかけられた期待という言葉に、呆けてユーロを掴むミラを見た。

 期待なんて、あるだけ重荷としか思わなかった。

 それなのに、心は無意識に喜んでいる。


「凄いなノノア。期待の新人だってさ」

「ぁ……」


「ほら、アンタは特別に、二人できりで説明会してあげるからこっち来なさい」

「え? いや、俺は遊びに来ただけで──」


 しかし、ズルズルと引きずられていく勇者に、皆が視線を向けるが誰も声はかけられなかった。

 ルイは結局、終始何も出来ず、二人が扉の奥に消えてようやく彼女は動き出せた。


 そして嵐のように去った勇者に嫌悪を向けるべきか、いくら何でも人に対して失礼な妹を叱るべきか迷った。

 そして、まずはノノアの事だろうと、ルイは一度唾を飲み込んでから振り返った。


「な、何だったの……あ、ノノアちゃ──」


「んふふ」



 ノノアは、笑っていた。

 まるで抑えきれないと言った風に、手で顔を覆って笑顔を隠していた。

 今まで見てきた中で、一番嬉しそうだった。

 私たちでは決して出す事が出来なかった幸せの顔。


 ルイはそれを悔しく思うと同時に、一応やるべき事はやった勇者に感謝する。

 不純な関係ではあると思うが、それでもノノアが笑ってくれて嬉しくない訳が無い。

 複雑な胸中を内包しながら、ルイは扉の先をため息をついて見つめた。


 そして、ルイは冷静になって考える。何故あの二人は二人きりになる必要があるのかと。


「んふふっ」





















──────────────────────────

───────────────────────







「ほら、寝なさい」

「ぐえっ」


 ベッドの上に放り投げられる。

 俺はその野蛮な扱いに抗議の目を向けて、するとそれ以上の軽蔑の目が俺に向けられた。

 どうもミラは勘違いしている様だが、男は皆そんな目を向けられて喜ぶ訳では無い。

 俺は何も悪い事をした自覚は無かったが、今は大人しくベッドに横たわった。


 すると、上着を雑にまくり挙げられ、心臓付近にミラの手が添えられた。

 容赦のないひんやりとした感覚は、実の所これで二度目である。



「……もう、使ってないわよね?」

「はい」


 ミラは俺の胸に手を添えて、一言「エグザム」と回復系統の魔法唱えた。

 するとミラは一瞬険しい顔を浮かべて、そしてもう分かったと直ぐに手を離す。

 遊びに来たのは本当だったが、これも一応ひとつの目的ではある。

 俺は捲られた上着を下に降ろして、できる限り皺が無いよう手で伸ばした。


「──変わらず、四年よ」

「はい」


 四年。その数字の意味を知っているのは、この世界で今の所ミラ委員長と俺だけである。

 ライラにもまだ伝えていないし、正直伝えるのが怖すぎる内容だった。


 俺の、寿命。ライフコンバートを使った命の代償。

 これはもう今更どうにもできなくて、決まりきった約束のバッドエンドと言えた。


「……彼女にはもう言ったの?」

「いえ」

「そ。気持ちはわかるけど、医者として早い方が良いとオススメしておくわ」


 そんな事は俺にもわかっていて、しかし今はまだ駄目だと何となく察している。

 因みにこの秘密の検査はミラから持ちかけられたもので、言ってしまえば監視の様なものだった。

 身体検査のエグザム自体は俺にも使えるし、バレてしまったのは単に彼女が優秀だからと言えた。

 ただ、彼女は他には黙ってくれている。しかし、度々こうして諭しては来た。



「四年かぁ……」

「無茶しすぎよ」

「……仕方なかった……と思います」


 あそこでやるべき事をやらなければ、どの道ベリアル戦で全滅していた。

 とはいえ四年という月日は、長い様であまりに短かかった。


 覚悟はとうにしていたとはいえ、こうして突き付けられると来るものがある。

 ノノアの固有能力「リ・バック」でも、最大で二十四時間しか状態を戻せない事が判明していた。


「どうするの、色々と」

「……どうしたら、いいですかね」


 俺は天井を仰いで、その後窓の外の空を眺めた。

 ミラは机に腰掛けて、腕を組んで鋭く俺を見てくる。


「取り敢えず、その気もないのに女の子に期待させるのは駄目ね」


 それは、ノノアの事を言っているのだろう。

 しかしそんな事を言われても、じゃあ一体どうしろと言うのだと思った。

 俺だって不純な事は分かっていてやっている。それでも、俺の身体はひとつしかないのだ。


「じゃあ、どうしたらいいんですか」

「………」

「ライラを振れば良いんですか? それともノノアを見捨てたらいいんですか?」


 ミラ相手に感情的にこんな事を言っても、何も変わらない事だけは俺にも分かる。

 それでも、俺だっていっぱいいっぱいで、もう何が何だか分からなくなってきているのだ。

 ライラを大切に出来ているのか分からない。

 今からノノアを救えるのかも分からない。


 分からない。それでも俺はやるしかないのだ。

 それが俺の望む世界だから。


「……そうね、さっきのは少し意地悪だったわ」


 ミラの謝罪も、本来はする必要が無い。

 むしろ謝るべきは俺で、それが分かっているのに口から出なかった。

 俺はベッドに倒れ込んで、するとミラは腰を浮かして扉へと歩き出した。

 この密会もこれで終わり。ある種、俺のカウンセリングも兼ねている気がした。


「悔いは無いように。……あんまり女の子を泣かせちゃ駄目よ」


 それだけ言って、彼女は部屋を出ていった。

 俺は考えがぐるぐると回って、今はどうしようも無いと結論に至る。

 四年で死ぬ。それ迄に魔王が来るのかすら分からない。

 出来ること、やらなければいけないこと。


 悔いは無いように。


 悔いは無いように。

















 ミラが出ていった扉の陰で、ルイが俯きながら口を手で覆っていた。




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