ライラ
俺は寒空の下ライラと二人で空と月とを眺めていた。
汚れる事も厭わずに瓦礫の上で胡座をかいて、次の会議までの休憩時間を非常食片手に潰している。
空から視線を下ろせば数名の人達がまだ作業していて、瓦礫を退けたり怪我人を運んでいたり。
まだまだ夜は明けないだろう。でも確かに少しずつ学園に笑顔は戻りつつあった。
「今日は疲れたな」
「……………チッ」
隣に座る不機嫌な彼女に、俺は務めて明るく話しかけた。
彼女はそんな俺を一瞥しただけで、直ぐに視線を空へと戻してしまう。
今ここにライラと二人で居るのは、俺から声をかけたからだった。
そろそろちゃんと話しておきたかったし、話すべきだとも俺は思った。
パスカルにも声はかけたのだが、残念ながら彼女は用があると魔道科の施設に帰っていってしまった。
「──おーーい! そこの二人ーー!」
「ん? あれ……どーしたーー!」
「助けてくれて、ありがとなーーー!」
かけられた声に良く見てみると、そこで作業していたのは昼間ライラと二人で助けた人だった。
傷だらけで血や土で汚れていて、しかし今は笑顔で瓦礫の撤去作業をしている。
俺はそれに手を振って答えて、なんだか嬉しくなって隣のライラにも視線を向けた。
彼女はムスッとした顔で、しかし悪い気はしてないだろうと長い付き合いから何となく察した。
「ライラが手伝ってくれたおかげだな」
「……ふん」
今日は、あまりに怒涛の一日過ぎた。
もし仮に今後やり直しができたとしても、今日の出来事はきっと忘れる事は無かっただろう。
記憶を持ったノノアと出会って。
入学式では不本意とは言え今までにない巫山戯方をしてしまって。
そしてライラと出会って、ベリアルが来て。
日中慌ただしく駆け回って、今はこうしてライラと二人で月を眺めてる。
これが一日の内の出来事だとはとてもじゃないけど思えなかった。
世界は可能性に溢れているとはいえ、前回の俺に言ってもきっと信じて貰えないだろう。
「……ねぇ」
「ん?」
隣に座るライラは静かに、しかしよく通る声で呟いた。
彼女にしては珍しく、どこか歯切れが悪い様な印象すら纏っている。
今日一日彼女はずっと怒っていた。
その殆どが俺が原因な事は知っている。
俺はそんな彼女に視線を向けて、すると何処か弱々しい彼女と目が合った。
「……アンタが私と一緒に居たのは……ただ、魔王を倒す為の」
「違うよ」
ライラが最後までいい切る前に、彼女が言いたいことを察して俺は遮った。
ライラの思考の帰結は分かる。
けど同時にそれだけは無いと自信を持って俺は言えた。
「俺はライラが好きだった。それは絶対に嘘じゃない」
「……じゃあ、あの白髪と金髪は何なのよ」
その目は伏せられ、けど声は震えて、怒りと悲しみの間で揺れている様な雰囲気だった。
彼女からすればもっともな事だ。
それはきっと全部俺のせいで、俺は罪悪感を抱かずには居られなかった。
「……全部、説明するよ」
ライラは独占欲の強い女の子だ。
そして自信家で、強くて、賢くて、可愛い。
今まで何でも手に入れてきた彼女にとって、“譲る”何て文字は辞書に載っていなかった。
そんな彼女を仮に説得するとして。
どんな言葉が適切かと考えて、その度に素直に話すしか無いという結論に至る。
何より俺が嘘をつきたく無かった。
本気で彼女を愛したからこそ、彼女には誠実でありたかった。
「最初はさ…………ノノアだったんだ」
「…………」
「もし聞きたくないと思ったら何時でも言ってくれ」
そう言うと彼女は黙って頷いた。
本気で嫌がるなら何も話はしない。
けれど、彼女は頷いてくれた。
それだけで少し進展した気がして、俺は自然と笑顔を浮かべた。
最初はノノアだった。
ベリアルと戦う内に通じあって、俺は一人の女として彼女を守ろうと心に誓った。
何度も何度も繰り返して、そして何度も何度も守れなかった。
やがて俺は諦めた。
未練はあっても、振り返らなかった。
次はパスカルだった。
俺は相変わらず第二の悪魔が越えられなくて、俺は魔法に限界を感じて隣国の魔道国家スプレンドーレに逃げた。
魔道具という魔力に寄らない武器に可能性を見出して、その際に天才と謳われたパスカルに接触した。
最初は転校するまでの間だけだったが、ある程度周回を重ね仲良くなると彼女も着いてくるようになった。
そして、一緒にいる時間があまりに長過ぎて、いつしか彼女は家族のようになっていた。
けど、彼女との周回はただの逃避でしか無かった。結局第二の悪魔でさえ退けることは叶わなかった。
そして、結局パスカルも諦めた。
俺はもう恋はしないとこの時は決めた。
そしてその次はライラだった。
「──最初はよく喧嘩したよな」
「結局、アンタには一度も勝てなかったけどね」
「それが違うんだよ。俺は何度もやり直しが出来たから勝てただけで、何度ライラに土を舐めさせられた事か……」
「何よ、ズルだった訳」
そう、ズル。
俺はやり直しが無ければ女の子一人にも勝てないような、そんなちっぽけな存在なのだ。
やり直しがあったからこそ彼女の目に止まり続けた、本当は見向きもされないようなただの一般人。
「実はそう……あの時は、俺も深く考えず追い返してた」
「………悪かったわね」
「それは、正直お互い様じゃないか? それに今では結構いい思い出だし」
子供のように俺に突っかかって来たライラ。
子供のように容赦なく打ち負かしていた俺。
最初の理由は首席の俺が気に食わないからというものだった。
そして何度も何度も追い払って、間違いなくあの時は互いを嫌いあっていた。
そしてそんな関係が変わるのは、今年の十月の事になる。
「それで、魔術武闘祭の後だったよな」
「…………忘れていいわよ」
「忘れていい訳ないだろ?」
十月の魔術舞踏祭で優勝した俺は、国王に勇者として大々的に認められる事となる。
ベリアルを倒した功績と、隣国の勇者候補を退けた功績とだ。
そして、そんな俺に彼女が最後の決闘を申し込んで来る事になる。
それに俺が勝った時、俺たちは友達として、仲間として強く互いの手を取り合うのだ。
「俺は勇者として、ライラは王女として一緒に魔王を倒そうって誓ったよな」
「……そうね」
ただのいけ好かない存在だった王女が、この日から俺の隣を歩き始めた。
当然最初は違和感はあったけど、それ以上に不思議な居心地の良さもあった。
「実はあのあたりが初めてだったんだ。第二の悪魔を倒したの」
ノノアとも、パスカルとも一度も超えられなかった第二の壁。
国王の娘である彼女の協力の元、隣国に交渉・応援を要請して俺は初めて第二の悪魔を倒した。
それでもとてつもない激戦で、ルフレ魔術学園はボロボロになってしまったけど。
それでも初めて第二次侵攻をくぐり抜け、俺は勝利の余韻に浸っていた。
そんな中、俺は彼女に呼び出されるのだ。
その場所はまさかの彼女の自室。
流石に緊張の元に訪れた俺に、彼女は見たことも無い赤い顔で俺にこう言った。
私のものになりなさいと。
あくまで高圧的な態度は一度も崩さなかった。
「……あの時私を振ったのはそういう事だったの」
「まぁ……そうだな」
けど、その時の俺は彼女を振った。
ノノアとパスカルに手を出した癖に、また性懲りも無く王女様にまで手を出そうとは俺には少し考えられなかった。
結局その意思は揺らぐことになるが、それでもその時は確かにそう思っていた。
「……フン! ごめんなさいね! その後もしつこく付きまとったのは私の方だったわっ!」
「いや怒らなくても……俺としては嬉しかったんだから」
しかし、彼女はそれでも諦めなかった。
何度もあの手この手でアタックしてきて、何度振っても諦めなかった。
決闘が求愛に変わっただけで、俺と彼女の在り方は変わらなかった。
そして、そんな関係が続いて翌年の三月。
彼女の誕生日パーティーに呼ばれて、俺たちの関係は大きく変わる事になる。
「……哀れみなら、あの時も振れば良かった」
「哀れみじゃ無い……あの時は、本気でライラに心を動かされたんだ」
王城で行われたライラの誕生日パーティ。
国王もいるその場所で、彼女は急に壇上に登った。
そして、俺の名前を大声で叫んだのだ。
貴方が好きだと。
そしてこれが最後だと。
今日ダメならもう諦めると、どうか私のそばにいて欲しいと。
そう告げた彼女の表情は、俺が一度も見た事の無いものだった。
「ズルした自覚は有るわよ……」
「でも、だからこそ俺はライラと生きる覚悟が決まった」
そして彼氏彼女の関係になった日に、まさかの父親公認という。
新聞でも大々的に取り上げられて、もう婚約も同然の状態だった。
「俺は意思の弱い尻軽男。正直それは否定出来ない」
「ホント死ねばいいのに」
「……だな。けど、あの時どうしてもライラの手を取りたくなった」
仕方が無かった何て言いたくない。
ただ俺の意思で、俺の気持ちで、彼女を好きになってしまった。
「ライラは魅力的だよ。ホント、俺なんかには勿体ないくらい」
「…………」
そうさせたのは彼女の存在。
けど、結果から言うとやっぱり彼女の事も諦める事になる。
第三の悪魔は倒せた。
けど第四の悪魔がどうしても駄目だった。
夏の海に襲撃してくる、魅了の悪魔アスモデウス。
「俺は本気だったよ。結婚も考えてたし」
「…………っ!」
「言い訳がましいけど、結構頑張ったんだ。……でも、どうしても第四の悪魔が越えられなかった」
繰り返した回数なんて最早覚えてない。
多分それは俺の心を守る為の、無意識な防衛装置なんだと思う。
でも、言ってて本当に言い訳じみてると自分でも腹が立ちそうだった。
隣で月明かりに照らされる彼女は、果たしてこんな屑を許してくれるのだろうか。
「ごめん。俺はライラを諦めた」
「…………」
「こうなるなら、余計に傷つけるだけなら、俺は君の手を取るべきじゃなかったんだと思う」
その言葉が彼女にとって、救いになるのか傷になるのかは正直俺には分からなかった。
目を伏せながらそう重々しく告げれば、彼女の視線を俺は感じた。
彼女は目の端に涙を貯めて、口をきつく結んでいた。
ない混ぜになった色んな感情で、今激しく彼女は揺れている。
「私は魔王を倒すのに邪魔だったわけ」
「……限界があったのは、確かだ」
邪魔だなんて、そんな事は絶対に無いし口が裂けても言えなかった。
けど、ゼロと一とは根本的に違うのだ。
少しでも可能性があるのなら俺は縋れた。
けど、それすら見えない深淵だった。
その考えは今でも変わらない。
「言い訳はまだ、他にあるのかしら」
「他に聞きたいことがあるなら、ライラには嘘も隠し事もしない」
「もう、どうでもいいわよ。どの道この世界では、私を選ばないんでしょ」
それは魔道科の施設に向かう際に俺がライラに言った言葉だった。
結局、彼女にとってはそれが全てなのかもしれない。
女の子が特別扱いして欲しいように、俺だって本当は特別扱いしてあげたかった。
でも、この世界ではそれが無理だから。
ノノアもパスカルも分かりやすくそれを求めていた。
「私にとってアンタの存在がどれだけ大きいか、まるでわかってない」
けど、覚悟を決めた筈の心にその言葉は深く刺さった。
やっぱり彼女は俺を追い詰めるのが他の誰よりも上手かった。
でも、だからって一人を選んだり皆を選ぶなんて事がまかり通るはずがないだろう。
「どうするべきか、どうしたいのか……正直今でも──」
「──だからどうでも良いって言ってるじゃない!」
彼女は瓦礫の上を跳び降りて、そして俺の目の前に立ちはだかった。
その目は鋭く、確かな意思が込められていてまるでこの世界で最初にあった時みたいだった。
「アンタは私達の気持ちに寄り添ってるようで、その実誰にも見向きもしてない」
「…………っ」
「愛したのには理由があった? 勝つ為には必要な別れだった?」
「そんな軽い気持ちで王女に手を出して、ただで済むと思ってる訳……ッ!?」
ライラは俺の肩を強く押した。
不意の事に俺は押し倒されて、そして彼女は俺の上に覆いかぶさった。
「な、ライ──」
そして、唇を奪われた。
その懐かしい感触に、俺は何も出来ずただ目を見開いた。
「…………………………」
「…………ライ、ラ……」
軽いキス。
直ぐに彼女の顔は離れて、けれど俺を抑える力だけは強いままだった。
痛みすら覚える程に、跡すら残りそうな程に、俺の肩をその両手で強く押さえつけてくる。
彼女の表情は影のせいで、上手く読み取る事が出来なかった。
「今からアンタを襲う」
「……………はぁ!?」
そして、ライラはとんでもない事を言い出した。
流石に聞き捨てならないと瓦礫の上で暴れ回る。
しかし彼女の本気の拘束は解けなかった。
今は魔力も空っぽだった。
「嫌なら、どかしなさいよ……!」
「いや本気の拘束じゃねぇか……ッ!」
「どかした瞬間私は自殺するけどッ!」
「尚更選択肢無いじゃん!」
じたばたと二人で暴れるが、その度に余計動けなくなっていく。
ライラは的確に人体の急所を、筋肉や力の動きを、そして俺の動きの癖を理解しここで今発揮していた。
「アンタはアホなのよ……私の事舐めすぎ」
「ライラ待て、色々駄目だって!」
細められた彼女の目は何処までも本気だった。
けど、こんな寒空の下で簡単に屈する覚悟を、俺は当然持ち合わせては居なかった。
力を入れる。しかし動かない。
俺はライフコンバートでさえ使う事を視野に入れる。
「私を選んで。選びなさい。そう誓えば今はどいてあげる」
「本気か……ッ?」
「言ったでしょ。これは選択肢のようで選択肢じゃ無いのよ」
ライラはやっぱり、何処までも俺の知るライラだった。
なりふり構わず欲しいものには手を伸ばして、そして最後には必ず手に入れる。
ましてや彼女は一度俺を手に入れたのだ。
自分のものが他人に渡るなど、そんな事を彼女が許す様はどうしても想像がつかなかった。
「ノノアに悪い? パスカルに申し訳ない? 気持ち悪い。どうせまだ他にも居るんでしょ?」
「……記憶継承の条件が分からない……けど、心当たりは後一人……二人……」
「ペッ……!」
ライラは唾を吐き捨てた。そして本気で嫌悪感を抱いている目だった。
俺が周回の中で恋人の様な関係になったのは全部で五人。
最後に一緒に居たのはシーラだった。
「話の流れ的に、一番新しい記憶は私じゃ無いんでしょ?」
「……そうだ」
「なら今はそいつが好きなんじゃ無いの? 誰も選ばないなんて、本気でそんな言葉が信用できるとでも?」
シーラの事が好きかと聞かれれば、その実間違いなくそうだった。
けど、何度も言っているがライラ達も本気で愛したからこそ、今こうして現れて無下に出来るはずがない。
「俺は……………………」
けど、駄目だった。
どれだけ考えてもこれ程覚悟の決まったライラを、上手く説得する術が見当たらなかった。
俺と彼女の主張はどうしたって両立し得ないのだ。
一時は通じあったはずなのに、だからこそ取り合えない手にもどかしく感じる。
「私はアンタの為なら何だって出来る」
「……俺だって…………」
「私一人で満足しなさいよ。他の女なんかもう忘れなさい」
「……アイツらの悲しむ顔が見たくないのなら、私が消してあげるから」
………………。
俺は、ライラを睨みつけた。
そして僅かな動揺と共に緩んだ拘束を、俺は力任せにこじ開けた。
焦った彼女が無理に力を入れようとして、肩の骨に嫌な痛みが走った。
けど、そんな事はどうでもよかった。
俺はライラの拘束から解き放たれて、その目を真っ直ぐ見つめ返した。
「今のは流石に、怒る」
「…………………何よ」
彼女ならやりかねない。
そう思うのもある種の信頼から来る確信だった。
事実その実力があって、権力があって、度胸があるのだ。
欲しいものはどうやっても手に入れる。そうやって彼女は生きてきたから。
「…………分かった」
「え?」
そして、俺は諦める。
ここまで話して、緊迫した世界の状況も理解して、それでも彼女が意志を崩さないなら俺はもう無理だと思った。
だから、他の方法を考える。
そんなものがあるのかは知らないが。
「誰にも向き合ってない……確かに、そうかも知れない」
「………………」
「一度、皆で話し合いたい」
どこに行き着くのか全く分からない。
下手すればそのまま戦闘が起きて、また俺の目の前で彼女達が傷つけ合おうとするのかも知れなかった。
そうなった時俺はどうするのか。
もうはっきり言って何も分からない。
でも、
「確かに、今回の事で一個だけ分かった事があったんだ」
「…………」
「俺一人で考えたって、何も上手くいかないって」
そうだ。結局それで今ライラが暴走しているのだから、少なくともこれでは駄目なのだろう。
俺は彼女の目を見て思いを伝える。
好きだからこそ、彼女に間違いは犯させない。
「皆で考えよう。皆が納得のいく方法」
「そんなの、ある訳……」
「無いなら作る。それでも無理ならその時に諦める」
今諦めるにはまだ早いんだろう。
もうやり直しは出来ないけど、だからこそ俺一人で決めるべきでは無いのだと思った。
「……私は複数恋愛何て絶対許さないわよ」
「……俺だって不誠実なのはヤダよ」
「どの口が言ってんのよ」
口では悪態着くものの、彼女は再び俺の隣に座った。
説得なんて名ばかりの、ただの後回しでしかないけれど。
「……俺ってホント、屑だな」
「……そうね。ホント趣味の悪い女の多い事」
ようやく彼女は笑ってくれて、その笑顔だけで俺は今日一日が報われた気がした。
ゆっくりでも、確かに前には進んでる。
その隣には、今はライラがいた。




