勇気ある者
私はまだ何一つ納得なんてして無かった。
整備室への廊下を一人で走りながら、ここまでの経緯が脳裏を過ぎる。
記憶。周回。ユーロ。悪魔。
せっかく会えたと思った彼は、まるで私の事に興味が無いみたいだった。
あの日、私は首を吊った。
苦しみによって苦しみから解き放たれて、私は自分の意思で王女を辞めた。
その時が人生で一番自由を感じたのは、これ以上無い皮肉だったけれど。
どの道ユーロの居ない世界で自由なんて必要無かったし、躊躇はしたが後悔は無かった。
そして、次に目を開けたら過去に戻っていた。
そんな事になって冷静でいられる人がどれ程居るだろうかと私は思う。
記憶はそのまま。
しかし身体や魔力は当時に戻っていて、修繕を重ねたルフレ魔術学園も元通り綺麗になっていた。
最初は当然自分だけかと思った。
全くもって意味は分からなかったけど、それでも私は直ぐそれに気付いた。
もう一度、彼に会えるのかもしれない。
私は流行る気持ちを抑えて、その事実に胸を期待で弾ませた。
行方不明になった私の愛する人。
色狂いだと蔑まれようと、私は全ての権力を使って探し続けた。
探して、祈って、泣いて、それでも見つからなくて私は一度は諦めた。
そんな彼に、また会える。
この世界の彼は私を知らないだろうけど、それでも私は嬉しかった。
そしたらアイツは知らない女と居た。
やっと会えたと思ったらコレだった。
巫山戯てる。
この時期のアイツに彼女なんて居るはずもないのに、だからアイツも私と同じで記憶があるんだと確信した。
入学式の後教室に行ってもアイツは居なくて、探し回れば呑気に昼食を食べていた。
私の事を探そうともせず、馬鹿みたいにソイツと腕を組みながら。
殺そうと思った。
殺して私も死のうと思った。
けどせめて言い訳だけは聞いてやろうと思ったら、そしたらこの事態になって流されるままに後回し。
本当に運が良い男だ。
私の心を弄んでおきながら、未だに生きながらえている世界一の幸運。
私はまだ何も納得していない。
とりあえずあの白い女だけは殺す事を心に決めている。
「邪魔するわよ」
私は整備室の扉を開けた。
そこは嗅いだことの無い変な匂いがして、不自然な程に魔獣や人の死骸が無かった。
ここに来るまでも何度も襲われたのに、その事に私は少し違和感を抱く。
しかし、まさしくそれは些事。
空の魔獣はまだ降りて来て居らず、取り敢えず目的は果たそうと奥へと進んだ。
「せ、先輩、誰か来ましたよ」
「ルドゥイン、二番火薬と布取って」
「あ!? 自分でとれ!」
「あの、先輩方……」
「君の方が手が遅いのだから補佐くらいして然るべきだ」
「あ!? 俺ァ先輩だぞこの野郎!?今もお前の頼みを聞いてやってンだぞ!!」
「あの……王女様が……」
ガコンッ! と大きな音を立てながら私は近くのゴミ箱を蹴りあげた。
ゴミ箱は天井に当たってそのままひしゃげ、無様に地面に転がった。
本来ならそのままぶち当てていたし、なんなら直接蹴りあげても良かった。
しかし今は怪我をされる訳にもいかず、特別にこれで許してあげる。
その音で目的の人物はようやく作業を止めて、ゆっくり顔を上げて私を見た。
「今から言うものを直ぐに作りなさい」
「連鎖燃焼式破壊爆弾の事かい?」
「──!?」
「いや、連鎖燃焼式殲滅爆弾、だったかな?」
かけていたゴーグルを上にずらして、私へと向き直った長い金髪を後ろに纏めた女。
顔はすすだらけの癖に妙に色気が漂っていて、暑いからか男も居るのにタンクトップ一枚で作業している。
パスカル・ドライブ。
魔道科二年に所属する文句無しの天才。
前回その爆弾を作ったのはこの女で、そして今回もこの女を頼れとユーロはムカつく顔で言っていた。
「まさか、あんた……」
「ん? 何故そう睨むんだい」
連鎖燃焼式殲滅爆弾。
その爆弾の名称が出た上言い直すなど、それが既存の物と言っている様なものだった。
まだそれはこの世界では日の目を浴びていない代物。
いくらドライブが作ったものでも、そのアイデアはユーロが出したものだと聞いている。
つまりコイツも記憶を持っていた。
この状況下では有難い事だが、私はついノノアを思い出して睨んでしまう。
もしコイツもユーロ絡みなら、私は絶対に許しはしない。
そんな意志を込めた私の目を見て、しかしドライブはただ不思議そうな顔をうかべた。
「……何でもない。さっさと完成させなさい」
「…………」
それだけ伝えて私は近くにあった椅子に座る。
待ちの姿勢、思考の時間だ。
この整備室に居たのは私を除き三名。
ガタイのいい三年生部長の男。
二年のドライブ。
もう一人は全く知らない顔だった。
たった三人。しかも最後の一人はただ見ているだけで、これで本当に間に合うのかと不安になる。
ベリアルを倒しても魔獣は降りてこないのなら、時間をかければ殲滅は出来る。
しかしきっとそう上手くはいかない。
ユーロは心配で引き返したが、実際多分ベリアルは生きている。
ならば、やはり時間は惜しい。あの量を捌く余裕はもうこの学園にはどこにも無かった。
そんな事を考えていると、いつの間にか私の目の前にパスカルが立っていた。
手に何かを持って、変な笑顔を浮かべている。
「……何よ、さっさと」
「はい、これ」
そう言って渡される謎のカプセル。
中に何かが入っているようで、しかし異様なくらいに軽かった。
プレゼントは昔からよく受けとっていたが、ここまで謎なものも中々ない。
私は早く仕事をしろとそんな思いを込めて彼女を睨んだ。
「本当に何よコレ」
「空の事は私に任せたまえ。だから、君には地上を任せたい」
何て宣う目の前の女に、青筋を立てて私は立ち上がった。
「は? 私王女なんだけど。顎で使おうって訳?」
「君だって私を使おうとしてるだろう。お互い様だ、自国の民が死ぬ様は君も望む所では無い筈だ」
しかしパスカルは一切怯むこと無く、私に対価を強いてくる。
そもそもコイツはその腕の高さから結構な上流階級の社交場にも呼ばれたりしていた。
王女相手に今更ビビる程初心でも無いのだろう。
しかし厄介な事だと私は心の中で舌打ちする。
言っていることは最もだったから。
私は前回王女をやめたが、この世界ではまだこの国の王女だった。
「中は何」
「魔獣が嫌う匂い……言わば肥やし玉の様な。効果の程はこの場が証明済みだ」
そう言いながら横を見る彼女の視線を追えば、そこには箱いっぱいのカプセルがあった。
そして頼んだよと言いながら作業に戻る生意気な女。
私はまだ何も言っていないのに、勝手に了承したつもりの態度が癪に障った。
しかし、
「はぁ………ムカつく」
強く、しかし壊れない程度に私はそれを握り締める。
あのノノアとか言う女の様に、状況も気にせず男に尻尾を振っているだけの馬鹿になれたらどれだけ楽な事だろう。
しかしあれは駄目だと、あんな事をしても意味は無いと、今はやるべき事が有ると理性が本能を押しのける。
今は腹しか立たないが、本当は私だって最初は彼に泣きつきたかった。
それでも背負ってきた責任が、立場が、ここで動かない選択肢は無いと訴えかける。
「……そっちは任せていいのね」
「ああ、後十分で完成する予定だ。……サーシャ、王女の護衛を頼めるかな」
「…………。えっ、私ですか!?」
「君しか手隙は居ないだろう」
「行くならさっさと行くわよ」
私は箱を抱えて外に出る。
サーシャとか言うオドオドした女は戸惑っていたが、それを待ってやる程私は優しくないし時間もない。
結局、そいつは着いてきた。
引きつった笑みを浮かべる女を見ながら、まずはシェルターに行って人手を集めようと計画を立てる。
やはり私はこんな役回りばかりだ。
勇者を戦地に送り出して、手も目も届かない所で後方支援。
けど、あの時は私の所へ帰ってきてくれたから頑張れた。
今回は私の所へは帰ってこない。
その事に強く苛立ちを覚える。
けど、私はまだ何も納得してないから。
全部終わったら本気で容赦しないと、走りながら私は心に決めた。
「──ふふ、さぁユーロ。劇的な再会と行こうじゃないか……!」
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──中央時計塔前
刀を振り抜く。
そして残心、翻り着地する。
体は好調、手応えは充分。
しかし、失敗したと本能が訴える。
『ははは!!!』
余裕そうに高笑いを上げるベリアル。
一歩間に合わず不死の特性を得て、結果私の一撃は徒労に終わった。
しかし私は足に力を込めて、再度ベリアルの前に飛び出した。
そして、その体に刃を降ろす。
しかしベリアルは今度は避け無かった。
まるで手品でも披露するかのように、刃が肉を通り一瞬先には再生する。
そして振り抜いた体勢で宙に浮いた私に、ベリアルは手に持つその剣を振り下ろした。
「ぐっ──!?」
『死ね!!』
切り結び、膂力はこちらが勝っていたが浮いている故に押し負けた。
そのまま地面に叩きつけられて、追撃で更に八本の鎌に囲まれる。
同時にベリアルは周囲に命令し、ネイル達は自ら死に向かう。
「ふッ──!」
『ぬぅ……っ!』
さすがにそれは感化できず、切られる覚悟で身をよじる。
地面の上で体を回し、黒い剣を横に逸らしてベリアルの顔を蹴りあげた。
八つの鎌が振り下ろされるが、その前に場を離脱する。
当然簡単なことではなく、左肩と腰、右太ももに軽くない傷を追ってしまった。
けれど、スピードは一切緩めない。
引いて、直ぐに前へと走る。
ここが正念場だと本能が告げていた。
そしてその意思は、示し合わなくともここにいる全員が共通認識を抱いている。
「トール・インフェクト!!」
『ぐ……!』
ネイルの魔法が降りかかる。
巨大な雷は私諸共飲み込んで、しかし私にはそれが効かなかった。
魔法無効は単独でも充分強いが、共闘はそれ以上に得意である。
ベリアルのみが焼かれる世界で、視界が悪くとも私は走った。
「──ここ!」
そして、その喉に深く刀を突き刺した。
首を落としても意味が無いから、突き刺し言葉を封じるまでで留める。
そして、声を張り上げる。
兎に角不死身をどうにかしないといけない訳で、それが出来る人物へと私は声を投げかけた。
「ノノア、頼む──!!」
喉は封じた。雷で視界も悪いだろう。
いま巻き戻しにより不死身を解除出来れば、後はそのまま首を落とせば終わりだった。
しかし、
──ドサッ、と音を立てて誰かが倒れた。
他でもない、それはノノアだった。
「なっ!?」
いち早くそれに気付いたのは、ノノアを守る様に傍で魔法を撃ち続けていたネイルだった。
ベリアルの攻撃では無く、急に倒れた彼女のそれは能力による疲労か代償か。
しかし彼は今魔法を解く訳にもいかず、代わりにフーコが駆け寄った。
「エレノイトさん!? 大丈夫ですか!?」
助け起こし、見れば疲労で眠っているだけ。
その事に彼女は安堵するが、しかし背後で雷からベリアルが飛び出した。
その手にはネメシスの顔が握られ、そのまま彼女を振り回す事で魔法をかき消している。
ネイルはもう魔法の意味が無いと、魔力を止めて次の策を練る。
『刃も通らぬ程──』
ベリアルは喉に刺さっていた刀を引き抜いて、そして再び言葉を紡ぐ。
ネメシスは首が取れそうになるのを必死で堪えて、刀を奪おうと手を伸ばした。
しかしそう上手くいくはずも無く、ベリアルは刀を放り投げる。
『──硬くなれ!!』
「ぐっ……!」
意地でもさせまいとネメシスはその顔を蹴りあげたが、岩でも蹴ったような感触が振動と共に傷口に響いた。
ノノアは倒れた。
故に命令の解除はもう出来ず、ネメシスはこれで役立たずとなった。
ネイルも既に超級と上級を一発ずつ使って、そう余裕があるものでは無かった。
出せても残り上級二発。
フーコはそもそも上級以上の魔法は使えなかった。
ネメシスに、ここに居る全員の頭に敗北が過ぎる。
その迷いは否応なくベリアルにも伝わった。
『フンッ!!』
そしてそのまま、鋼より硬い拳がネメシスの腹に突き刺さる。
「ごぼっ…………」
『跪け』
吹き飛び、ネメシスは瓦礫に血の跡をつけながらバウンドして時計塔に激突した。
ネイルとフーコは命令通り地に跪く。
ネメシスは血を吐きながら瓦礫の中で、空を眺めて埋めつくす魔獣に心が折られかけた。
ああそうだ、こいつを倒してもこれがまだあった、と。
「トール──」
『黙れ』
跪ずいただけではまだ魔法は撃てる。
しかしそれもすぐに封じられ、ネイルとフーコはその口を硬く閉ざした。
この隙に、ベリアルはまた自身に命令をかけるだろう。
巫山戯ていた。
ベリアルの能力も、自分達の弱さも。
前回はこれに勝ったのだから、それには運が良かったとしか言い様が無かった。
しかし、その実それは運では無かった。
かつての勝利は、それは勇者が血反吐を吐いてでもやり直しながら勝ち得た勝利だった。
しかし、だからこそだと言えるだろう。
コイツに勝つには、決定的な何かが足りない。
それを無意識に感じ取った三人は、この絶望の中でしかし薄らと笑みを浮かべた。
『む……?』
ベリアルに勝てた要因は、ひとえにその存在が大きく関与していたからだ。
今こうして地に伏せてようやく、ただの人間が勝てる訳が無かったのだと確信する。
それは言ってしまえば運命の様な代物。
しかしそう考える彼らの目は、決して絶望に呑まれたものでは無い。
遠くから聞こえる足音に、ベリアル以外の全員が笑みを浮かべる。
ベリアルもそれに気が付いた。
そして、その音へと視線を向ける。
悪魔討伐に勇者が居ない等、そんな道理がある筈無いだろう、と。
『止ま────ッ』
光がベリアルの喉を貫いた。
『ガ、ッ……!?』
「はは……遅いって……」
「勇者……」
「ぅぅ……!!」
三者三様、いや、ベリアルも含めてこの場に現れたその男へと一途な視線を向ける。
瓦礫の間を縫って走ってくる、本来この事態の中心にいるべき肩書きを背負う一人の青年。
もう撃てない筈の魔法を放ってベリアルの喉を穿った張本人。
その顔はかつて無い程の怒りに染め上げられて、見るものには否応なくその感情を抱かせた。
ベリアルには幾度となく敗北した事による、芯に植え付けられた恐怖を。
勇者が駆けつけるまで戦った戦士たちには、不思議な程の安堵を。
「遅くなった」
ベリアルは、その男の身体に宿る圧倒的な程に濃い魔力を見た。
しかしそれは可笑しかった。
本来魔力を回復する手段は一つだけ。
それは時間経過であり、しかし今の勇者から感じる圧はむしろ最初よりも強かった。
その光景に一つだけベリアルは思い至る。
命を代償に魔力を回復する、魔法とは言い難い禁忌の魔法の存在に。
魔力が無限の悪魔にはそもそも必要とせず、そして本来人には使えない闇魔法。
そんな、日の目を浴びること等一生無いと思われた誰にとっても無用の代物。
「お前は殺す」
事実、勇者が取った手段はそれだった。
しかしだからといってベリアルが戦闘中に意識を割いて良かったはずもなく。
「──セラフィムランス」
天から降り注ぐ光柱が、ベリアルを呑み込みかき消した。
それは言わば天使の光。
悪魔を屠る、その為だけにかつてユーロが作り上げた魔法だった。




