施設巡回。晴れのち罠
「はーい、こちらに見えますのがトレーニングルームでございまーす」
「はいはい! 私が直しました!」
復興完了初日の午後、施設見学。
昼食を終えた俺たちは今、レフィルの案内の元学園内を見回っていた。
学園内は相当広く、数多の施設が設けられている。
それを午後丸々かけて見回って、それが終われば今日の授業は終了である。
「退屈ね」
「だろ?」
俺は見知った学園を見て回る中、特に変化があるはずも無く解説を聞き流しながら歩いていた。
隣にはライラが居て、記憶がある故のあるあるを共感してくれている。
俺にとっては逆にそれが新鮮で、口ではそういうがそこまで退屈はしていなかった。
見る景色も隣にいる人が違えば、多くの可能性に溢れることを俺はよく知っている。
「ここ最大で三百人入れるから。受付で記名してから入ってね。因みにあそこにいるのは私の同期だよ」
「あ、れーちゃんだ。──最近恋愛はどう?」
「おっ前初手フィニッシュブローはやめろって」
広々としたトレーニングルームには様々な魔道具が置かれている。
その実割とスプレンドーレ製のものが多かったりして、しかしそれらは全部初期投資されたものである。
新調する際は全てウチの魔道科が担当する事になっている為、ここは此度の災厄で大きく様変わりしていた。
スプレンドーレに比べれば後追い技術である事は否めないが、しかしパスカルが頭角を現してからは、ルフレの技術もそう見劣りする物では無いだろう。
しかし、魔法使いが肉体を鍛えて何をするのかと新入生からは良く疑問が上がる。
しかし大人になればその魔法が使えなくなってしまう為、健康の為にも運動は結構重要視されていた。
魔法も使えないモヤシを量産する訳にはいかないと、流石に国もわかっている様だった。
事実弱い魔獣くらいなら素で倒せるのだ。それをする度胸はまた別の話になってくるが。
「はーい、トレーニングルームのすぐ横にはプールがありまーす」
次は二百×百メートルはあるそこそこの広さの屋外プールに来た。
基本的には泳ぐ為のものだが、偶に水系統の魔法使いがここで練習したりもしている。
同時に彼らが水も貯めてくれていて、電気もそうだが学園は割と自給自足で成り立っていた。
これが結構いいお手当てが出るのだが、いつ悪魔が来るか分からない中では俺は魔力を節約せざるを得なかった。
「男子は楽しみにしとけよー。ウチは男女混合だからなー」
そう言ってレフィルはいやらしい笑顔を浮かべ、何とも言えない空気がクラスメイトに広がった。
思春期の生徒達はいささか反応に困るだろう。
オヤジ臭いというかなんというか、恋人が出来ない理由が少し伺えた。
しかし俺は今黙っている男子生徒達が、ただムッツリなだけである事を知っていた。
俺が会長になった際、女子の意見を元に水泳の授業を分けたのだ。
すると暴動が起きて俺は会長職を引きずり降ろされた。
「……海、ね」
「…………」
俺が一人嫌な記憶を思い出していると、ライラは水繋がりでかあの海の事を思い出している様だった。
ライラと別れる事になる第四の悪魔との戦争。トラウマになっていないかが少し心配である。
俺は彼女が強いことを知っている。それでも、俺は肩の触れ合う距離まで近付いた。
すると彼女は俺に気付いて、一瞬不思議そうな顔をうかべて俺を見た。
そして、何も言わなかったものの、憂いた表情は消して薄く笑った。
何も言わなくても俺たちは通じ合える。付き合ってから、徐々に関係は戻りつつあった。
「…………」
「ノノアちゃん……」
「はーい、ここ運動場でーす。観客席には全生徒余裕で入れまーす」
次は運動場。ここは相当広くて、直すにも中々の時間がかかってしまった。
全生徒、全教員余裕を持って座れる観客席に、肝心の運動場も相当な広さを誇っている。
十月の魔術武闘祭もここで開催される予定であり、かつここは定期的に破壊される施設だった。
第一、第二、第六と、対処を誤れば毎度作り直す羽目になる。
「……野球って知ってる人いる?」
「…………」
「あ、居ない? 試しにどう? メンバー募集しまーす」
レフィルは何やら公私混同して、授業中にクラスメイトに募集をかけていた。
しかしこれには誰も手を挙げず、レフィルは拗ねたように土を蹴っていた。
昔一度誘われてやった事はあったが、普通にそんな場合ではないと当時プレイ中に俺は我に帰った。
平和になった時にまたやればいいだろう。魔法も使わないので敷居の低い競技だとは思う。
「はーい、ここ魔道科の施設ねー」
次にやってきたのは魔道科専用の施設。
勘違いし易いが、授業を受ける校舎はここには無い。
ここには色んな設備や材料が置かれていて、要するに実技専用の建物だった。
「滅多に来る事無いと思うから、せっかくだし見学させてもらうよー」
そう言って建物の中に入ると、まず抱く第一印象は新しい、といったものだった。
復興の際に作り替えたのだから当たり前かと思うが、そもそもの造りが最先端なのだ。
魔術は古くから伝わる為歴史ある分構造も古い。
逆に魔道は年々発展している為、性質上どうしても設備に差はついてしまう。
「……あ、丁度何かしてるみたいだね」
レフィルは廊下から室内を覗き見て、そしてそのままノックもせずに中に入っていった。
魔道科は危険なものが平気で転がっている為、俺はその不用心さに少し心配になってしまう。
しかし入ったものは仕方が無いので、ぞろぞろと生徒達はその後に続いて行った。
そしてそれよりも早くレフィルが外に出てきて、その顔は少ししょんぼりしている様に見えた。
「勝手に入るなって怒られた……」
「………………」
レフィルは肩を落として口を小さくすぼめている。
どうやらちゃんと怒られた様で、少し目の端に涙まで貯めていた。
しかしクラスメイトはそれには触れず、半数以上が生温い視線を送っている。
傍から見ている分には面白いのだが、今俺は同じ様な目を向けられる側なので正直見るに耐えなかった。
「はーい、今度は魔術科専用の施設ねー。皆がこれから一番お世話になるところだよ」
中に入ると、多少は綺麗になったものの何時もの施設が出迎えてくれた。
俺はここなら目を閉じても徘徊出来る自信がある。
そんな事をしていい事なんて何一つ無いが。
兎も角、ここにはいくつもの部屋があって、そして中には様々な機械が設置されている。
トレーニングルームが身体の強化なら、ここは魔術専門のトレーニングルームと言っていいだろう。
「えっとねぇ、まぁ色んなのが有るんだけど……」
レフィルは手近な部屋のひとつに入って、そしてそのまま中にあった機械をいじり出す。
今触っているのは魔力を測定する機械だった。
レフィルは機械を体に着けて、すると少し待った後ゼロという数字が表示される。
「あちゃー、年始まではまだ十あったんだけどな……」
十あった所で初級魔法一発撃てるか撃てないか程度ではある。
しかしレフィルが浮かべる顔は珍しく、憂いている風なものだった。
拠り所というか自身の一部というか、そういうものが無くなった感覚なのだろうか。
その感情は、俺は未だ経験していなかった。しかし想像しただけで少し胸が苦しくなる。
「……ま、いっか。若い子はどんどん育ってるしね」
そう言ってレフィルは機械を外して、そして近くに居た生徒にそれを問答無用で付け始める。
何処かまだ落ち込んだ様子のレフィルに、そのクラスメイトは戸惑ってされるがままになっていた。
「ててて、てーん! 二百六十! いーーーなーーーっ」
「え、えっと……」
因みに初級魔法一発撃つのにだいたい魔力が一から二十は必要だ。
中級魔法が二十から百。
上級が百から千。
超級はそれ以上。
無詠唱は大体倍かかる。
因みに入学初日、つまりベリアルと戦っていた時点で俺の魔力は大体千くらいである。
つまり素で超級一発撃てるか撃てないか。
やり直しがなければ絶対に勝てなかったと俺は断言出来る。
「ほらほら、皆測って測って」
順に機械を付け変えられ、クラスメイト達が現在の魔力を測定していく。
魔力量が目に見えて分かるのは自信にもなるし、戦う際の大きな目安にもなるだろう。
しかし魔力の総量を上げる為には、基本才能と年齢による時間経過しかない。
故に低い場合は諦めるしかないのだ。しかしルフレに来ている時点でそう悪い生徒はまず居ない。
「ささ、王女様……」
「…………」
しかし例外であるライラの番が来て、レフィルはそんなライラに甲斐甲斐しく装置をつけていた。
それを見て、俺はやはりこの二人何かあると思った。
明らかにレフィルがライラに対してへりくだっているのだ。
別に王女相手だから当たり前だと思うかもしれないが、俺はレフィルがそんな玉では無い事を知っていた。
しかしジト目を向けても二人とも反応しない。
もしや金でも握らせて怪しい事でもしているのだろうかと邪推する。
「八十五! 素晴らしいですね!」
「何処がよ」
ライラは魔力が異常に少ない。それは今だけでなく、三年後も今と対して変わらない。
しかし彼女にはそれを補う実力があった。
本当に、何度も負けたから俺は良く知っていた。
逆の立場なら絶対に手も足も出ない自信がある。
俺は最初の頃ライラもやり直しているのかと疑った程だった。
機械を外されて場所を譲ったライラは、魔力が少なくても何ともないと言った顔をしていた。
そして、次は俺の番。
「……おいおい、ついに来たなおめー」
「何ですかその話し方」
「おめーコラ勇者なんだろ? 見せてみろよその所以オラッ!」
機械が身体に取り付けられていく。
誰が見ても明らかにライラと比べて乱暴だった。
しかしそんな事はさて置いて、叩き出された数字は凡そ七千。
今の時期は大体日に二百ずつ増えていっている計算だ。
「え、やば……引くわ……」
「引くな」
周囲もそれなりにざわついていた。その調子でどうか女好きというレッテルを払拭して欲しいと切に願う。
俺は自分で機械を取り外して、少し離れたところに居るライラに近付いた。
「魔王と戦う時はどれくらいあったの?」
「さぁ……機械壊れるからなぁ」
「何それ、見たいんだけど」
そう言ってくすくすと笑うライラ。
しかし若干説明が足りなかった事を察して少し申し訳なく感じる。
素で上がる分には俺の魔力は最大三十万強と言った所だ。
しかし魔王が来るのは四年後。その時には段々下がり始めてしまっている。
しかし俺は悪魔を倒す道中、とんでもない裏技を見つけるに至っていた。
それが俺が生徒会長になりたい理由であり、しかし今回は少し望み薄の様に感じている。
余程の緊急事態なのだから、会長に頼んで変わってもらえばいいと思うかもしれない。
しかし、本人にはまだ伝えていなかった。と言うか伝えるつもりは今の所ない。
その理由は他でもなく──
「うお……」
「すげぇ」
「ん?」
現状を整理していると少し、いや、俺の時以上に周囲の生徒達がざわつき始めた。
何事かと人混みの様子を伺ってみれば、それは直ぐに俺の目の前に映し出された。
一万二千。
叩き出されたその数字を二度見して、俺は度肝を抜かれて目を見開いた。
襲撃によりクラスが再編成され、それにより俺が見落としていた逸材が現れたのだ。
俺はその事に思わず歓喜して、人混みの中のその人物を探し出した。
そして、見つけて再度絶句する。
そこに居たのは、下手すれば一番予想外な人物だった。
「──ノノアちゃん凄い!」
「え、えへへ……こ、故障かな……?」
渦中の中で引き吊った笑顔を浮かべているのは、俺のよく知る顔、ノノアだった。
それは俺の常識を容易く壊した。
俺が知る今の時点のノノアは、四百あるか無いかくらいだった筈だ。
年齢と、才能、そして俺の知る裏技以外で魔力を上げる方法は無い。筈。
しかし新たな例外が今更目の前に現れて、俺は果たして喜んで良いものか訳が分からなくなって放心した。
「君が勇者だ!」
「え!? えぇ!?い、いや私は……!?」
レフィルはノノアを胴上げしようとしていたが、ノノアはそれに必死で抵抗していた。
そんな光景を俺は見ながら、しかしただぼうっと突っ立っている事しか出来なかった。
「…………フン」
そんな中、隣でライラが拗ねている事に気が付いた。
それを見て俺は我に返り、どうしたものかと頬をかく。
今はどの道あの人混みに割って入る自信は俺にはなかった。
しかしノノアには申し訳ないが、これは流石に一度話を聞かないといけないだろう。
今回は会長になれるか至極怪しいのだ。
都合のいい話だが、そこを日和る訳にはいかなかった。
俺はまだ出来ることが有ったのだと自分を奮い立たせて、今は映し出されたその数字をまじまじと見つめた。
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放課後。
俺は風紀委員会に顔を出す約束をしていた為、一旦ノノアの事は後回しにして教室を後にしようとした。
すると俺は予想外な人物に声をかけられる事となり、そしてそのままよく分からない状況に陥っていた。
「ごめんね! 助かったよ!」
「いや、全然構わないんだけど……」
俺はそこそこ大きな荷物を手に持って、とある人物と二人並んで廊下を歩いていた。
隣にいるのは、メイ・ピック。
ノノアの親友で、殆ど俺とは関わりのない子だった。
話は十分程前に遡る。
珍しくライラが何も言わずどこかに消えて、隣のノノアも逃げる様に去っていった。
そんな所に近寄ってきたのが彼女で、何故か名指しで保健室に荷物を運ぶのを手伝ってくれと頼まれたのだ。
「これ、医療品だよな?」
「そうだよ! ……あんな事があったから、今魔力に頼らない医療品を増やしてるんだ」
それは俺もよく知っていた。
何度も行っている会議の中で、ミラ保健委員長とネイル会長が話し合っている場に俺もいたからだ。
しかし俺は郵送品が届く受付の場所も知っているし、それが一時的とは言え教室にあること事態不自然に思った。
しかしその上で、何か企んでいたとしてもそれを確かめようと彼女に着いて来たのだ。
この周回ならではのイレギュラーな行動なら尚更、俺は簡単に無視する訳にはいかなかった。
「もう委員会で働いてるんだな」
「うん、そうなんだー」
イマイチ評判の悪い俺にも怖気ず、普通に笑って話しかけてくれるメイ。
俺は彼女とノノアのやり取りも見ていたので、この子がいい子である事はよく分かっていた。
だから、陥れる為の罠とかそういった事は流石に心配していない。
むしろ、こうして彼女の恩人と話す事が出来て俺は感謝しているくらいだった。
それに、これから向かう風紀委員の部屋も保健室と同じ校舎にある。
どの道道中なので断る理由は尚更無く、廊下を歩きながら他愛も無い談笑をしていた。
「あ、ここだよ」
「うん? 備品置き場なら……」
「え、あ、いや、ここで大丈夫だよ!」
メイの言葉に立ち止まり、扉のプラカードを見れば医務室と書かれていた。
記憶の通りだと備品を置く保健室もう少し先で、俺は軽くそれを指摘したが直ぐに否定される。
何となく違和感は感じつつも、特に逆らう意思もないのでそれに従う。
まだ軽い荷物を持っていたメイが扉を開けてくれて、先にと促されて俺は中へと入った。
そして、中にいた人物を見る。
「──あ、メイちゃ……、」
「え」
互いに一瞬の放心。しかしその隙に後ろのメイの目がぎらりと光った。
彼女は無防備な俺を思いっきり蹴飛ばして、俺は医務室の奥へと叩き込まれた。
「えいっ!」
「ちょッ──!?」
背中に響く割と容赦のない衝撃。
俺は何とか荷物を潰さないよう踏ん張って、しかし流石に油断していた為前のめりに中へと入った。
今は痛みよりも状況に理解が追いつかなくて、すると凄い音を立てて背後の扉が閉められた。
そして、ガチャりと鍵も閉められた。
ここに来て悟る。これは普通に罠だった。
俺は荷物を一旦床に置いて、中にいた人の事も忘れて扉を叩いた。
「ちょ、ピックさん!? 何、これ何!?」
そう言って、そしてそもそもここは内鍵だったので、俺は普通に開けようと鍵に手をかけた。
しかし反対側で鍵を指したまま抵抗しているのか、しかも汗で手が滑って中々開けられない。
背後からの強い視線が背中に刺さって、俺は段々と冷静さが消えていくのを感じた。
そして、扉の奥からのメイの言葉で、俺の手は完全に止まる事になる。
「仲直りしないと出られない部屋です」
「「……え」」
俺にはそれが、悪魔の囁きのように聞こえた。
驚きの声は何故か後ろからも聞こえてきた。
しかし、流石に色々と納得がいかない訳である。
物事には順序や心の準備というものが必要なのだ。
「ちょ、別にケンカした──」
「仲直りするまで絶対に出しませんからっ!!」
結構な量の罵声が浴びせられ、俺は思わず縮こまる。
ライラに怒られている様な気分になった。
覚悟が決まった女の強さは俺は文字通り死ぬほど知っている。
そして、
「…………ユーロ」
後ろから掛けられた声に、俺はビクリと肩を震わせた。
そして、恐る恐ると振り返る。
考えても見れば、問題を先送りにしていただけなのかもしれない。
俺はこのままでは良くないのでは無いかと、心のどこかでは感じていたはずだ。
そしてそれは俺だけでなく、メイと言う第三者から見てもそう感じたのだろう。
「………ノノア」
医務室の中に居たのは、ノノアだった。
彼女も何も聞いていなかったのか、戸惑った顔を浮かべて不安そうに俺の名前を呼んだ。
何を持って仲直りとするのか。
俺はどうすればいいのか、必死で頭を回転させた。




