アルベールvs赤い竜 前編
むかしむかし、あるところにアルベールという騎士がおりました。
アルベールは強く優しくたくましい、騎士のお手本のような男でした。
ある日、アルベールは王様に呼び出されて謁見の間へとやってきました。
アルベールが謁見の間にやってくると、ずいぶんとバタバタしているようでした。
何人もの書記官が行ったり来たりし、王様から書簡を受け取った使者が謁見の間から飛び出しています。
「おお、アルベールよ。よくぞ来てくれた!」
三枚の書簡をいっぺんに目を通しながら王様が顔を上げました。
「はっ、陛下! アルベール参上いたしました。なんでも火急の事態であると?」
「うむ、アルベールよ……驚くなかれ、竜だ。赤い竜が現れたのだ!」
「竜ですと!」
王様の顔は極めて深刻で、つい書簡を握りしめてしまい、慌てて手放して羊皮紙のクセを直します。
「竜はすでに七つもの村を焼いておる。それどころか、隣国にも被害が及んでおるのだ。可及的速やかにこれを排除せねばならぬ」
「むむ、竜め! これ以上の被害を許すわけには参りませぬ!」
「そうだ、アルベールよ。故にそなたに赤き竜の退治を命ずるために召喚したのだ……とは言え今回の敵はこれまで以上の強敵である。アルベールよ、騎士ハヴェルと修道女クレメンティナもまたここに招集しておる。彼らと共に戦うのだ!」
「おお! ハヴェルとクレメンティナ殿と轡を並べられるとは!」
ハヴェルというのもまたフランクの騎士で、剛弓の名手でした。
アルベールもその実力を認める一級の騎士です。
そしてクレメンティナはたいへん厳しい修業をしている修道女です。
どちらも竜と戦うためには、とても適切な人材でした。
やがてハヴェルとクレメンティナが謁見の間にあらわれて、三者が顔をあわせます。
「ハヴェル、久しぶりだな」
「息災そうだな、アルベール」
ハヴェルは細身で鋭い眼差しの騎士でした。
いつも難しい顔をしている男ですが、久しい戦友に破顔します。
そんなふたりへ、たおやかな修道女がお辞儀をします。
「お初にお目にかかります、アルベール様、ハヴェル様。この度の竜討伐に随行できる光栄、歓喜の念に堪えませんわ」
ほっそりとしており、幼さから脱げだすかどうかという頃合いの美しい少女でした。
きっちりと修道衣を着こなした彼女こそクレメンティナ。
まだ十七歳ながら、非常に有能な修道女として名を馳せる少女でした。
「クレメンティナ殿、聖少女の御高名はかねがね伺っている。此度の戦いはよろしく頼みたい」
アルベールの言葉に、クレメンティアが苦笑しながら、聖少女と呼ばれるに相応しい楚々とした仕草で首を振ります。
「わたくしの虚名など、おふたりの御勇名にはるか及びませんわ」
「よく言う」
それを隣で聞いていたハヴェルが苦笑しました。
「クレメンティナ殿がいらっしゃるということは、空飛ぶ船を使うのだな」
「はい。おふたりにはアルマースに乗船していただきますわ」
この国には四隻の空飛ぶ船がありました。
しかし船は特別な者たちにしか操ることができません。
そんな中、聖職者で唯一空飛ぶ船を操れる存在がクレメンティナなのでした。
ですので儚げな美貌の少女ですが、ふたりがクレメンティナを侮る気持ちは微塵も沸き上がりませんでした。
ただし空飛ぶ船を使う時は、他国にも配慮が必要です。
ぼくたちの国に竜が出たから空飛ぶ船を使います。
あくまで竜を討伐するためで、他の国を侵略するために空飛ぶ船を使うわけではありません。
あなたの国にも被害が出ているし、もっと被害が広がるかもしれないからうちが主導して退治しますね。
王様はそういった使者を各国に飛ばし、各国からの応答に目を通すのにてんやわんやなのでした。
「アルベール、ハヴェル、クレメンティナよ、竜について詳しい説明をしよう」
顔合わせをした三人に王様が声を掛ければ、大臣が何枚もの羊皮紙を持ってきました。
広げるとそこには、赤い竜の資料が詳しく書き記されているではありませんか。
「陛下、これは!」
「これは五十年前の資料である。かの大帝が健在であられた頃、悪魔教の者たちが創り上げた兵器の記録なのだ!」
「なんですと!」
「目撃情報を精査するに、この資料に記録されたものと同型と見て間違いがあるまい。おそらく五十年前になんらかの理由で出撃できなかった竜が発掘され、暴れているのであろう」
今からおよそ五十年前は、王様のおじいさんが国を治めておりました。
王様のおじいさんは大帝と尊称され、古今でも並ぶ者がいない偉大なる帝王でした。
大帝はまた、教会をとても手厚く保護したことで有名でした。
そのため、当時の悪魔教からもことさら目の敵にされておりました。
つまり大帝を倒すことが、教会を倒すこととほとんど同義だったのです!
故に五十年前、悪魔教は総力をもって大帝へと攻勢をかけていました。
その兵器のひとつが、赤い竜でした。
かつてのフランクの騎士たちが十二匹を撃退した記録が羊皮紙には書かれておりました。
しかし一匹一匹がとてつもない強さで、甚大な被害の数字も記されております。
そのおそろしさに、クレメンティナが羊皮紙を見つめながら無意識に十字を切りました。
ハヴェルも腕を組んで難しい顔です。
「ううむ、なんと強力なのだ」
「しかし、我らの力を合わせれば打倒できぬ敵ではない」
そんなに重い空気を、アルベールは爽やかな一言で押し流してしまいました。
「五十年前の遺物である。今の時代の我らが笑って打倒せねば、かの大帝に天の国でなんと顔向けするつもりであるか!」
その力強い言葉に、ハヴェルとクレメンティナにみるみる勇気がわき上がります。
「貴公の言う通りだ。五十年前の骨董品、なにするものぞ!」
「よくぞ言った、フランクの騎士たちよ! アルベール、ハヴェル、そしてクレメンティナよ、父と子と聖霊の御名において、赤き竜を討ち王国に平和を取り戻すのだ! 頼んだぞ!」
「はっ!」
こうして三人の勇者は謁見の間を後にしました。
アルベールはいったんふたりと別れて、格納庫へと足を運びました。
そこには新品のようにぴかぴかに直っている、アルベールの騎士鎧がありました。
さらにその隣にはまことに荘厳な蒼と白に彩られ、立派な十字が描かれた見事な盾がありました。
あまりの見事さに、アルベールはうっとりと見入ってしまいました。
「ようアルベール」
親方に声をかけられて、ようやくはっと我に返ります。
「親方、すばらしい仕事だ」
「ああ、自分でも満足の出来だ。だが扱いにくさも折り紙付きだ。並みの騎士じゃ扱い切れねぇだろうよ」
「なに、私は並みの騎士ではない」
「自分で言うかよ」
親方が豪快に笑いました。
しかしそれもすぐに真面目な顔になります。
「今度は竜だって? 新品の盾の初陣にゃ、ちと厳しい相手じゃねぇのかよ」
「竜の資料は目を通した。記されていた情報通りの攻撃力ならば、この盾で十分に防御ができるはずだ」
「そうとも」
そこに顔を薄絹で隠した修道女がひょっこりと顔を出しました。
婦人用の馬に乙女座りをしたドロシーでした。
「このドロシーちゃんが夜なべして、手ずからこしらえた宝石炉だよ、君。五十年前の竜なんて、恐れるに足りないとも! 張り切って行ってきたまえよ、アルベールくん!!」
「ふたりとも」
ドロシーと親方を前に、アルベールが最上の礼をしました。
「緑の巨人の解析や他の仕事があったであろう中、こうして私の希望を叶えてくれたことに心から礼を言う」
親方とドロシーが露骨にてれてれしました。
こうしてアルベールはぴかぴかの騎士鎧を身に纏い、新たなる盾をマウントしてトニトゥルスにまたがりました。
目指すは王宮のはずれにある飛行場でした。
近づくにつれて道が非常に整備されていくのが分かります。
コンクリートで舗装された滑走路には既に空飛ぶ船が鎮座していました。
鋭利な造形の蒼い空中戦艦であり、百メートルを超える艦体には純白の十字架が染め抜かれていました。
これぞこの国が誇る聖剣式空中戦艦、その三番艦アルマースです!
既に発進準備は整っているようで、重厚な駆動音が鳴り響いて各機関もあたたまっているようでした。
アルベールが後部のハッチから乗艦すれば、そこは格納庫になっていました。
そこにトニトゥルスを預けたアルベールは艦橋へと足を運びます。
艦橋では何人もの修道士や修道女が忙しく計器をチェックし、発進の準備を万全なものに進めていました。
このアルマースは適性者が修道女ということもあり、聖職者だけで運用されているのです。
「来たな」
そんな忙しい艦橋で、ハヴェルがアルベールを迎えます。
ハヴェルもすっかり騎士鎧を着こんでおり、たいそう勇ましいいでたちでした。
蒼を基調としたカラーリングはアルベールのものと同じですが、ハヴェルの騎士鎧の方がシャープで装甲が薄いようでした。
その分、可動域が広く設計がなされているのです。
「アルベール様、お待ちしておりましたわ」
さらにクレメンティナと、そしてもうひとり見知らぬ男が後ろに控えていました。
すっかり髪が白くなった老境の修道士です。
しかし体格は筋肉質でがっしりとしており、隙のないたたずまいをしています。
厳めしい顔つきには深いしわが幾重も刻まれており、右目を眼帯した隻眼でした。
「お初にお目にかかります。私はこの船の副長を務めます修道士グレゴリウス。騎士アルベールの勇名はかねがね」
「修道士グレゴリウスの歴戦の武名には遠く及んでござらん」
ふたりががっしりと握手を交わしました。
修道士グレゴリウスも長く悪魔教と戦い続けてきた男でした。
年季の入った経験は、まだうら若いクレメンティナとの良い組み合わせなのだとアルベールは直感しました。
やがて管制担当の修道士が声をあげました。
「船長、発進準備完了いたしました」
「ありがとうございます」
クレメンティナは凛然と頷いて、艦長席へと腰を下ろします。
ひじ掛けに腕を預ければ、その両手が宝珠型の制御装置を包み込みます。
十指が楽器を演奏するかのように宝珠を叩けば、アルマースがひときわ高い駆動音を奏でます。
飛行場すぐそばの管制塔と、いくつかやりとりをした後、十字を切ったクレメンティナが澄んだ声で告げました。
「願わくば主が御顔を我らに向け、船の平安を賜わるように――アルマース、発進します」