事故紹介
ルフレ魔術学園。
エタンセルにある無数の学園の中でも、随一の質、生徒数、設備を誇る学園である。
在籍するのは凡そ十五歳から十八歳。
生徒数は本来、各学年最大二千人。
魔術科と魔道科の二つに分かれ、凡そ七割の生徒が魔術科に在籍している。
そして、それらを纏めるのは生徒会及び各委員会。
全ての生徒が必ず何処かに入る事を義務付けられる。
給金も出るので実質仕事と言えるだろう。
良くも悪くも国は学生達を一人前と見立てているのだ。
「因みに入学式時点で魔法初めてだった子、どれくらい居る?」
レフィル教員はそう生徒達に投げかけた。
魔力は十八歳をピークに上がり続ける。しかし同時に、幼少期も殆ど魔力は無いに等しいのだ。
つまり、魔力がそこそこ見れるレベルになる十五歳辺りから教育し、十八歳まで鍛え続けるのがエタンセル流だと言えるだろう。
特例として、ライラの様なお金に余裕がある人は教育だけは先んじたりもする。
要するに魔力とはたった数年で現れ消える霞のような存在なのだ。
それでも、エタンセルは魔法に力を入れている。
こんな古い体制を取っているのはエタンセル位のものだろう。
そしてそれがまかり通るのは、ひとえに国力の強さ故と言えた。
子供に潤沢に投資して、それでもお釣りが来る位にはエタンセルの資源は豊富だった。
「半分くらいね。ま、だいたいそんなもんかな」
本当によく生き残ったものだと俺は思う。
事実、最初の方の周回は殆ど全滅に近かったのだ。
経験さえ積めば魔獣は素手でも充分殺せるが、だからこそ経験も無い今生き残れたのはとてつもない快挙だった。
「私たちの頃はよく分からないまま魔法を習って、そのまま何となく卒業したけどさ。君達は明確に戦争を意識して、魔法を覚えてもらう事になる」
これからは戦争の為の三年間。
仮に魔王は四年後としても、その間悪魔も攻めてくる。
それまでにどれ程の命が散ってしまうのだろうか。
そして、俺はどれ程の命を救えるのか。
「──ま、辛気臭い話はもういっか! 自己紹介しよう!」
そう言って、レフィル教員は手を叩いて室内の空気を切り替えた。
張り詰めた空気が霧散して生徒たちの顔に色が戻る。
しかし、自己紹介となるとこれまた色々問題が起きそうだった。
至る所に見えた地雷が埋まっているのだ。解除の仕方を俺は知らなかった。
「じゃあ端からね!」
楽しそうなレフィル教員の声で、前列の端から順に教壇に立っていく。
百人ともなれば相当な数だった。
いつもはこの時間は聞き流して、前回の振り返りの時間に当てていた。
けれど、これが最後になるのだ。せっかくだから俺は久しぶりにちゃんと聞こうと思った。
もしかすると何か新しい発見があるかもしれない。そんな淡い期待を視線に込めた。
「そ、ソル・フリエンドですっ! 土系統ですっ! お、おはおはは花が好きで、びび美化委員に、入ろうと、思ってます……!」
不自然な程にどもっていたのは、小動物を思わせる後の美化委員長ソル。
彼女の土魔法は復興にも大きく役立ってくれた。
戦闘は不向きだが、学園にとっては間違いなく必要な人だろう。
「……何か虐めたくなるね!」
「うぇえ!?」
自己紹介の際レフィル教員は一言野次を飛ばす。
俺としては周回の恒例行事だったが、今俺はそれが怖くて仕方が無かった。
「メシア・ミルです! 風紀委員に入って、いざルフレ魔術学園の風紀を取り乱します!!」
「乱しちゃダメでしょ何言ってんの」
メシア・ミル。極度の馬鹿ではあるが、努力を欠かさない女の子だ。
ネメシスに憧れ帯刀しており、同級生の中での腕は軍を抜いているだろう。
「は、ハミュ・パーカーと言います。炎系統です……。図書委員に入るつもりです」
「かわいいねぇ」
この子は何度か図書館を燃やしている。
賢いし魔法の腕も良いがとてつもなくドジだった。
燃やした世界戦では図書委員をクビになっているし、防げた世界では委員長になっている。
「クリス・カードッス! 炎系統最強の男! いずれ風紀委員長になるんで宜しくっス!」
「──何だと貴様!」
「メシアたんは座ってなさい」
こいつは根性が果てしなくウザ……凄い男だ。
はっきり言って俺は異常者だと思っている。その精神性は固有能力の域に達してると言っていい。
因みに風紀委員長になった所は見た事がない。
「メイ・ピックです! その、お姉ちゃんが保健委員の二年生で、私も保健委員に入ろうと思ってます! すごく素敵なお姉ちゃんなんで、どうか一緒に宜しくしてください!」
「それもうお姉ちゃんの自己紹介じゃーん」
メイ・ピック。確かノノアと一番仲が良かった子の筈だ。
一瞬ノノアの方を見ると、彼女はとても優しげな顔を浮かべていた。
それを見て、俺は少し安心する。新たな拠り所は多分あの子なんだろう。
「ノノア・エレノイトです。回復系統が得意で保健委員に入ろうと思ってます。よろしくお願いします」
「…………」
彼女は、確かに前に進んでいると思った。
浮かべる笑顔がとても自然なものだったからだ。
俺は、未だにノノアの事を引きずっていた。
けれど、彼女を見て俺も前を見ないといけないと決意する。
「ね」
「あ……はい?」
レフィル教員はノノアの肩に手を置いた。
明らかに余計な事をする気だった。
「勇者の屑エピソード聞かせてよ」
「え!?」
「ちょ、何言ってんですか!?」
レフィル教員はさあさあとノノアに詰め寄り、ノノアは引きつった笑みで後ずさった。
俺は慌てて立ち上がって、しかしレフィル教員は全く聞く耳を持とうとしない。
「事情はよく知らんけどさ。あんな屑もう忘れようぜ。その為にここで吹っ切るんだ」
「ぇ………あ………」
ノノアの人生を考えればとても良い教師なのだと思う。
しかし頼むから俺の人生も考えて欲しかった。
そんな俺の願いは虚しく、グルグル目を回した結果ノノアは意を決した顔をした。
「ユーロは……、ユーロは………!」
「の、ノノア……?」
「…………………ユーロは屑じゃ無い……です……」
じわりとノノアは泣き始め、瞬間レフィル教員は汗を吹き出した。
珍しくやらかした事を認識したようだ。
そして俺は無事心が張り裂けた。
「次行こう次! あはは、は……次! 来い!」
ノノアが席に戻ってきて、そのまま俯いて全くこっちを見ようとしない。
やっぱり、今のままでは駄目なのかもしれない。
しかしもう何もしてあげられないのに、その気も無いのに近寄るべきでもないと思う。
「おら次来いボケ!」
「…………」
順番が回って来て、投げやりになりながらレフィル教員は俺を呼んだ。
いや、もうこの人は呼び捨てでも良いだろう。
少なくとも尊敬には値しない。
「ユーロ・リフレインです。魔法は全属性使えます。生徒会長を目指してますので、どうか応援の程よろしくお願い致します」
俺は深く、深くお辞儀をした。
俺の印象が少しでもマシになるならいくらでも頭を下げる。
ただ、それが無駄な抵抗である事は、俺に向けられる白い目でよくわかったが。
「ちょっと、自己紹介間違ってるよ?」
「……間違いとかないでしょう」
「いやいや。……ユーロ・リフレインです。女は全年齢行けます。生徒会長になるのはハーレムを築──」
「お前ェ!!」
「いやぁ! 襲われるーっ!」
席に戻った俺は半ば魂が抜け駆けていた。
正直言ってもう友達一人作れる気がしない。
俺に貼られた屑のレッテルは、日に日に色を濃くしていっている。
「ライラ・エタンセル。分かってると思うけど、第七王女よ」
「……もちょっと欲しいですかねぇ……」
「溶接するわよ」
「どこを!?」
俺はため息をつきながら、訝しげな目を様子のおかしいレフィルに向けた。
ライラに対しては当たりが弱すぎる気がしたのだ。
別に第七王女だからと言って気後れする様な人では無い。
俺は変な関係性を怪しむと同時に、何かあればライラに助けを求めようと思った。
レフィルは俺の敵、それは間違いない。今日この日それを再確認した。
「後」
「あ、はい」
「ユーロは私のモノだから……手を出した奴は」
「殺す」
室内に本気の殺意が走った。
どう考えたってそんな事をする必要は無かったのに。
気に当てられた数名の生徒は顔色を真っ青に変えていた。
可哀想だが俺は悪くない。そう思わないともうやってられなかった。
「はぁ…………」
取り敢えず、特筆すべきはこのくらいだろうか。
色の濃いクラスではあるが、普通に過ごせれば楽しいクラスである事は間違いないだろう。
ただ、俺はもうその輪の中には入れそうに無いが。
特に女生徒からの視線は厳しいものだった。
「よし、いい時間になったね。昼休憩にしようか」
その号令でぞろぞろと席を立ち上がる生徒たち。
ノノアは一目散に席を離れてどこかへと向かった。
俺はなるべくそれを見ないようにして、再度ため息をついてから立ち上がる。
「行くわよ」
「……だな」
総括すれば、間違いなく悪すぎるスタートダッシュだと言える。
俺は死んだ目でライラに返事を返した。
仮に魔王を倒したとして、その先俺に幸せは有るのだろうかと。
「…………フン」
まぁ、少なくともライラは隣にいてくれるだろう。
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「そういえばライラ、アレどうなった?」
ライラと二人で食堂に来た。
何時ものように対面に座って、何時ものように会話する。
そして何時ものように俺たちの周りには人が居なくて、遠巻きに視線だけは浴びていた。
「まともに取り合って貰えないわね」
視線を無視して、ライラに投げかけた言葉には芳しくない回答が帰って来た。
彼女は箸の動きを止めて、少し考える素振りを見せている。
アレとはライラの父、つまり国王様に取り次いで貰えないかと言う話である。
結婚挨拶とかそんな話では無い。
これは第二の悪魔、ひいてはそれ以降にも対抗する為の至極真っ当なお願いだった。
「理由は何て?」
「忙しいから」
その言葉に流石に落胆を隠せなかった。
向こうからすれば仕方が無いのかもしれないが、しかし記憶があるものからすれば大戦犯だった。
これからは迅速な対応が常に迫られる。なのにこの動きの遅さには目も当てられない。
何故そんなことをしているかと言うと、俺は今勇者候補といった立場であるからだ。
それは偽物の勇者が現れない様慎重になっている為で、勇者候補に関しては他国にも存在する。
だから本来、俺はベリアルを倒し、そして魔術武闘祭で勇者候補を退ける事で俺は勇者として認定されるのだ。
それを少しでも早める為に、今ライラにこうして頼んでいた訳だが。
「まぁ少なくともユーロの存在は認識してるわよ」
「今の時点でマモンが来てないだけ奇跡何だけどな……」
本当に嘆かわしい事だ。
この一ヶ月、それなりに打てる手は既に打っていた。
しかし、その殆どが未だ身を結んでいない。
結果、こうして呑気に学生生活を送るしか無かった。
「……どうすりゃ良いんだろうな……」
国王に勇者として認められれば、悪魔の脅威を他国にも知らせる事が出来る。
第三の悪魔なんか顕著なもので、多分今から手を打たないと全てが手遅れになってしまうのだ。
一応会長やライラに頼んで知らせは出したが、そんなものが今の時点で取り合ってもらえるはずもなかった。
他国との交渉という点でも、勇者という立場はあまりに大きいのだ。
切れるカードがことごとく潰えて、時間ばかりがすり減っていくのを感じる。
「武闘祭早まらねぇかな……」
「それも聞いてみた。歴史ある祭だから無理って」
「平和ボケかよ……」
「……一応私の父よ。別に良いけど」
俺がここ一ヶ月で行ったタスクは主に五つ。
学園の復興。
国王に勇者として認めてもらう事。
多国に注意歓喜する事。
生徒会長になる為の交渉、及び印象捜査。
そしてシーラと会う事。
復興はひと月で完了出来た。
しかし国王からはいまだに色良い返事が貰えない。
勇者にならねば他国にまで話は通じない。
そして日に日に印象は悪くなっていた。
そして、シーラは。
「──まさか、記憶が無いなんてな」
俺は授業が無いのをいい事に一度彼女に直接会いに行った。
しかしここに来て、彼女はいつも通りだったのだ。
彼女は俺の事を、何一つ覚えて居なかった。
「なりふり構わず引っ張って来れば良いのよ」
「普通に国際問題だろ……王女が何言ってんだ」
上手くいっても後で殺されるだろう。
俺は勇者として国の架け橋にならねばならないのだ。
兎も角、対マモンへの切り札が一つ潰えてしまった事は事実だった。
そして同時に、大事な人に忘れられる悲しさを俺は再び突きつけられた。




