勇者監禁事件(前編)
目を開けた。
知ってる部屋が私を出迎えて、私はゆっくり体を起こした。
嗅ぎなれた匂いが充満していて、機械音だけが部屋に響いている。
部屋には私以外の人達も寝て居て皆が皆重症に見えた。
私は少しばかり頭が痛くて、部屋は暖かいけど心が寒かった。
そして段々と思い出す。
自分が一体何をして、そして何故今ここに居るのかを。
「──ユーロ」
無意識にそう口が動いた。
死んで、生き返って、また死んだ。
脳が理解を強く拒んで、私は顔を覆い隠した。
そして身体に繋がっていた機械を取って、フラフラと力なくベッドを降りる。
行かなきゃ。
迎えに行かなきゃ行けない。
彼が死んだなんて、そんな事がある筈ないのだから。
だって、彼は約束してくれたから。
世界を跨いだ、運命の恋だから。
私は記憶の通りに棚を漁って、きっと必要になるそれを取り出した。
そして、裸足のまま私は部屋を出た。
どこに行けば良いのかは、私にだって分からなかった。
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『ルフレ通信250!vol.1
入学初日に訪れた脅威! 新進気鋭の“勇者”現る!?
ソルテラ紀1850年四月二日創刊
皆さん御入学、及び進級おめでとうございます!
そして昨日は本当に大変な一日になってしまいましたね。
本当は昨日に出るはずだったこのvol.1も、遅ればせながら今皆さんの手元にお届けできた事かと思います。
とまぁ前置きは早めにさておいて、今回は是非おめ通し頂きたい話が有ります。
昨夜の事件の全貌、及び解決に走った勇気あるもの達の有志を嘘偽りなくお届けしたく筆をとりました。
一体何があったのか。そしてこれから何が起ころうとしているのか。
当然皆さんには知る権利が有るでしょう。
此度のキーワードは“悪魔”と“勇者”についてです。
……。
…………。
………………。
』
「──見た?」
「見た見た」
1850年四月二日。
時刻は午前八時過ぎ。
ここは炎天下の下に設置されたルフレ魔術学園復興拠点。
当然あの惨劇の翌日に授業が始まる訳もなく、学園は全生徒及び教師を上げての復興作業に取り掛かっていた。
「一班は二班と交代してくれ。ここからは三交替で作業に掛る」
「了解です!」
「徹夜作業助かった。ゆっくり休んでくれ」
現場監督は生徒会のミュタ・ロイゼス副会長。
彼女は倉庫から引っ張り出してきたヘルメットを被り、メガネをかけながら的確な指示を飛ばしていく。
生徒達に労いの声をかけ、導く様は副会長たる威厳に溢れていた。
伊達メガネをかけ始めたのはただ目にゴミが入るのを防ぐ為であり、勇者の戯言に唆された訳では無い。
「──ね、いよいよ魔王が来るんだって」
「大丈夫じゃない? エタンセルに勇者が産まれたんだから」
「でも自称でしょ? 証拠は無いらしいし」
「けど会長も風紀委員長も認めてるらしいじゃん」
校舎を直し、地面を整備し、辺りから指示が飛び交う光景はまるで祭りの様ですらあった。
しかしその実耳を傾けてみれば、誰しもがそのニュースに話の花を咲かせていた。
そんなルフレ魔術学園の話題を一身に攫うのは、新聞の一面に乗っていたその男。
「──マニ・クエイク」
ガタガタと地面が隆起して、土や瓦礫が勝手に動く。
一度は完全に分かたれたその物質が、それなりの騒音を立てつつ元通り形を生していく。
それを成した人物は、触れていた地面から手を離した。
そして後ろで見ていた人達に振り返り、するとまばらではあるが少なくない拍手が彼に浴びせられた。
「今のは因みに中級な。コツは手を翳したり触れたり、そういう補助を行うと魔力が結構節約出来る……って流石に知ってるか」
「はいはい! そもそも私まだ中級使えないんですが!」
「魔法は適正・魔力・認識・詠唱の四つで決まる。今ここにいる居る皆は魔力が有るならもう使えるよ」
俺、ユーロ・リフレイン事“勇者”は今、復興作業の一環として土魔法のレクチャーをしていた。
相手は一年生の土系統適正者達。
二・三年生は既に修復に動いていて、俺はなけなしの魔力を有効活用しようと教師役を買って出ていた。
あの後徹夜で会長達に情報を伝えて、そして流石に一度休もうと解散になった。
しかしこの程度であげる程の根は持ち合わせておらず、俺は一人ここに足を運んでいた。
しかし先程ミュタ副会長の姿も見たし、結局誰も休んでないのだと思った。
一種のアドレナリン作用のようなもので、皆昨日の今日でまだ興奮が冷めやらないんだと思う。
「あ、あの………」
「ん?」
少し考え事をしている最中、同級生達は見様見真似ではあるが既に作業を始めていた。
しかしそんな中、一人の少女が恐る恐る俺に声をかけてきた。
俺は今や学園の有名人となって、ここに来る途中もすれ違う度に声をかけられた。
だからまたその手の類かと思いきや、その子は俺の知っている子だった。
ソル・フリエンド。
俺の知る記憶の中では将来美化委員長になる、この世界では俺が魔獣から間一髪助けた女の子だった。
「あ、あの……っ!」
「どうした?」
小動物を彷彿とさせるような、背も自己肯定感も低い女の子。
俺は彼女の性格を知っている為、今相当勇気を振り絞っていることが分かった。
邪推するに助けたことへのお礼なんだろうとは察せられる。
しかし俺はせっかくだから野暮な事は言うまいと、心の中で彼女を応援した。
「あの………………………!」
「うん」
「……………あの……………」
「……」
どうやらあの以外の言葉を失ってしまったようだった。
声をかけたのなら後は要件を言うだけだと思ったが、しかし彼女の目は絶望に濡れていた。
流石にそこまで落ち込まれては虐めている様な気になってしまう。
彼女は充分頑張った。
事実俺は今の時点で褒めてあげたかった。
彼女は初めて都会に出てきたのだ。
あんな事も相まって、むしろ“自主退学組”になっていない事が不思議なくらいなのだから。
「──おい、アイツだよな新聞にのってたのって」
「だよな! 話しかけて見ようぜ!」
「……ん?」
死んだ目でブツブツ呟いている彼女に、どう声をかけようか悩んでいると。
遠くからそんな声が聞こえてきて、そして新聞と言えばひとつしか心当たりが無かった。
俺と会長、ライラの三人で内容を考えて、コタに書かせた印象操作の産物。
泣きわめきながらいやいやと言う彼女を捉えて、しかし俺は心を鬼にした。
俺は出来ることなら勇者である事を早く周りに認められたかった。
それは当然名誉が欲しいとか、そんなチンケなものでは一切無い。
勇者であるという事実だけで、魔王に対して動きやすくなるのだ。
いつ次が来るか分からないからこそ、そこは焦ってしかるべきだった。
名付けて、まずは学園内の外堀埋める作戦。
これが結構上手く言ってるみたいで俺は内心ご満悦だった。
「でもあいつ相当な女好きだろ? 俺らが相手して貰える訳ねぇよ」
「……まぁだよな……諦めるか……サイン欲しかったんだけど」
「……………」
これが結構上手くいってないみたいだった。
俺は思わず頭を抱えたくなった。
新聞程度ではやはりあのインパクトを越える事が出来なかった様だ。
俺は自然にほとぼりが覚めるのを祈り、今はただ無を仰いだ。
「……………女の子、好きなんですか……?」
「まてまてまてまて」
君はお礼は言えなくても追い詰めはして来るのかと。
俺は思わずソルに詰め寄って、すると面白いくらいに彼女はその身体を縮こませた。
プルプルと震えながら涙を浮かべる彼女の、その姿を見て俺は思った。
そもそもこの子は、土系統に関しては下手すれば俺より才能の塊なのだ。
故に速いこと動いて欲しかった。
こんなところライラに見られたら本気で捻り殺されかねない。
「──あ、ここに居たのね」
「……。え? 保健委員長?」
また来客かと思い少し呆れながら振り返ると、そこに居たのは保健委員のミラ・メット委員長だった。
あまり外で見ない人物に、俺は目を丸くしながら彼女に返事を返した。
明らかに彼女は俺に用がある様で、真っ直ぐ俺を見て手まで振ってきていた。
そして保健委員長は隣のソルに視線をやって、するとソルはビクリと肩を震わせて悲鳴を上げながら逃げていった。
普通に失礼だ。
「……ごめんなさいね。逢瀬の途中だった?」
「勘弁して下さい。俺は女好きじゃ無いです」
「少し無理があるわね。あ、後別にミラでいいわよ」
私の事もどうせ知ってるんでしょ?
そう俺の耳元でミラ委員長が囁いた。
いちいち所作に色気を含む人だ。
しかし自覚が無いから往来でも平気でこんな事を仕出かして来る。
しかし、小声で話すのには少し理由があった。と言うのも、記憶の事は新聞では伏せているからだ。
あれは余計な混乱を招くだけだと、満場一致で伏せることになった。
当然コタは暴れ回ったが、俺は彼女を黙らせる術を幾つも持っていた。
「ちょっと耳に入れたい話があって来たの」
「委員長自らですか?」
「別に誰でも良いのよ。どうせ皆魔力も空っ欠だから出来ることも限られてくるし。少し気分転換も兼ねてね」
そして、彼女は視線で移動を促した。
多分そう長くもならないだろうと考えて、俺は素直に彼女について行く。
今日の予定はライラと昼食を取って、後いつでもいいからと魔道科に呼ばれている。
それ以外は復興に手を貸す感じで、つまり時間的には余裕はある。
「ここでいいかしら」
「どうしたんですか?」
崩れた校舎の陰に連れられ、ミラはそのまま壁にもたれかかった。
何故か裏路地が嫌に似合う人だなと俺は思った。
彼女は俺に楽にするよう促して、腕を組みながら俺に視線を向けた。
「首席挨拶の時、貴方の隣に居た子居るでしょ?」
「ノノアの事ですか? もしかして目が覚めましたか?」
ノノアの一件は聞いている。
まさかここに来て固有能力に目覚めるなど全く想像していなかった。
とは言え何であれ、彼女のお陰でネメシス達は生き長らえた様なのだ。
お礼も言いたいし、頑張ったと褒めてもあげたかった。
それに今後の事も話し合わないと行けない。
「消えたの」
なのに。ミラから告げられたそれは、果てしなく俺を裏切る言葉だった。
「消え……は?」
「そもそもいつ起きてもおかしく無い状態だったの。外傷も無かったしただの疲労によるものと判断したから」
「いや、そんな事はどうでも……!」
「私が言いたいのは、連れ去られたのか自分で去ったのか分からないってこと」
冷静かつ冷酷な彼女の視線で、俺は少しばかり冷静さを取り戻した。
ノノアが消えた。
何で、とか何処にとか、考える程に思わずそれが浮かんでしまう。
──私が消してあげる
ぞくり、と肩が震えた。
しかし先程ミラが言ったように自分で去った可能性もある様だった。
一瞬脳裏に過ぎったそれは、馬鹿げた話だと思考を振り切った。
昨日の夜のライラの笑顔が、嘘だったとは思いたくない。
「ありがとうございます。探してみます」
「ええ。見つけたら是非教えて。彼女には少し興味があるの」
「分かりました、色々すいません」
それだけ伝えて俺は校舎の影を出た。
少し希望が見え始めたらまたすぐにこれだった。
探すのは良いが、しかし心当たりが無い。
俺は彼女を知ってはいるが、しかし今の彼女を理解しているかと言われれば実に怪しいものだった。
俺は兎に角探そうと走った。
彼女は多分俺を死んだと思ってる。
余計な事を考える前に、俺は彼女を止めなければならない。
否応なく浴びる視線も、今は全てを振り切った。
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桜の木が揺れていた。
魔術学園の端の方にある、美化委員が手がける庭園で。
風情ある人気スポットも魔獣のせいでボロボロになっていた。
この桜は、まるで私みたい。
周りは酷く壊れているのに、自分だけが無事で立っている。
「……………ぁぁ」
何処にいるの。
どうして出てきてくれないの。
そう考えれば考える程に、彼は居ないと理性が呟く。
衝動のままに医務室を飛び出して、裸足のままに駆け回った。
けど彼がいる場所なんて思いつかなかった。
気付けば死に場所を探していた。
「…………」
桜の木を強く殴りつける。
硬い音が鳴って、ささくれた木が手に刺さった。
けど、痛みは何も感じなかった。
心がもう機能していなかった。
「ひーる」
血が止まる。
何よりも慣れた回復魔法。
けど、何か知らない力がもうひとつあった。
無意識にこれを使った事だけは覚えていた。
そして何の役にも立たなかった。
「ユーロ……っ」
泣いたって死んだ人は戻らないし、死んだって死んだ人に会えるわけじゃない。
けれど、一度はその奇跡が起きた。
だけど、すぐに終わってしまった。
ズルズルと木にもたれかかって、私はただ嗚咽を漏らすことしか出来なかった。
世界はどうしてこんなにも残酷なのか。
どこに行けば救いがあるのか。
もう私には死しか思いつかなかった。
プラスにはならなくても、それはマイナスをゼロにしてくれるから。
「……………」
だから、私は手を挙げた。
感覚は、こう。
回復に似た、しかし非なる力。
もっと早くこれに目覚めていれば、もっと彼と傍に入れたかもしれなかった。
だけど、もう手遅れだったから。
だから、もう終わりにしようと思った。
この力があれば、それも簡単に出来る気がした。
どうなるかは分からなかったけど、どうにでもなれと私は思った。
「リ・バッ──」
「──ノノア!!」
振り返る。
彼が居た。
息を切らして、汗をかいていた。
精神異常からくる幻覚作用。
だとしても私はそれでも良かった。
「ユーロ……………?」
「ああ……! ……はぁ、良かった……!」
彼は安堵したように、息を整えながら私に笑顔を向けた。
大好きな人だ。その笑顔を見るだけで私は胸が苦しくなった。
本物だ。偽物だ。
なんでもいい。どっちでもいい。
私は彼に駆け寄って、そしてそのまま胸に顔を埋めた。
「──ユーロぉ……っ!」
「ノノア、無事で良かった」
俺は泣き縋る彼女を胸に抱きとめ、そしてそのまま強く抱き締めた。
目の前には桜の木があって、ここには良く彼女と来た事を覚えてる。
運命だったら良かったけど、この速さで駆けつけれたのはひとえにコタのお陰だった。
彼女の情報網は計り知れない。そして昨日から俺の周りに付き纏っていた為、探せばすぐに見つかった。
「ノノア、話したい事がいっぱいあるんだ」
「……うん、私も」
兎に角間にあって良かったと思う。
そしてライラにも詰め寄らなくて本当に良かった。
一度は信じると思った癖に、結果簡単に俺は揺れてしまった。
こんな事ではダメだろう。俺は日に日に自分が嫌いになっていく。
「俺たちのこれからの事だ」
「……!」
それでも、止まる訳には行かなかったから。
俺は目を潤ませる彼女を見つめた。
「ライラ達も含めて、皆で話し合おう」
「……………」
それは、前に進む為だ。
しかし急にノノアは無表情になって、そして空気がひりついた。
俺は何か嫌なものを感じて、無意識に背筋に汗が伝った。
「ノ、ノア……?」
「ヒール……………ごめんもっかい言って?」
彼女は何故か自分の耳にヒールをかけて、そして虚空のような目で俺を見つめていた。
その目を見ると、俺は第六の悪魔を思い出しそうになった。
暴食の、全てを飲み込む虚空の悪魔を。
「……ノノアの、気持ちは……分かってるつもりだ」
「……………」
「けど、俺にもやらなきゃ行けない事がある……だから、ちゃんと話し合いたいんだ」
彼女は俯いて、何かを考えている様だった。
その様子に俺はとてつもなく違和感を感じた。
まるで俺の知ってる彼女じゃ無いみたいだった。
そして、チクリと腕に痛みが走った。
「え…………」
見れば、注射器が俺の左手に刺されていた。
当然打つのは彼女の手だった。
なぜ、何を、どうして、何で、どんどん思考がぐちゃぐちゃになっていく。
「うそつき」
「……ノ、………ァ…」
俺は魔力が空っぽで、今はヒールすら使えなかった。
「………ユーロ……………………」
そして、俺は目を閉じた。
俺を抱える彼女の声は、慈しむように優しかった。




