VS風紀委員会
メイは憤慨していた。
結局あの男は何処までも利己的だった。
私の一番の友達を一番には見てくれず、その事にメイは無性に腹が立った。
「……ノノアちゃん、大丈夫?」
あの後新聞委員長含む三人と別れて、今は二人で委員会の説明会に来ていた。
委員長のミラが一年生の前で説明をしていて、それを隅で眺めながらメイはノノアに話しかける。
先程の昼食会。
ノノアは久しぶりにユーロと同じ時間を過ごすして、ノノアにとってそれは楽しいひと時になる筈だった。
それなのに、あの男は。殆ど王女や急に現れた新聞委員長にばっかりかまけていて。
最後だってノノアは笑ってくれたものの、見方を変えれば結局物で釣っただけだった。
「…………あんまり」
それはそうだろう。
ユーロと二人きりならまだしも、必ずそこには今後も王女様が付き纏ってくる。
しかもその二人は既に付き合っているらしく、客観的に見ればもう近寄らない方が良いとメイは思った。
しかしノノアがちゃんと、本心を語ってくれる様になった事は素直に嬉しいと思う。
それにメイから見て、昨日よりノノアの顔の血色がいい事もまた確かだった。
ノノアには今、選択肢がふたつしか無いのだ。
傍に居てつらいか、離れてもっとつらいか。
メイはノノアに何もしてやれない自分に、そして出来る筈なのにしない勇者を強く恨んだ。
「……よしよし」
メイにとってノノアは、新しく出来た妹みたいな存在だった。
甘えてくれて、けどどこかしっかりもしていて、そして弱々しくてとてもじゃないけど放っておけない。
しかしそんな彼女が恋慕を向けているのは、女好きで評判のいけ好かない男。
ルフレ通信の号外に載っていたが、アイツは王女様だけでなく魔道科の天才にも手を出しているらしい。
実際メイも話してみて、コイツは駄目だと若干思った。
確かに勇者と持て囃される程度には、かっこいいし頼りになるし多少の気遣いが出来る事はわかる。
けど、彼は一人の女を特別扱いしないのだ。
ただそれだけでメイとしては致命的だと思った。
ノノアの思いの強さと健気さを知っているからこそ、メイは勇者がどうしても許せない。
「ノノアちゃん、私はずっと一緒だからね」
「うん……ありがとう」
「ちょっとそこ、うるさいわよ」
メイはせめてもとノノアの手を優しく包み込んで、ノノアもそれを握り返した。
そこにミラの叱責が飛んできて、慌ててメイはそれに謝った。
ノノアはそんなメイを横目に見ながら、本当に自分には勿体ない友達だと心から思う。
ノノアはこんなに素敵な友達がいて、ユーロともまた話せる様になった。
だから、これ以上を望んではいけないと。
私は彼を傷付けた罪人で、今生きていられるだけで幸せなのだと自分を諭し続けた。
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各委員会の新入生説明会。
俺はノノア達と別れ予定通り風紀委員会の見学に来ていた。
場所は運動場で開催されており、奥では体育/文化委員会も別で集まっている。
今は新入生を前に、副委員長のバルトが前に立って説明をしていた。
その後ろには大勢の風紀委員が居て、後ろに手を回して直立不動の姿勢を保っている。
「ようこそ、風紀委員会へ。俺は副委員長のバルト・ベアだ」
バルトはそう言って一度全体を見渡して、その様に新入生達は皆緊張する。
彼はネメシスと出会うまでは元々委員長をしており、人の前に立つ事にはそこそこ慣れている様だった。
ネメシスと出会い、その強さを知り、委員長を譲り、そして厄介オタクの様になった彼。
彼はネメシスさえ絡まなければ、劣化版会長とはいえその実力も威厳も平均よりは高いと言えるだろう。
「今日はよく集まってくれた。あの事件を経て尚、風紀委員会に所属しようとする貴様らに敬意を評する」
今ここに集まったのは、目算で大凡百人くらい。
全体的な印象としては、前回より半数くらいは少ないといった感じだ。
バルトが言ったようにあの事件のせいで、死んだか、転校したか、別の委員会に行ったのだろう。
その上でこれだけの人数が集まったのには、俺もバルトと同じ様な感想を抱いた。
「しかしだ」
バルトは険しく眉に皺を寄せる。
気の所為では無いと思うが、彼自身演説にいつもより感情が籠っている様な気がした。
当然彼も多くのものを失っていて、そして傷付いたネメシスに一番ショックを受けていた。
意識を切り替えるには、充分過ぎる入学初日だった。
新入生達も何処か面構えが違う気がする。
「我々に最も必要なものは、実力だ」
そう言って彼は纏う雰囲気を戦闘時のものに切り変え、経験の浅い新入生はその殺気に汗を流す。
彼は基本的に舐められがちだが、それは周りのレベルが高すぎるだけだった。
「よって、全委員会の中で風紀委員会のみ、入会に当たって審査を行う」
新入生達はその言葉にざわざわと、流石に聞いていないと若干焦り出す。
例年の事なので俺は当然知っていたし、しかし事前通告が無いのは意地が悪いと毎度思う。
その肝心の審査だが、風紀委員と一対一で戦って一撃を入れると言った比較的簡単なものだ。
先輩方は手加減こそしないが、一撃というハンデの元落ちる生徒はそう多くないと思う。
「私達は顔パスよね?」
「さぁ……多分違うんじゃ無いかなぁ」
ライラには既に審査の話は伝えてある。
しかし俺たちはむしろ入ってくれと、頼まれて然るべきだと言うのがライラの見解だった。
確かに俺たちは一般的な範疇からは外れている。
しかし前回は結局合否に関係なく、俺はネメシスの興味本意で彼女と戦うことになった。
しかし今この場には彼女は居なく、代わりのバルトがどう動くかまでは俺にも分からなかった。
そこまで深くは関わって来なかったからこそ、彼の本質については俺はまだ知らない。
「今から貴様らには、我ら風紀委員と一対一で戦ってもらう。一撃入れれば合格だ。相手は誰でもいい、好きな相手を貴様らが選べ」
俺の記憶通りの審査内容が語られ、そして最後にバルトは何故かカッコつけながら怪しく笑った。
それこそネメシスがこの場にいれば、何で笑ってるの? と彼が頑張って作った空気をぶち壊していた事だろう。
「質問を受け付ける。無ければすぐにでも審査を始めよう」
「はい!」
バルトは全体を見渡しながら質問を求め、それに手を挙げたのはクラスメイトのメシアだった。
彼女は記憶の限りだと、バルトに次ぐネメシス信者の一人である。
何でもネメシスが一年の頃に、魔獣討伐に参加した彼女に救われてから憧れたらしい。
因みに俺はあまりに世界を繰り返し過ぎた為、入学以前の記憶はもう一切覚えていなかった。
「ネメシス委員長の姿が見当たらないのですが!」
「委員長は今所用で学園を離れている」
案の定彼女はネメシスをずっと探していた様で、そして今審査に関係の無い話をする胆力は流石だと思った。
前回俺がネメシスに直接指名された時も、間に割り込んで彼女に手合わせを願っていた様な記憶がある。
しかしバルトが今言ったように、ネメシスは今学園に居なかった。
それは第二の悪魔への対策であり、一言で言えば彼女には修行をして貰っている。
少しでも彼女の記憶に近づく為に、彼女は一人で色んな所を飛び回っている筈だ。
本当は復興が終わった辺りで帰ってくる予定だったが、どうもテンションが上がって延長に入ったらしい。
「他は? 居ないか」
バルトは再び一年を見渡して、誰も手をあげない事で開始の合図を全体にかけた。
すると一斉に新入生達は動き出し、手近な先輩達に我先にと声をかけていく。
俺はさてどうしようかと考えて、試しに彼を見てみると案の定目が合った。
バルトは真っ直ぐ俺を見ていて、俺は昨日の失礼を思い出して出来るだけ低姿勢で彼に近づいた。
「……もしかして、お呼びでしょうか?」
「話がある」
てっきり昨日のドタキャンを怒られるのかと思いきや、彼の表情を見ればどうもそうでは無い様子。
なら俺の審査をしてくれるのかと思ったが、彼の第一声は意外にも話と来た。
別に何でも良いのだが、風紀委員に入れないとかだったらそこそこ困る。
流石にそこに私情を挟まないとは思うが、如何せん俺への印象が良いとも思えなかった。
「なんでしょうか」
「……貴様は、委員長の何だ」
バルトが俺を見るその目は、若干の嫌悪感と畏怖が込められている様な気がした。
しかしそんな事を聞かれても、そもそもネメシスや俺の話から大体の事は察している筈だった。
俺とネメシスは共に魔王討伐に挑んだ仲間。
それはネメシスにとってもそうであり、彼女はシーラと過ごした一番進んだ世界の記憶を持っていた。
当然それらは会議でも伝えている為、今彼が言っているのは恐らく男女の関係の話なのだと思う。
「仲間です」
「それだけか」
「だけ、って言われるとそうでも無い気もしますけど……」
俺はバルトがネメシスに抱く感情は、恋慕と言うよりは行き過ぎた尊敬という風に認識している。
むしろ、だからこそ彼女の周りを飛ぶ変な虫が、心の底から気に食わないのだと思っている。
「それは何だ」
「んー……、戦友……親友? ……気のいい友達? 後は……まぁ、やっぱりしっくり来るのは仲間ですけど」
「…………」
過去、俺は一度もネメシスと恋愛関係になった事は無い。
彼女はどの世界線でも、シーラと俺の中をいつも面白そうに眺めていた。
バルトにとっては残念ながら、彼らが付き合った事も一度もないが。
そもそも俺はネメシスの色恋を耳にした事は一度も無く、刀が恋人だと割と本気で思っている。
「あの、因みに俺の審査は……」
流石に戦闘音が響く中で、ずっと女の話しているのも何だか心が落ち着かなかった。
軽く当たりを見渡せば、遠くでライラ相手にフーコが泣きながら奮闘していた。
このままではちらほらと合否が出てき始めるだろう。
もし俺も審査を受けるのなら、彼の威厳の為にもあまり視線が無い内に終わらせたい。
「……委員長は、この世で最も強い人だ」
しかしバルトは俺の気も知らず、一方的な自分語り……いや、委員長語りを敢行する。
俺は流石にため息をついて腰に手を当て、しかしバルトはそれには何も言わず言葉を続けた。
「故にその隣に立つには、それ相応の資格がいる」
資格。そういう彼の顔は、俺がどうと言うよりかは自分にそれが無い事を悔しがっている様な顔だった。
そんな所に急に現れた、委員長と親しげかつ勇者と持て囃されるぽっと出の男。
「俺と勝負しろ、ユーロ・リフレイン」
「…………」
彼は俺が気に食わないのか。それとも本当に資格とやらを確かめたいだけか。
分からないが、ようやく本題を切り出された様な気がして、俺は薄く笑ってバルトの目を見返した。
もとより俺は、それも想定したつもりでここに来た。
それなら話は早いと、俺は軽く袖を捲った。
「勿論、受けてたちますよ」
「……余裕だな」
バルトは組んでいた腕を解いて、先程以上に俺を睨みつけてくる。
余裕かと聞かれれば、その実負ける気は一切していない。態々言わないが目を瞑っても勝つ自信はある。
俺は軽くコンディションを確かめながら、一撃決着のハンデは有効なのだろうかと考える。
むしろそれは彼に与えてやりたかったが、それは流石に失礼が過ぎるだろう。
「一撃ルールは無しで大丈夫ですよね?」
「…………ああ」
バルトは嵩瞬した後頷いて、そして三歩程後ろに下がって俺に向き直る。
最初は委員長を思って冷静さを失って居るのかと思ったが、どうも純粋に俺を値踏みしたいのだと感じ始める。
多分どの道風紀委員には入れると思うが、だからといって手を抜いたりはしない方が良いだろう。
この際彼が安心して委員長を任せられるように、圧倒的なまでに地に這って貰うことにしよう。
「本気で行くぞ」
「いつでもどうぞ」
バルトはネイル会長と同じ雷系統。
彼の両手に魔力が集まって、その目からは容赦の無さが伺い知れる。
雷系統は、一言で言えば攻撃特化だ。
極めればどの属性よりも威力が高く、速度も早く戦闘向きと言える。
「ペネトレイトボルト!!」
雷系統上級魔法、ペネトレイトボルト。
貫通特化の一点集中型。恐らくバルトが使える最も高威力のものだろう。
それを使ってくる時点で、ある程度俺の実力を認めてくれている事がわかった。
俺はそれに答えるべく、そして既に詠唱は終えている。
土系統中級魔法、エタ・クエイク。
無詠唱で唱えたそれは、バルトの攻撃より出は遅かったものの到達よりも早くに俺の体を防いだ。
地面が隆起して俺とバルトの間に壁を作り、貫通特化でもその壁は破れなかった。
「なっ!?」
壁の向こうから驚きの声が聞こえて、その時点で今のバルトの実力を推し量る。
本来なら四手五手位先まで見越して戦うが、これなら二手先位で決着になりそうだった。
「ロックバレット」
次は魔力の節約の為に、ちゃんと詠唱しながら目の前の壁に手を添える。
壁を細かく分けて弾丸の様に飛ばし、それはバルトの不意を付けたようで面白いくらいに彼に激突した。
「ふぐぅッ!?」
「サラウンド・ロック」
そのまま彼に激突した土を、彼の身体をはわせる様に変形させる。
腕を、足を、口を覆って、そして言葉さえ潰せば魔術師は終わったも同然だった。
無詠唱魔法を使えるのは、今のところ俺以外では魔王及び悪魔しか知らない。
悪魔が全員使える以上、固有能力では無いはずなのだが如何せん使い手は中々現れ無かった。
「んー!」
兎も角、開始四秒程でバルトは土の上で跳ねていた。
呆気なかったが、実際こんなものだろう。
ネメシスやライラがおかしいだけで、そしておかしくなければ悪魔とはやりあえないのだ。
だからこそ、俺は普通な割にベリアルとの戦いで生き抜いたフーコに一目置いていた。
バルトに近づきながらライラ達の方を見ると、流石に負けたようでフーコは仰向けで目を回していたが。
「んー! んー!!」
「今解きます」
多分わざとでは無いのだろうが、手足を縛られて跳ねている様はまな板の上の鯉の様だった。
それが余計に何処か滑稽に見えて、この場にネメシスがいなくて本当に良かったと俺は思う。
「はい、これで──」
「──インフェクト!!」
往生際がこれ以上無い程悪く、解いた瞬間彼は俺に右手を突き出して詠唱した。
しかし俺はそれに慌てることなく、その肘を抱えて俺から掌を逸らす。
俺の遥後方に雷は消えて、俺は汗を流すバルトの額に指を一本添えた。
別に何もする気は無い。ただそれでも、彼からすれば銃口を突きつけられた様な気分だろう。
「まだ続けますか?」
「………………いや」
少し長めの沈黙の後、しかし彼は目を伏せて負けを認めた。
俺は地に座り込む彼に手を差し伸べて、バルトは少し迷ったあと俺の手を取った。
「……完敗だ」
「資格はありましたか?」
本当のことを言えば、俺は彼が最初の魔法を打つ前に足元の土を使って拘束も出来た。
幻覚を見せることも、水で彼の頭を覆うことも出来た。
要は何もさせず勝つくらいの実力差はあったが、彼にある程度やれる事はやったと思わせたかった。
そんな事を言ってしまえば、余計傷つけるだけなので言わないが。
取り敢えず、項垂れる彼の顔が何処か清々しいものも含まれているので俺は良しとする事にした。
「…………委員長を、頼む」
彼はそう言って、目を伏せ、そして頭を伏せた。
俺は誰目線だよと何時もの様に突っ込みかけて、しかし彼を見てそこそこにいっぱいいっぱいなのだと思い知る。
彼は、静かに泣いていた。
俺は急な事態に度肝を抜かれて反応に困る。
しかし、それはきっと彼なりの覚悟であり、もしかすると今ネメシスの事を諦めたのかもしれない。
今まで彼の事は弄ってばかりだったが、その熱い思いは何処か綺麗なものにも思えた。
笑う事は出来ないだろう。俺は頭をかいてから、彼の胸を軽く拳で叩いた。
「隣に立つだけが傍に居る方法じゃ無いですよ」
そして、ライラの方へと歩み寄る。
彼がこの程度では挫けない事を静かに祈る。
これは最後の世界なのだからこそ、誰もが悔いのない道を歩ける事を心から望む。




